日本版CSIの開発WGの座長を拝命して以来、CSに関する講演、原稿以来、インタビュー申し込み、対談などが多くなっている。今回は、季刊誌「MS&コンサルティング」で、インタビューを受けることになった。2009年10月1日の発行であるが、MS&Consulting社から許可を得て、本HPにアップする。
商品やサービスが売れる仕組みを作ることはマーケティングの至上命題である。そのためには、顧客との関係性に基づいてコンセプトを策定し、人、モノ、金、情報、ブランドなどの経営資源を目標達成に向けて最適化する必要がある。そこにCS戦略を取り入れるということは、すなわち企業のあらゆる側面の変革を迫られるということであり、やみくもに取り掛かると混迷に陥る可能性がある。CS戦略を成功に導くための考え方と条件を、マーケティング分野の第一線で研究を続ける法政大学経営大学院教授の小川孔輔氏に解説して頂いた。
CSと業績の連動性
アメリカでは、顧客満足(CS)と企業の業績は連動しているというプロパガンダがあります。 元々、CSの追求は製造業が始まりでした。最初は1960年代初頭に米ゼネラル・エレクトリックで研究が始まったPIMSスタディー(※)で、マーケティング戦略が利益に与える影響が証明されました。
要旨は、マーケットシェアが大きい程、投資収益率(ROI)が高いということです。マーケットシェアに影響を与える要素として、品質や価格、売上高対新製品比率、マーケティング費用等との具体的な相関性が突き止められました。その研究成果が普及した結果、製造業では品質を高めるための活動が活発になり、品質と価格の評価を行うCS調査の重要性も明らかになりました。
一方、物理品質がROIを高めるポイントとして認知された製造業に対して、サービス業においては顧客接点の対応力が重要な要素となることが、アメリカで顧客満足度指数(CSI)を開発したミシガン大学のクレズ・フォーネル教授らの研究によって証明されました。株主価値とCSの関係に関する研究成果を公にしていった結果、企業の時価総額とCSは連動しているという一般認識が生まれたのです。 ※PIMSスタディー:Profit Impact Market Strategyの研究。
CSが日本で進みにくかった理由
しかし、日本では、2つの理由からなかなかCSに対する機運が盛り上がりませんでした。というのは、まず、日本の物理品質は元々高かったこと、2つ目に、CSの追求が必ずしも利益に結びつかないという事実があったことです。
元々物理品質が高い日本では、競争原理が強く働くため品質向上による差別化がしづらく、マネジメントによる影響を受けやすかったと言えます。品質を高めても、すぐに従業員の待遇が良くなる訳でもなく、株主の利益になるとも限らない。どうなるかと言うと、CSが上がるのです。しかし、CSが上がってもなかなか収益には結びつかない。むしろ、逆相関する場合すらあります。オペレーションを一生懸命やろうとすると、効率が悪くなり、利幅が取れない。一生懸命努力しているのに、儲からないという現象が起こるのです。そうであれば、効率化して儲かる仕組みを作ろうという結論に至るのが自然です。
そうやって効率化に勤しんだ結果、高度成長期も終わり、物やサービスが売れない時代に突入しました。これまでの売上を守るために、お客様を逃さず、クレームを未然に防ぐためにはどうすれば良いのかを研究する必要があった。そこでまず始まったのが、問題点を摘出するための調査でした。しかし、ここでも、それに要するコストの割にはシェアが上がらない。 企業が永続していくためには、CSを高めることは絶対に必要です。しかし、それが分かっていながらも、効率性とシェアとCSの因果関係の問題から、短期的な費用対効果が見合わず、日本におけるCS活動の普及はなかなか進まなかったと言えるでしょう。
CSは業績との相関だけで論じるべきではない
ROIを比較した時、日本のサービス産業、の生産性は低いと言われています。しかし、企業でなく国として国際比較した場合、必ずしもそうとは言い切れません。まず、労働者を比べた時、日本より中国の方が時給は安い。アメリカでは、人によって大きな時給の差があります。だからこそ、誰でもやれるような仕組みを作っていく手法が発展した訳ですが、有名ホテルに見られるような一流のサービスと、下のサービスには雲泥の差があります。日本では安い賃金で働かせることはできませんが、サービス産業の生産性と言ったときに、その部分は話題になりません。そのような理由からも、日本において、業績との相関性だけでCSを論じるのはナンセンスと言えるでしょう。
CSは機能品質
CSは、機能品質と同じ。本当は良くなくても、まぁ仕方がないと思って使っている物のような、物理的な品質と同じです。CSを上げたからといって、必ずしも業績が上がる訳ではありません。例えば、大学でCSが高まったからと言って来年募集倍率が上がるかと言えば、そうではない。逆に、少し落ちたからといって、大きく倍率に影響が出る訳ではありません。しかし、取り組み始めなければ、いずれ倍率は落ちてしまう。企業の業種を考えた場合も同じです。ある程度のCSがなければ、そのブランドがプアに見えてしまうようになるのです。そして、あるレベルを切ってしまうと、会社として成り立たなくなってしまいます。長期的な企業の繁栄のためにはCSが必要不可欠です。
CS評価の作られ方
CSとは、サービス利用前の予想や期待に、サービスの品質評価と価格への納得感が影響して決まる、総合的な満足度を指します。 また、評価は、何回か体験するうちに醸成されてくるものです。人の心は、期待値に対して、評価が同じだった時に満足、評価を上回ったときに感動として認識します。その中で感動はどう作られるかと言うと、接客、情報提供の仕方、クレーム対応、サービスの組み立て方等に表れる細かい経営の仕方が影響します。商品を選んでいてスタッフを呼ぼうと思ったら、後ろからさっと回ってきて、ある店より3秒早い。「ちょっといいよね」と思う気持ちが、感動なのです。このような感動するサービスを体験すると、普通はその時だけの体験として忘れてゆきますが、タイムラグを持ってCSに影響が表れます。一度きりの感動では測れませんが、感動はCS評価の先行指標となるのです。そのような時間軸があるので、CSを上げてゆくには、通常長い時間が掛かります。
CSに重要な影響を及ぼす「顧客接点の対応力」
CSをサービスプロセス毎に比較した時、接客というプロセスがCSに与える影響の比重は、業界によって異なります。例えば、小売業においては、どの店舗でも商品そのものにはそれほど違いがありません。お客様にとって違いがある部分は、接客や販売の仕方がニーズに対応してくれているかということのみです。同様に外食でも、同じクオリティの料理を出して、それぞれに快適な空間を提供しているという前提があれば、接客の重要性が高くなります。このように、同じモノやサービスを売っていて、さらに、立地や店舗の差もつきにくければ、もはや顧客接点の対応力だけしか違いがないと言えるでしょう。この傾向が強い業界である程、「顧客視点」が差別化のキーポイントになります。
CS戦略を成功へ導く条件とは
CS戦略が成功するための絶対条件として、2つ挙げられます。まず、はっきりしているのは、トップダウンであることです。次に、ビジネスの仕組みそのものを変える覚悟でしょう。CS向上を実現するには、顧客接点の対応力を決める従業員を、CSに向けて動機付ける仕組みがなくてはなりません。それはESを上げることに等しい。ビジネスの仕組みとは、CSに対するインセンティブ、従業員の働き方、サービスの提供方法、裏のオペレーションの仕組み、店舗の内装の造り方、商品の開発基準等、全てを含みます。究極、CSとESを見直そうと思えば、全てを変えることになるのです。
意外と、簡単にCSに取り組み始めて、やっぱりダメだと取り組みを辞める場合がよく見受けられます。CS戦略において、何となくというやり方はできない。ビジネスの仕組みそのものを変える覚悟ができれば、後は従業員が付いて来られるかの問題です。
CSとはプライド
CSは、企業のブランドイメージ、経営者や働いている人間のプライドのようなものに近い。CSを低くして儲けていれば、働いている人間のプライドは落ちる。それほど儲からなくても、良いサービスをしていると自負できれば、プライドは上がる。そういう考え方を、長期に繁栄する企業は少なからず共通して持っているのではないでしょうか。