書評: 『しまむらとヤオコー』(評者:渡辺隆之)@『季刊マーケティングジャーナル』

 沖縄大学の渡辺先生に、『季刊マーケティングジャーナル』(2011年秋号)に拙著の書評を書いていただいた。本書を小説として位置づけたかった意図をそのまま紹介してくださっている。ありたいことだ。渡辺さんは、田島先生のお弟子さんだった。

 わたしの元大学院生だった松熊くん(日本マーケティング協会)が、長らく、「マーケティングジャーナル」の編集担当者である。渡辺先生には、どのようなプロセスを経て、わたしの本が書評の対象になったのか?たずねてみたい気持ちになる。
 書評の対象となる本は、通常はアカデミックなスタイルの研究書が多い。だから、拙著『しまむらとヤオコー』の選択は、マーケティング協会としては、かなり異例のセレクトになる。
 まさか!代表理事の嶋口先生(IM研究科の同僚)が推薦したというわけではないだろう。来週、日本マーケティング協会で、新しいマーケティング学会の設立ミーティングがある。ご本人に、聞いてみたいと思っている。
 昨夜、法政大学の大学院101号教室で、嶋口先生が最後の授業を担当されていた。相変わらず、担当授業の受講者はたいへんに多い。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 書評:『しまむらとヤオコー』小川孔輔著 小学館 2010年

 まるでノンフィクション小説を読むがごとく、夢中になって、引き込まれて読み終えてしまった。2つの会社を比較しながらその生い立ちから今日に至るまでのドキュメンタリーに基く「小説」である。でも、何故、小川先生が小説なの?と思いつつも、読み終えて「そうだったのか」と苦笑いを隠しえなかった。この「作品」は、「作家・小川孔輔」の「処女作」なのだ。刊行するにあたって一般書の出版社であることにもこだわったようである。

 ご本人曰く、先生が執筆された『当世ブランド物語』(誠文堂新光社)や『マーケティング情報革命』(有斐閣)、『続・当世ブランド物語』『中国へのブランド移転物語』(どちらもダイヤモンド・フリードマン社『チェーンストアエイジ』の連載)は、いつかノンフィクションのドキュメンタリー小説を書くためのステップとして、ひそかに取り組んできた書き方教室だったという。これまでの作品は「書くという行為」を鍛えるための媒介物であり、来るべき日のための備忘録だったというから面白い。
 そして「来るべき日」こそ、この『しまむらとヤオコー』を世に問うた日だったのである。何と思いたってから25年目の本書の出版だったというから半端ではない。そのような重要な位置づけにあるのであれば、もっと姿勢を正して読むべきだったかもしれないが、「まるで小説のように読み終えた」という感想はおそらく小川にとって、最も喜ばしい感想であるのではないだろうか・
 この書物を読んでいる最中、私は、故田島義博先生の若いころの書物を思い出してしまった。軽いタッチで書かれていながら、その背景に的確な視点と深い洞察力の下での取材と観察があり、それらが興味深いストーリーを持ってまとめられているが故に、一挙に読み終えることができ、読後に、「なるほど」と感銘し、同感する諸点が心に残って消えない。ウィットに富みながら深い感銘を読後に覚えるのである。あの感覚に近いものをこの作品に感じた。田島先生は、雑誌記者から研究者・学者になった。小川は、学者・研究者であるにもかかわらず、作家を目指しているという。田島先生と比較されることの善し悪しは小川に聞いてみねば分らぬが。

 タイトル通り本書は「しまむら」と「ヤオコー」という2つの企業の生い立ちから今日までに至る様々な出来事を同時並行で追いながら書かれている。創業はヤオコーが1890年、しまむらが1931年と50年ほど前後しているが、1950年代半ばのほぼ同じ頃にしまむらは法人化・チェーン化し始め、ヤオコーはセルフサービスを採り入れスーパーマーケットに業態転換している。そしてこの2つの企業が生まれた土地が共に埼玉県比企郡小川町であることが小説家・小川孔輔の好奇心を高めることになる。因みに小川が同名であることは偶然である。人口34,000人弱の小さな田舎町からいかにして日本を代表する会社に成長していったかが克明に描かれている。
 ところで、2社を同時に扱う場合、「この内容はどちらの企業のことだったか」、ふと迷うことがありがちであるが、本書はたとえそのようなことがあっても心配無用である。見開きページ毎にどちらのことが書いてあるか偶数ページの右下部分に記号化されている。しまむら中心であれば、しまむらのフラッグが立ち、ヤオコー中心であればヤオコーの、また、2社を同時に扱う場合には、両社のフラッグが立っているのである。また、冒頭部分における両社の年表や家系図は読むさなかに参照することがしばしばあった。これもストーリーを理解する上で便利である。フラッグに関しては、皮肉を言えば小説っぽくはないのだが。

 さて、本書の構成であるが、第1章でいきなり創業時の生みの苦しみを明らかにすることも可能だったように思うが、小川は違う視点から両社の共通点を見つけている。それは女性パート従業員達の生き生きとした働きぶりである。誰がその会社を支えているのか、まさに会社の実態を把握する第一歩はそこで働く人々がどのように働いているかに着目することである。なぜ、高いモチベーションを持って働くことができるのか、それを発見出来るか否かは、企業の成長をリアルに捉えられるか否かに匹敵する。
 第2章からいよいよ2社の成長要因を明らかにする「物語」がつぶさに展開されていく。小売業が成長するステップを小川は大きく「3つの試練」として捉えている。創業の苦しみ、人材確保とチェーン組織化、独自のビジネスモデルの確立、である。これらの3つの試練について、第2章、第3章、第4章がそれぞれ割り当てられている。
 2社に限らず創業時の創業者の志と才覚について書かれた書物を読むと、そこには必ずと言ってよい共通点がある。現状に甘んじることなく、成長の機会を探し、既存の価値観を捨て、新たな取り組みに躊躇しない果敢な意欲である。第2章では、創業時のそれぞれが描かれているが、小川は2つの共通点から生まれる両社の似ている点について触れている。それは両社が業種こそ異なれ小売業であることから、その立地獲得の苦労について触れているのは当然である。もうひとつ「小川町出身」であることの共通点について、しまむらの藤原相談役の言葉を引用する形でこう述べている。小川町気質は「前を見る体質で失敗したらさっさとやめる。変り身が早く、くよくよしない」のだそうだ。
 第3章は、人材確保とチェーン組織化の試練について書かれている。特に小売企業の成長期の試練そのものである。企業として成長すると決めた時から、優秀な人材を確保することを同時にスタートさせねばならないことを改めて示唆している。また、成長過程で出会う、先を行くチェーン小売業や業界内外の先人達、またコンサルタント達の素直に耳を傾けることが重要であることも教えてくれた。興味深いのは両社のそれぞれの新たな出店戦略(フリースタンディングと近隣型SC)の試みであり、地方都市に出店してきた大手流通業との競争回避の手段であることを教えてくれている。マーケティングの基本の市場細分化に他ならない。
 第4章は企業が大きく飛躍するために他者が模倣できない独自のビジネスモデルを構築することが重要との観点から、両社のそれぞれの取り組みを詳細に紹介している。ここで面白いのは、両社が全く異なる発想で独自のモデルを創造していったことである。ほぼ一律のフォーマットで(フォーマットが異なるときは他の業態としている)全国展開するしまむらに対して、ヤオコーは「個店経営」と川野会長が自ら表現する店舗独自の工夫を最大限に生かす姿勢と体制を採用している。しかし、しまむらはフォーマットの一律化の他方でSPAをあえて採用しないことによって各店独自での品揃え対応が柔軟に可能な点を忘れてはいけない。したがって、実は、各店で独自の工夫で地域のお客様に最適な対応ができるように工夫している。この点において両者は方法は異なるが共通したノウハウを築き上げていることに注目すべきなのである。
 そして第5章と終章では最近の両社の動きを紹介し、模倣ではなく独自の路線を求めることの意味を改めて読者に問うている。

 小川がこの「小説」を通じて最も訴えたかったのは、人々が日々働くモチベーションをいかに高い状態で維持できるか、実は様々なやり方があるのだ、ということではないだろうか。常に成長し続けて夢を社員に与えることも重要であるし、自分たちがこの会社を造っているのだという自覚も重要であろう。成長が止まった大規模な会社に警鐘を鳴らしているとも受け取れるのではないだろうか。
 しかしながら、小川はあえて両社から学ぶべき諸点を小川の視点からまとめてはいない。恐らくその理由は、本書を学術書としてではなく、小説として読んでもらいたいがための工夫ではないだろうか。小説を読み終えた後の余韻を楽しむためには、余計な解説は不要だからだ。むしろ、読者がそれぞれの視点で両社を捉えることを推奨しているとさえ受け取れる。
 我々は本書をケース研究の題材として扱うことが可能であるが、小川は「純粋に」小説として読んでほしいと願っているのではないだろうか。3年以内に合計3冊の「売れる」ドキュメンタリーを出版するそうである。これがその第1冊目である。作家・小川孔輔の今後の活躍に期待したい。

評者:渡辺隆之(沖縄大学 教授)