『朝日新聞 朝刊』(2016年2月14日)に、有機農産物についてのコメントが掲載されている。掲載されたのは、九州版の社会面(14面)である。松本記者には、何度も電話で問い合わせをいただき、農水省生産局の動きなども紹介した。よく調べた記事に仕上がっている。
<原文そのまま>
2020年東京五輪・パラリンピックに向け、化学肥料や農薬を使わない有機(オーガニック)農産物の増産機運が高まっている。12年のロンドンや今年のリオでは選手村や競技場の食材基準に有機の優先調達が盛り込まれ、東京も踏襲される可能性が高いためだ。
一方で国内の生産規模は極めて小さく、専門家は官民挙げた販路拡大が急務と指摘する。
【もう海外から照会 農家増産】
有明海を見下ろす佐賀県鹿島市の山沿いで、ミカンやレモンをつくる佐藤農場。有機栽培の柑橘類では全国最大規模といわれる約30ヘクタールの畑が広がる。佐藤睦社長(69)は年15トンのレモンの生産量を東京五輪までに50トンにすることに決め、春から苗木を植え始める。
昨夏以降、イタリア、ドイツ、シンガポールなど海外の食品流通業者5社から度々、電話がかかる。内容はいずれも「東京五輪に向けてどれだけ生産できるのか」。母国の選手に来日時の合宿所で出す食材の確保のためだ。「海外の人々はこんなに有機にこだわるのか」。佐藤さんは驚いた。農林水産省からも供給量を聞かれ、需要の高まりを確信した。
佐藤さんによると、作物は濃厚な味わいになる半面、皮が病気になりやすく、黒い点や傷ができる。大手の卸売市場に売り込んでも「見た目が良くない」と相手にされなかった。「五輪を機に国内でも有機の価値が認められればうれしい」。
有機農産物の生産者や販売会社でつくる一般社団法人「オーガニックヴィレッジジャパン」(東京)は1月、季刊誌を創刊。巻頭特集は「むしろ五輪がオーガニックを求めていた!」。
JAS法に基づく有機JAS規格で「有機農産物」の表示が認められるには、2年以上農薬や化学肥料を使っていない土で栽培することが必要だ。東京五輪まで4年。山口タカ事務局長は「農家に有機への転換を呼びかけたい」と意気込む。
【基本計画「環境に優しく」】
ロンドン五輪組織委員会は五輪やパラリンピックの選手村や競技場で選手や運営スタッフに出す食事を1400万食と見積もった。リオや東京も同じだ。
食材調達基準は各組織委が定める。ロンドンは「五輪は高品質で多様な地域食を提供する機会だ」としてオーガニックの優先調達や原則国産を基準に盛り込んだ。リオもオーガニックを基準に入れ、旬の食材を提供するため地元からの調達を優先するとしている。
日本オリンピック委員会によると、五輪開催に伴う開発が環境団体に批判されて開催地の変更も招いたため、国際オリンピック委員会は1990年代から積極的に環境保全を掲げ、96年には五輪憲章に持続可能性を追加。食材基準もこの理念に沿っているという。
東京も開催基本計画に「持続可能で環境に優しい食料を使用する」と明記している。調達基準について組織委の担当者は「農水省や国内の産業団体と今後決める」。農水省農業環境対策課の前田豊課長は「オーガニックが入る可能性は極めて高いと考え、省内で議論を進めている」と話す。
【栽培わずか 販路拡大かぎ】
だが、日本の有機農産物の生産規模は海外と比べて極めて小さい。国際NGO「IFOAM」などの調査によると、日本の全農産物のうち有機の栽培面積は0.27%の約1万ヘクタール。英国の面積の50分の1、ブラジルの70分の1にとどまる。
環境に優しく安全な食材を求める消費者に応えるため、06年には議員立法で有機農業推進法が成立。国と自治体に有機農家の支援を義務づけた。だが近年の栽培面積は伸び悩み、15年は前年の1%増だった。
そのうえ五輪のある夏場は葉物野菜の生産量が少なく、農水省は「有機だけでは厳しい」とみて減農薬も含めた供給力の調査を進めている。また、生産者や流通業者、専門家のネットワークを夏までに設立し、供給力アップに向けた情報交換を始める。
メンバー入りを予定する法政大学大学院の小川孔輔教授(マーケティング)によると、有機農家は特定の消費者向けに生産する小規模経営者が多く、販路が確立していないことが普及を阻んでいるという。
小川教授は「このままでは五輪で国産の有機農産物をほとんど提供できず、減農薬や外国産頼りになりかねない。スーパーの有機野菜コーナーの拡大、飲食チェーンのメニュー開発で大口需要ができれば生産も増える。販路拡大に向けて産学官で最大限の努力をすべきだ」と話す。
(松本千聖)