2年前から取り組んできた研究「ソーシャルメディア環境下でのマス広告の効果研究」が、本日終わった。12月中に、財団に報告書を提出することになる。研究成果は、想定した以上に充実した内容になった。グループの総力を結集した報告書は、来年中に書籍化されることになる。
書籍のほうの仮タイトルは、「なぜあの商品は品切れになってしまったか?:環メディアの発見」である(実際は、たぶん違うタイトルになるだろう)。出版社は、生産性出版を予定している(法政大学イノベーション・マネジメント研究センターから助成刊行)。
この研究には、わたしの周囲のメディア研究者8人が、チームを組んで貢献してくれた。二年間にわたってほぼ毎月の第3土曜日、法政大学の6Fブースで研究会を重ねてきた。夏休みには、都内のホテルで合宿を実施した。主要メンバーは、以下のとおりである。また、二年間の研究から成果を要約しておく。
<助成研究のメンバー>
法政大学経営大学院教授 小川 孔輔(全体の主査)
同 木戸 茂 (チームB シミュレーションチームリーダー)
九州産業大学商学部教授 岩崎 達也(チームA 定性調査チームリーダー)
拓殖大学商学部教授 北中 英明(B)
㈱ビデオリサーチ 鈴木 暁 (B)
朝日大学経営学部教授 中畑 千弘(A)
㈱日経リサーチ 佐藤 邦弘(A)
㈱アサツー・ディ・ケイ 野澤 智行(A)
㈱ゴーガ 中村 仁也(B)
<報告書の概要(仮)> *10月時点での暫定メモ(担当者)
構成
1章 背景と目的(小川、岩崎)
2章-1 先行研究(岩崎)
-2 本研究の関わり、新規性
-3 ディスカッション=概念仮説
①山本先生のネット草の根民主主義
②「環メディア」「ランキング」
③ SNS段階説(地ならし、発芽、成長、開花、コクーンブレーク)
3章 メディア関係者取材
テーマ:①情報番組やニュース番組の編集方法、②メディア間の反芻傾向
-1 博報堂(岩崎)
-2 ヤフー(野澤)
-3 放送作家(岩崎)
-4 プロデューサー(NNN)(中畑)
-5 総括の仮説
4章 仮説データ分析、検証結果
-0 全体枠組み(岩﨑)
-1 タレント、キャラクター=定性的(一部定量)仮説確証
橋本環奈(佐藤)、ふなっしー(野澤)
-2 サントリー製品に関するケース(中畑)
レモンジーナ、ヨーグリーナ 参照:オランジーナと天然水
-3 SNSのみの製品ケース(中畑)
ザク豆腐 2のモデルの妥当
-4 分析・検証の結果(小川、岩崎)
5章 シミュレーショングループ(木戸、鈴木、中村、北中)
6章 まとめ(小川)
この研究からは、以下の新しい概念を見つけた。
<主要な発見と研究の貢献>
1、概念の発見
(1)「環メディア」あるいは「台風モデル」
従来のメディア研究では、メディアを「マスメディア」と「SNS」(ソーシャルネットワークサービス)の二分類で社会的な情報の伝搬を説明していた。普及のプロセスは、おおむね「バースモデル」で説明するか、「草の根的なネットワーク」の拡散は、SNSで現象的を説明していた。人々の直接伝達(情報の相互作用)に、マスが介在してインタラクションを起こすという発想はなかった。
われわれは、両者の中間に位置しながら、マスメディア(テレビや新聞)とSNS(個人の情報発信)をつなぐ中間のメディアを同定した。ツイッターやFB、Lineなどを介して、マスにまで情報を伝たえ、商品やスター(キャラクター)のヒットを瞬間的に増幅させるメディア(You-Tube、Yahoo!ランキング、2チャンネル、まとめサイトなど)の存在とその機能についてである。
これらは、一般には中間に位置するメディアは、「キュレーションメディア」と呼ばれているが、情報の拡散現象における役割は十分に認識されていなかった。われわれは、3つのメディアが相互に作用して、情報を伝達する社会組現象を「環メディア現象」と呼び、その動的な実態に対して、仮に「環メディア」という名前を与えた。その動作特性は、まるで、南太平洋の洋上で台風が発生する過程に似ている。
(2)「コクーンブレーク」という現象
「橋本環奈」と「ふなっしー」の事例では、両者がヒット(ブレーク)するにいたるプロセスの最初に、コアなファン層が存在していた。マニアックな関心層(クラスター)のことを、われわれは「コクーン」と名づけることにした。
ヒットに至るには、ニッチなファン層を飛び越えて、一般に情報が拡散していかなければならない。そのためには、ふたつの条件が必要になる。ひとつは、類似した関心をもつグループ(隣接する他のコクーン)に情報が伝搬することである。そのきっかけはさまざまであるが、なんらかの「イベント」が情報の一般への拡散を促進する「導火線」の役割を果たしていることが多い。また、橋本環奈がブレークしたきっかけは、ネット上を駆け巡った一枚の写真「千年に一度の(美少女、アイドル、奇跡)」だった。
また、情報発信の促進役として著名人が登場して、対象者に「お墨付き」を与えることである。橋本環奈の松井玲奈(乃木坂48)、ザクとうふの池田秀一氏(シャー・アズナブール役の声優)、ふなっしーの加藤浩次(相撲対決)などの事例でも同じことが起こっている。
いったんコクーンが破れて、その存在が一般に知られるようになると、マスメディアが関心を持つことになる。番組やニュースで大々的に宣伝してくれる。ただし、そこに至るまでの過程では、2チャンネルやYahoo!やYouTubeなどが、ツイッターやGooglel検索ランキングなどから情報を拾い出し、ランキング露出を通して人気度を発信する。マスメディアは、番組の制作・編集過程で、キュレーションされた編集情報を頼りにしていることが確認されている(マスコミ制作者・編集者へのインタビュー)。
(3)地ならし期、発芽期(点)、成長期
取り上げたすべてのケースで、コクーンが破裂するに至るまでには、ある程度の時間が必要であることが確認できた。その期間を、われわれは「地ならし期」と呼んだ。
この期間中に、のちにブレークする対象(スター、キャラクター、商品など)に対する情報(記事、データ、テキスト、写真、動画など)が蓄積されている。これは、情報的には、花粉症が発症するまでのアレルゲンの「限界蓄積量」や、チューリップが発芽するための休眠打破に必要な「累積低温量」などのアナロジーとして論じることができる。
情報蓄積とイベント(きっかけ)を伴って、南海上で温かい湿気が上昇気流となって「台風」が発生する。時間的にはタイミングが数日間でないと、強烈な台風は発生しない。つまり、コクーンがブレークするためには、情報伝搬に加速度が必要になる。これが、「発芽点」という発想である。
なお、こうしたヒットのプロセスは、定性的に分析されただけではない。定量的にも、複数の時系列データ(ツイッター、リツイート数、記事数、テレビ番組への登場回数)を集計して分析した結果である。なお、サントリーや相模屋の商品に関しては、販売データGRP(延べ視聴率)、インターネットのインプレッション数なども分析対象にされている。
2、消費財への一般化
(1)サントリーのレモンジーナ、ヨーグリーナ
いったん発芽した植物が、さらに大きく成長することができるかは、周囲の環境条件による。ヒット商品の場合は、環メディアが全体として、マスメディアとSNSをどのようにダイナミックにつなぐことができるかにかかっている。また、その成功の成否は、対象に関してそれまでの情報蓄積(量と質)がどれほどであったかに依存する。
こうした発芽現象(コクーンブレークモデル)は、タレントのブレーク(橋本環奈)やキャラクターの人気上昇(ふなっしー)という現象を説明できるだけではない。われわれは、情報伝搬のモデル(コクーンブレーク)とその方法論(環メディア)は、一般消費財にも拡張して適応できると考えた。まずは、その具体的な事例として、最近人気になったた二つの商品に着目してみた。サントリーのレモンジーナとヨーグリーナである。
どちらの商品も、発売直後にSNSを介して話題が沸騰し、瞬く間に店頭在庫が欠品してしまった。そして、どちらの商品にも、親ブランドが存在している(レモンジーナにはオランジーナ、ヨーグリーナには南アルプス天然水)。商品ブランドに対する一定のファン層をベースに、新商品が発売されるらしいという話題が、ネット広告とSNSを通して短期間に火がついた(この場合は、発火?)
サントリーの二つの事例は、自然発生的に商品の人気に火が付いただけではなかった。明らかに、企業側からの仕掛けが存在していた。仕掛けた痕跡は、インターネット広告への出稿と商品の大量事前サンプリングに見られる。しかし、とくにレモンジーナの場合は、SNSでの「コピー合戦」(キーワードは「土の味」)でブレークしたと考えらえる。
(2)相模屋食料のザクとうふ
サントリーの2ブランドとザクとうふの違いは、後者の事例では、マス(テレビ)がほとんど関与していないことである。それでも、ガンダムをモデルにしたザクとうふは大ヒットしている。なお、地方の豆腐メーカーでマス広告を使うことができなかったが、NHKや雑誌社などの取材が殺到したことで、マスメディアでの露出がかなり大きかったことも事実である。
ザクとうふのアイデアは、相模屋食料の鳥越淳司社長の個人的な趣味(ガンダムファン)からスタートしている。商品がブレークしたのは、橋本環奈やふなっしーの事例と同じで、秋葉原で開催された「商品発表会」のイベントだった。イベント会場に、池田氏(声優)が登場して、会場を盛り上げたことがすべての始まりだった。
会場でのイベントの様子や商品の画像(モビルスーツ)が、SNSを介してガンダムファン(M1-M2層)に浸透していった。ファンの顧客は、陳列してある商品に殺到したため、発売から一週間でザクとうふは品切れになった。予期せぬヒットである。ザクとうふの製品ラインは、その後も拡張進化を遂げている。
おそらくは、とうふでジオラマを作って遊ぶなど、商品(とうふ)とキャラクター(ガンダム)がいじりやすい(二次創作がしやす)対象だと思われる。SNSでの拡散で重要なことは、関心層の消費者が「祭り」に参加がしやすいこと。ツイッターに書き込むだけではなく、そのイベント画像や動画を自分で制作しやすいことが大切である。
3 モデルシミュレーション:環メディアとコクーンブレーク
以上まで、6つの事例で分析した現象(環メディアとコクーンブレイク)の振る舞いを、正しく数値モデルとして再現することはむずかしい。そこで、われわれ(Bチーム)が取り組んだのが、情報拡散(発芽期からのあとのステップ)の実態を、ダイナミックな動きとして模擬することができなだろうか?というアプローチだった。
具体的には、①二段階ヒットの現象、②SNSがコクーンをはじけさせる様子、③マスメディアがSNSと相互作用して拡散を助長する姿、④過去の情報蓄積が第二段階目の成長を加速するダイナミズムなどであった。方法的には、エージェントシミュレーションの手法を用いている。
そこでは、消費者(エージェント)とそのつながり(リンク)、中間メディアとマスメディア存在と情報の蓄積倉庫を想定して、段階的にシミュレーションを行った。結果的には、われわれが想定した基本コンセプト(モジュール)の組み合わせから、事例で取り上げたときの特徴的な情報拡散のモデルを再現することに成功した。
結論である。シミュレーションが示しているのは、SNSとキュレーションメディアの働きで、コクーンはブレイクした。そして、二段目の情報伝搬は、マスとSNSの相互作用から生じている。さらには、過去の情報への訴求が、対象の成長に貢献していることが見て取れている。
最後に、われわれが研究会で議論して、データからもその存在を確認したコンセプトを列挙しておく。
3.発見した概念とキーワード
・「クリエイティブを科学にする」
・広告効果「コミュニケーション要因」、「クリエイティブ要因」(伝播力と反芻力)、「量的要因」
・「ネタ出しとネタ振り」
・「マーケティング・コミュニケーション・エコシステム」
・「テレビ=コンビニ説」
・「F1神話が崩れる」
・「情報の反芻」
・「情報のリサイクル 何回目」「情報の何次利用」
・コンテンツの2軸 (伝播しやすさ、認知・想起のされやすさ)
・データ振り分けの関門(複数)
・「3m理論」、「5m理論」
・「15分理論」
・「遅れたキャズム越え」、レイト・マジョリティ
・キャッチアップ、タイムシフト
・インタープリター、エディター
・関与・経験・自分事化パラメーター=体験、踊り、歌、ゲーム、おまけ、イベント参加
・ヒットの定義:認知率と支出喚起率
・競合:認知上競合、バンドワゴン効果
・空気感
・GRPから新GRP(Gross Retweet Points)へ
・ヒット格差の時代
・ネット時代の新「スター誕生」モデル
・コクーンの壁を越える
・ジャニーズモデル(情報独占モデル)/AKBモデル/橋本環奈モデル
・キュレーション、レコメンデーション
・エンドースメント、総選挙
・新しいヒットの法則
・コクーンのオーバーラップ
・ブレイクの階層、構造、センサー
・熱量、瞬間最大風速
・不条理要素
・GRPを3次元化 リーチ×フリークエンシ―×時間
・ネガティブ要素、ポジティブ要素
・台風モデル、瞬間最大風速、低気圧、渦のダイナミズム
・環メディア(旧・「中間メディア」=表記変更)
・アーカイブ(ス)、蓄積(顧客(経験)/情報/商品レベル)