㈱エイブル&パートナーズ代表取締役社長 平田竜史氏にご講演いただきました。ここに、講演録を掲載いたします。講演は2013年6月19日(11時20分~13時20分)、経営大学院101教室で行われました。この講演録はリサーチ・アシスタントの青木恭子さんがまとめたものです。
講師紹介
平 田 竜 史 氏
株式会社エイブル&パートナーズ代表取締役社長。
(小川孔輔)今日は、株式会社エイブル&パートナーズ代表取締役社長の平田竜史氏を講師にお迎えして、お話を伺います。
平田社長は、エイブル入社後十数年後に、30代で社長に抜擢されました。これは珍しいケースではないでしょうか。創業社長ではなく、とんとん拍子にトップまで駆け上がっていかれ、30代の早い時期に上場企業の経営者になられたということで、実績が認められたということだと思います。趣味はスノーボード、野球と、スポーツマンでいらっしゃいます。
講 演
1.エイブル&パートナーズ
エイブル&パートナーズの平田と申します。今日はよろしくお願いいたします。今日は、お声がけいただいて光栄に存じます。小川先生と皆様のお役に立てばと思い、お話しさせていただきます。
(1) 経歴紹介
私は、平成2年(1990年)にエイブルに入社しました。一営業マンからスタートし、2店舗の店長を経験した後、事業部長を務め、その後、札幌支社長として北海道に移りました。ちょうど、北海道拓殖銀行が倒産し、北海道経済が最悪の時代を迎えた頃のことでした。百貨店も根こそぎ潰れました。しかし、経済は最悪の時代だったにもかかわらず、私の担当した部門は、それまで9年間ずっと赤字だったのが、私が赴任して以来、単年で黒字化することができました。札幌の後は、大阪のテコ入れに移りました。
その後、子会社のエイブル保証の社長を務めさせていただきました。入社11年、36歳の時のことです。就任4か月後、大株主から、将来はエイブル本体の社長に就くようにと言われ、社長となることを前提に営業統括部長就任し、そして、臨時株主総会で社長になりました。36歳でした。当時、まだ30代の社長はあまりいませんでした。雇われた社長としては、当時、私が最年少と言われました。
(2) エイブル&パートナーズの組織
賃貸物件の空室情報提供サービスを行っているCHINTAIとエイブルは、直接の資本関係はなかったのですが、大株主が同じということで、兄弟会社でした。2社が別々に上場していましたが、それを一体化させて、もっと効率のいい経営をしようということで、2012年にエイブル賃貸ホールディングスという持株会社に統合して上場しました。社名は、後にエイブル&パートナーズに変更し、現在に至っています。その後、MBOを行って上場を廃止し、現在は非上場会社になりました。
エイブルでは、不動産仲介、駐車場、派遣会社運営、台湾の賃貸などの事業などを行っています。さらに、傘下の光藍社では、主としてロシアの素晴らしい芸術を日本に招き、高い文化に触れてもらおうという目的で、興業事業を行っています。米国とロンドンに支店があります。また、旅行会社も持っています。
皆さんは、興業や旅行が不動産賃貸事業とどう関係があるのかと訝られるかもしれません。後ほどまた触れますが、我々は、物を所有せず、自由な賃貸生活を送ることで、自分の楽しみたいことにもっとお金を使っていただきたいというコンセプトをもっておりますので、こうした事業会社も持っているわけです。現在、傘下に19の子会社があります。
(3) 店舗網
それでは次に、エイブルの事業についてご説明させていただきます。
エイブルは、日本最大の店舗網をもつ不動産仲介業者という位置づけです。
エイブルの強みは、直営店が多いことです。現在、直営店428店舗、ネットワーク加盟店(NW店:エイブルとフランチャイズ契約をしている店舗)352店舗で、合計780店舗を展開しております。海外にも、8店舗(ニューヨーク、ボストン、ロンドン、香港、台湾、上海、マニラ、ハノイ)(2013年5月1日現在)あります。今後、東南アジアを中心とした海外展開を目指しております。過去10年間での賃貸仲介実績は188万件に上り、業界トップクラスです。
ライバル会社として、よく、アパマンショップさんの名前を挙げられますが、アパマンさんは、9割以上がフランチャイズ加盟店で、店舗が出しやすいということもあり、1,024店舗お持ちです。
直営エリアは人口100万人以上、できれば200万人以上の都市で、ローカルでも一極集中型の都市を中心に、マーケット調査をして、直営店を出していきます。それ以外のローカルについては、ネットワーク加盟店でカバーしていきます。
各店舗はコーポレートカラーの緑で統一し、爽やかさを演出しつつ、認知度の向上を図っております。
2 エイブルの事業ドメイン
エイブルの事業ドメインは、大きく分けて3つの領域があります。順番にご紹介させていただきます。
(1) 不動産仲介事業
まず、不動産の仲介事業についてご説明します。これは、大家様・オーナー様と入居者様の仲人役となり、仲介手数料をいただくという事業です。
2001年に、我々は、仲介手数料を半月分にしますということで、世の中にアピールしました。以来、仲介手数料は、大家さんから半分、入居者から半分をいただいています。
実はご存知ない方が多いのですが、宅建法上、仲介手数料は本来、貸主・借主半々ずつ払うことになっています。しかし、この規定には例外があり、一方が払いたくない場合は、家賃の1か月分を上限に、もう一方が全額払うことも特別に可能ということになっています。たいていの不動産屋は、その説明を省略して、本当は大家さんが半分払わなければいけないのに、大家さんが払いたくないので、入居者が1か月負担する形にしているわけです。それを入居者に告げたら、当然嫌がられるでしょう。ですから、我々は、法律に則ってすっきりした形にしようということで、2001年に他社に先駆けて、手数料を半月分にすることを始めました。
(2) 不動産管理事業
第2のドメインとして、不動産管理事業を展開しています。最近は、仲介業よりこちらの方が、事業モデルとしては旬で、伸びてきております。
夜中に、入居者から鍵をなくしたとか、隣の人がうるさいので注意して欲しいというような苦情が来た場合、大家さんがいちいち対応するのはたいへんです。そこで、我々が家主さんに代わって、管理業務を代行させていただいています。
何らかの事情で、入居者さんが家賃を払えなくなることもあります。人のいい大家さんだと、何か月も未納になっていてもなかなか催促ができず、困っていらっしゃることも多いです。そこで、エイブルでは、家賃滞納の場合、我々が代わって集金と滞納の保証を行う仕組みを作りました。当社で紹介した入居者が1年間家賃を滞納しても、我々が滞納保証するというプランを立てています。ジャックス(JACCS)さんと組んで、実際の回収業務はジャックスさんが担当しています。
また、退去時は、リフォームをどちらが負担するかをめぐって、もめやすいものです。大家さんと店子さんとでは解決しにくいので、第三者が入って、客観的に評価・判断します。
管理手数料として、1か月の家賃の5%を受け取る形が基本モデルになっています。仲介はフローのビジネスですが、管理事業は完全なストックビジネスで、私どもの安定した収益基盤の一つになっています。
(3) 関連事業
さらに、引越しや、火事・盗難保険業務など、貸借に関連するさまざまな付帯事業を手がけております。また、最近は、大家さんが鍵を変えてくれない場合もあります。法律で鍵を変えなければいけないと定められているわけではないですが、入居者は自分で安全を保証しなければいけません。そこで、我々が大家さんに代わって、鍵の交換サービスをしています。
売上では、かつては、7割が仲介手数料を占めていました。しかし、現在では、仲介が3割、管理事業が2割、関連事業が5割という比率になっています。
関連事業では、特にリフォームの売上が大きくなっています。たとえば、「古い和室のアパートを改装して、新しい入居者に入ってもらえるようにしましょう」と提案すると、だいたい1室あたり100~400万円くらいのリフォーム費用が、我々の売上として上がってきます。
以上の3つが、当社の中心的な事業領域です。
3 エイブルの歴史:なぜ業界1位の賃貸仲介業者になれたのか?
(1) 歴史
ここで、エイブルの歴史について、少しお話させていただきたいと思います。創業は1968年で、今年は46年目を迎えるところです。よく、「意外と古いんですね」と言われます。
1992年に、社名をコーポレート・ブランドのエイブルに変えました。ここから、世の中で、エイブルとしての認知が生まれてきたわけです。
私が入社したのは、1990年です。当時は大建という社名でした。私は賃貸事業を勉強したかったので、当社を選びました。1989年に、大建は、首都圏の店舗数を37店舗から100店舗へと一気に増やしました。後でも触れますが、我々の成長戦略として欠かせない要因は、店舗拡大です。当社は、時にはダイナミックな出店攻勢をかけることで知名度を上げ、シェアを拡大してきました。
1998年に、株式を店頭市場に公開しました。14年間上場しておりましたが、昨年(2012年)、非上場化しました。
非上場にした理由の一つは、私どものビジネスモデルとして、すでに建っているマンション、これから立てるマンションを仲介するということで、仕入れや製造原価がかかりませんから、資金調達の必要がないということです。かつては、不動産業界はダーティーなイメージがありましたので、株式を店頭公開することで、優秀な人材を集めたいという期待がありました。
しかし、内部統制といいますか、上場のための維持コストが負担になっておりました。また、エイブルという名前がついて以来、この20年間で、エイブルというブランドは、世の中に浸透してきました。ですから、非上場化したとしても、我々の方向性に賛同していただき、一緒に事業をしていただける方には、きっと入社いただけるだろうと判断しました。こういうわけで、非上場の意味より、上場していることの意味の方が見いだせなかったのです。そこで、今の時代に対応できるような、スピード感と柔軟性を備えた経営を行い、チャレンジを続けるために、非上場化に踏み切ったわけです。
私が社長に就任したのは、2003年です。
2010年までは、賃貸仲介事業実績でNo.1の会社であるということを強調し、TVCMでも全面的に押し出していました。しかし、最近では、ハウスメーカーさんが、我々の業界にどんどん進出してきておられます。現在は、仲介事業では、大東建託さんが業界1位です。ただし、大東さんの場合、実は、ご自分でお持ちの管理物件を、他の会社に仲介を委ねていらっしゃいます。他の会社の仲介分も、仲介件数のうちにカウントしておられます。一方、我々の場合、そういうケースは一切ありません。自ら仲介し、仲介手数料を直接いただいている物件を、1件としてカウントしています。こういう違いがあるのですが、メディアに出る仲介件数ランキングとしては、大東さんがトップですので、我々としては、最近はNo.1とは言えなくなりました。当社の年間の仲介件数は、平均20万件程度です。最近は苦戦しており、17万件弱程度です。それでも、正当にカウントすれば、まだ我々は業界一だと思います。
(2) コア・コンピテンス
それでは、なぜ我々が仲介実績で業界一になることができたのか、その理由について、これからお話したいと思います。
①集客力
我々の成長の最大の原動力は、集客力です。なぜ集客力が大事なのでしょうか?実は、日本の賃貸アパートや賃貸マンションの7割は、どの不動産屋でも仲介可能な物件です。後の3割は、大家さんと不動産屋との関係で、その不動産屋以外には仲介を頼まないことになっているアパートやマンションの管理物件です。専任媒介と呼ばれています。このように、7割についてはどこでも仲介できるわけですから、いちばん先に集客できた会社が有利になります。
②これまでの常識の打破 ‥‥業界初の試み
1975年、創業11年後に、当社の創業者が、賃貸物件を雑誌で紹介することを思いつきました。それ以前は、新聞の3行広告の片隅に、「○○アパート、家賃○○円」ということを、出して宣伝していましたが、数にも制限があり、5物件くらいしか出せません。しかし、部屋を探している人がイメージしやすく、相場観がつかみやすくなり、探す手間も省けるようにと、情報誌として、『賃貸住宅ニュース』を発刊しました。これは、それまでどの会社もやっていなかったことでした。他に情報がないわけですから、部屋を探している方は、こぞってこの雑誌をお買い求めになりました。そして、私どもの店舗を訪ねてくださいました。この媒体自体が、たいへんな集客力があったわけです。
しかし、現在は、インターネットの時代ですから、どの方にとってもある意味公平な機会で、世の中の賃貸情報を知ることができるようになりました。したがって、リクルートのSUUMOさんや、ホームズ、我々のCHINTAIなど、インターネットのサイトで多くの物件が検索可能で、お客さんは、その中から選ぶことができます。ですから、コンピタンスであった雑誌の時代の集客力は、インターネットの広まりとともに、下がってきました。これからは、他にない発想力をもった情報提供の仕方が、必要になってきています。
雑誌発行以外にも、当社は次々と、業界初の試みを打ち出してきました。
土日の営業を始めたことも、大きなインパクトがありました。かつては、不動産はあまり商売熱心ではありませんでした。土日は閉店しているところも多かったのです。しかし、部屋を探す人たちの立場からすれば、土日に回りたいと思うのは当然でしょう。ですから、我々は、土日にもオープンすることにしました。
キャンセル料の廃止も、当時としては新しい試みでした。昔は、手付金という制度があり、申し込みたい場合、手付を入れていました。しかし、キャンセルした場合、手付金は没収になり、大家さんからは戻ってきません。今でも、売買にはその制度の一部が生きていますが、こういう制度は、賃貸業界では我々が一番先に廃止しました。申込金はお預かりしますが、キャンセルの場合は、全額お返ししています。
また、1986年に新しい男女雇用均等法が施行された頃から、我々は女性の登用に力を入れてきました。不動産屋の悪いイメージを払拭したかったからです。
物件を乗用車でご案内することは、今は当たり前になっていますが、これも我々が業界に先駆けて行ったことです。
先にお話しましたが、仲介手数料を半月分にしたのも、我々が業界で最初に行ったことです。
③新しいビジネスモデルの展開 ‥‥ポリシーの推進
ポリシーを推進する力も、我々のコア・コンピテンスの一つと言っていいでしょう。
当社では、我々は物件確認(物確)を推奨しています。ただ、全ての物件を見ておくのは不可能ですから、お客様に推薦する前には自分で事前確認するということを強調しています。ですから、担当者は物件をよく知っており、お客様に対する説明には合理性や厚みがあると思います。
また、物件調達(物調)にも一生懸命取り組んできました。我々は、ポリシーとして、業者物件(業物)は扱いません。業者物件というのは。他社が管理している物件を、情報だけもらって、お客さんに紹介するというやり方です。これだと、大家さんの顔がまったく見えません。大家さんから直接物件を仕入れれば、大家さんの希望や、どれくらいまでは家賃交渉ができるかというような条件が把握できます。しかし、業者を通して紹介するだけでは、そういうことはまったくわかりません。
国内の積極的な出店戦略も、われわれのポリシーです。最近では、2005年に、積極的な出店攻勢をかけました。直営店360店舗だったのを、半年で一気に160店舗増やし、一気に520店舗にしました。今振り返ると、その効果は成功3割、失敗7割という感じでしょうか。
それまでは、年間40店舗くらいの出店で、緩やかな拡大路線をとっていました。我々の事業は、仕入れ原価はかからないものの、新しい店舗を出しても、地道に周辺の家主さんを回り、仲介できる物件を増やしていかなければなりません。ですから、外食のような業態と違い、黒字化するまでに2~3年くらいは必要です。
それなのにあえて無茶をしたのは、この前の年に、アパマンショップさんがネットワーク.店で500店舗を達成し、その勢いで、直営店舗を200店出店すると言い出したからです。
それで、エイブルとしても、我々も一気に拡大路線をとって、アパマンさんの勢いを何とか抑えようとしたわけです。しかし、アパマンさんは、結局、その翌年は15.店くらいしか出さず、現在は70店舗弱くらいで、直営200店舗構想というのは、引っ込めたわけです。それで助かったという意味で、よかった点が3割ということです。
一方、反省点としては、やはり無理をしすぎたと思っています。当時、我々は、半径500m以内に2店舗出して、能力のある店長が複数店舗を1人で担当する制度にしました。しかし、店長を一気に160人増やして、520人にしましたから、「本当にこの人で大丈夫?」というような人も店長になってしまいました。この制度はうまくいかず、結局、1店1店長の体制に戻しました。一気に拡大路線を取る時、人を育てるのは難しいことです。その人たちがさらに部下を育てていくのは、さらに大変です。当社の誇るべき古き良きDNAが、薄れてしまいました。
ただ、やはり、歴史的には、出店戦略がエイブルの成長の大きな成功要因であることは、明らかです。
4 今後の目標と戦略
賃貸業界は、独占企業があまりいない業界です。エイブルのシェアは、ピーク時14%、現在は11~12%くらいです。本来なら、ランチェスター戦略を有効に働かせるためにも、20%くらいのシェアに持っていきたいと思っています。ただ、業界の特徴として、これはなかなか難しいのが実情です。
エイブルの今後の目標としては、20~30代の女性をターゲットの中心にしたり、シニア年齢層や留学生(外国人)の取り込みなどを考えております。また、これまで住宅を購入していた層に、賃貸にシフトしてもらうことも大事です。現在、家を買われる方は、マンションの販売実績を見てもわかるように、とても増えています。しかし、不動産の価格があまり上がっていませんので、買い替える人があまりおらず、移動が起きにくいようです。仲介業は、移動があって成り立つ世界です。最後の点については、次に、私の著書をご紹介しながら、持家と賃貸を比較して考えていきたいと思います。
5 持家VS賃貸
本屋には、「家を買いましょう」という本はたくさんありますが、「家を借りましょう」という本はありません。そこで、業界のリーダーとして、賃貸の良さを訴えるために、私は、2005年と2012年に本を出版しました(エイブル編(2005)『一生賃貸!–家を持たないという価値観』ダイヤモンド社、エイブルリサーチ・インターナショナル(2012)『家買うVS借りる決断する前に読む本』幻冬舎メディアコンサルティング)。その著書で展開したロジックについて、これからお話しさせていただきます。
(1) 所有志向の変化
家を借りる人にとっては、有利な政策がたくさんあります。しかし、家を借りる人に有利な政策は、ほとんどありません。将来、家を借りる人にとってもメリットがあるよう、我々が国に訴えていき、こういう状況を変えていきたいと思っています。
実は、何が何でも家を買いたいという、日本のかつての持ち家志向には、変化が表れています。買わなくてもいいと考えている若い人は、14年間で6%から12%に伸びています。この数字は、もう少し増えていくと私は思っています。他の業界でも、たとえば、蔦屋などのレンタル・サービスは定着しています。買わなくても借りて見ればいいという考え方が広まったからです。自動車も、前ほど売れなくなりました。代わりに、レンタカーや、カーシェアをする人が多いです。パーティードレスやブランドバックも、買うより借りることが、だんだんトレンドになってきています。所有よりも、必要な時に借りるという考え方は、もっと増えていくのではないでしょうか。
(2) 家を買う理由
そもそも、家を買う理由とは、何だったのでしょうか?我々の両親や祖父母くらいの世代からよく言われてきたのは、「持ち家は資産」、「家賃を払うくらいなら、持ち家を買ったほうがいい」、「社会的信用やステイタスにつながる」というような意見でした。
しかし、私は、家を買う理由の前提として、3つの神話があったと考えています。
1つは土地神話です。かつて、土地は必ず値上がりするものと信じられていました。確かに、かつてはそうでした。しかし、バブル崩壊とともに、この神話は崩れました。
第2に、終身雇用という神話です。一つの会社で一生働き続けるという時代は、もう終わりました。
3番目は、定期昇給で、給料がだんだん上がっていくという神話です。しかし、給与体系は能力給に置き換わりつつあり、最近は退職金制度さえやめて、現在の給与に上乗せして払うという会社も増えてきています。
4つ目は、老後保障の神話です。かつては、高齢者は大変優遇されており、医療費負担も1割負担をするかしないかという時代でした。老後は国が必ず守ってくれると思われていました。しかし、これからは変わってきます。
こういう状況を考えると、もう、「欲しいから家を買う」という時代ではないでしょう。
ここに、分譲マンションを購入した人に、購入理由を尋ねたアンケート結果があります。「広い家に住みたい」「便利なところに住みたい」「子供の教育環境のいいところに住みたい」などが上位の理由で、「家が欲しい」という理由で買っている人はいません。広さだったり、便利さだったり、環境や設備が大事なのです。しかし、こうした必要性というのは、よく考えれば一過性という面もあります。たとえば、子供の教育環境というニーズは、お子さんが成人した後は、もう必要ないでしょう。
(3) 家を買っていい人、悪い人
そもそも、家については、買っていい人といけない人とがあると思います。これまで、分譲業者を中心に、本来買ってはいけない人に、無理やり売りつけてきたのではないでしょうか。しかし、家が競売にとられてしまったとか、ローンが払えなくて自殺したような人の話を聞くと、私は、「これはもともと家を買うべきではなかった人たちなのではないかな」と思うことが多いのです。
銀行も銀行です。ある銀行は、「税引き前の年収で400万円の人には、年収の35%まで融資します」と言います。しかし、考えてみると、この人の年間の銀行への返済額は140万円になります。いったい、これで生活が成り立つでしょうか?ところが、買う人はうれしくて、融資枠いっぱいまで借りてしまいがちです。頭金もなくていい、税制も金利も今はいいということで、飛びついてしまうのですが、これはやはり、よく気を付けなければならないことです。
(4) 賃貸だと何ができるか
一方、賃貸ならと何ができるか、という話をしたいと思います。
私の友達には、海の近くに住みたいという人がたくさんいます。朝早起きして、浜辺をゴールデン・レッドリバーを連れて歩いてみたいというような夢を持っているなら、私は、一度しかない人生なのだから、そうすればいいじゃないかと思います。しかし、いったん家を買ってしまうと、二の足を踏んでしまう人が多いようです。京都に1年間暮らし、とことん歴史を探求したいという人がいれば、それもいいでしょう。そして、東京に戻ってきた後も、京都で知り合った人とずっと年賀状をやり取りするというような人生を送る人はいいな、と私は思います。
賃貸の場合、どう暮らしたいか、どういう人生を送りたいか、選択できます。確かに、自分のものにならないとか、家賃を払うのはもったいないという考え方もあるでしょう。しかし、それは自分の人生を豊かにするための投資として、とらえることもできると思います。
(5) 家を買うことのリスク
家の買うことのリスクについて、あまり考えないで買ってしまう方もいます。主なリスクを3つ、挙げてみたいと思います。
まず、災害のリスクです。東海も近畿も関東も、30~50年以内に大きな地震が起きて、液状化現象や津波で被害を受ける可能性があります。台風・竜巻・洪水・火災等のリスクもあります。
2つめが経済的リスクです。景気、雇用、給与低下、金利上昇、年金などです。いま、アベノミクスで金利が上昇する傾向が出始めています。これに連動して、給料が増えていかなければ、金利はたいへんな家計の負担になります。
3つめは見えにくいものですが、その他のリスクとして、住宅の欠陥・家族構成変化・拠点変更(転勤)などが考えられます。たとえば、地方に家を買って楽しく暮らしていても、父親が転勤になるというケースがあります。家を買ってしまったので、家族は動けず、子供が最も父親を必要とする多感な時期に、父親は単身赴任ということも起こりえます。
それから、現代特有の要素として特筆しておきたいのが、人間関係のリスクです。隣人トラブル・いじめ・ストーカー等です。アンケート結果を見ると、近隣とトラブルがないというマンションは全体の20%くらいしかいません。トラブルは、騒音などをめぐる住民間のいざこざがほとんどです。
また、警察の発表によると、不審者や迷惑電話の相談件数は年間20万件にのぼります。ストーカーのレッドカードは2,000件、警察がストーカーとして認知しているケースは、全国で約2万件にのぼります。2010年のいじめの件数は、把握されているだけで7万7,630件でした。いじめの自殺が事件になった後、全国の学校が一斉調査した結果、2012年のいじめの件数は、13万件に増えています。いじめは潜在的に非常に多く、しかも増えています。
ここで私が何を言いたいのかというと、たとえば子供が学校でいじめにあったとします。しかし、家を買ってしまうと、他に引っ越すということもできないから、がまんしなさいということになってしまいがちだということです。
家の購入には、こういうリスクが伴うことを理解したうえで、購入した方がいいでしょう。理解していないと、後から後悔することになりかねません。
(6) 賃貸の優位性
家を持っていると、老後でも住むところがあるというような安心感はあると思います。一方で、賃貸の生活にも、素敵な点がいろいろあるということをお話ししておきたいと思います。
どういう生活がいいのかというと、おしゃれにくらしたい、どうしても憧れの町に住みたい、という人もいれば、目的に合わせた住居に住むという考え方もあります。たとえば子供の受験というような目的を達したら、別の場所に住み替えればいいわけです。引っ越した後は、同じ目標を持っている人が、新たに越してくればいいでしょう。
たとえば、私が是非実現したいと思っている企画の一つは、プロ野球チームのファンのマンションを作ることです。神戸の近くにファンしか住めない阪神タイガース・マンションを作って、部屋番号は全部選手の背番号というようにしたら、おそらく応募が殺到するのではないでしょうか。こういう暮らしは、すごく素敵だと思います。
ダイエットマンションというのは、私が以前からアイディアを出していたのですが、すでに存在します。アイディア自体はたぶん、私の方が早かったと思います。要するに、前月の体重が、家賃になるわけです。50㎏だったら5万円、60㎏だったら6万円という感じで、家賃がダイエットに直結していますので、がんばって体重が減っていくのではないか、というわけです。玄関を開けると、部屋のドアの前が全部体重計になっています。
以上、こういうふうに、楽しく、目的に合わせた賃貸生活の実現をお手伝いさせていただければいいなと思っています。借りることにはリスクもありますが、メリットもあり、賃貸生活は、肩身の狭い生活ではないということを、我々としては声を大にして言いたいということで、お話しさせていただきました。ありがとうございました。
質疑応答
(小川孔輔)自分も近々、セカンドハウスとして、神楽坂に賃貸住宅を借りて住む予定です。子供も独立したので、買う必要はないからです。
(質問)私は、ファイナンシャルプランナーをしていましたが、相談の多くが、住宅ローンに関することでした。私は、賃貸でいいのではないかという話をしていました。私自身も賃貸です。ただ、私自身が相談者の前で言葉を濁していたこととして、改装が自由でないこと、更新料が必要なこと、家主さんの都合で出ていかなければいけない場合があること、また、老後の家賃に不安があるというような点があります。こういう問題については、御社ではどう解決されますか?
それともう一つ、思った広さの物件がなかなかないという点があります。私は広いところがよくて、50㎡ではだめです。70㎡以上がいいんですが、90㎡くらいになると、物件数が大変少なくなります。そのあたりは、どのようにお考えですか?
(平田氏)おっしゃる通りだと思います。まず契約更新料については、最高裁では合憲とされましたが、貸主さんも自主的に辞めようという流れもあります。また、改装もお好きなように、というのが、今のトレンドとなりつつあります。
老後についてですが、若い時に家を買っていたら安全かというと、必ずしもそうでもありません。持家にしろ、賃貸にしろ、やはり、堅実な生活が大前提だと思います。
広い物件を確保するということについては、最近おもしろいケースが出てきています。多少狭くても、ウィークデーは都内の賃貸に住み、週末は軽井沢の持家で過ごすというような人が増えてきているようです。外房でも、埼玉でもいいですし、そういう暮らし方もあるのかなと思っています。
ところで、ファイナンシャルプランナーさんと言えば、知人が受けた相談で、私にはすごくショックだった話があります。相談された方は、離婚された女性だったのですが、「子供を1人育てるのに、いま、2,000~3,000万円かかる。そうすると、自分は子供を持つ方を取った方がいいのか、家を買った方がいいのか」という質問をされたそうです。私は、家と子供を比較するのを聞いて、複雑な気持ちでした。
(質問)2点質問があります。まず、上場した目的として、優秀な人材の確保という理由を挙げられていました。実際に、人材の質や応募数に変化がありましたか?また、非上場にされてからは、どう変わりましたか?
2つ目の質問ですが、日本の賃貸アパートや賃貸マンションの7割は、どの不動産屋でも仲介可能な物件だというお話でした。後の3割の専任契約の物件について、自社の独自物件を確保するために、どんな工夫をされていらっしゃいますか?また、エイブルさんは、3割のうちどれくらいの比率を保有しておられるのですか?
(平田氏)当社では、上場してからは、明らかに周囲の変化がありました。三菱地所さんなどデベロッパーはそれなりに人気がありましたが、不動産屋はそれほどよくは見られていなかったんです。上場してからは、大卒で優秀な若い方の応募は、明らかに増えました。
MBOを行って非上場になってからの状況ですが、最近人事部長と話したところ、今年は例年にもまして非常に優秀な学生さんたちが応募してきてくださったようです。上場しているかどうかというよりも、この会社が何をやってきたか、どんなビジョンを持っているのかということややりがいの方が、学生さんには重視されるようになってきているのかもしれません。
独自物件についてですが、この3割は、いわば不動産屋のPB商品です。ですから、どの業者も必死になって、自分のところだけに専任媒介をもらえるよう、「うちだけで募集させてください」と頼んで、営業しています。それをいただくには、最終的には、私の営業時代もそうだったのですが、大家さんから信頼していただき、「君に任せるよ」と言って下さることが大きなポイントになります。大家さんは、自分のマンションやアパートを、わが子のように大切にしておられるからです。こういう信頼関係以外にも、1年間滞納保証をつけるというような管理商品のオファーを提示すると、任せて下さる場合もあります。
また、企業としての信頼、財務体質も大事です。不動産業では、預かったお金を運転資金に回してしまい、倒産して問題になる事件がよくあります。バランスシートが綺麗であることは大事な要素です。
(質問)私は、老後になると、賃貸はやはり難しいのではないかと思います。自分の周囲でも、特に独身の女性は、年をとると1人では借りにくくなるということで、マンションを買う人が多いです。現実問題として、年を取っても本当に借りていられるのかという不安が払拭できないと、難しいと思います。平田社長のお話の8割くらいはわかったのですが、残り1~2割、やはり現実はどうなのかなという疑問があります。
(平田氏) 私は、2005年に『一生賃貸』という本を出しました。エイブルとして「一生賃貸」と言ってしまった以上、会社として一生面倒を見ないとまずいだろうという意見が社内で出ました。それで、2005年段階で取引していただいている30万人の家主さんに対して、シニア事業部から一斉に一生賃貸のお願いを出したことがあります。
おっしゃる通り、確かに、借りる方が60歳を超えると、貸し渋りという現象が起きてきます。大家さんの側では、「身寄りがない方で、万が一亡くなられたときにどうしたらいいのか」、「年金だけで家賃が払えるのか」という心配があるからです。我々としては、この心配を払拭することで、大家さんに一生賃貸の考え方を容認しようとしてもらおうという行動に出たわけです。半分の大家さんは、我々の「一生賃貸」の考え方を了承してくださいました。
その段階では、我々としては明快な打ち手はありませんでした。ところが、高齢化社会ですから、行政の側でいろいろな施策を検討し、サービスを打ち出し始めました。東京都では、安心入居制度というサービスがあり、都として家賃保証制度を行うとともに、亡くなられた時に部屋の中の荷物を整理して、お墓の手配まで全部行ってくれる仕組みになっています。こうした行政の動きと絡めながら、我々の方でも大家さんの啓蒙をしていくことで、この問題は解決していくのではないかと思います。いずれにせよ、これから超高齢化社会に入るわけですから、対策を講じるべき課題です。
(質問)大家さん側でもご高齢になられて、取引先を変えられるというようなことはありませんか?
(平田氏)そうしたケースもこれからもっと出てくるでしょうが、私は、これはコミュニケーションの問題だと思っています。我々は、業者を通してではなく、直接大家さんと接触しています。電話物件調達(電調)と呼んでいますが、大家さんとの電話でのやり取りを、月に1回は行うようにしています。そのとき、部屋に空きがあるかどうかというようなことを伺います。空きがあれば、その時点で我々が紹介できる物件になるわけです。
(質問)これから、どういう賃貸住宅を作っていけばいいとお考えですか?
(平田氏)新しいマンションは、スペック的にはすべてそろっていて、これ以上何をつけたらいいのかという感じです。最近は、防犯やセキュリティシステムも、進んでいて、ピッキング防止用に、鍵穴のないドアも出てきています。
足りないのは、家族向けの設備です。少子化が進んでいますから、ワンルームをどんどん作るという時代は終わりました。ですから、ご家族が満足して長く住んでいけるようなスペックの住宅を作っていきたいと思っています。
ご家族で住むには、最低でも65㎡以上の広さがなければ、満足していただけません。地価や容積率の関係で、坪単価の高いワンルーム・マンションがどんどん建てられましたが、いま、ワンルームは完全に供給過剰です。
これからは、ワンルームの部屋3つを1戸にリフォームするというような提案を家主さんに行っていって、家族向けの広い部屋を作っていきたいと考えています。
(質問)私は外国人ですので、賃貸住宅に入居する際には、いろいろ条件を付けられます。御社では、外国人向けの物件について、どう考えていらっしゃいますか?
(平田氏)これから人口が減少していきますので、我々としても、外国人のお客さんが大事になっています。今は、家賃の保証会社と契約する方法が広がっています。ですから、我々の会社では、アジアの方でも欧米の方でも、外国人であることが賃貸契約の障害になることはありません。
(小川孔輔)私たちは、法政大学の中で、外国人が賃貸契約をしやすいような制度を作っているところです。
それでは、いい話が出たところで、今日はこれで終わりにさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。