『日経MJ 流通新聞』(2016年4月10日)に寄稿した「ヒット塾」の記事を掲載する。
スーパーの来店客は、10人に1人の割合でパンを購入している(買上率=10%)。一回の購入個数は約4個なので、PI値(100人当たりの買上点数)は約40になる(ある大手スーパーの3月実績値)。インストアベーカリーは集客の目玉になっているが、部門としてはほとんどが赤字である。
ところが、「100種類の100円パン」を掲げ、1日平均3千個売り、きちんと利益を出す会社がある。ベーカリー事業「アクアベーカリー」を手がける埼玉県上尾市のアクアである。
「ブーランジェベーグ」「パンマルシェ」を展開する徳永奈美社長はシグルマザー。3人の子供を抱えながら40歳で起業。15年後の今、埼玉を中心にマミーマート、LIXILビバのホームセンター内に27店を持つまでに成長させた。
2015年度の売上高は26億5000万円。ラーメン「福よし」、うどん「お多福」、洋食「グランマキッチン」、たい焼き「かめ福」などのブランドも持つ。
最も繁盛しているのさいたま新都心店では、マミーマートの来店者の32.5%がパン売り場に立ち寄る。社内で「マミー率」と呼ばれる買上率は平均25%。通常のスーパーの2.5倍である。買上点数も6個で、PI値は150になる。
店舗数が増え始めたきっかけは6年前のマミーマート足利店への出店だった。パンの売り上げがそれまで営業していた地元パン屋の7倍になった。100円(税別)の値ごろ感、100種類から選べるバラエティー、鮮度の良い美味しいパンが支持された結果である。店数が増やせないのは、職人の採用とパートの教育が間に合わないからである。
アクアベーカリーの特徴はキッチン(25坪)が売り場(20坪)より広いこと。売り上げは通常の3倍(平日20万円、土日50万円)だから採算は十分にとれる。
量販店がインストアで運営する場合、パン生地は自社ないしはメーカーの工場で前加工しておく。冷凍生地を各店に配送して店内のオーブンで焼く。品ぞろえは本部が決める。しかし、標準化されたオペレーションは、次のような「三方に悪し」の結果を生みだす。
第1に、パン職人にとって、はなはだつまらない職場になる。品ぞろえで創意工夫をする余地がないと、優秀な職人が定着しない。
第2に、コスト管理を徹底させるために、売れ筋の品種だけをたくさん焼く。ところが、朝まとめて焼いたパンは午後には鮮度が落ちて売れ残ってしまう。
第3に、インストアベーカリーのパンは値段が高くつく。廃棄ロスがたくさん出る分が価格に転嫁されるからである。絞り込んだ品ぞろえでは、消費者からすぐに飽きられてしまう。
この悪循環を断ち切るために、徳永社長が考えたのが、多品種少量ロット生産方式である。しかも、パン職人さんにキッチン内で思う存分に腕を振るってもらうようにした。職人とパートがチームを組んで、朝6時から夕方4時までパンを焼き続ける。焼きあがったばかりのパンが、一日中フレッシュな状態で棚に補充される。そして、パンの種類は店独自に考えてよい。
品ぞろえは「個店主義」。こちらの方が、オペレーション上は効率的である。生地からこねるから売れ行きを見ながらパンを焼くことになる。徳永社長は各店の販売実績に応じて報奨金を出す。たくさん売ってロスを減らすにはどうしたらよいか。自分たちで考えるから働くことが楽しくなる。結果として廃棄ロスがほとんど出ない。だから100円で元が取れるのである。
キーワード:PI値と買上率
PIはPurchase Indexの頭文字で、来店客100人当たりの買上点数を示す値。買上率は来店した客が特定商品を購入する割合のこと。PI値や買上率が高い商品は客寄せになるので、牛乳や卵などのように特売の対象にされやすい。