「ヒットを生む女傑の才:上」『日経MJ新聞 ヒット塾』(2016年4月4日)

 『日経MJ 流通新聞』(2016年4月4日)に寄稿した「ヒット塾」の記事を掲載する。


北関東、とりわけ埼玉と群馬は優れた女性経営者を生み出している。すぐに思い浮かぶのは、ヤオコーの実質的な創業者、川野トモさんと、前橋市にある日本一の豆腐メーカー、相模屋食料を創業した江原ひささんである。両企業とも戦後すぐの創業で、家庭的な雰囲気を育みながら食品関連の事業を成長させてきた。

 高崎市に本社を置く洋菓子メーカー、原田(ガトーフェスタハラダ)の原田節子専務も群馬県を代表する女性経営者である。創業1901年の老舗和菓子屋を、先代の社長(父親)が、給食用のパン供給事業に拡張していた。実娘の節子専務が事業を継承して、2000年に大ヒット商品となる「ガトーラスク グーテ・デ・ロワ」(「王様のおやつ」の意味)を発売した。

 「地域ブランド調査」で群馬県は全国で最下位圏にある。「観光土産」という立ち位置を築きにくい。そこで原田専務は市場を全国に広げ、どの季節も需要をつかめるグーテ・デ・ロワを通信販売することを思いついた。

 逆張りの発想のヒントは近くに自衛隊の駐屯地と鐘紡の紡績工場があったことである。高度成長期に、全国から若者(自衛隊員と女子工員)がこの町に集まってきた。彼らは盆暮れに帰省する際、原田本店の和菓子をお土産として持ち帰っていた。「パン工場で焼いたフランスパンをラスクに加工したらギフト商品になるのでは」というもくろみがずばり的中。口コミでその美味しさが伝わり、グーテ・デ・ロワは発売翌年に約2倍の2億円弱を売り上げる人気商品となった。

 成長の第2段階は早期に百貨店に販路を拡張したことである。03年に地元のスズラン百貨店に出店。04年以降は、東武百貨店船橋店を皮切りに全国の百貨店に売り場を構え、現在22店舗を展開する。県内に2工場を持ち、従業員約千人。年商170億円規模の優良企業に成長した。

 原田の成功は通常の経営では“禁じ手”とされている3つの基本戦略によるものである。プレミアム性の高い商品でしばしば観察される「限定マーケティング」がその特徴である。

 第1の成功要因はマスメディアへの露出を極力控えてきたことである。顧客とのコミュニケーションは、コンサートやイベントなど企業の社会的責任(CSR)活動に限定する。大々的な商品の宣伝はしない。コミュニケーション活動を制限するメリットは流行を作らないことである。販売が平準化することで、急激な需要増に対応するため無理な設備投資をしなくてよい。

 第2に、経営者として、テレビや雑誌にはなるべく露出しないように心がけてきた。原田専務によれば、「経営者がメディアに登場すると、商品に余計なイメージがついてしまう。それは避けたい」。ギフト商品の場合、主役は商品と顧客である。お客様はおいしいラスクを“自分の商品”として贈りたいと思っている。数量を追ってしまうと希少性が失われる。

 3番目は、デザインや商品企画を内製化したことである。小さな会社が急成長すると、社内では経営資源が不足するようになる。ともすると、ブランディングや企画の仕事を外部の組織に委託したくなるが、原田専務は社内に専任スタッフを抱えることにした。商品への思い入れがもっとも強いのが社員だからである。
従業員を大切にしようと気風は、女性経営者に共通しているように感じる。パッケージや制服のデザインの優れた感性もトップが女性だからであろう。

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限定マーケティング:
大量生産・大量販売を前提とした「マスマーケティング」と対比されるマーケティング手法。数量限定、期間限定、販路限定、顧客限定などがある。消費者に対して、その時その場でしか購入できないプレミアム性を訴求するマーケティングのやり方。