第19講 「ブランド構築と広告戦略」
法政大学教授 小川 孔輔
1 ブランドとは何か
ブランドはもともと「Burned(焼き印を押す)」から派生した言葉である。ブランドの起源は古代に求めることもできるが、一般的には中世社会と考えていい。
近代的な商業が生まれる直前で、商品はスコッチウイスキー、刀剣、焼き物、そして衣料品の初期のものである。日本の着物には紋が入っているが、家紋は出生を表示している。その着物を着ている人間がどこのファミリー出身かを示しているわけである。欧州ではすべてに紋章があるが、あれも出生を明記する機能で、ブランドはそれと同じである。さらに言えば、出生を明記することの意味は、その洋服や着物を着ている人間がきちんとした家の出身であるという、ある種の品質保証をしていることである。つまり、出所の明記で品質を保証する、そういう目的が中世にはあった。
そして、マスマーケティングが出てくる現代社会――百年そこそこの歴史だが――、になると法律との関係が生まれてくる。それは商標法、私がもう一つの研究フィールドとしている野菜や花の世界であれば、種苗法などで、誰がそれを作ったか、(その)←トル知的所有権は誰のものかといった出所を相手に伝えるコミュニケーション手段としての意味がブランドにはある。また、現代的な意味でのブランドには商標、ロゴ、その他いろいろある。私自身はそれらをブランド要素と言っているが、いずれにしてもコミュニケーションの手段と位置付けることができる。
それではブランドをどう定義すればよいのか。カリフォルニア大学のアーカー元教授の言葉を借りれば、「自社商品を他メーカーから識別するためのシンボル、マーク、パッケージ、デザイン、名前」で、識別するための活動が「ブランディング(ブランド化)」である。ブランド化とは競合商品に対して自社ブランドに差別的優位を与えるための長期的なイメージ創造活動である。したがってブランドはそれ自身が物理的な存在としてあるのではなく、イメージを作る活動ということになる。
良いブランドとは何か。サントリー系の広告会社、サンアド社の若林覚氏によれば、良い「顔」を持っていること、「名前」が魅力的であること、「中身」が素晴らしいこと。この三つが良いブランドの三条件で、それがすべて揃っていれば最高のブランドということになる。
2 なぜ「ブランド」が注目されるのか
なぜブランドが注目されるのか。私はマーケティングの研究者になって二十五年たつ。ここ十年ほどは「ブランド論」、「ブランドコミュニケーション」、「ブランドリレーションズ」といった言葉が盛んに言われ、ブランドとは何か、ブランドの価値を高めるためにはどうしたらいいか、といったことが議論されているが、十年前まではブランドは市場を分析する対象として存在しただけだった。
そこで、ブランド論が出てきた理由について説明しておきたい。一番大きな理由は一九八〇年代後半のM&A(企業の合併・買収)ブームである。企業の売買は昔からあったが、それがブランド単位、事業部単位で行われるようになった。日本は少し異なるが、欧米ではブランドはほとんど事業部単位で使われていて、その売り買いのブームが八〇年代のM&Aである。だから、八〇年代の終わりには日本円にして数千億円から一兆円といった大型合併、大型買収劇が随分行われた。ネスレの「キットカット」、そして「エビアン」も、欧州の乳製品コングロマリットであるダノン社に買収されたブランドである。エビアンはもともとフランスの同族会社が所有、それをダノンが買ったわけだが、エビアンというブランドはいまだに生き続けている。となると、売買の時、エビアンを幾らで値付けするかという問題が出てくる。エビアンはスイスとの国境近くのレマン湖のそばにある会社で、アルプスを流れ出た地下水を汲み上げ、充てんする工場と容器を成型する工場、ラベリングする工場、そして出荷ヤードが同じ場所にある。おそらくエビアンの物的資産はこの一貫工場だけだと思われる。しかし、エビアンのブランド価値はそれだけではない。ダノン社に売却された時の価値から言えば物的資産などは一〇%か二〇%で、あとの八〇九〇%は「エビアン」というブランド名にある。おそらく一千億単位の値段で取引されたと思うが、ブランドを売り買いするためには評価の必要性が出てくる。マーケットで取引されてはじめて値が付くわけだが、その前にコンサルタント会社や証券会社などの指導、評定があって、そのためのブランド価値を測定することが必要である。
二番目は広告の役割の再評価である。マーケティングは「4P」で構成されている。企業は幾つかの活動をしているが、その中の一つはコミュニケーション活動である。企業が市場に情報を流す。いまはインタラクティブ(双方向性)機能もあるが、そういう活動がコミュニケーション活動で、その中で大きなものがマス広告とSP(セールスプロモーション)である。
マス広告は長期的な企業、ブランド、サービスのイメージを創る活動で、SPはブランドのネームや会社についてよく知っている段階でエビアンが店頭に置かれた時に注目し手に取ってもらう活動である。購買する気になっている段階で、最後に説明し説得するコミュニケーションがSPである。欧米、そして日本も同じだが、五、六十年のマーケティングの歴史の中で最近の十年を除いた四、五十年はマス広告の歴史である。だからコミュニケーション予算の七、八割はマス媒体に使われていた。しかし、ここ十数年はSPに予算が動いている。つまり、長期的にブランドイメージを高めるコミュニケーション活動よりも、SPはとりあえず名前を知ってもらって購買する気になる直前の段階で値引きをしたりする。
SPには価格で相手を動かす価格プロモーションと、おまけを付けたり推奨販売する非価格プロモーションの二つがあり、最近の十数年の流れは価格競争プラス非価格的な手段、つまりSPにお金をつぎ込む流れがずっと続いている。その結果、広告予算は相対的に削られ、SP、特に価格プロモーションにお金が流れていった。
そうすると何が起きるか。コカコーラやエビアンが何十年もかけて作り上げてきたイメージ、エビアンには二百年の歴史があるから、せっかく二百年もかけて作ってきた、いいイメージを傷つけることになる。流通業のディスカウント路線、価格プロモーション路線でブランド価値が傷ついていくのと同じである。したがって、メーカーとしてはそういうプロモーションに対する予算をなるべくマス広告に向け、もう一度ブランド価値を高めるために広告の役割を見直す動きが出てきたわけである。
それとは裏腹の関係だが、三番目は流通のパワー拡大である。これは世界中で言えることだが、代表的なのは、英国では小売業界の上位五、六社で国全体の小売市場の半分以上のシェアを取ってしまうということが起こり、その結果、ナショナルブランド(NB)に対してプライベートブランド(PB)の力が非常に強くなった。ただ、日本や米国では世間で言われているほどPBのシェアは高くない。いまだに数%に過ぎないが、少なくともNBにとってPBの力が非常なプレッシャーになっている。それがメーカーに対する値引き、取引条件の変更要求になっているわけで、メーカーとしてもある種の対抗措置を取らざるを得ない。そこでもう一度ブランドに重点を置くということになる。
最近、「ブランドエクイティ」という言葉が「ブランド価値」とか「ブランド資産」といった意味でよく使われているが、正式な定義は「無形資産としてのブランドを財務的に評価した価値」である。
それではブランドの無形資産を構成しているものは何か。大きく分けて五つある。一つは「知名度」。よく知られているということだけでも資産価値がある。知られているだけでなくて「知覚品質」、つまり品質がいいというイメージ。三つ目は「ブランド連想」である。例えば、ソニーはなぜいいのか。パナソニックでも一〇〇%近い知名度を持っている。それなのに、なぜソニーか、と言えば、知名度や知覚品質だけでなく、ソニーはいろいろなブランドの連想イメージを持たれている。つまりいいイメージを持たれているからこそ買ってもらえるわけである。四つ目が他社には真似ができないような、技術、商標権、パッケージ等々を法律的に保護しているもの、つまり「知的所有権」。それによってソニーブランドは守られている。さらに重要なことは、こういう四つの要素を備えていても消費者が一回しか買ってくれなかったら意味がない。継続して買ってもらうことで初めてそのブランドに価値が出てくる。それが五番目の「ブランドロイヤリティー」である。
ブランディングとは自社製品や自社サービスに固有の長期的イメージを創造することである。では、何を通じて長期的イメージは形成されているか。それは「識別記号」である。「アイデティファイア」と言われるもので、それで自社と他社を区別している。私自身は「ブランド要素」と呼んでいて、それはシンボル、マーク、ロゴ、デザイン、色彩、名前、音、パッケージなど十個ほどある。これは外から見たときにわかるわけで、これでもって識別している。
それでは、所有主体別のブランドにはどういう区別があるか。それは「メーカーブランド」、「ストアブランド」、「サービスブランド」の三類型である。モノを作っているメーカーのメーカーブランド、店舗そのものがブランドになっているのがストアブランド。店舗やファサードが識別記号になる。それに対し、ホテルや航空会社など無形財を販売している場合はサービスブランドである。この場合の識別記号は車体、サーチマーク、ホテルならホテルのデザイン、エントランスといったものが識別記号になる。
3 ブランドの構造と要素
ブランドを構成しているものはミクロ要素とマクロ要素の二つの側面で見ることができる。ミクロ要素は一つ一つ切り離して考えられる。マクロ要素は、例えば、ソニーが持っているある種のイノベーション、今までにないようなものを作ってくれる期待感みたいなものである。それに対し、消費者はブランドをどう見ているか。これは消費者がそのブランドを選ぶ理由、「ベネフィット」で大きく三つに分けられる。機能的ベネフィット、情緒的ベネフィット、そして自己表現ベネフィットの三つである。
今私が履いているリーボックの靴を例に上げよう。この靴の機能的ベネフィットは「フカフカ」感。もともと、リーボックはニューヨークの働く女性が通勤の時に履くシューズとして登場したため、柔らかくてソフトである。そこにあるのは履いている人の女性的イメージとか街を歩いている女性の姿、あるいはニューヨークのイメージで、それらも消費者がリーボックを選ぶ理由である。これは情緒的ベネフィットである。では、私がこれを履いている理由は何か。講演会などで素材、小物として使いたいからである。他に私が使うのは先ほどの「エビアン」と岐阜県のミネラルウオーター。この二つを併用して飲んでいて、私自身が自分のスタイル、自分の生活感といったものを表現するための「部品」として使っている。これは自己表現――使っている人間、飲んでいる人間、食べている人間本人を表現するための部品で、「自己表現ベネフィット」である。
では、ミクロの要素とマクロの要素にはどういうものがあるか。ミクロの要素は通常「ブランド要素」と言われているもので、シンボル、ロゴマーク、キャラクター、色彩、ジングルなどがある。これらの特徴は何か。シンボルやロゴマークはブランドにくっついているが離すこともできる。分解可能でそれ独自が意味を持っている。だから、ロゴマークはあまり変えてはいけないけれども、変えようと思えば短期的に変更可能である。ただし、ロゴをいじったり、音楽、パッケージデザインを変えたりするとブランドの統一感を失わせることがあるので、注意しなければいけない。変えられる範囲、変え方には非常に注意が必要だが、うまく変えるとそのブランドが非常に生き生きとすることがある。したがって、プラスとマイナスの両面がある。また、ブランド要素は感覚器官――目、口、耳、鼻、皮膚など五感を通して入ってくる。これを「一次連想」と呼んでいる。
一方、マクロ要素は分解不可能である。したがって総合的で、ある種のスタイル、存在感、自己主張――企業、ブランドが持っているある種の主張を伝えるような雰囲気のものである。これはスタイルだったり、テーマ性、パーソナリティーだったりする。ドイツ語で言う「ゲシュタルト」――分解できない全体的な雰囲気という意味で、我々の感覚からすると「ライフスタイル」である。よく例に挙げられるのが「無印」で、これは価値観に影響を与えている。
〔図表1〕パワーポイントの資料 ブランドのミクロ要素 色彩(カラー)
図表一はブランドのミクロ要素の事例として、色彩(カラー)がアイデンティファイアとして機能していることをフィルムメーカー三社の例として示したものである。フィルムメーカーにはコダックと富士フィルム、コニカがあり、フィルムのパッケージなどの色彩に関し、コダックは黄色、富士は緑、そしてコニカは青だから、店に行けばどこの製品かすぐわかる。昔、ダイエーが扱っていた商品で、「アグファ」というフィルムがあったが、赤で、今はあまり見かけない。日本のフィルム市場では赤やオレンジはどうも芳しくないようだ。これは色彩がアイデンティファイアになっている例である。
〔図表2〕パワーポイントの資料 商標(トレードマーク、ロゴ)
図表二は企業の商標(トレードマーク、ロゴ)の変遷を示している。トレードマークは商標で、ロゴマークは会社名・ブランド名を表した文字である。図の上段は、日本航空の例である。一九五九年以来の「鶴」のマークを八九年にランドーアソシエイツのコンサルティングで「JAL」に変えた。これは成功だったと評価できる。それが今はどうなったか。JALとJASが統合されたために、JALのマークにナイキのマークみたいなものが入った。これは最悪だと思う。もし、私が経営者であれば、こんな中途半端なデザインにはしない。JASには遠慮してもらって、これまでのマークを使うか、あるいはJALの文字の下にボーダフォンのように二つロゴを入れて、統合の実が上がった将来のいつか、どちらかを消していくという戦略を取る。まずは並列でサブブランド的に置き、JALとJASのマークを下に付けて昔の顔や名前の資産を生かし、知らない間に無くしていくという方法が一番いいと思う。
二年ほど前、ボーダフォンがJーフォンを買収した時にロゴマークやブランドはどうしたらいいかと意見を求められたことがある。それに対し、最初はJーフォンを大きく書いてボーダフォンは小さくする。そして、時期をみてボーダフォンを大きくするか上に持っていくかして、いずれJーフォンは消すというのが私の回答で、今のところはそうなっている。もちろん、これは私だけの意見ではなく、相談を受けた人のほとんどがそうだったと思う。ブランドはすぐ変えるわけにはいかないから、まずは消してもいいようにロゴマークを作る。それがポイントである。
日本の金融機関も日本航空の新しいロゴと同じ考え方のようだ。いいブランドはいい名前といい顔を持っている。日本の金融機関は不良債権問題で元気がないというか、ひどい状態にあるわけだが、その一つの表れは顔と名前だと思う。昔は「さくら」だった銀行が今は三井住友銀行。合併すると名前と顔が変わるのは当然かもしれないが、サービスを受けている人間からすれば、この顔と名前が一体いつまで続くのかと考えざるを得ない。だから信頼感が無いし、愛着が湧かない。
図表二の下段は「金鳥」の例で、企業名よりブランド名を重視したものである。マークは金鳥から「KINCHO」にして、「大日本除虫菊」という会社名は後退させた。ブランド名の方が高い認知度を持っているから、この戦略は正解だと思う。要するに、顔や名前の作り方はその企業の哲学で、それを通してよく見えるわけである。
ブランドは音楽(ジングル)とも密接に結びついている。「文明堂のカステラ」は私の好きなCMである。七〇年に秋田から上京して最初に見たテレビCMがこれだった。「カステラ1番、電話は2番、3時のおやつは文明堂」という有名なCMで、今も続いている。文明堂ははやくも一九三八年に電話機でカステラの宣伝を始めている。五三年の民放テレビの開局とともに、カステラのCMを開始、六二年に始めた子熊のカンカンダンスとそれに付けた音楽が評判になり、知名度の向上につながった。このように、文明堂は一貫してブランドの確立に音や音楽を生かしているわけである。耳から入ってくるアイデンティファイアは「文明堂のカステラ」の他、ソニーが提供するCMで必ず付いていた「It′s a Sony」のナレーションがある。さらに、「P&G」や「ニッポン・リーバ」の外資系二社も、テレビCMで企業名を出す時には社名を音声で表現している。コーポレートブランドのブランディングに音を使っている例である。
このように、ブランディングでは五感を通してのコアメッセージ伝達が重要である。今あげた聴覚以外に、視覚を通して伝わるのがロゴ、シンボル、色、形、パッケージで、先に紹介したように、様々な商標がある。香りで例に挙げられるのは下着ブランドの「PJ(ピーチ・ジョン)」。東京・渋谷の「109」の店に行くとピーチの香りが漂ってくる。触覚は肌触りで、包装紙、レターヘッド、ワコールの「快眠パジャマ」などがある。味覚は「QPマヨネーズ」や「ポカリスエット」で、味で差別化をしている。
〔図表3〕〔図表4〕〔図表5〕事例:ユナイテッド・アローズ
ロゴマーク(名前と顔)の変更で、ユナイテッド・アローズのケースを取り上げる。図表三は多分、最初の会社の立ち上げのときに作ったロゴマークだろう。これは三本の矢を表しているが、わりと都会型のセレクト・ショップ・タイプのもので、尖った消費者に対する都市型の訴求を考えていたようだ。その人たちが少し年を取って郊外の一戸建やマンションに引っ越す。すると都心で生活していたパターンを変える。その時期に作った第二ブランドが図表四だそうで、この第二ブランドは拡張ブランドである。
消費者が都心から郊外に移動する。打ちっ放しのコンクリートの世界から緑のある郊外に引っ越すことで、考え方や感じ方も変わってくる。そこで、そうした消費者に合わせて作ったのがこのロゴマークである。マークの上は葉っぱを表している。下の部分はダルマのように見えるが、実は「グリーン」のg。もともとの「UNITED ARROWS」というブランドは図表三に比べると相当小さな字で、「GREEN LABEL」という文字が真ん中にあって字体も大きくて重たい。その下に、また小さく「RELAXING」とある。
この三行は非常に面白い。UNITED ARROWSは社名で、しかも親ブランドである。そして、拡張したブランドはGREEN LABELで、環境とかグリーンだから機能ブランドである。その下のRELAXINGは情緒性という属性を表している。この中で一番大きいのがGREEN LABELで、UNITED ARROWSとRELAXINGは小さくて同じ大きさである。だから、第二ブランドを立ち上げた時には、機能――環境や植物という点にフォーカスしているわけである。だから、このロゴマークはUNITED ARROWSの郊外店を出したときの経営者、あるいは企画をした人間、業態を開発した人間の心意気や哲学を表している。
そこで、この第二ブランドをどうするか。その仕事を請け負ったのがサンアドのアートディレクター、葛西薫氏である。彼に与えられた期間は十日しかなかった。その間に実際にGREEN LABELを手掛けている会社の担当者、店長、そして社長などと面談して、基本的に持って行きたい方向を聞いたそうである。その結果出来上がったのが図表五のロゴである。
第二ブランドに比べると、葛西氏の提案にはある種の発想の転換がある。前のロゴはGREEN LABELを大きくして、情緒性のRELAXINGは下に置いていたが、葛西氏の提案はこれを統一する。つまり、機能と情緒を一つにして横一列で「green label relaxing」という長いブランドを作ったわけである。
また、前のGREEN LABELと、現在のgreen labelを比べると、GREEN LABELの方が書体的に強い。しかし、GREEN LABELは環境や植物だから、動物のように強いのはおかしい。したがって、発想を変えて弱くした。目立つよりも弱く、つまりグリーンらしさの書体を選ぶわけである。それとRELAXINGを強調するために上と下の関係ではなく統一して長くする。最近は長いブランド名が流行のようで、その流れにも乗っているわけである。さらに、「united allos」も優しくし、小文字で表現することにした。つまり強さよりも優しさとか、greenという言葉、relaxingに合ったものをunited allosという親会社のブランドに対しても提供したわけで、これは発想の大転換である。大文字だから、それにこだわりがちだが、そのこだわりを捨てて優しくしたわけである。
もう一つはマークで、「g」を捨ててグリーンという色と葉っぱの形を取っている。しかもこの葉っぱは色を白っぽくすると、涙に見えるし、赤くするとキャンドルの炎のようにも見える。この葉っぱを横向きにすると魚になると、葛西さんは解釈されている。すべてはrelaxingに通じるわけである。つまり、横にしたり、縦にしたり、色を変えたりという遊びができるから、このマークには拡張性がある。
また、真ん中が小さくて上と下で挟まれている感じになるので安定性がある。前のものは字が大きくてダルマさんのようで転びそうだが、こちらはゆったりしていて優しくて安定性がある。そういうことで前は強さ、新しいロゴは「らしさ」を表現したそうだが、そこまで考えてマークを変えるのかと私自身も非常に勉強になった。
〔図表6〕ブランドの構造(階層性)
4 ブランドの階層構造
ブランドには階層がある。これについてはいろいろな意見があるが、私自身は四階層と考えている。それは企業ブランド、事業ブランド(ファミリーブランド)、個別ブランド(商品ブランド)、サブブランド(属性ブランド)である。図表六に示したのが、キリンビールとサッポロビールの階層構造の違いを示した例である。キリンは基本的に二階建ての構造である。会社のフィロソフィー、企業の経営、ブランド経営をよく表していて、キリンのブランドはすべて「キリン」(漢字の場合もある)というコーポレートの名前が必ず頭にあって、その下に「ラガー」、「一番搾り」、「淡麗」といった個別商品ブランド名が付く。つまり二階層である。それに対し、サッポロは一階と二階、三階がある。一階建ては「エビス」である。これは買収したブランドという理由もあるが、「サッポロエビス」とは言わないで「エビスビール」。二階建ては「サッポロ黒ラベル」。そして三階建ては「サッポロ芳醇生ブロイ」。一番上が企業ブランド、真ん中は属性ブランド名、一番下が商品ブランド名である。たかがブランド名だが、これもある種のブランド経営、企業経営の姿勢を表している。
コミュニケーションの効率という観点からすると、企業ブランドまたは事業ブランドをもっと前面に出した方がいいという風潮がある。なぜ、企業ブランドが重視されるようになったのか。一つは売上高が十億円、二十億円という商品に何億円もの広告費はかけられない。そうだとすれば、「企業ブランド」あるいは「事業ブランド」として売り出す方がコミュニケーションの効率は高くなる。つまり、経営資源が欠けている時は「コーポレート」で攻めた方がメッセージの効率が良くなるのである。
二つ目は企業ブランドが商品ブランドの品質を保証する。最近、コラボレーションが増えているから提携といったことを考えた場合、商品で提携するよりも企業ブランド名で提携した方が効率は(が)←トル高くなる。だから企業と企業が提携し、その上で商品管理をした方がいいということもある。
三番目は従業員のモチベーションがある。働く立場で言えば、個別商品名をコミュニケーションしてもらうよりも自分が働いている会社のことを伝えてもらった方が働く意欲が高まる。
〔図表7〕個別ブランド(属性ブランド)
次は個別ブランド(属性ブランド)である。図表七はブランドの管理には集団的管理(A型)と個別的管理(O型)の二つがあることをモデル的に示している。A型の例はキリンビールである。ブランドを付ける時に企業ブランド名を頭にして、その下に商品ブランドを置く。つまり企業ブランドが商品ブランドを裏書きするタイプで、日本ではこういう企業が多い。それに対し、O型は欧米の企業に多い。買収・売却が多いこともあるが、あまりコーポレートの名前は出さないで個別商品ブランド名で勝負する。P&G、ユニ・リーバなどがそうだが、企業は真ん中にいて全体を管理する。個別ブランドを自由に展開させて、責任はそれぞれのマネジャーに任せるという経営の仕方である。ただ、日本の企業でもソニー、本田技研は経営スタイルが欧米企業に近いので、ブランド管理もA型ではなくO型に近い。
〔図表8〕日米におけるブランドの寿命
日本のブランドは寿命が非常に短い。米国ではその商品カテゴリーのトップブランドは五十年間ほとんど変わっていないといわれる。ブランドの価値がなかなか壊れないのはいい例として語られることが多いが、私はこれの善し悪しは別だと思っている。
図表八に日米のトップブランドの変遷を示したが、これを見ると米国は一九二五年から八五年の六十年間で一位はほとんど変わっていない。それに対し、日本は、七七年から二〇〇一年のわずか二十五年間で、二、三割トップが入れ替わっている。これだけで、米国型が良くて日本型は悪いという話には必ずしもならないと思う。なぜなら、日本では企業ブランドの下に商品ブランドがぶらさがるという形が多いが、企業ブランド優先で流通の系列化が進むと、商品ブランドも長続きしない。また、日本人は変化を好むという性格も商品ブランドが長続きしない理由である。
強いブランドの条件は簡単に言えば三つある。一つは新しいライフスタイルを提案していること。二つ目は固有の分かりやすいテーマ性を持っていること。そしてもう一つが重要で、イメージの訴求ポイントが一貫していることである。根っこのところで訴求そのものがあまり振れていないということである。ただ、根っこのところは振れなくても、提供するコミュニケーションの素材は常にリフレッシュしていないとそのブランドは古くなる。つまり基本的なところは一貫して変わらないが、表現の仕方は常にリニューアルが必要で、要はこのバランスである。
6 ブランドの海外移転
ブランドの海外移転について、コミュニケーションの視点から話したい。ブランド移転が容易なケースには条件があって、文化的な移転が容易であればブランド移転も可能である。マーケティングの問題よりも文化移転の問題である。それは戦後、米国から日本に多くのブランドが入ってきたことを考えればいいだろう。映画文化、音楽文化、消費文化、そして米国的なライフスタイル――畳からフロアは我々が受け入れやすいものだった。一方、昔、中国から日本に漢字文化が入ってきた。それも風土的、言語学的に受け入れる土壌が我々にあったからである。逆に日本からアジアへのブランド移転はどうだろうか。これは全くフリーで簡単に移転できる。アニメ、音楽、ゲーム、そして雑誌文化を見ればよい。女性誌で「OGGI」という雑誌があるが、今上海(、北京)←トルで販売されている「OGGI」は写真とキャプションが日本と全く同じである。平仮名を抜いただけでそのままコピーされている。多分、中国人は中国語に翻訳しなくても、日本語そのままでも読めるだろう。写真と漢字があるからほとんど一〇〇%移転できる。つまり、文化が移転できるわけだから、商品やブランドもそんなにコンセプトは変えなくても移転できる。マーケティングのプログラム――言葉や表現の仕方、そして流通やサービスが若干違うから、それに対する対応は必要だが、基本的に十分移転できる。アニメ、音楽、ゲーム、雑誌文化についてはアジア諸国は九〇%以上日本のものを受け入れられる。したがって。その上に乗っているブランドも簡単に移転できる。それは視覚、聴覚、嗅覚など五感の感覚が非常に似ているからである。
余談だが、韓国はマーケティングの世界で大きな失敗をしたと思っている。つまり、韓国はハングルではなく、漢字を保持すべきだった。ハングルは多分、日本や中国に対するある種の対抗心、反抗心だと思うが、言語文化を漢字を捨ててハングルにしたために自分たちだけにしか通じなくなってしまった。このことはマーケティングの世界では非常に大きなハンディで、韓国が自分たちの商品を世界にアピールするのだったらなるべく早い段階でハングルを捨てるか、それをサブにして、メーンは漢字にすべきだろう。なぜなら、漢字が持っている視覚的な意味文化の浸透性は馬鹿にならないからである。中国に進出している、アイリスオーヤマの大連工場、ユニクロの上海工場や事務所を見てびっくりした。工場や事務所では日本人は少数派で、何千人もいる中で日本人は一桁か二桁しかいない。だから、多分言葉は中国語だと思っていたが、事務所ではほとんど日本語でしゃべっている。工場に行けば日本語がほとんどわからない女子工員たちがコンピューターを見て作業をしている。それは漢字だからできるわけで、したがって日本語も理解できる。受発注や企画も漢字でできる。つまり、感覚的に言えば日本語と中国語は非常に親和性が強く、それをつないでいるのが漢字である。
これは大予言になるが、中国のコンピューター画面上のビジネスは、日本人がうまくやれば中国語とも日本語とも言えない漢字が主流になる可能性がある。漢字の強いところは表意文字で、それ自身が意味を持っていることであり、言葉として非常に大きな可能性がある。実際に中国のいろいろな事務所、日系企業の事務所を見ると、それを強く感じる。したがって漢字や感覚を通してコア概念がほぼ九割方翻訳できる。これは非常に重要なことで、資生堂が実際にそれを実践している。
今、中国では資生堂が海外各社の化粧品ブランドを抜いてトップブランドである。資生堂が中国で成功している理由の一つは、先ほどのロゴ論的に言えば、「SHISEIDO」が小さくて「AUPRES」を大きくしていることにある。フランス語で「あなたのそばに」という意味の「AUPRES」をブランドにして、下に「SHISEIDO」。この裏側には漢字が書いてあるわけだが、まずフランスの化粧品というイメージを表に出して、資生堂は技術でその裏書きをしているわけである。この関係はいつか変わるかもしれないが、現在のところ、イメージはフランス、技術は日本という組み合わせの中で、中国、それも特に北京で圧倒的な強さを発揮している。多分、中国の人たちはこれを自分たちのブランドだと思っている。しかし、中身は一〇〇%資生堂である。中国人に日本的な経営を移植しながらブランドを移植する。これが成功の理由だが、このために資生堂は十五年の時間・歴史を掛けてきた。(了)
小川 孔輔(おがわ・こうすけ)
一九五一年生まれ。七四年東京大学経済学部卒。七九年法政大学経営学部助教授、八六年教授。二〇〇〇年日本フローラルマーケティング協会会長を兼務。