JR東日本ステーションリテイリング 鎌田由美子社長との対談
「チェーンストアエイジ」2006年1月15日号
(リード)
2005年3月JR大宮駅、同10月品川駅と、JR東日本のまったく新しい「エキナカ」商業空間づくりのチャレンジが披露され、大きく脚光を浴びた。この一連の創造的プロジェクト「ecute(エキュート)」の中心には、ひとりの女性経営者、鎌田さんの想像力、気配り、仕事への情熱、奮闘があったのである。ecute大宮の開業から学術的な側面でその経緯を見守ってきた法政大学の小川教授に、鎌田さんとの対談形式で、スタートから現在までをふり返ってもらった。
(中見出)
役員会の否決に奮起、速攻再チャレンジ
<小川> 私が「エキナカ」について最初に聞いたのはたぶん、2000年ぐらいでした。JRのなかで「ecute」のプロジェクトは、どういうかたちでスタートしたんですか?
<鎌田> はい。まさに2001年、「ニューフロンティア21」のなかの大項目で、ステーションルネッサンス(駅の再生)というものがありました。少子高齢化が進むなか、駅を資産価値として顧客視点から見直そうというものです。そこで、商売のほうはどうかと。たしかに駅構内にユニクロや無印良品のようなお店はあったんですが、当時は空いたスペースにお店をつくるという発想だった。その頃suicaが導入され駅の業務内容や機能が変化しようとしていた時期です。そうした背景で、駅の最適配置をゼロベースで見直したというわけです。その結果、2001年12月1日にエキナカのプロジェクトチームができました。
<小川> ちょうどプロジェクトができてから4周年目に当たるわけですね。
<鎌田> そうなんです。当初は、3人だけのチームでした。既存の状態に付け足すようなかたちでは新しいものは生まれないというので、抜本的に駅のあるべき姿を考えたいと、プロジェクトの責任者で当時取締役の新井(新井良亮氏:現 東日本旅客鉄道株式会社 常務取締役)から、会社はどうあるべきか、駅はどういう姿になるべきか、という思いを、とうとうと聞かされたのです。「自分たちが駅でいろいろ不満に思っていることとか、こうあったらいいと思うことがあるだろう」といわれ、こちらも口数が多いので、いろいろ意見が出ました。そしてその思いを企画書にまとめ、翌2月には役員会にかけました。
<小川> 最初に出した案というのは、いまのecuteのコンセプトと同じですか?
「MD」「機能」「環境」と3つのテーマがありましたよね。
<鎌田> いままでバラバラだったものを、企画資料を作る段階でまとめたら、だいたい3つに集約されて、これはいま現在のコンセプトとほとんど同じです。
<小川> 当初から新組織をつくって、そのなかでやりたいということだったんですか?
<鎌田> そこまでのものは出していないんです。ただ、従来のように施設や機能が点在しているのではなく、コンコースを含めた駅トータルでお客様の利便性を前提に開発すべきではないかと。そして、駅をトータルで開発することによって商売の質が変わると。デベロッパーとして、トータルの構造づくりにチャレンジする必要があると考えたわけです。例えば、お客さまの動線と、従業員の作業動線を分離したり、従業員の労働環境も整備しなければならない。それら全てを変える必要がありました。その上で、そこで売られる商品を従来のような最寄性の高いものばかりではなく、シズル感のあるものやここにしかないといった高感度なバラエティあふれる構成にしました。男性も家庭へのちょっとした手土産を買うことができる。そういった駅ができるのではないかと。そして、開業後の運営も自分たちで行うことを事業の柱とし、10数枚の企画書にまとめました。
<小川> そうした案は通ったのですか?
<鎌田> 残念ながら・・・。ということで、すぐに肉付けと精度をあげてつくり直しました。
<小川> 4月に再提出?
<鎌田> そうなんです。4月の段階では、かなり社内の雰囲気が変わってきたんです。そういうのがあってもいいのかもしれないと。最後は、大塚社長(大塚睦毅氏:現 東日本旅客鉄道株式会社 代表取締役社長)から、やらせてみてもいいんじゃないか、となったわけです。
(中見出)
「エキナカ」の発案者
<小川> その提案書のなかでは、テナントミックスの具体的なモデルというのはできていたのですか?
<鎌田> できていました。例えば、各業種構成の比率など想定したゾーニングは、食が約6割、非食4割と、いまの大宮のバランスに近いかたちです。ただ当時の想定した売上規模とはだいぶ違っています。売上目標は55億円で公表しましたが、当初はもっと低い数字でした(笑)。
<小川> どの段階で会社を作っていいという判断までいったのですか。
<鎌田> 役員会の質疑応答で、じゃあ誰が運営するんだと、当然議論がでたわけです。会社を作るということに関しては、内容ほどあまり異論はありませんでした。ゴーとなればもうやれるわけですから、あとは淡々と投資計画を練って、春には立川、夏には大宮と、2ヶ月ごとに役員会にかけていました。
<小川> 品川はすでにオープンしているわけですか?
<鎌田> 品川は大宮、立川の後の案件でした。最初チームの名前は「立川駅・大宮駅開発プロジェクト」だったんです。その時、人工地盤を貼るその2駅で、プロジェクトチームそのまんまの名前だったんですね(笑)。品川が加わって違和感が出てきたので、「エキナカプロジェクト」に名前を変更しました。
<小川> 「エキナカ」という言葉は品川が入った時点でできたんですか?
<鎌田> 違います。「エキナカ」は大宮開発時のリーシング資料にすでに入っていました。
<小川> 「エキナカ」という言葉は誰が最初に言い出した言葉なんですか?
<鎌田> 弊社では常務の新井です。2001年にチームができたとき、新井が「エキナカなんだよ、エキナカ」と言っていました。当時のエキナカのニュアンスはいまとはちょっと違いますが。
(中見出)
大宮と品川の開発担当メンバーは違う
<小川> 売上げを55億に設定されて8ヶ月以上たちますが、つくる前と現状はどのような評価ですか?商業的なものとそれ以外のものと分けてお願いします。
<鎌田> 商業的なものはまだ50点程です。数字どうこうより、まだまだきちんとできていないことが多い。これはメンバーとの共通認識です。ディスプレーも、商品も、いろんな面でもっと深堀りしたいというのはあります。よかったのは、お客さまの声が入ってきていることです。きれいになったとか、空調が効いていて気持ちがいいとか、いい匂いがするとか。それには誰も反論できないわけで、駅トータルでの環境演出の考え方が正しかったと思っています。
<小川> メーンのターゲットを最初から女性というふうに決めていたと思いますが、実際ネットで私の大学院生が調べたところ、たしかに女性の比率が高くて、20代、30代の女性の利用が、デモグラフィックの平均より、2倍、3倍という比率になっている。学生からは、もう少し全方位的なターゲット設定でもいいのではないかという意見もありました。
<鎌田> 難しいですね。ターゲットを絞らないということは全方位のように見えて全方位ではないんですよね。たとえばキヨスクのお客さまというのは40~50代、しかも圧倒的に男性です。キヨスクは万人受けと言われながらも、データをみると非常にセグメントされているというのが現状なんですね。ですからメーンの顧客層をイメージし、それ以外の人も巻き込めるような考え方で、すべての人が快適だが、まずは女性が使いやすいというところを意識したわけです。
<小川> 大宮と品川では店のつくり方も違いますし、イメージも違うし、お客さんも違うという印象を持っているのですが。
<鎌田> そうです、違います。同じ年齢層の人でも、着てる洋服、行動、その土地ならではの習慣も違います。ですからecuteは、大宮も品川も、2007年度開業予定の立川もまったく違ってくると思います。
<小川> 大宮と品川の共通テナントはあまり多くはないという印象です。
<鎌田> 共通ショップは13店舗だけです。しかも品揃えは大宮と品川で変えています。
<小川> テナントミックスのつくり方では、大宮をつくるときと、品川をつくるときとでは、どう違っているのですか?
<鎌田> そうですね、そもそも比較してという発想がまったくありませんでした。他社との比較はもちろん、弊社のなかでも比較をしていないんです。大宮のチームは大宮のチーム、品川のチームは品川のチームと完全に分かれて開発を進めました。
<小川> ああ、開発チームが違うんですか。
<鎌田> 自分たちの思いを反映させる店をつくるということでやりましたから。効率からすればリーシング担当が両店やったほうがいいのですが、あえて両店、一から別の開発担当がつくり開業後売場をみています。
<小川> それぞれのチームは何人ずつなんですか?
<鎌田> 開業前 大宮が8人で、品川が6人でした。
<小川> 全体で何人くらいなんですか?
<鎌田> 34名です。グループ会社から公募で集まってきたメンバーが10人います。
<小川> 組織論的には、どういう意識でチームを作っていたんですか?
<鎌田> 経験とか知識の少なさは努力で補える部分だと思うんですが、人間性は変えられない。そういう意味ではメンバーにすごく恵まれましたね。全体のモチベーションが高い。できないことを、自分のこととして皆で認識できて、自分はもっとできるはずなのに、今ここまでしかできていないと。だからもっと私は頑張ると。同時に後輩たちには教えてあげる。年齢がすごく近いから自然に切磋琢磨してますよ。あとは私の言い方がけっこうきついので、ガツンと言われてへこんだ時に、「私もこういうこと言われたから大丈夫だよ」って自然に慰め合って浮上してくる(笑)。
(中見出)
開業に必死だった2005年
<小川> 駅のような人が多く需要が大きいところに、なぜいままでJRが目をむけなかったのか疑問なんです。
<鎌田> 正直わからないことも多かったということだと思います。エキュートもステーションルネッサンスの発想に基づくもので、商売だけでの発想ではないんです。駅は、夏は暑いし冬は寒くてトイレもどうでしょうか。お店もわざわざ欲しくなるというものはない。自分たちの疑問を出発点としているんです。ecuteと商業施設との大きな違いは、インフラです。安全が大前提の鉄道と変化が求められる商業との融合です。これは会社が違っても共通だと思うんです。
<小川> 逆に、当初簡単にいけるなと思ったことで、難しかったことは?
<鎌田> そうですね。たとえばトイレ。駅を通過する人全体では7:3で女性が少ないけれども、商業ができれば圧倒的に女性のお客さまになる。だから女性のトイレをもっと増やしたいと。男性もお子さん抱っこしますから、男性のトイレにもベビーキーパーが欲しい。でもJRでは前例がなかったなかで、いまの大宮のトイレの数になりました。
<小川> エキナカの店とデパ地下などとの大きな違いは何ですか。
<鎌田> エキナカは電車に乗るのが前提なんです。ですから電車の中で匂わないことや、持ちやすさなど包装には気を遣います。取引先には、ecute専門の商品や包装を開発してもらっています。
<小川> ショップの入れ替えは考えていらっしゃいますか?
<鎌田> 入れ替えが基本ではありませんが、常に新鮮な売場づくりのために、退店だけでなく、売場のレイアウトやゾーニングの変更も考えています。
<小川> ポテンシャルは見たところ、まだまだという感じはしますね。
<鎌田> そうですね。いまの客数は1日に3万人くらい。乗降が1日60万人なので、レジで3万ということは、まだまだ利用されていないお客さまがたくさんいらっしゃるということです。もっと違うニーズが本当はあるんじゃないかと。
<小川> 立川の進捗状況はいかがですか?
<鎌田> 今コンセプトを策定している段階です。規模よりは、ecuteだったら大丈夫という安心感を持ってもらえるブランドをつくりたいなと。駅自体の価値を上げることができれば素敵だなと思います。
<小川> ブランドを高めるためにどのような取り組みを?
<鎌田> 2005年は、開業ということで必死でした。いままで若いメンバーが持てるものを出し切ってきたので、今度は勉強して吸収する番。人事制度も含めて会社の諸制度も厚くして、ここで働くの楽しいというようにしたい。やる気があるのであれば、もっとこんな勉強ができるんだという会社の度量を広げたいと思っています。