「広研・自由連想モデルによるブランド診断:PINS測定法の理論的背景から商用化への課題まで」『日経広告研究所報』2006年1月

1 ブランド診断のためのモデル開発(PINS測定法)
 2000年春から約6年間にわたり、日経広告研究所のプロジェクトチームは、ブランドの定量的な価値測定と質的な把握をつなぐために、ブランド評価分析モデルの研究開発に取り組んできた。


この間、研究所が実施したブランド分析プロジェクトに関与した研究者・実務家は、準備期間(1997年~2000年)を含めると、総勢で20人を超えている。*  プロジェクト推進の過程において、筆者(小川)がモデルの開発と事前調査デザインの責任者(座長)を務めたことから、本稿では、PINS測定法が誕生することになった理論的な背景とモデルの開発過程、およびPINS測定法をブランド管理に利用する際の実務的な利点について紹介する。*
 モデル開発において中心的な役割を担ってきたのは、日経広告研究所の研究所員とマーケティング・サイエンス学会のメンバーではあったが、直接的・間接的にプロジェクトに参画した人材は、マーケティング分野の学者とリサーチャーに限っていたわけではない。認知科学・言語学のトップ研究者(国立国語研究所の横山詔一教授)や大手企業でブランドマネジメントの実務に携わっている実務家(大正製薬・船橋誠宣伝部長、ボーダフォン・花岡隆春マーケティング・コミュニケーション課長、フジテレビジョン・遠藤龍之介政策局次長など)の応援を得て、本研究プロジェクトは推進されてきた。自由連想モデルの開発途上では、その都度かならず、研究事例にあわせて実査が行われた(テストケースとして取り上げた調査対象カテゴリーは、携帯電話、お茶飲料、ビール、小売サービス業、ドリンク剤、婦人下着、テレビ局、お菓子などである)。商品についての詳しい知識と当該業界や市場について深い洞察を持っている実務家によるスクリーニングを経た上で、PINS測定法(自由連想モデル)は精緻化されていった。ここで、モデル開発の歴史を簡単に振り返ってみることにする。

 第一期(ブランド連想分析研究会:2000年~2003年)では、「ブランド・エクイティ研究」(Aaker 1991, 1994; Aaker and Joachimstaler 2000; Keller 1993, 1998)と「認知科学」(横山・小川 2001)の研究成果を応用して、ブランドに関する自由連想データを分析するための新しい手法(PINS測定法)が提案された。その研究成果は、2003年 月に開催された「日経広告研究所創立三十五周年記念シンポジウム」で一般に公表されている(拙稿「ブランド自由連想分析の意義」『日経広告研究所報』2003年 月号所収)。当初の測定モデルでは、自由連想データを収集する方法として、「会場テスト」ないしは「訪問面接調査」が前提にされていた。そのため、(1)対象ブランドが登場する「質問順序のバイアス」、(2)多くのブランドが存在する商品カテゴリーでの「調査可能な対象ブランド数の限界」(5個を超える場合)が問題となっていた。また、(3)自由記述を中心にした質問調査であるため、調査票が長くなり「調査費用が高くなる傾向」があることがもう一つの問題として指摘されていた。*
 第二期(ブランド連想評価モデル研究会:2004年~2006年)では、基本測定モデルの開発成果と上記の3つの課題を踏まえて、PINS測定法の精緻化が行われた。第二期にわれわれ研究チームが集中的に取り組んだ課題は、時系列的にデータを分析する枠組みを構築することであった。同時に、上記の問題(1)「順序バイアス」と(3)「高い調査費用」を回避するために、データ収集の方法としてネット調査を試行してみることにした。
 Infoplant社(本社:東京都  区)の協力を得て実施したインターネット調査(2004年2月と6月)の結果はきわめて良好であった。PINS測定法には、訪問面接調査で実施する場合に大きな欠点があった。それは、最初に回答してもらった「自由連想項目」についてその直後に再度、それぞれの連想語が「良いイメージなのか(Positive)」「悪いイメージなのか(Negative)」「そのどちらでもないのか(Indifferent)」を個別に評価してもらうことである。幸いなことに、ネット調査を利用すると、回答者の答えを画面にそのまま項目毎に再表示できる。調査設計の上では、これがネット調査の最大のメリットになる。ただし、ネット調査に対する懸念としては、通常の面接調査や会場テストと比べて、①調査主体がコントロール不能な状況下で回答するので「連想語数」が減ってしまう可能性があることと、②キーボード入力による言語的な偏りの存在が指摘されていた。
 実験結果によると、調査方法が比較可能な同じカテゴリーで見ると、平均的な自由連想回答数(各ブランドについて3~4前後)にはほとんど変化が見られなかった。また、同じ対象者に数ヶ月後に回答を求めた場合にも、ブランド知識の蓄積効果(経験効果)は有意に観察されることがなかった。ネット調査は、約3分の一という安価な費用で実施できるうえに、むしろ良質な継続サンプルが確保できる可能性があるという点から大いに推奨できることがわかった(豊田 2004)。*  質問項目と対象ブランドのロテーションも容易であることから、PINS測定法においては以後、ネット調査が標準的な手続きとして利用されている。
 

2 PINS測定法とモデル開発の理論背景

 <PINS測定法の理論背景>
 研究所報では過去、PINS測定法の技術的な側面については何度か繰り返して紹介がなされている(例えば、横山・小川 2001;小川・栗原・川野 2001;豊田 2003a, 2004)。そこで、本稿では、PINS測定の手法についてはごく簡単に紹介するにとどめる。その前に、PINS測定法が必要とされる研究上の理由について説明しておきたい。
 ブランド研究の第一人者であるKeller(1993)は、ブランド・エクイティの構成要素(知名・知覚品質・ロイヤリティ・ブランド連想)のなかで、とくにブランド連想に関しては、「好ましさ」「強さ」「ユニークさ」という3つの概念がブランドマネジメント上できわめて重要であることを指摘した(図1)。ところが、Kellerによって提案されたブランド連想については、いずれの尺度に関しても実際に測定されたわけではない。また、その後の研究の進展を見ても、ブランド管理のために利用できる整合的な測定スコアが実用に供されたという事例を見かけたことがない。換言するならば、ブランド連想は単なる「概念」にとどまっているのである。ブランドに関する自由な連想を回答者の頭脳から取り出し、理論的に整合性が高くかつ測定手法として妥当な「分析手法」が求められているにもかかわらず、実際には具体的に測定する手がかりがなかったというのが実情である。そうした要求に応えるために開発されたのが「PINS測定法」である。

     <この付近に 図1を挿入のこと>

 研究者グループとしての開発動機は、実は少し違うところにもあった。それは、ブランドの長期的なイメージ蓄積効果に関係していた(木戸 2004)。* すなわち、広告マネジメントに応用可能な「イメージ測定手法」と「具体的な測定尺度」の構築が、PINSによって実現できないものかどうかというのが、共同研究グループの副次的なリサーチ目標であった。というのは、①「消費者に広告メッセージがどのように伝わったのか」を確認するための充分に満足がいく定性的な分析手法が、これまでは存在していなかった。* また、②テキストマイニング技法など、日本語処理の最新テクノロジーが進歩しているので、その活用方法を具体的に考えることが、マーケティング・リサーチの業界の大きな課題になっていた。
 以上を整理すると、新しいブランド連想分析手法の開発と応用研究は、理論的にはKeller(1993)のブランド連想概念に導かれ、他方では、ネットを介したデータ収集法の発展と日本語言語処理の技術研究シーズの発展に後押しされて、モデル開発の促進がなされてきたと言える。また、ブランドイメージを形成する「長期的な広告効果」(Aaker 1991, 1994)の具体的な証拠を、消費者の心の中に残っている「良いブランド連想」として取り出すことを企図してプロジェクト研究は進められた。

 <PINS測定法の概略>
 ここで、PINS測定法を簡単に紹介する。アンケート調査として見ると、手法そのものはとても単純である。
 ブランドに関する自由連想調査「××(ブランド名)と聞いて思い浮かぶことを自由にお答えください」という質問に対して、回答者から自由な連想(名詞、形容詞、単なる言葉の羅列など)を引き出す調査法である。通常の自由連想調査では、得られた言葉(文章)を「フリーソフト」(例えば、奈良先端技術研究所の「茶筅」など)を用いて個別の単語に分解することになる(膠着言語の要素分解)。ここまでの処理プロセスは、一般的なテキストマイニングの手法と何ら変わるところがない。
 ところが、同じ言葉でも回答者がそれぞれの言葉に込める意味(情動)は、ひとによって異なっているはずである。例えば、あるブランドの広告にしばしば登場するタレント(後に具体例として取り上げるが、司会者の「みのもんた」)に対する好意度は、回答者によって違っている(万人から支持されるタレントはこの世に存在しない!)。そこで、回答者に対しては、自由に想起させた連想語のそれぞれについて再度、その連想(語)が「良いイメージ(Positive)なのか」、「どちらでもない(Indifferent)のか」、それとも「悪いイメージ(Negative)なのか」をたずねることにする。この手続きが、PINS測定法(PIN Scale)のユニークな特徴である。その後のデータ分析では、ブランド別に(個別単語ごとや連想語の種類別に)、ブランドの特徴を表現する尺度(差別化ポイントのスコア、類似化ポイントのスコアなど)が計算される。連想語の頻度や変換尺度(スコア)を用いて、ブランドのポジションが相対化される。ブランドの分析者に対しては、場合によっては、「知覚マップ」のような視覚的に理解しやすい図表を作成することができる。
 実際の調査は、以下のようになる。図2の事例は、ネット調査(2004年2月)を実施したときの調査画面である。例えば、「i-modeと聞いて思い浮かぶイメージを回答してください」などのように連想語を回答してもらった後、「その言葉はあなたにとってプラスのイメージですか、それともマイナスですか」と、個々の連想についてPINスケール(良い、どちらでもない、悪い)を回答してもらうことになる(図2)。ブランド連想構造の把握には、個々の連想がどのような評価を伴っているのかを把握することが重要である。
 調査分析の結果を見ることで、この点は理解できるはずである。同じ言葉の連想であっても、回答者ごとに評価がぶれることがある。とくに、それは、評価を伴うことが多い「形容詞」にはその傾向が多く見受けられる。ビールの「苦み」という連想を例にとってみると、良いイメージを持つ人もいれば、悪いイメージを連想する人もいる。同じ連想でも、評価は異なることが多いのである。

     <この付近に 図2 を挿入のこと>

3 PINS測定法の特徴と実務的な優位性

 PINS測定法が理論的にユニークな点については、ここまで述べてきた通りである。この測定方法は、ブランドの特徴とその時系列変化について深い知見を必要としているブランド担当者に対して、さらに以下の3つの点で実務的なメリットを提供することができる。すなわち、(1)ブランド・タッチポイント測定、(2)情報接触密度とブランド評価の時系列変化、(3)自由連想による客観性の確保、である。以降では、この順番で説明していくことにする。

 <ブランド・タッチポイントの測定>
 近年のブランド・コミュニケーション理論の発展に貢献した概念に、「ブランド・タッチポイント」(Brand Touch Point)の議論がある(Davis and Dunn 2002)。*  タッチポイント理論のエッセンスをブランドマネジメントの観点から要約すると、以下のようになる。
 消費者がブランドイメージを形成するときの主たる影響要因は、従来からの理解では、広告を中心としたマス・コミュニケーションによるものであると考えられてきた。初期のブランド・エクイティ理論(Aaker 1991)でも、ブランド資産の価値形成過程における広告の役割が必要以上に強調されていた。* ところが、消費者が商品やサービスに関する情報に接触し、ブランドイメージが形成される影響の場面は、何も購入前(「広告」「ウエブサイト」など)の接触に限られているわけではない。それどころか、購入中(「店頭陳列」「販売員」など)や購入後(「顧客サービス」「ロイヤルティ・プログラム」など)でも、ブランドに関する情報に消費者は頻繁に接触している(図3)。

     <この付近に 図3 を挿入のこと>

 この視点は、従前から「IMC理論」(統合マーケティング・コミュニケーション理論)で主張されてきたことである。消費者のブランド体験=ブランド接触を統合的に管理せよ!という立場は、したがって、ブランド版のIMC理論と再解釈ができそうである。それでは、消費者は主としてどこでブランドに関する情報を得ているのだろうか? タッチポイント理論の問題提起に対して、PINS測定法では、「選択肢質問」と「自由連想項目」を組み合わせた分析ツールを提供している。いまだ不完全な形ではあるが、自由連想データを手がかりに、ブランド連想の源泉が「広告」や「ウエブ」からなのか(ブランド体験前)、「店頭」や「販促物」や「従業員」からなのか(ブランド体験中)、それとも「アフターサービス」や「請求」(ブランド体験後)なのかの情報源泉として数値デーを測定している。また、相対的にどの源泉が重要なのかを測定する手段を、PINSのシステムでは提供することにしている。
 ブランド・タッチポイントを測定した事例を、ひとつだけ紹介しておく。図4(a)~(d)は、2004年に2回実施した調査の結果である。対象になった携帯電話4社のブランド接触度を、グラフによりデータ化したものである。図4の縦軸はすべて、ブランドの情報源として利用した媒体の重要度を、回答者の割合で示してある。「マルチ(MA)」は複数回答、「シングル(SA)」は最重要項目の平均回答割合を意味している。①は2月の調査結果、②は6月の調査結果である。
 全体として見ると、「テレビ広告」への接触がどのブランド(会社)についても重要度が高いことに変わりはない。しかし、時間的なデータの推移を見ると、そこから3つのことを読み取ることができる。一番目は、テレビ広告への接触の重要性が、時間の経過とともに全体的に上昇していることである。とくにその中では、DoCoMoの重要度が大幅にあがっているのがわかる(SAで約10%、MAで約15%)。二番目は、複数回答(MA)ではほとんど目立たない「使っての経験」が、単数回答(SA)では突出して見えることである。①2月調査時点のDoCoMo(約13%)と、②6月調査時点のVodafone(約10%)の情報源としての重要度が顕著である。三番目は、複数回答(MA)でより明確であるが、マス媒体(放送、活字字メディア)に勝るとも劣らず、「店頭」「パンフレット」「街頭広告」「人の使用」など、購入時の情報源が重要な役割を果たしていることである。
 以上の分析が未だ不十分な段階にあると述べたのは、測定されたブランド接触とGRPや広告予算といった投入の因果関係が分析できていないからである。この点は、今後の分析課題である。
 
     <この付近に 図4(a)~(d)を挿入のこと>

 <情報接触密度とブランド評価の時系列比較>
 PINS測定法の二番目の強みは、さまざまなブランド連想尺度を時系列で比較できることである。各調査時点において、自由連想データを加工処理することで、「ブランド評価尺度値」が計算される。表1に示すように、ブランド尺度値にはいくつかのバリエーションが存在する。大きく分けると、評価尺度のカテゴリーは4種類である。
 最初に計算されるのは、①カテゴリーの特性値である。これは、カテゴリー連想の頻度で表わすことができる。高い頻度で現れる共通のカテゴリーイメージを抽出することが目的である。二番目のカテゴリーは、個別ブランドの連想に関する尺度である。これには、「連想の強さ」を測定するための「出現頻度の指標」と「出現順序の指標」がある。これは、特徴的なイメージの出現頻度を計算するためである。三番目は、PIN尺度値である。これには、P尺度値(良いイメージの割合)、I尺度値(どちらでもないイメージの割合)、N尺度値(悪いイメージの割合)がある。各ブランドの好ましさを把握することが目的である。最後の評価尺度は、以上の尺度値を用いて、ブランド統合指標を合成することである。「差別化ポイント尺度」と「類似化ポイント尺度」をエントロピーに類似した概念を構成することで計算する。これは、それぞれのブランドの「独自イメージ」と「カテゴリー共通イメージ」を抽出するためである。
 
    <この付近に 表1 を挿入のこと>

 こうした連想イメージ尺度の時系列変化については、個別の連想あるいは連想の種類ごとにまとめて、その増加・減少を分析することが、ブランドマネジャーにとって有用な情報を与えてくれる。図5は、標準的なブランド連想の種類が変化するときの模式図である。この例では、ブランド連想の種類を簡略化して、①「態度・評価」に関する連想、②「便益」に関する連想、③「製品属性」に関する連想、④「広告」に関連した連想に分類している。第一時点から第二時点にかけて、全体の連想数は大きく増加している。それは、店頭プロモーションの効果を反映したものかもしれないし、新製品の広告キャンペーンの成功の結果かもしれない。第二時点では、「態度・評価」の連想が大幅に増加し、逆に「便益」や「製品属性」に関連した連想は減少している。

    <この付近に 図5 を挿入のこと>

 <ブランド自由連想の”客観性”と全体バランス>
 連想調査を実施するようになってから、自由連想法で消費者からデータを収集することの明らかなメリットが見えてきた。学会での議論の流れは、自由連想データを収集して分析することは、科学的な分析の立場からは、何となく胡散臭い”錬金術師的な”テクニックであると考えれていた。筆者も実はそのように感じていたのだが、研究会で議論を重ねているうちに、全く逆の真実を発見することに至った。
 「何の特別な手がかりもなく、各自が自由に回答ができる」という性質があるために、「自由回答質問」は「選択肢式質問」に比較して、個人の主観的な思い入れがよりよく回答に反映されやすいのである。一見して客観的に見えるが、それ故に、選択肢式質問では、「世間が妥当と認める選択肢」に回答が集中しやすくなる。これを筆者は、選択肢式質問の「客観性バイアス」と呼ぶことにしている。ブランドイメージ調査のように、対象に対して何らかの評価を求める質問では、選択肢に登場する「世間一般がそのように感じそうなイメージ」や「世の中的に正しいそうな項目」に回答が集中しやすくなる。回答者が選択肢のリストを一瞥することで、回答の傾向に偏りが出てしまうからである。回答者は、試験問題を課されたときの心理状態に陥ってしまう。
 自由回答式の質問には、選択肢のような情報の提示によるバイアスは存在しない。したがって、むしろ主観性が求められイメージ調査では、自由回答質問の方が分析者にとっては有用で望ましいデータが得られる可能性が高い。意見が分散する傾向が高いことは、個人的な体験を取り出すことが重要な意見・態度調査ではメリットが多い。すなわち、自由連想式設問は、ブランドイメージ調査に本来的に向いていたのである。
 PINS測定法のイメージ評価構造の妥当性は、最近提案され注目を浴びている相内ら(2005)の「ブランド・パーソナリティ構造の円環モデル」でも確認されている。”BrandCircle”(電通モデル)では、ブランドのパーソナリティ特性を、「強さの軸」(強い-弱い)と「価値の軸」(肯定的-否定的)から分類している。行列表現にすると、ブランド・パーソナリティ特性(相内らの表現では、「基底的人格特徴」)が、2つの軸で表される4つのセルのいずれかに関連づけられる。*

    <この付近に 図6 を挿入のこと>

 PINS測定法では(連想イメージが「パーソナリティ尺度」で表せるとしたら)、「主張のある」(PL+)~「気配りのある」(pL+)~「ひとりよがりな」(PL-)~「流されやすい」(pL-)のような4つの形容詞対の評価(イメージの善し悪し)を、個人ごとに自己申告してもらうことになる。また、ブランドイメージについての強弱の尺度は、PINS測定では、「連想の頻度」や「連想の順位」で測定される。電通モデルとの一番の違いは、イメージを主観にゆだねていることである。PINS測定は、事前のパーソナリティ構造を前提にしていない。

4 事例: 携帯電話とテレビ局のイメージ

 本節では、PINS測定法の適用事例を紹介する。取り上げたふたつの事例は、自由連想イメージを尺度化し、ブランドイメージの時系列変化と市場構造の変化を分析するためである。広告やブランド担当者は、マーケティング施策の評価とブランドを診断する基礎データとしてこれらを活用することができる。PINSの活用の仕方を例示するために、データには事前に加工が施されている。
 なお、<携帯電話4社>の事例(第一回調査と第二回調査の比較)は、豊田(2004, 2005)で発表済みである。今回の事例では、それに第3回目の調査を加えてある。<テレビ局6社>の連想イメージ調査は、2005年の6月と9月に二回実施されている。

 <事例1:携帯電話4社イメージの時系列比較>
 最初の事例<携帯電話>は、前後3回にわたる実験調査の結果である。ブランド連想調査は、2004年は2月と6月の2回、その後に同じ調査項目で2005年9月には第3回目の調査が実施された。いずれもネット調査である。男女年齢を均等に割り付けた標本で、サンプルの総数は各回ともに500である。自由連想調査の質問は、図2に示したような形式で実施された。なお、テレビ局6社を対象にした調査も、同様な手続きで実施されている。
 表2は、PINSの第一番目のアウトプットである①「カテゴリーの特性値」を表示したものである。当該カテゴリーの一般的な特徴を、表2から読み取ることができる。当然のことではあるが、最頻連想イメージ項目は、カテゴリー連想の「携帯電話」である。しかし、「NTT」「iモード」など、「会社名」や「ブランド名」などは、時間の経過とともに頻度が低下している。これは、新しく誕生した市場で一般的に見られる傾向である。時間が経るにしたがって、業界の競争構造が変わっていくことと関係している。「カテゴリー名」「会社名」の連想は後退し、「製品属性」「機能名」「サービス名」などに関する連想語がしだいに増えてくる。
 表3には、カテゴリー全体の連想数が示されている。携帯電話のカテゴリー全体としては、期間中に平均連想数が減少したわけではない。会社(ブランド)によって若干の差はあるが、携帯電話でもテレビ局でも、この数字は3.5±2(平均±標準偏差)程度と安定している。*

    <この付近に 表2~表3 を挿入のこと>

 携帯電話の業界では、調査期間中に、サービス・価格競争が激化している。表4(a~d)が示すとおりに、頻度の高い連想語には、そうした事態が反映されている(②ブランド連想の特性値)。例えば、DoCoMoの場合は、(通話料金が)「高い」というマイナスイメージは、大幅に減少している(172→105)。また、各社が起用するCMタレントの交代が起こっている。広末涼子(DoCoMo)、松本人志(Tuka)、ベッカム(Vodafone)は、CMから消えてしまったタレントである(表4d)。他の連想語に比べて、CMタレントの「連想代替」は、一般的には早いと言える。

     <この付近に 表4(a)~(d) を挿入のこと>

 連想の順番が大切であることを示す例として、ベッカム(Vodafone)のケースは興味深い。表5は、ベッカムが連想イメージとして記入される割合を、連想順位別に表わしたものである。初回と二回目の調査では、ベッカムを三番手以降に連想する人の割合が結構高かった。しかし、第3回目の調査では、全体の連想数が減少すると同時に、3番目以降の順位で連想する回答者もいなくなった。これは、「想起集合に入るブランドのなかでも、上位に想起されないとそのブランドは早々と市場から消えてしまう」という理論仮説と一致している。逆に、ベッカムは過去において「第一連想」の割合が高かったので、CMが中止になっても、なかなかすぐには消費者の連想語(記憶)から消えてなくならないと言えるのかもしれない。

     <この付近に 表5 を挿入のこと>

 第3番目のアウトプット(③PIN連想)については、次のテレビ局の事例で紹介することにする。最後の尺度指標は、④「差別化ポイント尺度」と「類似化ポイント尺度」である。前者は、ブランドイメージの独自性を表す指標であり、後者は、当該ブランドのカテゴリー共通イメージのカバー率を表している。携帯電話の例で説明してみる。
 図5は、特定の連想イメージのユニーク度をブランド別に示してものである(最大が1)。タレントの「加藤あい」は、DoCoMoがCMに起用しているタレントである。誤認でもなければ、通常はDoCoMo(=1)となるべき連想語である。したがって、Vodafoneで「加藤あい」の連想の独自性が高いのは、この場合に限っては「誤認率」の高さを表していると言える。しばしば、ブランド連想は「フリーライド」(ただ乗り)されることがある。* そのチェック指標として利用できる可能性がある。
 それと対になっているのが、連想イメージの共通性を表す「類似化ポイント尺度」である(差別化ポイント尺度と逆スケール)。「メール」という一般的な連想は、どの携帯会社の満遍なくイメージ連想に登場する。しかしながら、会社によって頻度が高い場合もあれば、それほど多く登場しない場合もある。具体例で見てみると、ブランドとしてはイメージ連想がやや乏しいauとTukaで、「メール」という普遍的なイメージの割合が高くなっている(図7)。この尺度値の特性は、全体としてみると、その連想語が特定のブランドに偏って登場しないことの指標である。

    <この付近に 図7 を挿入のこと>

 <事例2:テレビ局のイメージ>
 2005年は、組織の不祥事やスキャンダル(NHK)、新興企業による敵対的企業買収劇(フジテレビ、TBS)など、テレビ局にとっては試練の年であった。また、そうした事件への経営陣の対応を受けて、局イメージが大きく変わった年でもあった。PINS測定で、テレビ局のイメージ変化と連想の質的変化を見てみることにする。
 表5は、2005年6月から9月にかけて、テレビ局6社のイメージ変化を見たデータである。局イメージの連想語を、上位15位までリストアップしてある。番組編成に大きな変更がなかったこともあり、一般的には番組名やジャンル名、会社のロケーションなど、連想語の順番に大きな変化はない。ただし、事件の痕跡を残す連想(例、フジテレビの「ほりえもん」「ライブドア」)のランクは、思った以上に上下の変動が激しい。熱しやすく冷めやすい、移り気な人々の興味とメディアの報道姿勢の動きがよくわかる。

    <この付近に 表5 を挿入のこと>

 ところで、日本テレビの連想語のトップは「巨人」である。その頻度は、3ヶ月間でほとんど変わっていない。しかし、PIN尺度でみると、「巨人」のイメージ評価は大きく変化している。図8を見ると、連想頻度がやや高くなる(135→141)と同時に、負のイメージが大幅に増加している(41%→50%)。それに対応して、良いイメージの比率が減少している。連想頻度だけでは、質的な変化はわからない。

    <この付近に 図8 を挿入のこと>

 もうひとつ興味深いのは、司会者の「みのもんだ」のケースである(表6)。昨年4月の番組改編で、みのもんたはTBSの「朝ズバッ」)に出演するようになった(その他、TBSだけで3つの番組にレギュラー出演)。従来は、日本テレビの「おもいっきりテレビ」(1989年放映開始)が、みのもんたが出演する代表番組であった。この結果、ひとりのタレントのイメージ(みのもんた)を二つの局が共用するようになった(フジテレビにもレギュラー出演しているので実際には3局が共用)。連想イメージをシェアする上で、どちらの局が優位な立場に立ったのだろうか? 表6がその結果を明らかにしている。イメージ連想数(①イメージの強さ)でも、イメージ評価(③イメージの好ましさ)でも、日本テレビよりTBSのほうがメリットを受けている。「みのもんた」のイメージは日本テレビでもある程度は好転したが、TBSに出演している「みのもんた」のイメージは、約9%上昇している(31%→40%)。この期間に、同時に悪いイメージも大きく減っている(31%→20%)。

    <この付近に 表6 を挿入のこと>

 企業とそのブランド担当者は、商品ブランドや会社の悪いイメージを発見し、できればそれを改善したいという課題を抱えている。最新版のPINS測定法では、ネガティブなイメージが由来する情報源を摘出できるようにシステムを改善した。システムをインタラクティブに修正し、悪いイメージを回答した人に自由回答形式で、なぜそのように感じるたのかを記入してもらう画面を準備した。表7は、auのネガティブイメージの源泉リストである。これは、自由連想システムならではリスト項目である。担当者にとっては非常に有益な消費者からの本音の意見が列挙されている。

    <この付近に 表7 を挿入のこと>

5 おわりに
 本稿の最後は、われわれの共同研究者である国立国語研究所の槿山詔一教授が、研究所主催のシンポジウム(2005年11月)で紹介した「PINS測定法のメリット」で締めくくることにする。
 槿山教授によると、PINS測定法(ブランド自由連想法)は、約100年前にユング(1904)が開発した「連想検査法」の流れをくむ手法である。認知科学の研究との関連で位置づけるならば、連想語を「良い、普通、悪い」に強制的に分類させることで、単なる認知の側面(ロゴス)だけでなく、消費者の感情(パトス)を測定することに道を開いたことになる。また、インタラクティブな手法を通してネガティブイメージを拾い出すようにしたことで、PINS測定法はブランド担当者に有用な「警戒情報」を提供している。
 6年間をかけて開発してきた「自由連想分析システム」に残された課題は、大きくは二つである。第一には、具体的な分析事例を増やして、さらに経験値(経験的知識)を積み上げていくことである。連想語の頻度やネガティブリストの活用などは、商品カテゴリーごとに参照すべき標準値が異なると考えられる。多くの分析ケースを扱わないと、連想語の辞書も鍛錬できないであろう
 二番目には、自由連想モデルをさらに手法として標準化するという課題である。現状ではまだ、分析に一定以上の専門知識が必要である。日本語言語処理とイメージ測定のためのソフトウエアとしては、誰でも簡単に利用できる形式にすることが必要である。このふたつの課題が克服できれば、PINS測定法を一般に普及させることができると考える。

<参考文献>
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  円環モデルとその実務への応用」『マーケティング・ジャーナル』98号
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・小川孔輔(2003)「ブランド自由連想分析の意義」『日経広告研究所報』 号
・小川孔輔・木戸茂(1997)「ブランド自由連想の分析」中西正雄編
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・小川孔輔・栗原信征・川野純一(2001)「ブランド自由連想(下):
  商品ジャンルからの探求」『日経広告研究所報』198号
・木戸茂(2004)『広告マネジメント』朝倉書店
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・豊田裕貴(2004)「ブランド連想構造の変化の把握とブランドマネジメントへの応用:
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・ユング(1904)「         」
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・Davis, S.M and Michael Dunn(2002)、Building the Brand-Driven Business,’
Jossey-Bass Inc Publishing(邦訳:電通ブランド・クリエーションセンター訳(2003)
『ブランド価値を高める コンタクト・ポイント戦略』ダイヤモンド社)
・Jones, P. (1995), ‘When Ad Works: New Proof that Adversiting Trigers Sales,’ Free Press.
・Keller, K.L.(1993), “Concepturizing, Measuring, and Managing Custome-Based Brand Equity:
Journal of Markeing, 57 (January), pp.1-22.
・Keller, K.L.(1998), ‘Strategic Brand Management,’ Prentice-Hall(邦訳:恩蔵直人・
  亀井昭宏訳『戦略的ブランド・マネジメント』東急エージェンシー.

<脚注>
* l 事前準備プロジェクトには、研究者・実務家として、青木幸弘(学習院大学)、栗原信征(上武大学)、亀井昭宏(早稲田大学)が加わっていた。なお、今回の第一期プロジェクト研究のコアメンバーとしては、小川孔輔(法政大学)、横山詔一(国立国語研究所)、豊田裕貴(多摩大学)の研究者の他に、川野純一((株)構造計画研究所)が参加した。また、第二期のプロジェクト(とくに、テレビ局イメージの調査)には、上記3人(小川、横山、豊田)の他に、八塩圭子(法政大学大学院、フリーアナウンサー)が加わった(敬称略;なお、上記リストから日経広告研究所員は除いてある)。
*  初期のブランド連想研究は、小川・木戸の共同研究(1997)からはじまり、最初のまとまった成果は、小川(1998)で発表された。
*  PINS測定法を使用して、広告キャンペーンの効果を最初に測定した分析事例は、豊田(2002)を参照のこと。
* ネットを利用してパネル調査(同じ対象サンプルに対して、約4ヶ月後に同じ対象ブランドについて自由連想の回答を求める調査)に関する詳しい結果は、豊田(2004)に詳しく述べられている。ネット調査は、2004年に二回実施された。そのうち、継続的に調査パネルとして利用したサンプル数は250であった。商品カテゴリーは、携帯電話(4社:DoCoMo, Vodafone, au, Tuka)についてであった。なお、データマイニングの手法との関連については、豊田(2003b)に詳しい。
*  木戸(2004)、「第8章:広告の短期効果」、88~102頁。
*  広告に関する短期効果の定量的な測定結果については、Jones(1994), 木戸・小川(1999)などの研究が存在している。そうした研究にしたがえば、広告の短期効果(一購買サイクル内の売上増加への寄与、ただし、パッケージ商品に限定しての分析結果)は、全体の約3分の一、長期効果が残りの3分の2と見積もられている。
*  電通ブランド・クリエーション・センター訳(2003)『ブランド価値を高めるコンタクト・ポイント戦略』ダイヤモンド社では、訳語には、「コンタクト・ポイント」(Contact Points)が用いられている。これは「電通」の表現であるが、「博報堂」ではそのままタッチポイントを用いている。ここでは、原語をそのまま忠実に訳して、タッチポイント(Touch Points)を訳語をとしてあてる。「消費者接点」という意味では、確かにコンタクト・ポイントのほうが日本人にはわかりやすいかもしれない。
*  そのように「ブランド価値形成における広告の主導的役割」を主張したAaker自身が、1999年の著書「ブランド・アイデンティティ理論」のなかでは、ブランドのイメージ形成には、イベントや店頭など、購入前のマス広告以外のさまざまな情報メディア(媒体)が関与していると軌道修正している。
* 相内・二宮・石田・阿久津(2005)、4-19頁。
* これまで研究会が調査対象としてきた多くの商品カテゴリーでも、同様の傾向が見られる。認知率が80~90%を超えるブランドでは、平均連想数が3をやや上回る数字になる。認知率が90%を超える高い評価のブランドでは、連想数が4を上回るようになる。
*  差別化ポイントと類似化ポイントの計算については、ここで省略する。詳しくは、豊田(2003b)を参照のこと。基準化したエントロピー尺度である。