「ロングセラーブランドは、なぜ長く生き続けているのか?」
『週刊先見経済』2004年6月号 法政大学 小川孔輔
ロングセラーとして生き延びてきたブランドについて、その秘訣を解き明かしてほしいという要請をときどき受けることがある。今回もそれに類したコメントを求められている。
会社の寿命は30年らしいので、「長く続く」の定義は、寿命で30年以上と考えてみた。選択に当たっては、とくに客観的な基準があるわけではないだろうから、「ロングセラー」と見なされているブランドを思いつくままに列挙してみた。一覧表を作成して、順不同にその特徴を短い言葉でまとめてみた。
<ロングセラーブランドの一覧表(ランダム、順不同)>
(1)虎屋黒川老舗: 伝統と革新の共存
(2)トミー・プラレール: 親から子へ時代を超えて受け継がれる楽しさ
(3)トヨタ・カローラ: クラシックとは心地より安心感とマンネリである
(4)大正製薬・リポビタンD: メガブランドゆえの無変化イメージ広告戦略
(5)ジョンソン&ジョンソン・バンドエイド: 画期的な新技術を拡張製品に注入
(6)大塚製薬・ポカリスエットブランド: 密かなポジショニングチェンジ
(7)グリコ・ポッキー: おもしろ製品の連続投入、拡張ライン展開
(8)ネスレ・ゴールドブレンド: ターゲット変化に乗り遅れさせない優位性の継承
(9)サントリー・山崎: 高級感の演出と熟成を待たせる製品の作り込み
(10)花王・メリットシャンプー: 基本的な物性の訴求とモダンな容器
<消耗品の方がブランドとして長生き!>
製品カテゴリーで見たときに共通な特徴が一つある。それは、トヨタ自動車のカローラを除いて、技術革新を必要とする耐久財は、長生きができないことである。残りはすべて、日用雑貨、加工食品、飲料カテゴリーのブランドであった。意外と思われるかもしれないが、ローテク製品が長生きなのである。技術的に優れたブランドは、例えば、キャノンやソニーのように、商品ブランドではなく、企業ブランド(会社名を冠したブランド)であることが多い。
トヨタ・カローラは、その意味ではほぼ例外的な存在である。そうした観点から言えば、実はマンネリと安心感が共存しているのが、トヨタブランドの強さかもしれない。実際に、トヨタ自動車の生産工程管理や品質改善へのこだわりは、グローバルに際だっているが、製品デザインで比較すれば、ホンダや日産のほうが優れている。もしかするとデザインの差は圧倒的であるかもしれない。
この観点から、明確な結論がひとつあがったことになる。ハイテク分野の商品・サービスは、長寿ブランドにはなりえない。技術が持つ陳腐化と激しい競争は、長期的に持続力があるブランド構築には不向きである。子細に現実を眺めてみれば、それが納得できるはずである。
<不断のライン拡張が長生きの秘訣>
それでは、非耐久消費財分野で長寿カテゴリーの特徴を見てみる。リストからわかるのは、加工食品分野で長寿ブランドが多いことである。花王メリットのように、トイレタリーや化粧品雑貨(例えば、サンスター・トニックシャンプー!)で長寿ブランドがないこともない。しかしながら、ほぼ共通しているのは、長寿といわれる製品は消費習慣に基礎を置いていることである。言葉を換えると、長生きの根拠は、その製品を使うことが生活に根ざしているからである。お酒(地酒)、お味噌、お醤油などにいたっては、いまだに地方で生き続けているローカルブランドが少なくない。地方で元気な中小企業が作っているブランドは、このタイプの商品カテゴリーのものである。
ただし、ふだんの生活の中には倦怠が潜んでいるので、生活者の「飽きっぽさ」を打ち破るテクニックが必要とされる。そのために企業ができる方策は、たぶん二つの方向で考えられる。
第一には、コアとなる商品をいつもフレッシュな状態に保つことである。製品としての鮮度を保持するそのためには、周辺技術を適当な速度で取り入れていくことである。早すぎてもいけないし、時代の流れや技術革新に対して保守的にすぎてもいけない。変化対応にスピード感がほしい、とはよく言われることである。それは、ハードな技術に関しても、ソフトなブランドイメージ訴求にしても同じである。
有名な話である。ソニーのロゴマーク(SONY)は東京通信工業時代に社名を変更して以来、40年間不変に見える。しかしながら、厳格に使用が管理されているソニーマークが、実は専属デザイナーによって数十回、微妙に手が加えられていることを皆さんご存じがないはずである。対照的に、キャノン(CANON:観音様に由来)のロゴは、よく見ると古くさい感じがするロゴタイプであるが、デザイナーがロゴの変更を承諾しなかったがために、いまやレトロっぽくて新鮮に見る。ある時期に、変えたくても変えられないという不幸な事態に陥ったそのおかげで、クラシックなデザインが生き続けているのである。「制度の逆説」である。
第二には、コア製品には手を加えずに、新しいラインを投入するという方法がある。食品であれば色彩や味、日用雑貨であればデザインや素材を変えることで、製品にバラエティを増やして対応することである。なぜならば、コア製品をいじりすぎると基本的なイメージが損なわれる危険があるからである。この選択肢では、イメージ価格帯で上下のどちらに「振ること」もできる。消費者ニーズへの対応については、ターゲットを変えるだけでなく、同じ消費者の別ニーズに対応することもありえる選択肢である。実際に、グリコのポッキーはこの路線でライン拡張してきた代表的なブランドである。
<長寿ブランドといわれる商品は、海外では?>
海外のブランドについて、長寿商品のリストを作ってみるとよい。日本と似たようなことが言える。しかしながら、全体的に見れば、海外ブランドのほうが日本の商品より長生きである。
キリンやアサヒの飲料とコカコーラやペプシコの飲料ブランドを比較してみるとよい。花王やライオンの洗剤やシャンプーに対して、P&Gや日本リーバが店頭で販売している商品の平均寿命を比べてみればよい。日本人(企業)は長生きなのに、日本の商品は短命である。
その理由を真剣に考えたことがあるだろうか。おもしろい知見が得られるはずである。解答のためのヒントは、消費者の買い物行動、流通システムの違い、市場競争の熾烈さなどである。製品そのものの特性というよりは、商品やブランドを販売するシステム的な差にその原因を求めることができる。