「食のセレクトショップ」(わたしの造語)が米国で急成長を続けている。トレーダー・ジョーズ(Trader Joe’s)という食品小売店チェーンである。食品売場の80%がOEM供給された自社PB商品で占められている。
衣料品のセレクトショップにヒントを得て、食品店なのでFood Select Shop のように、わたしが勝手に命名したものである。以下は、頼まれ原稿のドラフト(「チェーンストアエイジ」2004年6月号コメント)である。
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●新コンセプト=「食のセレクトショップ」
私の机の上にはいま、トレーダー・ジョーズ(以下、TJと略記)に関する資料が積まれている。ホームページ(http://www.winejoe.com/; http://traderjoes.com/ )以外に、地元新聞の日曜版に折り込まれる紙質のあまり良くないチラシ類、会員に月一回送られてくるニューズレターなどである。たまたま定期購読している”Produce Business”(米国青果マーケティング協会:PMA発行の機関誌)の記事がその中に混じっている。
雑誌記事のなかで、TJはウォルマートやクローガーなどと、野菜の価格で比較されている。ウォルマートより安くはないが(平均で15%ほど高い)、クローガーよりはやや安めである(10%ほど安い)。TJ特有のマーチャンダイジングの特徴に全く触れられていないので惜しい気はするが、全米の一流企業からベンチマークされているのだから、実力のほどはいかばかりと思わせる内容ではある。
実は、資料のほとんどは、TJの集中出店地域である米国カリフォルニア州で「ミニのコチョウラン」を生産している日系人のアンディ松井(西海岸でもっとも成功した日本人のひとり:68歳)に頼んで送ってもらったものである。TJの存在は、今年初めに彼から教えてもらった。随分と考えさせられる小売業態である。その理由をこの後で説明してみたい。
●なぜTJが注目されているのか? 新しさは商品の調達方法
この企業を見るときに、最初に思い浮かんだのが「食のセレクトショップ」と言う概念である。久しぶりに会った松井さんから、はじめて知ることになったTJの説明を聞きながら、「ホテル西洋銀座」で日本食を食べていたときのことである。
一般に食料品店チェーン(米国のグローサリーチェーン)は、生鮮品に関して排他的に供給源を確保しようとはしない。農産品の特徴では、簡単に調達先を一カ所に絞り込むことができないからである。それどころか、生鮮品をPB商品化すると固有のリスク(買い取り在庫リスク)が伴う。売れない時に備えていつでも逃げられるように、どのみち農産物などはコモディティ(非差別商品)だから、調達先は分散するものである。
その逆を行くのがTJである。トレーダー・ジョーズ(仕入れのプロの意味)は、生鮮・加工食品を選別することに関して、格別に自信があるとみえる。仕入れ担当者の専門技能が高いから(離職率が低いことから給料も高いらしい)、仕入れのロットサイズが大きい。未上場企業なので売上高などは不明であるが、米西地区を中心に17州に200店舗以上を展開していることがわかっている。昨年から東部各州に進出を始めている。
この店舗網を通して、冷凍品を中心とした加工食料品および野菜などの生鮮品、チーズなどの嗜好品やワインなどアルコール飲料を販売している。値段は決して高くない。大量購入で仕入れる自社でセレクトしたワインなどは、一本が2ドル(240円!)である。自己主張を持った目利きの仕入れ人たち集団なので、売り切る力が大きい。「思い切った調達ができるのでその分、支払いも早い。セーフウエイは支払いサイトが50~60日なのに対して、TJは3週間できちんと小切手で支払ってくる」(アンディ松井)。
●どのような事業システムと店舗づくりが特徴か?
松井ナーセリーのコチョウランビジネスはいまや世界ナンバーワンを誇っている。ランだけで27ヘクタール、売上で30億円ほどになっている。松井農場は温室を拡張中であるが、それは品物が足りないからである。好調が持続できている最大の要因は、TJの独自なMD政策にある。アンディの納品先で、TJはわずか2年で全米最大の小売業者になった(取引額が約10億円)。TJは既存店ベースで毎年、約10%の勢いで売上が伸びている。全店取引ではその倍の伸びを示している。
TJが思い切った仕入れをできるのは、彼らがターゲット顧客の好みを代弁すること「代理購買人」(商品セレクト代行者)に徹しているからである。TJのコア顧客は、学校の先生などで、「賃金水準がそれほどでもない高学歴のひとたち」(Well-educated and Under- paid)である。お金の多寡で人間を評価する風潮がある米国では、学校の先生という職業は社会的地位が決して高くはない。しかし、知識階層だけにラディカルなものの考え方をする。地球環境の問題や安全・健康に関して、彼らはとてもセンシティブである。消費生活にこだわりが強く、何よりも自然志向が強い。
この層が住んでいる場所は、地方中小都市の静かな郊外住宅地である。彼らが出没する場所は、新しく開発された郊外のショッピングセンターではない。昔からある近隣型の小規模なショッピングモールである。TJのロケーションを地図で眺めていると、ウォルマートの商圏と立地がダブルっているのがわかる。TJを支えている層は、しかしながら、ウォルマートに比べてもっと絞り込まれている。顧客層の特色を比較してみる。
TJの顧客は質素な生活をしている。低価格志向であると同時に、商品に対しては独特のテイストを持っている。提案型の商品提供ができれば、つまりは彼らのライフスタイルに適合した商品(群)が供給できれば、案外と手堅い顧客なのである。テイストが似ているので、集中仕入れで多店舗展開のメリットが活用できる。その点で言えば、ウォルマートの次に来る業態であるとわたしは感じている。極論すると、ウォルマートは安さ以外に、生活に対する主張を持った強い価値を提供したとは思えないからである。
●今後の展開をどう見ているか。
米国は、TJが今後とも躍進する条件が整っている。人口動態をみれば一目瞭然である。移住してくるアジア系、エスニック系移民に対する教育ニーズが存在する。それを支える層は、決して高所得ではないが知的な集団を形成するだろう。自然志向は強まるばかりであり、21世紀は単なるディスカウンターの時代ではない。
日本でもTJのそのような業態(食のセレクトショップ)が生まれる可能性がある。すでに「マザーズ藤が丘店」(90年代後半に開業)などのオーガニックスーパーが先鞭を切っているが、TJと比べたときの問題点は、商品調達力と顧客層の厚さにある。成立の条件を整理してみることにする。
(1)価格の問題: 日本でこの業態をチェーン展開するには、商品の価格が高すぎることが課題である。有機食品全般がそうであるが、価格が高すぎると顧客層が広がらないし、購買頻度も上がらないので調達のスケールメリットが生かせない。
(2)販売商品カテゴリー: TJのような独自MDは、日本では置き換えが必要である。自然食品系の店舗で、有機野菜を地場野菜で、ワインを地酒(銘柄焼酎)で代置してみるとよい。お酒のつまみは地場ものの魚加工品で、ミニコチョウランは地元農家が栽培したミニ観葉植物で置き換えてみてもよい。
(3)目利きのバイヤー: 「食のセレクトショップ」に必要な資源は、商品を選別できる目利きの人材である。半ば職人であるから、「食」の達人を養成する場が作れれば人材確保はできそうである。コンセプトメーカーになれる企業精神に富んだ人物が登場するとなおのことよい。
実は、創業から一年半で4月に食品事業(野菜販売)から撤退したFRフーズに、わたしは、密かに、日本のトレーダー・ジョーズを期待していたのである。次の点で、「SKIP」は、わたしの理想から遠い存在になってしまった。以下の課題を克服することが、日本的なTJの成立要件かもしれない。
(1)販売すべき食品を自ら調達する“職人”を育成すべきである。
(2)野菜に拘らず、食品カテゴリーで広く取り扱いアイテムを設定すべきである。
(3)調達先を特定生産者の特別な“技術”に負うべきではなかった。コンセプトがより重要である。
(4)標準価格で販売しなければ、顧客層は大きくは広がらない。
どなたか若い経営者で、「われこそは日本のトレーダー・ジョーズにならん」と果敢にこの新しいフォーマットに挑戦してくださる方が出現することを期待している。たぶん日本への適用においては、オリジナルのTJを一ひねりすることが必要である。