『地域づくり』という雑誌から、原稿を依頼された。2012年9月号で、「特集:企業との協働による地域の活性化」で基調原稿を。もとより地域研究を中心にリサーチをしているわけではない。そこで、この数年で取り組んできた企業とのコラボレーションを題材に原稿を書いてみた。
「企業との協働プロジェクトによる地域の活性化:個人的な体験」『地域づくり』2012年9月号 法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授 小川孔輔
この何年かの間に、学部ゼミ生や大学院生と一緒に、地方企業や団体組織とマーケティング面でコラボレーションをする機会が増えている。図表1に、法政大学小川研究室が関与してきた協働プロジェクトをリストアップしてみた。そのいくつかは、いまでも継続案件としてプロジェクトが続いている。その中には、今年の夏に始まったばかりの地域活性化プロジェクトもある(事例4:「秋田 森のテラス」)。はじめに、ふたつの事例をやや詳しく紹介する。
<この付近に、図表1を挿入>
<事例1:徳島すだちプロモーション>
最初の事例1は、徳島県の特産品である「すだち」をプロモーションするために、食品スーパー「ヤオコー」(本社:埼玉県川越市、2012年7月現在、関東圏に118店舗を展開)の店頭を借りて、すだちの関連販売を実施したケースである。
このプロモーションには、JA徳島の職員やすだち農家自らが、関東圏ではあまり知られていない商品(すだち)の説明要員として参加した。すだちのテスト販売を企画したのは、当時は大学院生で、その後に中小企業診断士として独立開業した女性MBAホルダー(花畑裕香氏、徳島県出身)だった。 ヤオコー店頭でのアンケート調査とプロモーション活動(スタンプラリー)には、法政大学の学部ゼミ生も調査員として協力した。徳島県庁からは、担当の職員数名が埼玉県の実験店舗まで出張して、プロモーションキャンペーンに加わった(初年度は3回、次年度は2回)。さらには、予算面でも、小売りチェーンとJA、大学を結ぶコラボレーション活動を側面から支援してくれた。
JA徳島と食品スーパー・ヤオコーとの協働プロモーションは、2009年と2010年の二年間、延べ10店舗でテスト販売が行われた。とくに、実演販売員(マネキン)を投入した5店舗では、プロモーション実施期間の一日の売り上げが5~10万円を超えている。埼玉を地盤とする中堅食品スーパーとして、これは驚きの販売金額だった。 結果として、焼き魚にかけて食べるくらいしか食べ方が知られていなかった関東圏でも、プロモーションで地名度の低い地域産品でも売れることが確認できた。販売実験が終わった店舗では、とくに実演販売を継続しなくても、翌年(2010年、2011年)もすだちは確実に売れ続けている。
<この付近に、写真1、写真2(徳島すだちプロモーション)を挿入>
<事例2:松川弁当店の「山形プレミアム弁当」の開発>
東日本大震災(2011年3月11日)で、山形発の新幹線つばさ号は、49日間、東京行きの列車が運行できなくなった。明治32年創業で、米沢の老舗弁当店である「松川弁当店」も、新幹線内での駅弁の売り上げがほぼゼロになった。老舗弁当店の苦境を助けるためにはじまったのが、法政大学とのコラボレーションによる駅弁開発プロジェクトだった。
2011年の秋からの販売(新幹線車内と東京駅、上野駅、大宮駅構内)を目標に、松川弁当店の林真人社長と学部ゼミ生(6名チーム)が夏休みの3日間、米沢駅近くの同社弁当工場で合宿をして完成させたのが、「山形プレミアム弁当」だった。合宿に入る前に、学生たちは、東京駅周辺などで、数度にわたり駅弁に関するアンケート調査を実施し、商品の基本コンセプトを探った。最終案として残ったのが、「大地の恵み、山形プレミアム弁当、秋(バージョン)」であった。販売価格は1200円。山形らしさを出すために、特産の米沢牛を地元産のみそで味付けをし、学生が地元のスーパーで見つけてきた地元食材(ゆず大根、ナスの漬物、紅大豆)で彩りをつけた。ユニークな弁当に仕上がったのは、山形で日常的に食されている「芋煮」を弁当として商品化できたことである。駅弁の掛紙(写真3)には、林社長と学生メンバー6人のイラストが描かれている。
山形プレミアム弁当は、東京駅の構内(旨囲門)や山形新幹線の車内販売で、2011年9月から8週間発売された。累計では約1万個、累積の売上高が約1200万円を記録した。2011年の秋には、老舗弁当店の売上は大震災前の水準まで戻っている。松川弁当店と法政大学とのコラボレーションは、2012年の春バージョン・秋バージョンでも継続されている。
<この付近に、写真3(掛紙)、写真4(毎日新聞)を挿入>
<なぜ学生が関与したプロジェクトが必要とされたか?>
私立大学の一研究室と地方企業(団体)との間で、これだけ多くのマーケティング企画(図表1)が最近になって急に増えている背景には、3つの要因があるように思う。実際に、法政大学以外でも、大学と地方企業(組織)とのコラボレーションが増えている。
第一には、地方の中小企業が、商品開発やプロモーション面で学生の知恵や発想を必要としていることである。水下(2012)は、地方の中小食品メーカーに欠けている能力として、3つの点を指摘している。 すなわち、資金と知識(情報)と人材の3つの不足である。水下(2012)は、その論文の中で、大手食品メーカーと地方の中小食品メーカーの商品開発力を比較している。自らが実施した実証テスト(事例3:「焼き肉のたれ」の新商品開発)の結果から、地方の中小食品メーカーは、大学やコンサルティング会社と連携することで、自らが不足している経営資源のうち、知識と人材を獲得できることを示した。実際に、<事例1>では、中小企業診断士の大学院生が、企業と一緒に専門的なプロモーションの方法を企画している。また、<事例2>では、大学生が地方の老舗弁当店のために、地元の食材の発掘と新製品のアイデアでフレッシュな着想を提供している。
第二には、地方経済の衰退にその原因を求めることができる。グローバル化(製造業の海外移転)と過疎化(高齢化)が、その傾向に拍車をかけているようにも見える。逆説的なのだが、人口の減少で需要が限定される地方経済を再活性化するためには、都市に住む消費者や外国人観光客に新たな需要源を求めなければならない。だとすると、商品やサービスの開発において、都市消費者の情報や外国人のニーズを熟知した人材や知識が必要となる。その点でいえば、大学生が地域産品の販路開拓や顧客獲得のために貢献できることは少なくないと考えられる。そもそも事例1は、徳島出身の院生が郷土のために取り組んだ「徳島ブランドプロジェクト」(修士論文)がきっかけだった。
<地産学コラボレーションに参画する人々の意識変化>
第3には、地域活性化のための「地域・産業・大学連携プロジェクト」に関わる人々の意識の変化をあげることができる。
事例3は、大手小売業チェーンでPB商品の開発を担当してきた大学院生(水下智則氏)が、出身地である福島県の中小食品メーカー(結城食品)のために、それまであまり売れていなかった「焼肉のたれ」のパッケージを改良してヒット商品に仕立てたケースである。当初は福島物産館(東京都江東区)でテスト販売されていた「焼き肉のたれ」が、試売でよく売れることがわかった時点で、都内の百貨店からフェアでの取り扱い依頼で声がかかった。販路が拡大できたことで、福島県の中小食品メーカーの意識は微妙に変わっていった。いまでは、中小食品メーカーの既存品を掘り起こすために、新たにセミナーを開催するまでに至っている。
農協や県職員の意識にも変化の兆しが見える。事例1では、地元産品を売り込むために、徳島県やJA徳島の職員が、埼玉県北部の食品スーパー(ヤオコー上里店など)まで出張販売に参加している。事例2で、法政大学と松川弁当店の橋渡し役になって、現在も続いている駅弁開発プロジェクトを支えてくれているのは、JAおきたま(山形県置賜地方)の開明的な農協職員(渡部俊一氏)である。地方経済や地方企業組織の窮状を救い、地域経済の活性化のために地方在住の人間として何らかの貢献をしたいと考えている人々は少なくないだろう。
大学の側にも、学生を教育するシステムに変化が起こっている。従来、実学に近い経営学・商学系の大学・大学院であっても、授業カリキュラムのほとんどは「座学」で占められていた。ところが、20年ほど前から、履修科目に企業からの派遣講師による授業が増えてきた。10年ほど前からは、欧米の大学のように、学生が短期間(2週間~一か月)ではあるが、実際に企業で働いてみる「インターンシップ(企業研修)」が授業科目に加わるようになった。就職事情がきびしいこともあって、各大学では企業研修をカリキュラムに組こむことが増えている。
事例2の松川弁当店と法政大学のコラボレーションは、筆者が約20年前に法政大学ではじめた「マーケティング・インターンシップ」の派生授業科目である。現在は、「マーケティング・フィールドワーク」という名前で、複数の企業と、年間を通して商品開発やプロモーション企画、サービスシステムの改善提案など、密に取り組みをさせていただいている。単なるインターンシップではなく、達成目標を明確にしたプロジェクトで現場を体験することで、学生の意識は大きく変わっていく。企業にとっては、学生たちが提案するアイデアや「作業員」として彼らの働きは、着実に企業のパフォーマンスに貢献できていると感じている。
<連携プロジェクトの課題>
筆者の体験からも、提携プロジェクトの計画と実行にまったく問題がないわけではない。以下では、地域活性化連携プロジェクトの課題について議論してみる。
第一には、プロジェクトを持続させるための金銭的な支援に関する問題である。事例1では、2011年にプロジェクトが中断してしまっている。決定的な理由は、徳島県から前年度並みの予算を捻出することができなかったからである。テスト店舗での試売結果から、関連販売によるプロモーションの効果はかなり高いことが実証されていた。したがって、食品スーパーとしては、関東圏の全店舗にプロモーションを導入することも視野に入れていたはずである。一般的に、プロジェクトの継続ができなくなるのは、テスト販売期間を終えた提携プロジェクトが、経済的に自立することを求められるからである。多くの連携プロジェクトでは、本格的な導入となると規模が大きくなるので、費用負担が増えてくる。そのために、提携事業のリスクシェアのスキームを確立することが困難になる。
第二には、それと関連して、プロジェクト全体を動かすチーム編成の問題である。とくに、プロジェクトの活動全体を指揮するプランナー(コーディネーター)に良き人材を得ることがなかなか難しいという現実である。優秀なディレクターの中には、「地域への貢献」という社会的な意義に感じてプロジェクトに無償で参画してくれる人もいる。しかし、ある程度の報酬が支払われなければ、長期的にプロジェクトに関与することは時間的にも費用的にも不可能になる。チームとしての継続的なコミットメントについても課題である。
<事例4:「秋田 森のテラス」>
連携プロジェクトの持続性に関して、いま筆者が関与をはじめたばかりの事例を紹介して、本稿を終えたい。図表1にリストアップした最後の事例4は、秋田県出身の造園家(山田茂雄氏)が出身地の北秋田市に作ったプライベートガーデン「秋田 森のテラス」を維持する発展させるためのプロジェクトである。大学院生がチームを作って、持続可能な運営プランを作成中である。
「秋田 森のテラス」は、北秋田市(米内沢地区)にある里山環境を保全した開放型の個人庭園である。広大な敷地の庭園は、一般の人が自由に入って森や水辺やそこに咲いている植物(ダリヤやあやめ)などの花を楽しむことができる。森にも庭の植物にも農薬をまったく使用していない。敷地内と隣接する土地で栽培している米や野菜は、完全なオーガニック農産物である。
造園家の山田氏は、約10年をかけて父親が保有していた山林(3ha)を広げて、現在のような26haのオープンガーデンを完成させた。現在は、自宅が森吉ダムの完成でダムの下に沈んだために働き場を失った農家6人(うち1人は、林業に従事する男性)が、従業員としてガーデンと森林の樹木を保全している。宿泊施設は、「森のテラス」から7KMほど離れた「番人小屋」にある。収容定員は、約30人である。
ガーデン(テラス)の中には、「蔵」と呼ばれる秋田杉で建てた食糧庫がある。蔵の実際の役割は、「イベントホール」である。舞台には、グランドピアノが設置されている。地元の北秋田市の住民は、7月の「ホタルの夕べ」や8月の「ピアノコンサート」に自由に参加できる。入園料は無料である。森のテラスの環境が好きなファンは、東北地方(秋田、山形、宮城)だけでなく、首都圏からもグループでやってくる。5月の田植え体験、10月の稲刈り体験などには、東京の子供たちも親子連れで参加している。
このプロジェクトの課題は、主に二つである。現在は、山田造園設計事務所の収入によって「森のテラス」の運営が支えられている。しかし、長期的な視点からは、貴重な地域資産を保全するためには、ある程度は経済的に成り立つ事業にテラスの運営を変えていかなければならない。他方で、商業的に成り立つようにしようとすれば、来園者の数を増やさなければならない。一方では、水がきれいな里山の環境を 保全できるかどうかと、商業的な収益性をバランスさせることが課題になる。
個人の資産とはいえ、希少な自然資産を保護するためには、行政や地方自治体の資金的な支援が必要とされる。しかしながら、プライベートな事業として成り立っているビジネスに、公的な支援はなじまないだろう。地域活性化の課題は、「秋田 森のテラス」の持続的な事業運営プランの成否に凝縮されているように思える。読者のみなさんは、どのように考えられるだろうか?
<この付近に、写真5、写真6(森のテラス)を挿入>
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<脚注>(番号が抜けてますが、掲載しておきます)
この事例の詳しい記述については、花畑裕香・小川孔輔(2011)「事例研究:徳島すだちプロモーション、大手食品小売りチェーンのおけるクロスマーチャンダイジングの販売実験」『地域イノベーション』(VOL.4)、115-131頁。
これは、PI値(来店客100人当たりの販売個数)で5~10の水準である。実施前は、PI値は0.1以下の水準だった。なお、食品スーパーのヤオコーについては、拙著(2011)『しまむらとヤオコー』小学館を参考にされたい。
この共同開発の事例は、地元山形の3つのテレビ局で放送されたほか(2011年9月4~5日)、『朝日新聞(全国版)』(2011年10月17日号)や『山形新聞』(9月6日)、『毎日新聞』(10月20日)などでも、紹介されている。
松川弁当店と法政大学とのコラボレーション企画が掲載された同じ日(10月17日号)の『朝日新聞』には、東海大学(東北の被災地)、宝塚大学(警視庁新宿署)などが紹介されている。
水下智則(2012)「バイヤーのための、強いローカルブランド、発掘の手順」『販売革新』5月号、112~115頁で紹介されている。
最近の取り組みを紹介すると、ホームセンターのカインズ(2010年~)、食品スーパーのヤオコー(2011年~)、総菜メーカーのロック・フィールド(2004年~2011年)などである。ユニークな取り組みとしては、JR東日本(ECUTE大宮、2003年)がある。
詳しくは、「森のテラス」のHP(http://www.moritera.com/)を参照のこと。