『経営情報』2012年9月号の書評(ドラフト)である。今回は、わが国のサービス理論研究者として著名な近藤隆雄先生の近著を取り上げてみた。近藤先生は、よくありがちな成功事例の積み上げではなく、優れたサービスの実践を理論的に解明しようと努力されてきた良心的な研究者である。
書評:近藤隆雄(2012)『サービス・イノベーションの理論と方法』生産性出版
本書は、『サービス・マーケティング』『サービス・マネジメント入門』(生産性出版)に続く、著者の3冊目のサービスに関する理論書である。サービスについて長年研究し、考察してきた著者による知見、実際的なアプローチの提案をまとめた『集大成』である。近藤先生は、マーケティング研究者の中では異色の存在である。海外の文献を丹念に調べ、日本の学界に紹介してきた優れた実績を残している。今回の3作目では、サービスのイノベーションがどのようにして起こるのかを分析する枠組みを整理している。
とくに日本においては、モノ製品の研究(製造業やモノづくり研究)と比較すると、サービス製品やサービス産業の研究が進んでいるとは言い難い。欧米と比べて、研究者の数や論文・書籍の数が圧倒的に少ない。書店の棚やネットを見ても、サービス関連の書籍のほとんどは、成功したサービス企業(ディズニー、リッツカールトン、サウスウエスト航空、マクドナルド、スターバックスなど)を取り上げるか、優秀な接客や感動的なサービス(JR東日本の伝説の販売員、加賀屋旅館など)の実践を紹介したものばかりである。
ところが、「それらのケーススタディーの読者がそこからサービス提供に役立つ何らかの法則や保法を発見しようとしているなら、それは難しい困難な作業といわざるを得ない」(9頁)。著者が指摘するように、解説の無い事例の積み上げだけからでは、サービス提供に役立つ原理・原則をつかみ取ることはできない。そうした事例研究に比べて、著者のアプローチは体系的である。サービス提供の仕方を改善するためには、「サービスを理解し、技術を理解し、文化を理解し、また何よりも人間を理解していなければならない」(10頁)。この場合の「理解する」とは、「理論的・体系的に現象を整理すべし」という意味である。
類書にない本書の特徴は、サービス産業化が進展している現代の企業を理解するための基本的なアイデアを獲得できることである。本書を読むことで、いま流行しているいくつかの重要な概念と、そうした概念がどのような種類のイノベーションと深く関わっているのかが理解できる。たとえば、顧客満足、(顧客)ロイヤリティ、サービス・プロフィット・チェーン(CS,ES,業績のサイクル)、顧客価値、エンパワメント(従業員へ権限移譲)、組織文化などが、サービス理論の中でどのように位置づけられているのかがわかる。類書では、個々の概念の相互の関連付けが明確ではない。
なお、全体は4部構成になっている。注目したいのは、第1部「サービスの理論」である。とくに、第2章「サービスの特徴についての再検討」では、モノ商品がサービスを機能させるための“容器”であると考える「サービス・ドミナント・ロジック」を平易に説明されている。また、第7章「サービス・マネジメント理論と組織学習」では、顧客志向経営がどのような組織文化の特徴によって生まれるのか、その理由がよく理解できる。