【書評】岩崎達也・小川孔輔(2017)『メディアの循環「伝える」メカニズム』生産性出版(丸岡吉人)

 友人の丸岡吉人氏(電通総研所長)が、『メディアの循環「伝える」メカニズム』の書評を書いてくださいました。掲載誌は、法政大学の研究所報『イノベーション・マネジメント』です。丁寧に内容を紹介してくださっています。ちなみに、本書は、4月に700部増刷されています。学術書としてはかなりめずらしことです。

 

<書評>
岩崎達也・小川孔輔編著『メディアの循環「伝える」メカニズム』
生産性出版、2017年2月
評者:丸岡吉人(電通総研所長)

 新しい環境には新しいコミュニケーション効果論
 新しいメディアが普及すると、それまでとは異なる現象が生まれ、新しいコミュニケーション効果理論が求められる。かつて、ラジオ番組「火星からの侵入」の衝撃が弾丸モデルを生み、テレビメディアの興隆がクラグマンに低関与学習理論を案出させた。
 近年のコミュニケーション環境が、これまでとは異なるメカニズムでヒット現象を生み出している。そう認識した小川孔輔教授をリーダーとする研究会は、新しいコミュニケーション効果理論の構築に取り組んだ。現代に特徴的な話題化現象、すなわち、ソーシャルメディアとマスメディアとが互いに呼応するように情報を反芻して、社会的に話題が盛り上がっていく現象の発生機序解明への挑戦である。本書は、その成果の報告である。

 課題に焦点を当てた多彩なアプローチ
 本論は7章からなる。その前後に、キー概念紹介を兼ねた「プロローグ 新しい概念の発見とメディアの研究の貢献」と、「特別講義 なぜ、『ザクとうふ』と『ナチュラルとうふ』はヒットしたのか?(相模屋食料 鳥越淳司代表取締役社長による)」「エピローグ」が置かれている。
 第1章は、「問題意識 メディアの環境の変化と情報伝播」である。筆者らは、ソーシャルメディアが普及して以降、コンテンツの大ヒットと形の見えない小ヒットの格差が拡大しているとみる。これは、人々が情報源としてマスメディアに依存していた時には見られなかった現象であり、その背後にメディア間の連携・反芻作用がある可能性を指摘する。そして本書の狙いは、この情報伝播のメカニズムを明らかにして、小ヒットにマスメディアが絡んで大ヒットが生まれるメディア・コミュニケーションのメカニズムやプロセス、条件を明らかにすることであると説明される。
 第2章「メディア・コミュニケーションの先行研究」では、6領域に分けて先行研究がレビューされ、本書の新規性が示される。本書では、先行研究の多くとは異なり、特定の情報伝播活動(たとえば、クチコミ)や特定の発信主体(たとえば、インフルエンサー)、特定の製品・サービスジャンル(たとえば、映画コンテンツ)に限定した議論を展開するのではなく、ソーシャルメディアが普及した環境のもとでの情報伝播のダイナミズムの包括的提示を目指すことが宣言される。
 第3章「メディアの最前線 メディア関係者取材」は、放送局と広告会社、メディアプラットフォームの4社7名への取材記録である。取材に基づいて、他メディアからの情報取得方法、情報の反芻(他メディアで紹介されたニュースを別メディアで繰り返して取り上げること)や再編集の実際、ネタ探しにおけるリサーチャーの役割などが明らかにされている。
 第4章「新たな『メディア・コミュニケーション概念』の導出」は、本書の主要概念と理論仮説の提示である。最初に取り上げられる中心概念は、「環メディア」である。これは、キュレーション・メディアがマスメディアやSNSの情報を取り上げることによって、マスメディアとSNSとの間で情報が反芻、集積、拡散する現象を指す。次に「情報の熱量」である。筆者らは、信頼性やエンターテインメント性、楽しさ喚起力などがある情報を熱量が高いと定義し、熱量の高い情報は人々によって発信されやすいとする。「2段階普及説」は、時系列に見ると情報普及が活発になる時期が2つ(以上)できる現象である。現在では個人がクラウド上の情報アーカイブを利用できるので、後から事象に気づいた人でも過去情報を参照してすぐに最新知識に追いつける。筆者らは、これが2段階普及現象の原因と想定する。そして、「コクーン」と「コクーン・ブレイク」である。コクーンとは、関心領域を共有するコミュニティと説明されている。筆者らは、世代や趣味のコクーンの中で盛り上がって交換され消費されていた情報が、なんらかのきっかけで他のコクーンに伝播すると社会的な大ヒットになると想定し、この現象を「コクーン・ブレイク(「発芽」「発火」とも呼ぶ)」と名付けている。続いて、「コンテンツ・ヒットの2段階仮説」では、ソーシャルメディアを中心としたネット上でのマニアやファン層の盛り上がりを第1段階、マスメディアが情報を取り上げた後の一般生活者でのヒットを2段階目と位置づけ、この2段階を経てコンテンツがヒットすると仮定する。最後に、コンテンツの発芽(発火)には、「情報の総熱量」が高まることが条件と考える。「情報の総熱量」は、単位時間あたりの情報の質(前述の「情報の熱量」)と量、頻度の積と概念化されている。
 第5章「事例分析『タレント・キャラクター』から『一般消費財』へ」では、5つのケース(「アイドルA」「ふなっしー」「レモンジーナ」「ヨーグリーナ」「ザクとうふ」)を用いて、前章の理論から導出された仮設の検証が試みられている。筆者らは、情報の蓄積とファン層の存在、キュレーション・メディアを媒介とする環メディア現象が5つのケースに共通することを指摘し、「情報の総熱量仮説(発芽点仮説)」「環メディアによる情報拡散仮説」「コンテンツ・ヒットの2段階仮説」の3仮説が支持されたと結論づけている。
 第6章は「シミュレーション『コクーン・ブレイクモデル』」である。ここでは、エージェントシミュレーションによって、①「コクーン・ブレイク」現象、②「環メディア」現象、③「情報アーカイブの貢献による2段階目のコンテンツ・ヒットの発生」という3要素の再現を試みる。手順として、単純なクチコミ伝播モデルから出発して、順次①②③の要素をモデルに取り込む。その結果、想定した現象が再現され、コンテンツのヒットには「コクーン」の存在と「コクーン・ブレイク」、「環メディア」、「情報蓄積の寄与」が必要であることが示されている。
 第7章「まとめ 議論と残された課題」では、次の4点が取り上げられている。ひとつは、「コクーン」の定義や役割に関わる点である。熱いファン層(コクーン)が不在の場合にもヒットは生起する。その際には親ブランドが貢献している可能性がある。これに着目して筆者らは、コクーンと親ブランドの位置づけの明確化を残課題にあげている。次に「2段階ヒット仮説」に関して、社会での情報発生の2段階目以降が長期的ヒットになる場合と短期ヒット(ファッド)で終わる時の条件がまだ明らかになっていない点を指摘する。3点目は、マスメディアやリアルのイベント、二次創作のヒット発生メカニズムの中での役割明確化の必要性である。最後は、シミュレーションの活用方法である。筆者らは、本書で採用されたエージェントシミュレーションがマーケティングサイエンス分野において新境地を開くものと位置づける。そのうえで、今回のように、厳密な予測を目的とせず、ヒットが継続するか否かを定性的に識別するためにシミュレーションを活用することが、科学的とは見なされない可能性に触れている。

 話題化メカニズムの研究系譜への位置づけを
 ソーシャルメディアが普及した結果、人々の情報の受発信が社会での循環に作用することはこれまでも示されてきた(たとえば、Li&Bernoff,2008;清水,2013;丸岡,2015)。しかし、情報が循環する中から、大きく社会的な話題となる事象が生起するメカニズムについては十分に検討されてきていない。ここにひとつの説明を与えたことは本書の最大の貢献である。
 そして、採用されている新概念、たとえば、人々が情報交換したり参照したりしあう「コクーン」、クラウド技術他によって実現した情報の「アーカイブ」、キュレーション・メディアが重要な役割を果たす「環メディア」などが、新しい時代のコミュニケーション効果論を特徴づけている。
 ただし、本書の意義を一層確かなものにするためには、提示されているモデルがコミュニケーション効果研究の系譜に適切に位置づけられなければならないことも指摘しておくべきだろう。それには、概念の精緻化やモデル適用要件の明確化が必要である。
 本書には独自概念として、「環メディア」「コクーン」「コクーン・ブレイク」「レバレッジ作用」「情報の蓄積」「台風モデル」「発芽」「発火」「総熱量」「熱量」「2段階普及」など、多数が提示されている。しかし、その定義や既存概念との異同は必ずしも明確にされていない。たとえば、「環メディア」である。メディアが他メディアを参照することは、キュレーション・メディア出現前にも行われていた。テレビ番組の企画時に、放送作家が週刊誌の記事内容を参考にするなどはその典型である。それでは、昔から「環メディア」は存在していて、登場するメディアが交代したり、話題化のなかでの役割が変化したりしたのか。それとも、「環メディア」は過去の雑誌とテレビの関係とは異なる現象なのか。
 また、モデルの適用条件や範囲の明確化も望まれる。本書のモデルは、第5章の具体的ケースにみるように、製品やサービスの市場導入時や再活性化キャンペーン時によく当てはまるように見える。他方でたとえば、天気や景気の情報がそうであるように、自社の製品やサービスがずっと話題になりヒットし続けることへのマーケターの関心も高いだろう。両者には別メカニズムが働いているのだろうか。それとも、本モデルやキー概念はこの「話題になり続ける、ヒットし続ける」事象にも適用できるだろうか。
 新たな現象が生起したとき、研究者はまず現象を記述する。次に、その現象を取り巻く因果関係を説明し、やがて予測が可能になる。そして、現象を制御する段階に至る。筆者たちは、社会での新しいタイプの話題化現象を記述し、説明まで駒を進め、予測に踏み込んだ。本書は今後のさらなる研究深化の出発点として意義のある一冊である。

<引用文献>
清水聰(2013)『日本発のマーケティング』千倉書房。
丸岡吉人(2015)『情報循環時代のマーケティングコミュニケーション:環境,概念,戦略,戦術,指標と測定』マーケティングジャーナル,34(3),69-82.
Li,C.,&Bernoff,j.2008.Groundswell:Winning in a world transformed by social technologies.Boston,Mass:Harvard Business Press.(伊東奈美子(訳)(2008)グランズウェル:ソーシャルテクノロジーによる企業戦略 翔泳社)

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丸岡吉人(まるおか・よしと)
株式会社電通 電通総研所長