友人の稲垣佳伸さんから衝撃的なタイトルの本をいただいた。『消費者の意見を聞いてはいけない。』である。わたしの知る限りで、マーケティング本としてはもっとも「薄い」本である。薄さ96頁。電車の行き帰りに38分で読み終えた。内容評価のために、さっそく元学生の田中友紀にリサーチを依頼した。
田中さんは、秋葉原の大手リサーチ会社「インテージ」のマネジャーである。自社を「サーベイ会社」だと思っているらしい。稲垣さんの定義によると、サーベイ=調査、リサーチ=研究である。だから、自分はサーベイ会社の社員である。
Kindle(アマゾンの電子書籍)で、本書は180円で売られている(紙媒体では476円+税)。携帯からメールを出したら、翌日には返信があった。
消費者の~を読みました!
Kindleで180円!!
興味深いですね。
MROCのくだりは完全に合意です。DO house面白いかも。
リサーチ=研究なら、インテージはサーベイ会社かな
解説: MROC(Marketing Research Online Community)=「特定テーマでの、ネットでの会社や対話を観察して、リサーチに活かす。ネットグルインのように、司会役がいない、自然な環境」(66頁)。稲垣さんは、「MROCは、社会研究としてはありえますが、企業のマーケティングとしてはあり得ないと感じています」とコメントしている。田中さんも、これに合意している。仮説構築や課題についての解釈プロセスが含まれないマーケティングリサーチ(研究)はあり得ないでしょう。
さて、以下に、書評を貼り付けることにします(『経営情報』2013年2月号に掲載される予定です)。
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稲垣佳伸(2012)『消費者の意見を聞いてはいけない。』ドゥ・ハウス
マーケティングの教科書には、「マーケティング意思決定は消費者ニーズを起点にすべし」と書かれている。だから、その道のエキスパートから消費者の意見を聞くなと言われると、「えっ?それはないだろう」と反応してしまう。著者の稲垣佳伸氏は、1万件以上の商品開発案件を経験している「天才的なリサーチャー」として知られている。そのご本人が、「消費者の意見は聞くな!」と主張しているのである。
挑戦的なタイトルの意図は、よく読んでみるとその真意がわかる。要するに、文字通り意見を聞くなというのではなく、調査データの収集の仕方とその使い方についての注意喚起なのである。基本的な考え方は、調査データに関する「行動重視」の姿勢である。
本書で取り上げられている手法は、グルインやKJ法など、定性調査を熟知したリサーチャーにとっては既知のものである。内容そのものにはさほど新味はない。しかし、本書が優れている点は、事実やデータの取り上げ方に対して独特の視点を提供していることである。「目から鱗」の例を挙げてみる。
(1)「ネガティブ」ではなく、「ポジティブ」な意見を重視せよ
世間一般では、「クレームデータは宝の山である」と言われている。筆者はこの意見には賛成しかねると主張している。評者もその通りだと思う。苦情などのネガティブな意見は品質改善には使えるが、商品開発のアイデアを生み出すために効果があるとは思えない。むしろ、「ほめ言葉」(ポジティブな評価)のほうが商品開発やアイデア想起の参考になる。
(2)「意識」ではなく「行動」を記述すべし
企画書や調査レポートを作成するとき、リサーチャーはともすると消費者が発した「言葉」をそのまま記述しようとする。消費者の意見には必ず発言の背景があるので、解釈の余地が出てくる。そうではなくて、実際に彼らが起こした「行動」を観察すべきである。しかも、「客観的な事実を大量に集めるべし」という主張である。全面的に賛成である。
(3)「調査」(サーベイ)と「研究」(リサーチ)のちがい
日本では、リサーチ=調査と訳されている。リサーチ会社=調査会社と言われている。これは正確ではない。定量データを収集分析するのは「サーベイ」であって、リサーチは、「研究」と訳すべきである。リサーチでは、市場や消費者の動きに対して解釈作業(仮説構築)のプロセスが組み込まれている。リサーチャーは、その意味では研究者なのである。
これまで読んだ書籍の中で、本書はもっとも薄いページ数(96頁)の本である。伝えたいことの本質は単純であるから、記述もシンプルに短くてよい。その通りだと思う。