【新刊紹介】 JR東日本企画(2012)『移動者マーケティング』日経BP(★★★★)

 マーケティングの対象となる「生活者(消費者)」「ショッパー(買い物客)」につづく、第3のターゲットが「移動者(乗客)」である。本書のエッセンスを一言でまとめるとすると、こうなるだろう。2000年から駅ナカが登場したことで、電車で移動する通勤・通学客に、メーカーとショップの視線が集まっている。



 買い物の前後には「移動」(という行動)があることに注目すると、移動者の買い物行動には、通常の自宅から店舗を目指して買い物をする「目的来店者」(の行動)とは、別の視点が必要になってくる。
 この本でおもしろいと思った視点は、「店頭(ショッパー)マーケティング」で主張されてきた「非計画購買率」の高さ(80%~90%)が、移動中の買い物客にも当てはまるという事実である。
 著者たち3人(加藤、中里、松本氏)が実施したWEB調査(2009年)によると、移動中の消費者の約3分の2は、「買い物をすること」(実際に何かを買うこと)を、移動中(39%)と店舗の前(28%)で決めている。どうやら、スーパーの買い物客の8割以上が、ブランドを店舗内でl決めている事実と符合するのである。
 店頭マーケティングは、衝動買いや非計画購買を促すために、店舗レイアウトや棚位置、POPに気を配る。移動中の消費者の7割が、やはり事前に計画していないのにショッピングしているのであれば、「店頭マーケティング」と同じような刺激で、移動客に商品を売り込むことができる。
 このロジックで組み立てられているのが、「移動者マーケティング」である(小川の解釈)。流通経済研究所が、気持ちが移ろいやすく、簡単にメディア露出の影響を受けやすい消費者のことを「ショッパー」と呼んでいる(参考:守口ほか(2011)『ショッパーマーケティング』ダイヤモンド社)。
 JR東日本企画は、同じく、移動中で買い物客になりうる可能性を持った消費者を、「移動者(トリッパー)」と呼んでいる。実際に、約半分の移動者は、移動の前後に、何らかの購買行動を起こしている。例えば、コンビニやキオスクや駅ビルで買い物をしている。

 本書の第2章は、おもしろいデータが満載されている。一番興味深かったのは、女性と男性とでは、どの曜日を見ても、女性と男性のあいだには、購買率に10%の開きがあることである。自宅から職場・学校への移動中に、例えば、月曜日には、女性の54%が買い物をするのに対して、男性の44%しか物を買わない。
 月曜日から水曜日にかけて、この比率は落ちていく。水曜日が購買のボトムである(女性の購買率49%、男性39%)。そこから週末にかけては、購買率がだんだん上昇していく。ピークの日曜日には、移動中の女性で60%、男性で49%が何かを買っている。男女差が、実にシステマティックである。
 どこから見ても、女性は買い物好きなのである。かつて、2003年にJR大宮駅で産声を上げた駅ナカの走りである「ecute」は、若い女性をターゲットにしていた。ターゲットの想定は、まったくの正解だったのである。

 概念的におもしろいのは、移動者が商品を講習する心理を、3つに整理しているところである。いわく、移動者の消費心理は、
 (1)スイッチ系(気持ちを切り替えるために購買する)、
 (2)ご褒美系(頑張っている自分へのねぎらい)、
 (3)出会い系(新しいモノやコトの発見) (→言葉が下品!)
の3つに分類できる。そして、この心理に適切にマーケティング対応するためには、
 (1)情報環境の整備(デジタルサイネージやモバイル広告など)、
 (2)動機付け(購買心理を分析する) (→「消費者インサイト」)
のふたつが大切である。

 ここまで来て、賢い読者はすでに鋭く、わたしの言いたい対比が理解できていると思う。「移動者マーケティング」とは、つまりは、「ショッパーマーケティング」の電車版なのである。通路を自分で歩くのが「ショッパー」、電車に揺られて動いていくのが「移動者」なのである。
 移動中の電車で、うまく情報露出するのが、移動者に対するコミュニケーション施策となる。店頭マーケティングの亜種が利用可なのである。