IFEX期間中は、たくさんのひとがJFMAのブースに立ち寄ってくれる。黙っていても、こちらに情報が入ってくる。いちばん得をしているのは、主催者のわたしではないかと思うことがある。最終日の昨日、メルヘンローズの小畑社長がブースに立ち寄ってくれた。興味深い話をひとつ。
ご存知のように、バラの栽培技術のひとつに「アーチング栽培」という手法がある。これは、日本人の特許である(アーチング研究会の横田元会長、小畑さんなどが特許保持)。正確に言えば、「あった」と過去形で書くべきであろう。数年前に、国際特許の期間が切れたからである。
理屈は単純で、バラの光合成を促進するために、最初のシュート(茎枝)をベンチ側に折り曲げる手法である。採光する葉の面積が広がるので、バラの光合成が活発になる。このアーチング技術は、当初は日本で広まったのだが、特許を無償で開放したこともあって、オランダのバラ栽培でもほとんどがアーチングに変わっている。
欧州でバラの温室を覗くと、やなり折り曲げられたバラの枝を見ることができる。わたしは最初、これがオランダの専売特許と思っていたくらいである。のちに、日本の技術開発者(大分、東予など)の温室を訪問するようになってから、日本人の発明であることを知った。
アーチングの技術は、坪当たりのバラの生産性を向上させ、丈夫な茎の太いバラを生産することに貢献した。しかし、日本では、労働環境や品質へのこだわりなどもあって、坪当たりでバラが切れる最大本数は、200~250本(坪当たり)程度である。
ところが、最近になってオランダを訪問した日本の生産者が、「オランダでは、坪当たりで1500本を採花することができる生産者がいるらしい」という情報をもたらした。先月、大分のメルヘンローズを訪問したときに、小畑社長からこの情報を知らされていた。およそ5倍の生産性のちがいである。尋常ではない。
その秘密の解答を、今回、幕張のIFEX会場で小畑社長から伺うことができた。わたしは、栽培技術のプロではない。正確に伝えることはできないだろうが、あらましの秘密を解説してみたい。
オリジナルのアーチング法(ベンチに近い一番下で枝を折り曲げる)のバリエーションとして、ハイラック、レベリング(より高い位置での折り曲げ)の手法がある。
簡単に言えば、オランダ人がはじめた方法は、アーチング、ハイラック、レベリングを組みあわせて、「森を作る手法」(小畑社長)である。要するに、バラの茎を折り曲げる位置を増やしていって、分岐した枝の多段階で、順次こぶ(ナックル)を作っていくのである。最初は一本のバラなのだが、「こぶ」から上がってきたシュートを切り落としたり折り曲げたりして、まるで森が育っているように、バラを栽培するのがこの手法の特徴である。
小畑さんたちが最初にアーチングを考案したのは、バラの成長を促すためには、太陽光が当たる葉の面積を増やそうとして、茎を降り曲げることを思いついた。アーチの発想の原点である。オランダ人は、この考えをさらに進めて、「森を作る発想」を考え出したのである。しかも、日本人研究者が書いた文献(稲つくりの「並木植え)をヒントに、この方法を編み出した。「もっと文献をしっかり読まなあかんな」(小畑社長)である。
いわく、森の姿を考えてみるよい。太陽が一番降り注ぐ上部の樹木の葉にも、下部の枝の葉にも、さらには下草にまで陽光は、それなりに充分に当たっている。なぜならば、太陽は東から西にゆっくりと回っている。どの位置の葉にも、陽光が降り注ぐチャンスを与えられるように森は創られていく。
天動説から、地動説への転換である。茎を折り曲げるだけでなく、シュート(新芽)が上がってくる「こぶ」から、順次ラック(棚)を作っていくのである。従来はアーチの位置が一個(単層)だったのが、切り戻すことで多層棚(多段階のラック)を作っていくのである。ひとつのバラ苗で、棚の数(ナックルの数)だけ、5~6本のバラを栽培しているのと同じことになる。
この結果は、パートの作業生産性にも影響を与える。つまり、多段階のラックで採花するわけだから、作業動線は大幅に短くなる。なぜならば、主として「前後に」体を動かしていた動作が、手先は「上下に」移動することになるからである。単位面積当たりの収量が増えるだけでなく、人件費が高い国(オランダや日本)では、コスト削減にも有利である。
問題は、温室設備への投資額が高いことが難点である。オランダでは、もともとハイリスク・ハイリターン型の農業が普及しているので、高投資型の栽培が成り立つ。日本ではどうだろうか?
「小川先生、金がかかりますよな」と、小畑社長は帰って行った。
日本国内でこの技術を実現できるチャンスはある。休耕田や耕作放棄地が、栽培のためには利用可能である。農業への補助金も、たとえば、東北地方で津波で失われた土地に、バラを植える実験ができれば、かなりおもしろいプロジェクトになる。
小畑さんや今井さんが作出して国産のバラ品種を、仙台や福島で生産する。供給先はいくらでもある。これから需要が生まれそうな、量販店やチェーン専門店仕向けに、値ごろ感のある国産バラを作るのである。オランダ人が考え出した新栽培技術を使えば、従来の5倍の本数を切ることができる。
ざっくりといえば、5~10ヘクタールの温室で、年間1200万本~2500万本のバラの供給が可能である。国産のバラのシェアで、5~10%。市場価格を支配できる数量である。初期投資額は、ただし、5~10億円。想定の売り上げは、、 あとは、練習問題である。