【書評】 松井忠三(2013)『無印良品は仕組みが9割』角川書店(★★★★)

 無印良品の松井会長とは、15年来の知り合いである。最近では、「SPRING」(サービス産業生産協議会)の会合でしばしばお会いする。それ以前には、SC協会やJFMAに関係した会合でお会いすることがあった。無印の花屋さん「花良品」からJFMAの理事を出していただいていたからである。



 はじめてお顔を拝見したのは1998年(事業部長時代)で、良品計画が株式上場の直後だったと記憶している。当時は、わが友人の木内政雄さん(後の西友社長)が良品計画の常務か専務だった。
 その後に、木内さんが社長・会長を歴任するのだが、本書のテーマの中心となっている「無印良品のV字回復」(2002年)の前年(2001年)になって、有賀さんから松井さんに社長が交代する。
 松井さんが、このような本を書く決意をしたのだから、そのころのことはもう時効ということだろう。V字回復に至る前後に、わたしは木内会長(当時)から社内事情(人事のごたごたの話など)を聞いていた。「うちには、ほんとうに人材がいないんだよね」(木内さん)。

 最終章(おわりに)で松井さん自身が独白している。「もともと私が西友から無印良品に出向になったのは、左遷だった」(219頁)。わたしが思うに、本書のテーマ(「(会社は)仕組みが9割」)とはっきり言える原点は、MUJIの草創期とV字回復期に、(世間でいうところの)優秀な人材が社内に豊富にいたわけではないという現実を反映しているのだろう。
 内実は、ブランドコンセプト(「わけあって安い」)はすばらしいが、その事業と商品を担っている社員は、木内さんや松井さんなど(+わが友人の元花良品、阿部社長)、セゾングループからのスピンオフ組である。やや扱いにくい人材が無印良品に移動させられていたはずである。
 それだから、優秀な人にではなく、誰でもができる「マニュアル」に頼る決断を松井さんはしたのだとわたしは理解している。外からはわからない社内事情が生んだ方針転換だった。

 本書には、名前を明示していないが、「膨大なマニュアル」のエッセンスを学ぶために、しまむらの藤原秀次郎社長(当時)を良品計画の社外取締役に招いている。
 藤原さんを招いたのは、木内さんなのか松井さんなのか、わたしは知らない。しまむらの藤原さんもはっきりとはおっしゃらなかったので、本当のことはわからない。しかし、松井さんたち良品計画の経営陣は、わらにもすがりたい思いで、しまむらのマニュアルを導入しようとしたようではある。
 結局は、他社事例はそのままでは使えず、自分たちで2000頁のマニュアルを作りこむことになる。だが、学んだことは無駄ではなかったと思う。本書で紹介されている原則や項目は、わたしが知っている「しまむら」のマニュアルとうりふたつである。
 ファッションセンターしまむらも、仕組みで動いている会社である。誰がやってもできるように会社が運営されている。そして、日々の仕組みが改善され続けている。事業の形が現実の変化に素早く対応している。

 松井さんの文章は平易であり、ビジネス書を読みなれた読者ならば、おそらく1時間で読み切ってしまうだろう。だからこそ、本書を読むときに気を付けてほしい点が一つだけある。V字改革を実現するための「シンプルな原則」が、どこから来ているのかということについてである。
 松井さんは、教育大学(現、筑波大学)で、たしか器械体操かバレーの選手だったはずだ。本書は、元運動選手(体育指導者)が書いた経営書(回顧録)なのである。だから、精神論を完全に排して、リーダーシップの発揮の仕方も根性論的な言説にはひとことも振れていない。そのことを不思議に思ってほしいのである。