【書評】柚木麻子(2021)『らんたん』小学館(★★★★★)

 友人の石川純一さんから、彼が車を運転しながら聞いたという小説を、わたしは紙の本で読んでみた。「音読もいいもんですよ」が、石川さんからの推薦の言葉だった。わたしには、本を聴く趣味はない。500頁の分厚い本を入手して、日曜と月曜にページめくりに挑戦してみることにした。
 原稿の締め切りは来ていたのだが。書名の「らんたん」(Lantern)は、手持ちの灯篭のこと。伝統や想いを次の世代に伝える象徴的な小道具として、本書では登場する。


 主人公の河井道(恵泉女子大創設者)は、米国フィラデルフィア州のブリンマー女子大に留学する。道(みち)が留学したブリンマーは、開学15年目の女子大だった。米国の良き時代のキャンパスライフを彼女はそこで経験する。自由で平等な開かれた社会で、アジアの小国から来た少女は、米国人の友人たちから歓待を受ける。
 卒業式の行事で、ローソクの火が灯ったランターン(灯篭)が上級生から下級生に手渡される。ブリンマーでは、「最初にローソクの灯が消えた子が一番先にお嫁に行き、最後まで灯が消えなかった子はドクターになる」という言い伝えがある。
 ランターンを手渡す場面では、たくさんのランターン(希望)が星のように光って周囲が明るくなる。みんなで街を、世界を明るく照らすという隠喩がそこには含まれている。本書では、「シェア」(share:共有する)という言葉が頻繁に登場する。シェアの反対語は、独り占め・奪うだろう。
 もう一対のキーワードは、「平和」と「女性」である。「女が手を取り合えば、男は戦争ができなくなる」。帯裏には、この文言が大きなフォントの活字ででかでかと書かれている。

 本書は、史実に基づいたフィクションである。男子(悪者)と女子(善玉)の扱いが対照的だ。女子の登場人物は、女子教育や女性参政権運動のために生涯をささげた人たち。たとえば、津田塾の創始者、津田梅子。女性解放運動家の平塚らいちょう、衆議院議員の市川房江など。その他多数の女性活動家が登場する。
 それとは対照的に、新渡戸稲造(教育者・思想家)を除くと、歴史的に著名な男性であっても、彼らの行動や思想は陰鬱に描かれている。帯の文言を書いた鴻巣友季子女史によると、本書は「文学の”正史”を批判的に書き替える傑作。」となる。そりゃ、嘘だろう(笑)。
 文学者の有島武郎や太宰治、ノーベル賞候補だった野口英世も、女性に敬意を払わない独りよがりでダメな存在の役回りを演じさせられている。正直に言えば、とても可哀そう。社会的に著名な男子の登場のさせ方について、著者は確信犯的に史実を改変しているように見える。敢えてそのように描き切ることで、女性の登場人物たちの友愛(道とゆり)や努力(社会活動家たち)を際立たせようとしているのだろう。

 500頁近い長編小説である。登場人物も多数である。ページを繰って戻っては、名前や人物の関係性を確認するのに、結構な時間が取られた。時代は、明治後期から昭和20年代前半まで。物語の舞台は、いまの津田塾や恵泉女子大になる前の草創期の校舎や、教育に関連する先生たちの自宅である。
 わたしにとっての強烈な印象は、本書に登場する女性たちの生活と時間が、一貫して静かに流れていることだった。わけあって(憧れの)洋風の住居で暮らし、洋食で会話を楽しみながら時間を過ごす。パンやバターやクッキーを、紅茶やオレンジジュースで楽しむ。
 特別な食べ物が出てくるわけではないが、この時空間は、小林一三が創始した阪急・宝塚歌劇場の舞台を彷彿とさせる。戦後しばらく経ってからのころだった。わたしの実妹たちが食い入るように読みふけっていた「少女コミック」の世界そのものである。わたしも「少女フレンド」の読者だった。だから、この物語の続きにあたる、次に来る時代の風を読むことができる。

 そう考えてみると、恵泉女子大を創始した河井道と渡辺ゆりの生き方は、少女漫画の世界そのものであり、そこでこそ輝けるのはではないかと思う。シスターフレンドシップの理想の姿は、現在のLGBTの思想に繋がっている。
 実は、1980年から1982年にかけて、わたしは家族とともに米国カリフォルニア州バークレイ校に留学した。そのとき、キャンパスで最初に友人になったのはゲイのふたり(デビットとギル)だった。かみさんが、米国南部料理を英語で教わった先生(マギーさん)は、友人の女性(ジョイス)と一緒に暮らしていた。

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