わたし自身が市民ランナーであることから、本書に書かれている脳(心)と免疫システム(+腸内細菌)の相互作用についての発見は、日常生活での体験からほぼ予想がついていた。
走ることの効用は、免疫力が高まることである。44歳で走り始めてから、重度な風邪に罹った記憶がない。大学の最初の講義で、「”マーケティング論”の授業に休講はない。だから、授業に来る前に掲示板を確認する必要はない」と宣言してから授業をはじめたものだった。
日常的に運動を継続していることの2番目の成果は、逆境下にあっても心がポジティブに対応できることである。本書でも示されているように、「自己効力感」が高い人間は、逆風下でも安定して心を維持できることに成功している。
著書で紹介されている心と体の関係についての推論は、日本人の多くにとっては自明のことではないだろうか。しかし、その医学的な根拠とメカニズムがわかるようになったのは、2010年代以降でごく最近のことである。
本書の貢献は、わたしたちの心と身体の相互作用についての常識を、生理医学的なエビデンスを積み重ねることで証明したことである。医学的には新しい発見ではあるが、長距離ランナーにとって、それ自体は常識的な結論であるように思う。
「病は気から」。東洋医学の常識では、心と身体は不二の存在ではない。脳神経系(心)と免疫系(体)は、機能的に分離した独立した存在ではない。脳の知覚と末梢神経系は相互作用をしている。ただし、昔からある東洋医学の説明から抜け落ちていたピースは、「腸内フローラ」(体内の無数の微生物群)の存在である。3つ目のパーツの存在は、驚くべき発見だった(ブリガリアヨーグルトを飲むように子供のころから言われきた根拠!)。
このメカニズムに対する科学的な説明は、とても興味深く読むことができる。したがって、本書の中でもっとおもしろい章を推奨するとしたら、迷うことなく第5章「微生物に操られる」をわたしは薦めるだろう。すなわち、腸内に宿る無数の微生物が、人間の意識と行動を支配しているという考察である。
本書は、3つのパート(Ⅰ~Ⅲ)から構成されている。
第Ⅰ部「開かれた心」(第1章~第6章)は、冒頭で示した「脳(心)と体(免疫系)と腸内フローラ(微生物群)」の相互作用を説明したパートである。主張したいことは、①脳と体は相互に影響し合っていることと、②腸内(町内、笑い)に住む微生物(外界)がわたしたちの心と体の健康を支配しているという発見である。
第Ⅱ部「万物がばらばらになる」では、①免疫系(身体)が脳(心)の不全を引き起こす場合(第6章「友軍砲火」と第7章「心が炎症を起こす)と、②その逆方向のメカニズム(第8章「思考が火をつける」と第9章「無主の地」)を取り上げている。この内容は、表紙裏の説明文でさらに理解が促進されるだろう。引用してみる。
「どうして脳は、体に生じた炎症を記憶したり再発させることができるのか。逆に免疫の働きは、抑うつや精神の病を引き起こせるのか。関節炎の薬はそれを癒せるのか。心や行動は腸内微生物叢にどう影響されるのか。(後略)」
第Ⅲ部「防御システムを再構築する」は、第Ⅰ部と第Ⅱ部の知見を理解した上で、わたしたちがどのように日常生活を組織すべきかを説いている。心と体の不全(第11章「抗炎症生活」)から逃れるために、どのような食生活がよいのか(第12章「食べる」)。当然のことだが、良い食事は腸内フローラを健全なものにする。多様な食生活、とくに多種類の野菜(週に30種類)を摂取すること。
2番目のパーツは、強靭な心と体は運動によって作られることの推奨である。第13章は「遊ぶ」となっているが、体を動かすことで心の安定を保ちを強い身体を作るために、どのような運動をすべきかについて述べている。
3番目「第14章 好きになる」は、心身ともに健康であるためには、対人関係(他者との接し方)をどのようにすべきかを説いている。というわけで、第Ⅲ部は飛ばし読みしてしまった。
本書については、ひとつだけ気になる点があった。それは、翻訳がややわかりにくいことである。英語を直訳しているのではと思われる部分もあった。新しい分野で科学的な専門用語が多用されている。そちらに気を使いすぎた結果かもしれないので、翻訳者に同情するところもある。
本書は、とても興味深い良書である。一般の読者にも、お勧めしたい書籍ではある。


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