渥美先生が生きていらしたら、正垣会長の本をどんなに喜んだことだろうか? 渥美先生がペガサスクラブで教えてきたことを、そのまま実践しているからだ。誰よりも忠実に、渥美理論の通りに店舗と商品を作ってきた結果が、今日のサイゼリヤの姿である。
この頃、本を読むときには、線を引くことがなくなっていたが、この本は別物だった。最初の10ページを読んだところで、机の上から黄色のラインマーカーを取り出してきた。
大切な部分や発言にマーカーを引くのだが、とくに、第一章は、最初のページがまっ黄色に塗られてしまった。貴重な仮説(ほとんど100%正しい!)が、つぎつぎに登場してくる。フードビジネスでフィールドワークをしている「松川弁当班」と「ロック・フィールド班」には、即日に読むように伝言をした。
20ページを読んだところで、10月の課題図書に決めてしまった。この本、『おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』である。
第3章まで解説すると、長くなりすぎてしまう。そこで、第1章の内容に限定して、どのような点が本書のエッセンス(主張の肝)なのかを説明するために、ごく手短かに正垣さんの言葉(黄色のラインマーカー部分)を引用して紹介することにする。
1 メニューの絞り込み
最初のラインマーカーは、「飲食店ならメニュー数を絞り込むことが一番無駄を減らせる」の部分だった。これは、のちに展開される「作業の無駄取り」にも通じる。ただし、ポイントは、「核商品」を持つことである(サイゼリヤでは、ミラノ風ドリア、299円)。自信を持って売れる主力商品がないと、絞り込みができない。そこで、つぎの課題は、商品を作るときの基準になる。
2 「おいしさ」の基準(は食べるシーンでちがう)
二番目のラインマーカーは、「お客様がその店の料理をおいしいと感じて、また来てくれるかどうかは、料理の品質と店の用途が合っているかどうかで決まる」
これは、渥美理論(TOPS)そのままである。おいしさは、食事のシーン(ニーズ)に依存して決まる。だから、「サイゼリヤは毎日でも食べられる日常食を提供する店だから、素材本来の味を生かすことが重要で余計な味付けは不要だ」(3番目のマーカー)。そう割り切って実践するところが、正垣さんのすごさだ。
年に一度食べる、ごちそうの味つけが濃くなるのは、これで理由があきらかになる。飽きせない味付けは、素材を生かしてシンプルで淡泊に作る。感覚的にはわかっていたが、言われてみると、なるほどである。
3 強みを生かす、データ経営
「どんな食材をお客様が口に入れているのか、というデータに変換してみると、店の料理をもっと売るには、最もお客様に食べられている食材から良くしていく方が効果的かもしれない」
この仮説に気が付くと、改善の努力の方向性が定まる。人間の舌に触り、胃袋に落ちていくのは、最後は食材である。メニューそのものではない。データに分解して、よく使用されている食材を発見し、その材料の調達品質を上げていけばよい。
この時点で、サイゼリヤが生産段階に乗り出していった理由がわかった。だから、5℃で運ぶ低温物流にこだわったのだ。
4 シンプルなメニューで価格の上下幅は2倍まで
4番目の黄色のマーカーは、「ポイントは商品間の価格差を広げすぎないことだ。一番安い料理と一番高い料理の価格の差を二倍以内に収める。」
これも、生前に渥美先生が口を酸っぱくして言っていたことだ。その店の価格イメージは、ボリュームゾーンで決まる。しかし、カテゴリーごとに、極端に高い商品や安い商品があると、値ごろ感を演出できない。
百貨店やショッピングセンターが、上下さまざまな価格帯の店舗をミックスさせない理由でもある。飲食店も同じなのだ。たしかに、価格水準ををそろえて、メニューから選びやすくすることが大切だ。
5 時間帯別の値ごろ感
5番目の下線は、「消費者がストレスを感じずに払える金額は朝昼夜で異なる。比率は、朝昼夜の順で1:2:4」。こんなにシンプルに、値ごろ感が数字で表現できるとは!つまり、昼食に500円支払える人は、朝食に250円、夕食には1000円を支払える、というわけだ。納得である。
6 均一価格に対する姿勢
(居酒屋で増えてきた)安値商品の均一価格の店を脅威に感じる必要はない。2倍までの価格差ならば、消費者は喜んでおいしさにお金を支払ってくれるからだから。「それよりも、来店客の2~3割が食べてくれる核商品(ミラノ風ドリア)を作り、商品価値や作業効率の面で磨き続けることの方が大切だ」(6番目のマーカー)。
一般に言われているのとは、この仮説は逆説的だ。シンプルなメニューで、より品質にこだわる方が長期的には成功に導ける。外食でもほかの業態でも同じことなのだ。
7 品揃えは3タイプを意識せよ
「ほっといても売れる商品」「店が売りたい商品」「売れないけど、ないと困る商品」の3つに分類せよ。そして、つぎが驚きなのだが、その比率が、6:3:1とある。この割合は、いろいろな小売サービス業を見ていて、直感に近い。だから、よく理にかなっている。
「アイテム数より、使用食材の数を意識する」は、理科系の経営者ならでは。すばらしい着想だ。インプット(食材)と中間変数(料理メニュー)と、アウトプット(客数、売り上げ)の関係だ。
(*)本書を読んだあと、昨夜はサイゼリヤに出かけた。第3商品群の「グラッパ」を頼んでしまった。36ページの影響だと思う、そして、第一商品群の「ミラノ風ドリア、299円」も!
ここまでで、わずか37ページ。この先、どうしようか。この本は、おもしろいので、書評が研究ノートみたいになっていく。渥美先生の思想が、このあともどんどん実践例とともに出てくる。
ここまでで内容の紹介はやめにする(笑)。詳しくは、35ページ以降、読者が本書を購入して読んでいただければよいだろう。だから、本書の書評に切り替える。
この本のすばらしいところは、つぎの3点である。
1 客観的に事実が語られている
飲食業にありがちな根性論は、どこにも出てこない。経営実践のすべてが、客観的なデータで語られている。そして、実行の結果が伴っている。文句のつけようがない。脱帽である。
2 経営の姿勢にブレが全くない
短期と長期のバランスがよくとれた経営をしている。短期的な対応を優先させながら、長期的な目標(社会への貢献)を目指す。それは、掃除の仕方ひとつをとってわかる。
3 ウソやごまかしがない
成功している経営者は、自社の事業を実態よりよく見せようとする傾向がある。とくに運が良くて瞬間的にうまくいっている会社の経営者によく見られることである。正垣さんには、そんな「背伸び」をしているところが見受けられない。
恬淡とした姿勢が、しまむらの藤原相談役に似ている。たぶん、ウソやごまかしのない経営者の特徴なのだろう。
最後に、しかし、仕事についてこれほど社会性を強調するのは、理屈を述べながらも、実は、熱いロマンを語る経営者であることをうかがわせる。
なんといっても、とにかく、読みやすい本である。それは、わたしなどとはちがって、ご本人の主張に筋金が入っているからだと思う。