自分の食生活の「コンビ二依存度」はどれくらいだろうか? 私自身、1990年代後半から2007年の秋まで、10年間ほど都心のアパートに住んでいた。1LDKの部屋は、大学の近く、市ヶ谷駅の裏手にあった。だから、ずいぶんとコンビ二弁当とメロンパンにはお世話になった。
本書は、コンビ二が提供している「おいしさ」の仕掛けを解き明かすことを狙って書かれている。その目的はほぼ達成できていると思う。「食べることがすきな読者」としては、おいしさを感じる身体の機能と脳の仕組みについて、よくわかる内容だった。
著者の加藤直美さんの名前は、商業誌のレポートや取材記事でよく見かけていた。評者が連載を担当している雑誌の同じ号に、しばしば同時に加藤さんの記事が登場することがあったからである。食に関する調査とコラムを担当しているライターさんのひとりである。奥付を見るまでは、彼女が法政大学の法学部卒業とは知らなかった。
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本書は、4つの章から構成されている。第1章「おいしさも見た目が9割」、第2章「おいしさと脳」、第3章「変わるおいしさ、変わらぬおいしさ」、第4章「おいしさの表現を磨く」である。
第1章では、おいしさは、舌で感じる(味覚)の前に、目で感じとる(視覚)ものだということを説明している。人間も中身より見かけが大事と言われるが、食べ物も同じように見た目で選ばれている。食材提供の最大チャネルであるコンビ二の事例で、その証拠が示されている。
第2章は、大脳生理学の知識から、おいしさを感じる構造を解明している。おいしさを感じ取る部分は、扁桃体(原始的な脳)と大脳皮質連合野(生得的な脳)でちがっている。どうやら、おいしさを感じる能力は、人間の場合は、後天的で経験によって鍛えれたものであるらしい。だから、「味盲」だったはずの米国人(アングロサクソン系)も、鮨の美味しさが分かってきたのは理屈がつく。
この章でおもしろかったのは、コンビ二の弁当の改廃が激しいのは、人間の味に対する「飽き」に関係しているという指摘である。同じ地域に住んで同じチェーンを利用していると(わたしも長い間セブン-イレブンを利用していた)、そのコンビ二が提供する弁当を、他のチェーンのものより美味しいと感じる。それは、味に関する「慣れ」であるという説明には、経験的にしごく納得できた。おふくろの味をおいしいと感じるのも、それと同じ理由によるものだった。
第3章では、加藤さんが作った「味の全国マップ」を楽しむ良いだろう。「日本列島 出汁マップ「(119頁)は、昆布だし(グルタミン酸)、鰹節だし(イノシン酸)、干し貝柱だし(コハク酸)、干し椎茸(グアニル酸)の利活用地域が日本地図で示されている。これだけ豊富な食材と地域の味を楽しめる日本人は幸せである。
日本各地の食の多様性は、「日本列島 醤油マップ」(125頁)で最高潮に達する。恥ずかしながら、評者は、濃口醤油(関東)と淡口醤油(関西)の二分法しか知らなかった。日本の醤油には、ルーツが5つもあったのだ。溜まり醤油(大豆ベース、愛知県半田)、白醤油(小麦、山口県柳井)、再仕込み(大豆+小麦、と)。土佐酢などを入れれば、そのタイプは10以上にもなる。日本食の奥の深さは、「日本列島 鍋・汁マップ」(127頁)でも楽しめる。なお、コンビ二が地域の食文化を取り入れている例として、「ご当地カップ麺」や「B級グルメ」の発掘で示されている。
第4章は、おいしいと感じさせるために、テクスチャー(食感)をどのように言葉で表現すべきか?また、季節感(温度)をどのように言葉に表しているのか?コンビ二の商品名と店頭POPなどを引き合いに出して説明している。
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評者が多少とも疑問に感じるのは、筆者が、コンビ二が提供する「個食」(お一人様の食事)の価値を積極的に支持していることである。昔の家庭は、「共食」(みんなで食べる)であった。毎日同じ食材のこともあったが、基本はゆっくり食べる「スローフード」である。調理の多様性を楽しんでいた。
家族がばらばらになり、時代がそれを許さなくなった。だから、ひとりでもおいしく食べられる食事(コンビ二弁当、コンビ二パン、コンビ二デザート)が大切だ。それが、筆者の認識である。確かにそうではあるが、コンビ二が提供する便利さ(コンビニエンス)は、たとえ、それがとても食材をおいしくする工夫があったとしても、所詮、ひとりでお腹を満たす「ファーストフード」のおいしさである。
コンビ二弁当は、便宜的に、セカンドベストとして選んでいた(かつてのわたしの日常食)。根本的に、家族や友人、親しい仲間とテーブルを囲む食事とは別次元のものである。だから、あまりコンビ二を礼賛はしないほうがよろしいのはないだろうか?筆者の論旨には、この点だけは賛成ができなかった。年代と価値観の差かもしれない。
いずれにしても、美味しさに関するたくさんのエピソードとデータは、とても参考になる。読み物として、とても「美味しい本」である。