恩田さんとは、中国・上海ではじめてお会いした。2000年代の中ごろで、ユニクロやローソンが中国に進出した直後だった。当時の恩田さんは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに勤めていた。少し前は、中国国営企業の顧問を務めておられた。仕事の中身を知るようになったのは、恩田さんがハーバード大学で客員研究員だったころである。真夜中に、日米でLINEを通してやり取りをしていた。
出版の構想を知ったのは、一年ほど前のことである。おおよその内容は、恩田さんが米国に滞在していたときから知っていたが、それが大きなテーマの本になるとわかったのは、EY社 (アーネスト・ヤング)を退職して次の段階に移られると伺ったころである。
本書のテーマを、わたしなりに要約してしまう。異例の3期目を迎えた習近平の中国(共産党、覇権主義国家)と、バイデンの米国(民主党政権、民主主義国家)の相克・覇権争いの渦中で、日本国と日本企業がどのように振舞るべきかを、著者は「15の新常識」という枠組みで論じている。
本書は、「太平洋を挟んだ新たな覇権争い」を、近代アジア経済・軍事史から俯瞰した分析書である。
わたしとしてはめずらしく、本のテーマを長々と要約してしまった。それほどまでに、本書のエッセンスをシンプルに記述するのは簡単ではない。
本書で取り扱われている素材は、明治維新後から太平洋戦争に至るまでの日本とアジアの近代史である。最も説得力があった記述は、ペリーの黒船来航からおよそ一世紀半におよぶ日米関係(1868年~)と、直近の50年間(ニクソン訪中の1972年~)の米中関係をパラレルに分析している点である(第13章「ABCD包囲網を彷彿させる新冷戦の戦国マップ」を参照)。
第1章「米中アラスカ交渉決裂、新冷戦の幕開け」で、著者はニクソン訪中(1972年)の50年後を、ニクソン大統領の国務長官だった、天才的な策士のキッシンジャー氏に総括させている。2019年の「ブルームバーク経済フォーラム」で、キッシンジャーはニクソン政権下で自身が画策した「米中国交正常化」の結末をネガティブにとらえる発言をしている。
その下りは、第1章で「キッシンジャーの警鐘」と題した節に登場する。米中の国交正常化で台湾を排除したことの負の帰結について、本人の肉声が紹介されている。著者がキッシンジャー氏の講演をメモした部分を引用してみる。そこでは、新しい米中関係の現実が的確に描かれている。
「今や米中は冷戦の麓に入った」
「この潜在的な対立は将来破滅に向かう」(中略)
「まず中国は屈強な経済大国になってしまった」
「我々は足元をお互いに踏みつけ合う状態に来た。あらゆるところで対決することになる」(後略)
米中の経済的・軍事的な対立(デカップリング)は、恩田さんが「師事している」、ポンペオ元国務長官の短い言葉にその本質がよく表れている。自らの対中国宥和策が招いたキッシンジャー元国務長官(現在95歳)の45年後の発言、「米国と中国は今までとは別格な対立になり、米ソ冷戦状態を遥かに凌ぐことになる」を受けての演説である。
「ニクソン大統領はかつてこのように語った。私は世界に中国共産党を開かせたことによって、『フランケンシュタイン』を創ってしまったことを今恐れている」(ニクソン図書館・博物館のおける「共産主義中国と自由主義世界の未来」というポンペオ氏の講演から)。
日本の立場はどうだろうか? 米中対立の新しい世界で、まずは著者が提示している「(グローバルな企業経営)の15の新常識」を理解すべきだろう。そして、しかしながら、対立をすべてネガティブに取らえる必要もない。第14章「日本が目指すべきポジショニング」からは、米中両陣営のはざまで、日本の立ち位置はいまよりも有利なポジションに変わるだろうことが予言されている。
まったく同感である。失われた30年から、日本がV字復活を果たすことになるかもしれない糸口がそこにはある。実は、両方の陣営の「やや右寄りの中間的なポジショニング」に上手に立つことができればである。米中経済戦争の危機は、日本にとっては千載一遇のチャンスでもあるのだ。