インテージの「CXセミナー(顧客体験勉強会)」で使うため、キーワードの「消費者インサイト」を説明する必要に迫られている。英語のinsightは、日本語では、「洞察(力)」「知見」「発見」「直感」などと訳されている。マーケティング用語としては、「消費者の隠れた心理」のような説明もなされている。
それでも、いまひとつわかったようでわからない言葉の一つである。しっくりと来ない。ここでは、わたしなりの「インサイト」の定義と、マーケティングでどのような活用すべきかを解説してみたい。なぜわかりにくいかというと、類似の概念ときちんと区別した定義がなされていないからである。
たとえば、近接した概念としては、「ニーズ」「ウォンツ」「ベネフィット」などがある。「インサイト」は、氷山の形を示して、それよりもっと深いところにある「隠れた消費者ニーズ」だという説明がしばしばなされている。しかし、それでは、なんのために屋上屋を重ねて、インサイトという概念を持ち出したのかがよく分からない。
<消費者インサイトの定義>
原因は、二重だとわたしは考えている。ひとつは、インサイトを「静的な概念」としてとらえているからだろう。二番目は、消費者とマーケターのどちらの側から、概念としてのインサイトが存在しているのかが曖昧なまま、言葉だけが独り歩きしているからだ。
消費者側からの説明でもっとも一般的なのは、氷山の一番上に「顕在的なニーズ」が、その下に「潜在的なニーズ」がある。潜在ニーズは氷山の下に隠れているが、さらにその下には「インサイト」(消費者から隠されている心理)が潜んでいる。ニーズではなく、「心理」という見方がポイントである。
この説明では、二つのニーズとそこに隠されている心理が区別できていない。解釈するに、インサイトはすでに消費者の側にあるのではなく、マーケターの側にある概念である。つまりマーケターが発見した潜在ニーズを、企業の商品やサービスの開発に応用するためのヒント(インプット)のことを指していることがわかる。
もう少し突っ込んで説明すると、「知見」や「洞察」の言葉に見られるように、それはマーケターが新たに発見した、消費者知識の体系のことである。だから、1番目の定義で使ったように、マーケターが消費者を見るときのレンズのことになる。消費者の心理と行動をダイナミックにとらえて、商品やサービスを提供のための知識(インプット)と解釈できる。
その次に理解すべきは、①有用で意味のある消費者インサイトを発見するための「方法論」と、②得られたインサイトを商品開発やプロモーション企画に適応するための「枠組み」である。この2つを体系立てて説明することしよう。
<インサイト発見の方法論>
①方法論としての「インサイト発見」の手続きには、マーケティングリサーチの種々の方法が対応している。そこで登場するのは、消費者ニーズを明らかにする調査方法の体系である。最初の説明で用いた消費者ニーズやウォンツ、商品・サービスに体化されている4つのベネフィットが分析のスタートになる。
まずは、ニーズとウォンツの識別、つぎに潜在ニーズと顕在ニーズの区別。さらに、消費にとって必要なベネフィットは、機能的ベネフィット、情緒的ベネフィット、社会的ベネフィット、快楽的ベネフィットに分類できる。これらを発見するのが、リサーチの役割である。
活用できる調査手法としては、定量調査、定性調査、観察法などがある。データ分析に必要なさまざまな手法が準備されている。リサーチ儀表の習得にはそれほど時間はかからない。問題は、そうした知見(インサイト)を、「誰が」「どのように」マーケティング開発と企画に関与するかである。
<イノベーションの芽:新しい取り組み>
従来の方法論は、社内の企画開発やマーティング部門のメンバーが、技術部門や市場調査部の助けを借りて、消費者インサイトを上手に商品・サービスに取り入れることだった。つまり、ニーズは消費者起点でありながらも、このプロセスは社内組織で閉じていたのである。
マーケティングの革新は、②「誰を開発の起点にするのか?」のフェーズで起こった。例えば、情報技術の発展は、技術製品の開発にサービス利用者であるセミプロ集団(プロシューマー)の参加を促した。IT製品の場合は、ベータ版の開発に利用者が参画したり、化粧品や雑貨の場合は、そもそも消費者フレンドリーで便利な商品を一番よく知っている消費者が関与する仕組みが創発された。
最近になって、この流れは、作業服のワークマンが「アンバサダー・マーケティング」を志向することで、開発の仕組みとして定着している(参考資料:小川孔輔「ワークマンのアンバサダー・マーケティング」インテージ勉強会2023年7月)。筆者は、ワークマンの後に続く企業がまちがいなく現れる予感がしている。
「アンバサダー」(グループ)が有しているインサイト(知見、経験)は、利用者そのものが商品開発とプロモーションの実行に関与した方が効率が高くなる。成果は、ワークマンの開発実績に現れている。(中断)