(株)インテージ・コンサルティング主催の「顧客マーケティング共同研究会」の交流会(2013年~2015年同窓会)で、特別講師として、増本岳氏(株式会社カーブスジャパン代表取締役会長兼CEO)をお招きした。カーブスは、2015年度JCSI調査、フィットネス部門No.1である。
通常は、このような社内のプライベート講演会では、講演録を一般に公開することはない。しかし、増本さんのお話があまりにも面白かったので、ご本人の許諾を得て、わたしのブログで一般の読者にも読んでもらうことにした。ビジネスのヒントがたくさん詰まっている。
講演の記録者は、小川研究室のリサーチアシスタント、青木恭子さん。
<講演録>
「 カーブスジャパンの顧客戦略、満足度向上施策」
(JCSI日本版顧客満足度指数・フィットネス部門No.1)
講師:株式会社カーブスジャパン 代表取締役会長兼CEO
増本 岳 氏
1.カーブスジャパンについて
(1) カーブスジャパン概要
カーブスジャパンは、「女性だけの30分健康体操教室」をキャッチフレーズに、フランチャイズチェーン・システムにより、フィットネス施設を運営している。今日は、我々の事業の取り組みについて話す。
カーブスの健康体操教室の利用者は、女性だけである。男性は一切いない。顧客の平均年齢は62歳で、60代が中心である。商品は、30分の独自のエクササイズである。30分なので、日常生活に取り入れやすい。
健康体操教室は、通常のフィットネスというより、病気の予防や生活習慣病の改善など、利用者の健康の維持増進を目的としている。フィットネスというとハードな印象になってしまうので、体操と言っている。
教室は40坪程度の小型店舗で、全国1,700店舗のほとんどは、住宅地や郊外にある。コンビニの売場(平均約30坪)より、やや広い程度の店である。商店街と住宅地の間の立地が多いが、最近は食品スーパーや流通からも声をかけていただき、ショッピングセンターやスーパーのテナントとしても出店している。
(2) 沿革
2005年2月に会社を設立し、現在、創業11年目になる。米国カーブスインターナショナル社と契約を締結して、カーブスジャパンとしてスタートした。子会社ではなく、独立資本の会社である。マスターで独占事業展開権利を獲得して、毎年、米国にロイヤルティを支払っている。
創業後1年ほど直営店を運営した後、日本における事業モデルとフランチャイズパッケージを完成し、2005年にFC展開を始めた。2016年7月現在で、全国47都道府県に1,709店舗を展開し、急成長している。月謝制の会員制度を取っており、会員数は76万人にのぼる。
2.ビジネスの特徴と戦略
(1) ビジネスの特徴
① 60代が中心
カーブスの利用者の平均年齢は62歳で、60代が全体の40%を占める。50代が25%、70代が2割で、50~70代の世代にご利用いただいている。
② 始めやすい、続けやすい
健康体操教室の特徴は、始めやすく続けやすいこと。いままで運動をしたことがなかった人に、運動して健康になってもらうことを目的にしている。女性だけというのも、続けやすいポイントの1つである。女性は、汗をかいているところを見られたくない、あるいは、男の汗は臭いというような理由で、男性と一緒に運動するのは嫌がる。カーブスでは、インストラクターもすべて女性、本部社員も7割が女性である。
運動の時間が30分になっているので、日常生活のリズムの中に取り入れやすい。運動する格好で店に来て、運動して、そのまま帰りに買い物をして帰宅というパターンで続けられる。日常生活の中で運動ができ、簡単で辛くなく、近所にある。また、会員は女性だけで年齢層も近いので、運動するだけでなく、友達に会うためコミュニティ感覚で通って来る。
③ 効果的なプログラム
30分という短時間で、辛くない運動を取り入れたプログラムは、医学的なエビデンスに基づいて組み立てられており、効率的で効果が高い。アメリカの最新の運動生理学の成果を取り入れた研究がベースになっており、実証実験で効果が確認されている。
④ シンプルなビジネスモデル
・店舗
ビジネスモデルはシンプルである。
店舗は40坪程度の住宅立地で、不要な設備は排除しローコスト運営に徹している。シャワーもお風呂も付いていない。立地は会員の家の近くなので、お風呂は家で入ってもらえばよい。店にはむき出しの下駄箱があるだけで、ロッカールームもない。着替えのスペースも、カーテンで仕切っただけである。
スタッフがサービスに注力できるよう、店舗では一切現金を扱わない。2年以内にペーパーレスにして、スタッフが店舗で事務作業を一切しなくて済むようにしていく。
・営業時間
営業時間は、平日10-13時、15-19時で、昼には2時間の休みがあり、1日7時間営業になっている。土曜は10-13時の4時間のみ、日曜祝日は完全に休みである。
インストラクターは結婚して子供がいる人も多いので、彼女らが働きやすく、家族と過ごせるような仕組みにした。日曜祝日は休みというと、ショッピングセンターにはなかなか入れてもらえなかったが、今はご理解いただけるようになってきた。
・会費
会費もシンプルで、年契約月払い、税抜5,700円という設定である。
(2) 店舗とプログラムの内容
① 利用者像:ビデオ「カーブスやった、どうなった」視聴
(ある店舗のお客様インタビュー「カーブスやった、どうなった」動画視聴。
会員の声:「筋力がついた」、「姿勢がよくなった」、「血圧が正常に」、「80歳までフルマラソン」、「パニック障害が治った」、「ウエストマイナス10cm」、「神経痛が治った」、「膝の痛みがなくなった」、「骨密度が上がった」など)
ご覧いただいたビデオでは、あるお店で30分の運動を終えた人に、カーブスをやってみてどうなったかを訊ねている。「血圧が下がった」、「膝痛がよくなった」というような喜びの声をいただいている。店舗は、こんなふうに明るく楽しい雰囲気で、年齢層の高い人向けとはいえ、介護施設のようなイメージではない。
② 運動プログラム:筋力トレーニング+有酸素運動+ストレッチ
運動プログラムは、筋力トレーニング+有酸素運動+ストレッチの組み合わせで構成されている。お店では、円形状に12種類の運動器具が並べられていて、腹筋など筋力を鍛える運動と、トレーニングボードでの足踏みを交互に行う。ダンス音楽が流れる中、30秒ごとに合図があり、隣に移る。30秒程度の筋力トレーニングなら、乳酸などの疲労物質がたまらないので、疲れが残らない。それで、30秒ごとに、ぐるぐる回る。マシンで筋トレ、足踏みで心拍数が上がり、有酸素運動でエアロビクス効果がある。機械を回ると1週で12分、2週で24分になり、最後の6分は柔軟体操をして、合計30分の運動になる。
筋力トレーニング+有酸素運動+ストレッチという3つの運動の組み合わせは、医学効果が高いことが科学的にわかっている。
(3) エビデンスベースのエクササイズ
① 健康的で無理のないダイエット
普通のダイエットだと、筋肉が落ちる。筋肉が落ちると体の代謝が下がるので、食事を元に戻せば、リバウンドしてしまう。リバウンドで増える分は脂肪なので、太りやすい体質になりがちである。カーブスのプログラムなら、筋肉を落とさずに体重を落とせるうえ、高齢者にも無理がない。
② 3大健康問題の予防改善
メタボ(生活習慣病)、ロコモ(運動器障害、膝痛、腰痛など、進行すると筋肉の減少で歩行がしにくく、転倒しやすくなる)、認知症という3大健康問題は、有酸素運動と筋トレを同時にやると予防改善効果がある。
③ エビデンスベース
運動の効果については、エビデンスをきちんととっているので、我々は、カーブスのプログラムのことを「エビデンスベース・エクササイズ」と呼ぶこともある。
国立健康栄養研究所や東北大学加齢医学研究所など、いくつもの研究機関と共同研究を進めている。「脳トレ」(「脳を鍛える大人のDSトレーニング」)を監修された東北大学の川島隆太先生とは、カーブスのプログラムが認知症の予防にどう効くのか、一緒に研究を続けている。カーブスでの運動により記憶能力などが向上することは、研究論文でもエビデンスがある。
(4) 戦略は「顧客の創造」
売上には2種類ある。一つは価格やサービスで差別化して、他社からお客さんを奪うこと。たとえば、ペットボトルの水が100円で売られていれば、自分たちは90円で売るということである。
二つ目は、他社から奪わず、自分たちで市場を創造することである。ペットボトルの例でいえば、いままでペットボトルの水を飲んだことのなかった人にお客様になっていただき、新しいマーケットを創るということだ。カーブスの戦略は、自分たちの力で顧客を創造し、新市場を創るところにある。76万人のお客さんは60代が中心で、最高は101歳の方もいる。普通のフィットネスクラブには行かない人たちである。その人たちに運動してもらうことで、新しいマーケットを創ってきた。
去年の入会者にアンケートしたところ、他のクラブの会員だった人は5%未満だった。98%は、他のフィットネスクラブに行ったことがなく、今までお金を払って運動することを考えたことのなかった人たちだということがわかった。運動をしていなかった人が27%、ほとんどしていなかった人が5割を占めた。運動をしていた人は2割いたが、運動の内容はというと、8割は散歩(ウォーキング)程度だった。
顧客を創造するビジネスは、最初は難しい。しかし、いったん創り上げると、他社が入ってきにくい。よそから奪うと、同じ理由でお客さんが去っていく。100円の品を90円で売ると、別の会社が80円にするだろう。
そうではなく、自分たちの努力でお客さんを啓発して地道に広げ、新市場を創り出せば、他社は入ってこられない。商売人の誇りとして、みみっちいことをしてはいけない。カーブスとしては、他社から奪うより、新しい健康市場を創ってきたという自負を持っている。フランチャイズの方とも、そういう話をしている。
当社では、今はCMもやっているものの、新しいお客さんは、既存会員の口コミ効果による場合が過半数を占める。テレビやチラシを見て来られた方でも、友達からカーブスについて話を聞いたことがあるという人が多い。運動を始めて、膝痛が改善したり、姿勢がよくなると、周りの人との間で話題になる。60代くらいの人たちにとって、話題の半分は健康に関わるものなので、健康体操教室はそういうふうに口コミから広がっていった。
3.カーブスにおけるCS(顧客満足)とES(従業員満足)
(1) 利益の源泉はCSとES
CS(顧客満足)は、お客様の満足、ES(従業員満足)は働く人の満足である。我々のような現場のベタのサービス業では、売上を左右するのは現場のモチベーション次第である。私は創業者ではあるが、現場の女性たちに食わせてもらっている立場にある。会社にとって大事なのは、彼女たちが、いかにやりがいと情熱をもって、お客さんをサポートしてくれるかということだ。
私はいつも、現場の女性たちに、「売上を上げようとする前に、サービスをよくするべきだ」と言っている。お客さんが喜べばCSが上がる。CSが上がれば、継続率が上がる。もっと喜んでもらえれば、紹介や口コミが増える。お客様が、「カーブスに通って、ほんとうに体の調子がよくなった」という話をして、周りに広めてくれる。口コミが拡散すれば、入会が増え、会員数が伸び、売上も増え、ボーナスももっと多く出せる。お客様に喜んでいただくこと、お客様からありがとうと言ってもらえることで、働く人の満足につながる。それがやりがいになる。そして、モチベーションを上げると、もっとお客さんに喜んでもらえることになる。
カーブスでは、このサイクルを回し続けている。営業時間も、スタッフが働きやすい形にしている。創業時は現場で現金も扱っていたが、いまはそういうことはやめ、現場の女性たちが、お客さんが喜ぶことに集中できるようにしている。
(2) JCSI顧客満足度 フィットネスクラブ業界2年連続1位:さらに何をすべきか
カーブスジャパンは、JCSI顧客満足度調査で、フィットネスクラブ業界2年連続1位をいただいた。CS6指標のすべてで、業界1位になっている。ただ、これで満足できるレベルにあるとは思わない。もっとレベルを上げていきたい。では、これからどんなことをやっていくべきか。お客様に継続利用していただき、ロイヤリティを高めるための仕組み作りについて考えてみる。
(3) 顧客創造と価値創造を実現するサービス
① 医療機関と連携し、一人一人に適切な運動サポート
カーブスでは高齢の方も多いので、健康状態に合わせた運動をしていただくようにしている。最近、医療機関と連動したサービスを始めた。心筋梗塞後の回復リハビリは、医療費の関係上、病院では150日しかできない。これを問題視するお医者さんが増えている。そこでそうしたお医者さんたちと組んで、カーブスでリハビリ的な運動ができるようにしている。運動の強度が高すぎると命にかかわるので、お医者さんと組んで1人1人の運動を決め、適切なサポートを展開しようとしている。
② ハイタッチなコミュニケーション、コミュニティ
インストラクターには、運動とコミュニケーションのサービスの比率は、50%、50%と指導している。
ルールとして、カーブスでは、お客さんをファーストネームでお呼びしている。1教室当たり、インストラクターは3~4人、お客さんは平均500~600名に上る。インストラクターは、お客さんの名前と顔をすべて覚えている。80歳のおばあさんでも、「とめ子さん、こんにちは」などというように、名前を呼んで呼びかける。「名前を呼んでもらったのは、何年振りかしら」とおっしゃる人も少なくない。女性はふつう、「おばあさん」、「おばさん」「○○さんの奥さん」というように呼ばれることが多い。100%徹底は難しいが、教室では、敢えてファーストネームでお呼びするようにしている。
インストラクターは、1人1人のお客さんが、なぜ運動をしようと思い立ったのか、その理由も把握している。膝が痛い、膝をよくしたい。それは確かに運動を始めたきっかけかもしれないが、表面的な理由に過ぎない。お客さんのもっと深い思いは、「膝が治ったら、その人は何をしたいのか」、そこまで掘り下げなければわからない。よく話を聞くと、お客さんが教室に通い始めた動機の背後には、「昔は旦那と山歩きしていたが、今は行けなくなった。旅行にも行けない」、「階段が上れないので、誘われても断ることが多くなった。膝がよくなったら旅行に行って、皆とまた楽しみたい」というような思いがある。インストラクターが、お客様それぞれの思いを受け止めたうえで対応すると、マニュアル的なサービスにならず、指導の実質的な内容が変わる。
カーブスでは、お客様が1週間教室に来なければ、必ずスタッフが電話する。そのときも、お客様について何も知らなければ、電話しにくい。家庭の事情まで知っていて、介護をしているというような状況まで把握していると、電話の対応は自ずと変わる。電話して、「お父さんのご加減いかがですか」というように一言聞いてあげると、全然反応が違う。
また、ペットの話題でつながりを盛り上げるなど、インストラクターはコミュニケーションを重ねて、お客さんとお友だちになるよう心掛けている。そして、お客さんのその日の体調なども配慮しながら、30分運動してもらう。
③ お客様への啓発・健康教育
教室では、お客様への啓発や健康教育も行う。例えば、運動を続ければ血糖値が下がるのはなぜか、そのメカニズムについて、1~2分のトークでわかりやすく説明し、健康の話をする。すると、そのお客さんは、同じような体の悩みを抱えている人に、口コミしてくれる。
(4) 全員参画型経営
① 「自立型人財」の育成
カーブスの目標は、全員参画型経営である。社員とともに、現場の最前線のインストラクターやフランチャイジーが自立型人財として参画し、皆で経営する。
カーブスでは、年間の売上や利益目標を、店舗スタッフが自分たちで作成している。上から目標数値を与えるわけではない。従業員に売上目標を立てさせると聞くと、新しく参加されたFCの方は驚く。
実際に目標を立てるにあたっては、まず、「どういうお店にしたいか」について、現場で話し合いを重ねてもらう。「来年どういうお店にしたいか」、「どういうふうに言ってもらえるお店にしたいか」、「地域の人にどういうお店だと思ってほしいか」、「1年後に、自分はどういうインストラクターになりたいか」、そうした目標を考え、皆でシェアする。
続いて、目標を達成するには、何人の会員が必要で、どれくらいの売上がいるか、一生懸命考えてもらう。現場のスタッフは、こうしたプロセスに関わりながら、自分たちが作りたい店を作るために、意欲的な目標を立てて懸命に取り組んでくれる。
② 「集合天才型組織作り」
本部として最も大事な仕事の1つは、ベストプラクティスを見つけてきて、それを全店舗に標準化することである。そのため、優秀な店舗、退会率が最低の店舗などに本部から取材に行き、やり方を研究して標準化し、シェアして学ぶということを続けている。カーブスでは、現場の知恵を皆で活かしあう、「集合天才型組織作り」を目指している。
③「病気と介護の不安と孤独のない、生きるエネルギーがあふれる社会を作る」
私たちにとって、事業の目的は「世のため、人のため」になることであり、利益は手段である。あくまで、お客さんのためになることが目的であり、最前線のインストラクターは使命感を持って働いている。
お客様をファーストネームで呼ぶこと一つとっても、単に「全員の名前を覚えろ」という指示だけでは、500人も覚えきれない。それが可能なのは、一人一人を名前で呼ぶことでお客様との距離が近くなり、お客様が長く通ってくださるようになり健康になるのを、インストラクターが現場で実際に見てきているからである。
カーブスジャパンの事業目的は、「病気と介護の不安と孤独のない、生きるエネルギーがあふれる社会を作る」ことである。私たちは、健康な人が増えることで、自分たちの仕事が社会の役に立つという考えで、使命感を持って経営している。
Ⅲ. 質疑応答
コーディネーター:法政大学大学院 小川 孔輔 教授
パネラー:株式会社カーブスジャパン 代表取締役会長兼CEO 増本 岳氏
青山学院大学 小野 譲司 教授
株式会社インテージ コンサルティング 代表取締役兼CEO 笠原 秀隆氏
(小川教授)今日はパネルディスカッションを行う予定だったが、あまり時間がない。出席者の皆さんから、質問を受けた方がいいだろう。
以前からカーブスの仕組みは研究していたが、今日のお話を聞いて、カーブスは絵にかいたような理想的CS経営をされており、これ以上の実践はないのではないかというほどの印象を受けた。
私から一つ、質問したい。米国からプログラムを持ってきたということだが、オペレーションやターゲットは日米同じなのか。
(増本氏)全く違う。アメリカのプログラムは、ダイエット対策だ。顧客層は40代が中心で、オペレーションも全然違う。私が買ったのは、エクササイズのプログラムと、女性だけの30分の運動というコンセプトである。マシンは全て米国と同じものだったが、今は日本人向けの機械も導入し始めている。
経営スタイルも異なる。アメリカの会社の経営は、今、少し苦労しているようだ。オペレーションの問題とともに、創業者が株をほとんど売却してしまい、プロ経営者が入った反動もあるのかもしれない。ダイエットのマーケットはレッドオーシャンで、景気にも左右されやすく、大変だろう。
(質問)新規市場を創るということだったが、どんな参入障壁を作ったのか。
(増本氏)カーブスがスタートした後、ある大手のフィットネスクラブが似たようなサービスを始めた。別のチェーンも追随して、 一時100店舗くらいあったが、今はほとんどなくなった。他社はカーブスより皆1,000円くらい安く、月4,800~5,000円くらいだった。大手は広告宣伝もしたが、結局うまくいかなかった。
健康体操教室の初期投資は低い。似たような機械を買って並べれば、ハードは簡単に模倣できるだろう。しかし、インストラクターのサービスレベルや、サービスを口コミにつなげるノウハウなどは、現場の知恵が詰まっていて、なかなか真似ができない。
ただ、慢心はいけない。退会率もゼロではない。私はいつも、競争というより、カーブスをどう今以上にしていくかを考えている。
(質問)1,700店舗を、FC中心に展開されているということだった。それだけの規模になると、接客やコミュニケーションの標準化は難しいのではないか。本部は、どこまで加盟店の経営に入って指導しておられるのか。
(増本氏)研修は、かなり頻繁に実施している。私は、FCだから品質管理が難しいとは思っていない。むしろ、FCの方がやりやすいと思う。標準化は「何かをするな」あるいは「やれ」ということであり、それ自体は簡単だが、サービスというのは、スタッフ1人1人のモチベーション次第で、同じことをやっても結果はぜんぜん違う。
直営だと、皆私の部下で、私の指示命令に従う形になる。しかし、FCというのは自分の社員ではないので、私の言うことはきかない。FCは契約関係なので、事業理念に賛同してくれる人に入ってもらう。6年前、新規フランチャイズは募集停止した。今は、昔から苦労してやってきてくれたFC、人数にすると420人くらいで展開している。
カーブスには激論の文化があり、私の戦略に間違いがあれば、FCからはどんどん反論が来て言い合いになるが、こちらが間違っているとわかれば修正する。不満があれば文句を言ってくるのは、「自分たちで店をやっている」という意識があるからで、そこで初めてマニュアルが生きてくる。
本部からのスーパーバイザーはいるが、えらいという感じではない。FCは、それぞれ別の会社だからいい。面倒な社風ではあるが、そこが結構いいのかもしれない。ただ、1,700店舗全部が満足いく高い水準にあるわけではない。レベルの高い店も、まだまだの店もある。
(小川教授)今の質問は、店舗数ではカーブスの10倍くらいある、コンビニの方からだった。本部とオーナーが言い合う関係というのも、おもしろい。
(増本氏)私のことを「合議制独裁者」と呼ぶ人たちもいる。最終意思決定までは、徹底的に議論する。ただ、こういう雰囲気は、(私だけでなく)フランチャイジーの間でも同じらしい。
(質問)KPIの数値目標だが、何を参照にして、うまくいっているかどうかを判断するのか。JCSIのサービス品質項目にも、いろいろある。
(増本氏)直接的なCSは測りにくい。客観的指標としては、会員数、入会数と退会率(3%)、口コミ紹介率などがある。紹介率が高く退会率が低ければ、サービス品質が高いと考えられるだろう。未来店率(1か月来店しない)なども、指標として考えられる。ただ、直接的な指標については、作っては1年くらいで見直すというようなことを繰り返してきた。なかなか、1,700店舗を同時に平等に見ることは難しい。
(小川教授)パネラーのお二方から、コメントをお願したい。
(小野教授)あるビジネスホテルについて、ネットの記事を読んだが、「感動」を強調していた。そのホテルのJCSI指標のスコアを確認してみると、あまり高くなかった。会社側は「感動」を強調しているので、そのジャーナリストは騙されているのだろう。カーブスは、JCSIの感動指数が、業界で断トツに高い。口コミ比率も高い。先程流したビデオに出てきたような女性たちが、自分の周囲の人たちに紹介しているのだろう。
紹介されてきた人は、退会率が低く、なかなかやめない。フィットネスクラブというのは、何が健康になったのか、効果がわかりにくい。お客さんは、効くと言われていることを信頼するしかない。学問的には信頼財に当たる。しかし、人から教えてもらうと実感がある。信じるしかない部分でいい体験をした人の口コミが、伝わりやすい。
カーブスの事業に、何か穴があるだろうか。増本さんから見て、現状で、どんなところが、今後の事業でリスクになりうると考えられるか。
(増本氏)僕たちは、フィットネス業界の外から来た。皆で失敗しながら、いろいろやってきて、今はノウハウのある会社になった。しかし、それは危ない。「マニュアルに書いてあることをやればいい」となってしまうのは、よくない。マニュアルを超える、そういう風土を維持することが大事だ。
今は、事業をもっと広げたいという事業欲だけでなく、社会的な課題についても考えている。創業するとき、FCを説得するのに、「10年で2,000店舗、会員数100万人にする」と言ってきたが、まだ達成できていないので、嘘と言われることもある。
会員数は、あと数年で100万人に達するだろう。しかし、日本全体で考えて、100万人が運動したくらいでは、医療費も、介護費用も下がらない。50~70代の女性人口は約2,500万人、そのうち1,000~2,000万人が当たり前に運動を続ける社会にならなければ、医療費は抑制できない。カーブスがそれだけのことができる存在になるには、どうしたらいいのか、考えている。
医療費と介護費を下げ、「新しい高齢化社会を創る」という目標を掲げてやってきたが、そういう社会が創れないままだと、現場のモチベーションが下がってしまう。カーブスにとってラッキーだったのは、高齢化社会の追い風が吹いていることだ。健康意識も高まっている。
しかし、その追い風が、あるとき吹かなくなるのではないかということを、私は恐れている。世の中で必要な存在になるためにはイノベーションが必要だが、まだ答えを見出していない。
(笠原氏)カーブスは、モチベーションの部分を強調されているが、私は、本質はターゲティング、オケージョン、ベネフィットという「TOB」がよくできているという点にあるのではないかと思う。
質問がある。男性だけの新しいカーブスは作れるだろうか。あるいは、都市のオフィス街で、男性女性を分けて、クオリティの高いサービスを提供することは可能だろうか?
(増本氏)そういうサービスは、僕たちの得意分野ではない。カーブスの今の結果があるのは、ターゲットを絞っているからだ。オフィスに出した途端、利用者の層が変わる。男性相手だと、別の生き物のように違うだろう。女性は、女性だけで運動する方を好む。男の方は、女性がいないと運動したがらない。ここが永遠の矛盾だ。
(了)