『チェーンストアエイジ』2015年1月15日号

 『チェーンストアエイジ』2015年1月15日号 解説:生鮮食品のブランド化は「アンスケーリング」がキーワード、を掲載する。


『チェーンストアエイジ』2015年1月15日号
解説:生鮮食品のブランド化は「アンスケーリング」がキーワード
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 小川孔輔

食品小売市場の競争が熾烈化するなか、生鮮食品のブランド化に力を入れる食品スーパー(SM)が増えている。バイヤーが産地開発して仕入れた食品を看板商品として売り込み、競合他社と差別化を図ろうというねらいだ。生鮮食品のブランド化を成功させるためには、バイヤーの豊富な知識と高い目利き力が求められる。加えて、いままでのマスマーチャンダイジングを前提とした商品政策を見直す必要もある。

ブランド化が進む3つの理由
 今、食品スーパー(SM)が生鮮食品をブランド化しようとする動きが目立ち始めている。このブランド化とは、自社が扱う商品の生産地や生産手法、味や食感などを売場でわかりやすく示し、自社の看板商品に育てていこうという取り組みだ。生産者と直接取引している食品や、自社で運営する農場で栽培した野菜や果物などをブランド化して売り込み、売価が割高でもお客がその価値を認めるようにするのがねらいだ。
 こうしたブランド化の動きが活発になっている理由は3つある。
 1つ目は、SMの生鮮食品の品揃えの同質化が進み、競合他社との違いが打ち出しにくくなっていることが挙げられる。青果と鮮魚の場合、SM企業の多くは地場の卸売市場から仕入れているために、近隣の競合店舗に同じ商品が並んでいるのが当たり前、という状況になっている。卸売市場に出荷される商品をベースにした商品政策では、商品が似通ってくるのは当然である。
 2つ目は、生鮮食品部門で利益を生み出すことが難しくなっているためだ。卸売市場を通じて仕入れた同じ商品であれば、消費者は安い店で購入するだろう。熾烈な競争に伴い、利益を削って販売価格を引き下げれば、利益率は低下する一方である。
 3つ目は、近年、コンビニエンスストア(CVS)が生鮮食品の取り扱いに力を入れ始めていることだ。これが生鮮食品のブランド化を後押ししていると思われる。まだ取り扱いアイテム数は少ないものの、CVSが生鮮食品の販売チャネルとして消費者に認知され始めており、SMが得意とする生鮮食品の市場を少ずつ浸食し始めている。専門性の高い生鮮食品を取り揃えることで、CVSに対して優位性を保とうとしているのだ。
 このように、他社との差別化、利益率改善、CVS対策として、生鮮食品ブランド化を推し進めるSMが増えているのである。

生産者の理念に共有し、独占的に契約する
 ブランド化を図るための大前提として、バイヤーが産地を開拓し、競合他社にない商品を見つける必要がある。価格競争に巻き込まれない品揃えで独自性を打ち出し、安定した利益を確保するのである。
 これを実現するには、バイヤーに豊富な知識と高い能力が求められる。産地についての深い知識と、商品のよしあしを判断できる目利き力が不可欠だ。
 しかし、私が知っている限り、産地情報を十分に持っていないバイヤーが多いのが現状ではないだろうか。まずは、実際に産地を回って生産者との関係を構築し、商品を選ぶ能力を磨くことが必要となろう。
 生産者と信頼関係を築くうえで大切となるのが、理念を共有することだ。
 たとえば、東京都内に5店舗のSMを展開する福島屋(東京都/福島由一社長)の福島徹会長は、自ら産地開発をしている。取引先には無農薬のりんご栽培で有名な、青森県の木村秋則氏などがいる。こうした生産者と取引できるのは、収穫するまでの創意工夫を理解し、その商品をつくる理念を生産者と共有しているからだ。その理念をお客に伝えるたえに、福島屋の売場では商品の魅力がわかるように、プロモーションしているのである。
 バイヤーが生産者を訪問して、競合と差別化するために取引したいと説明しても、生産者は納得しない。ただ漫然とブランド化して売るのではなく、生産者の理念に共有し、それを売場で伝える覚悟を示さないと、商品にこだわりを持つ生産者ほど取引するのは難しくなる。
 また、重要な点として、生産者が十分な利益を上げられるような契約でなめれば、信頼関係を構築することはできないだろう。
 生産者の理念に共有し、お互いの利益を確保したいと思うのならば、長期的に、全量買い取りを前提に売買契約したほうがよい。自社の差別化商品としてブランド化を進めるためには、エクスクルーシブ(exclusive:独占的)な契約を結ばないとブランド化の効果が薄れてしまう。生産者は契約に縛られなければ、金銭的にいちばん高い評価をする販売先に商品を供給するからだ。これを防ぐためには、長期的なブランド化戦略を構築し、生産者を囲い込む覚悟がSMに求められる。

「アンスケーリング」を許容しないブランド化は難しい
 生鮮食品のブランド化を進めるならば、規模のメリットを最大限に追求するチェーンストア理論と相反することを受け入れる必要がありそうだ。大規模化しないという意味で、私は「アンスケーリング(un-scaling)」と呼んでいるが、これを許容できないと生鮮食品のブランド化は難しいとみている。
 たとえば、エクスクルーシブ契約した生鮮食品をブランド化するとしよう。しかし、生産者の生産規模が小さいために入荷量が足りない場合や、生産物の生育不良によって売場に欠品が生じることもあるだろう。実際、前述の福島屋の売場には、野菜や鮮魚など欠品している商品がいくつかある。お客はよい商品を売り切るお店だと、ある程度納得している。しかし、マスマーチャンダイジングを基本とするチェーンストアがこうした欠品を許容できるだろうか。
 また、生鮮食品なので、天候や生育状況によって、品質や味が異なることもある。同じ農場で肥育した同じ品種の豚でも、多少の味のばらつきがでてくる。生鮮食品は、大量生産を前提とした標準化になじまないのである。
 このように品質が高く、味がよくても、生産量が少ない、味にばらつきが出るといったトレードオフの関係を受け入れなければならないのである。
 このトレードオフの関係を受け入れ、チェーンストアとしてブランド化をする商品を店舗に揃えたいと考えるのであれば、ある一定のエリアの店舗にだけ商品を揃えるという選択肢があるだろう。
 200店舗を展開するチェーンストアであれば、50店舗とか100店舗限定で販売するなど、全店に同じ商品を揃える商品政策とは異なる方法で取り組めばよい。全店に品揃えするため数量を追い求めてしまうと、品質や味の面で妥協してしまうリスクがあるからだ。
 「アンスケーリング」を実践するならば、バイヤーはまず、地場の商品を発掘することから始めてみてはどうだろうか。
 いままでは海外まで行って安くて標準化できる商品を探してきたかもしれない。しかし、目線を変えて、「遠くだけではなく、足元を見よう」と提案したい。地元顧客の食生活や嗜好を再確認し、地場の生産者の懐に入り込み、直接取引を始めてみればよい。たとえば、地元の漁師だけが食べていて、地場の市場に流通しない魚は多い。これを店舗で捌いて、リーズナブルな価格でお客に販売する。バイヤーは地場商品の発掘に専念すればよい。
 こうした地場商品のブランド化は、ローカルチェーンのほうが競争優位性を発揮できるだろう。スケールメリットに対抗できる競争力の源泉ともいえる。

商品を売り切るためには、業容拡大も
 SMのバイヤーが産地開発を進め、エクスクルーシブ契約を前提に生産者から全量を買い取るようになると、ひとつの課題が生じる。売れ残った際の対応だ。卸売位市場を通じての取引であれば数量を調整できるが、直接取引では旬の時期に商品を売り切らなければロスが発生してしまう。
 この場合の解決策として、生鮮部門の素材を総菜部門が調理して売り切るという方法がある。しかし、それだけでは販売しきれない場合もあるだろう。そうすると、仕入れた商品を外販する仕組みを整えなければならない。たとえば、店内に直営のレストランを設けたり、あるいは惣菜専門店を出店したりということもあるだろう。さらに一歩進んで、自社もしくは別会社をつくって卸業務をやるという手もある。
 米国のホールフーズは店内でレストランを運営しているし、国内ではヤオコー(埼玉県/川野澄人社長)がユニモちはら台店(千葉県)においてテイクアウトの惣菜を対面販売する実験を始めている。
 つまり、産地との直接契約により生産段階にまで踏み込み、ブランド化を進めることは、小売業だけにとどまらず、飲食業や卸売業などにまで業容を拡大する必要があるかもしれないのだ。
 それゆえ、生鮮食品のブランド化は、いままでのSMの概念を変えるチャレンジングな取り組みといえる。