科研費「日本企業のアジア市場での事業展開とマーケティング実践の理論化」第5回内部セミナーの講演録を掲載いたします。今回は早稲田大学商学学術院 朴 正洙先生に、昨年ご出版された『消費者行動の多国間分析-原産国イメージとブランド戦略-』(千倉書房、2012年)の内容をお話しいただきました。是非ご購入下さい。
「消費者行動の多国間分析
-原産国イメージとブランド戦略-」
早稲田大学商学学術院
朴 正 洙 助教
日時:2013年1月25 日18時30分~21時00分
於:法政大学経営大学院IM研究科302号室
講 演 要 旨
講師紹介
朴 正 洙 (パク・ジョンスウ)氏
1970年ソウル市生まれ。銀行・商社勤務を経て、2001年成均館大学経営大学院修士課程修了(経営学修士)。2005年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(商学修士)。2012年同博士後期課程修了。2008年より早稲田大学商学学術院助手、同総合研究所招聘研究員を経て、2012年同大学商学学術院助教に就任。博士(商学)早稲田大学。
1.研究背景
(1) 問題意識と目的
今日は、2012年9月に出版した著書『消費者行動の多国間分析-原産国イメージとブランド戦略-』(朴正洙『消費者行動の多国間分析-原産国イメージとブランド戦略-』千倉書房、2012年)を元に、お話しさせていただきます。
この本は、原産国イメージ効果について、その全体像の理解と新たな方向性を提示することを目的に執筆したものです。原産国イメージ効果に関する先行研究を体系的にまとめるのと同時に、日本と日本の輸出先であるアメリカ・中国・韓国・台湾で消費者調査を行い、原産国イメージが与える影響を比較分析しました。この4か国は、日本の輸出額のほぼ半分を占めています。
今日は、研究の背景、研究内容、今後の課題という3章立てて進めさせていただきたいと思います。
(2) 原産国イメージ効果とは何か
最初に、原産国イメージ効果について、これまでの研究の流れを振り返りながら、考えてみたいと思います。
消費者行動論の分野では、「海外で生産された製品や海外ブランドに対する消費者の品質評価や態度、購買は何に影響を受け、どのようなプロセスによって決定されるのか」という問題意識から、多くの研究が行われてきました。特にアメリカでは、1960年代から、「カントリー・オブ・オリジン」(Country Of Origin、COO)という視点で、盛んに議論されてきました。COOとは直訳すると「原産国」という意味です。1980年代までは、製品の生産国が中心課題でした。1990年代になると、ブランド論が登場し、実際の原産地だけではなく、ブランドなどから原産地として想像される国や地域も研究対象に含まれるようになりました。
こうして、このテーマで、海外ではすでに750本以上の論文が発表されてきた一方、日本での研究は著しく限定的でした。特に、1980年代以降この分野で新たな潮流となった、消費者エスノセントリズムやブランド、敵対心といった視点からの体系的な研究はありません。そこで、私は10年前からこのテーマに取り組み、各国で調査を行ってきました。
(3) 3つのフレームワーク:「認知」「感情」「規範」
研究の枠組みとしては、「認知」「感情」「規範」という3つのフレームワークを用いています。
「認知的」というのは、原産国(「メード・イン・○○○」)が、全体的な品質判断の手がかりとして用いられるという視点です(本書では第1、2章に対応)。認知的フレームワークでは、1960年代の品質手がかり情報研究にはじまり、1980~90年代には、部品生産国や組立国と原産国が異なる場合など、「原産国」の複雑化に関する研究が、海外ジャーナルで数多く発表されました。2000年代頃からは、複雑化研究に代わって、ブランド中心の認知研究が主流になってきています。
「規範的」メカニズムは、消費者の社会的・個人的な規範という観点から原産国イメージを分析するもので、この視点からの研究は、「国産品を買う行為は、国内経済を支えるために正しい行為」だという消費者エスノセントリズムを扱っています(本書では第3,4章に対応)。1980年代にShimpらが消費者エスノセントリズムの度合いを測るスケールCETSCALEを開発し、現在まで活発に議論が行われています。
「感情的」フレームワークは、1998年、Kleinらによる敵対心感情に関する研究が発表されて以来、活発になりました。対立関係にある国家からの製品およびサービスに対する敵対的な感情(反日、反米など)が、消費者行動に及ぼす影響がテーマで、この枠組みでは、反日感情に関する研究も行われています(本書では第5,6章に対応)。
(4) 日本で原産国イメージ効果研究が進まなかった背景と今後の変化
ところで、なぜ日本では原産国イメージ効果研究が進まなかったのでしょうか?ここで、その背景について、考えておきたいと思います。
第一の背景として、貿易収支と失業率の動向が挙げられると思います。アメリカは、1980年代に莫大な貿易赤字に陥りました。一方、当時の日本は大きな貿易黒字を記録しており、米国への輸出が拡大していました。その裏でアメリカでは失業率が高くなっていき、日米の失業率の差は、1980年代から開いていきました。こういう状況の中で、アメリカの消費者や研究者の間で、原産国についての関心が高まったのだろうと思います。
二番目に、特にメーカーを中心に、日本企業の存在感の強さという要因があります。日本国内では、いまだに、多くの消費者が国産品を好む傾向があります。
三番目に、日本のグローバルソーシング戦略の有効性が挙げられます。消費者は特に経済低迷期には、いままで買っている商品より安い海外の製品を選ぶ傾向があります。アメリカ自動車市場をみると、1980年代には日本のメーカーが、リーマンショック後は韓国のメーカーが、アメリカで急速にシェアを伸ばしました。日本のメーカーは早い段階からそうした傾向に気づき、海外生産・供給体制を構築してきました。グローバルソーシングが進んでいたために、原産国効果については、あまり注目されなかった可能性があります。
また、その他の背景として、日本の大学に特有の文化が挙げられるのではないかと私は思います。日本の大学の文化は海外とは違っていて、研究対象は、マーケティングの中では広告なら広告、消費者行動なら消費者行動という専門分野に限られる傾向が強いと思います。しかし、海外では、そういう領域を超えて幅広く研究することは、普通に見られます。また、日本の国際マーケティング研究者の多くは、貿易論からの先生が多く、制度を中心とした視点からの研究が主流になっているのではないかと思われます。その結果、消費者を中心とした国際マーケティング論の立場からの研究は、多くありません。
以上のような状況の下で、原産国効果研究は、本来、国際マーケティングのテーマの一つであるにもかかわらず、日本ではあまり関心を払われてきませんでした。しかし、私は、今後、この状況は変わるとみています。その理由を2点挙げます。
まず、第一に、グローバル市場における競争環境の劇的な変化があります。家電メーカーの世界シェアを見ると、2010年には、中国のハイアールが多くの製品カテゴリーにおいてトップメーカーに成長しています。冷蔵庫の世界シェアではナンバー1、洗濯機でもナンバー2につけています。一方、日本メーカーはごく僅かなシェアに留まっています。こういう傾向は、今後、他の分野でも続いていくでしょう。
2点目は、中国の消費者における反日感情の台頭と拡大です。私は、2002年以降、中国で原産国効果に関する調査を実施してきました。最初の頃は、反日感情と消費者行動の間には、相関といえるほどの関係は見出せませんでした。ところが、2008~2009年以降になると、反日感情が日本のブランドに影響し始めていることが明らかになってきました。
昨年の反日デモ以降に、日系メーカーでは、これから中国市場をどう位置付けるかについて、再考を迫られました。進出を考え直そうとした企業もありました。しかし、市場規模データを見れば、中国はすでに多くのカテゴリーで上位に入っており、特に自動車やPCでは、世界最大の市場になっています。また、日系企業にとって、中国は最大の市場になっています。したがって、日本企業にとって反日デモなどで中国市場から撤退するという選択肢は、実際には取れないのではないでしょうか。
さらに、2000年代以降中国市場における日本の製品への評価が全体的に下がっていいます。その一方、中国製品への評価は高まっています。
昨年(2012年)、中国で定性調査をしたのですが、その中で私が最も驚いたのは、ある40代女性が、「中国のハイアールとTCLの品質がいいですね」という話をされていたことです。私は定期的に中国で調査をしていますが、昨年度初めて、中国人消費者が、中国メーカーの品質を認め、評価し始めたのです。現地の消費者にとっては、反日感情だけでなく、昔とは違って、現地ブランドの選択肢が増えているということです。
(5) 本書の特徴
この本は、そうした消費者の変化を背景に、まとめたものです。
私の研究の大きな特徴は、初期の手がかり研究から、1990年代以後の新たな潮流であるブランド・消費者エスノセントリズム・敵対心に関する研究成果まで、体系的に考察し、その成果に基づいて大規模な国際比較研究を実施したということです。
また、これまでの研究では、製品戦略が中心で、コミュニケーションという角度からの分析は多くありませんでした。私としては、マーケティング活動の受け手である消費者を中心にする必要があると感じていましたので、コミュニケーション戦略の観点から、原産国イメージ効果研究を再構築して考察しました。
そして、調査対象国も、日本だけでなく、その取引先上位国であるアメリカ・中国・韓国・台湾という4か国に広げ、現地の消費者調査を行い、比較分析することで、より実務的なインプリケーションを提示しました。以上が、本研究の特徴です。
2.研 究 概 要
(1) 認知的原産国イメージ効果研究 : 認知的原産国イメージ効果に関連した先行研究レビュー(第1章)
それでは、研究概要の説明に移ります。先ほど触れました「認知」「感情」「規範」という3つのフレームワークごとに、先行研究をレビューし、私自身の消費者調査の結果をご紹介して、インプリケーションを引き出す形で進めたいと思います。
最初のフレームワークとして、認知的原産国イメージ効果研究を取り上げます。認知的原産国イメージ効果研究は、1960年代に始まり、「手がかり情報(Information cue)」という概念が現れました。消費者は、購買に際して、全体的な製品の品質判断のシグナルとして、原産国、価格、パッケージなどの手がかり情報を参考にしています。消費者行動論では、原産国という手がかり情報に注目し、消費者は「メード・イン・USA」というような原産国名を信頼して買うのだという前提で、1960年代から80年代くらいまで、数多くの研究が発表されました。
1980年代半ばになると、原産国イメージ効果のメカニズムや、消費者知識と原産国効果との関連性、製品カテゴリーとの関連性などに関する研究が登場し、消費者行動研究理論を中心とした原産国イメージ効果研究の精緻化が進められました。
また、1980年代には、アメリカ国内製造業の衰退と、プラザ合意を引き金とした日本企業の海外生産増加を背景として、部品の生産から最終消費まで複数の国が関連するようになり、原産国の複雑化研究が盛んになりました。COP(Country of Parts, 部品生産国)、COA(Country of Assembly, 最終組立国)、COD(Country of Design, デザイン国)などの概念が現れ、議論されました。しかし、結局、こうした研究は、消費者視点ではなく、企業視点からなされたものです。一般的消費者にとっては、手掛かりとして部品の生産国や組立国などを確認することは不可能です。1990年代以降、世界経済のグローバル化に伴い、生産技術の普及、製品のコモディティ化、コストリーダーシップ競争、グローバル・ブランドの成長などの影響が大きくなると、原産国の複雑化に関連した研究は衰退していきます。代わって、手がかり情報としては、ブランドがより重要になってきました。原産国・価格・パッケージなどが担っていた品質評価のための外的手がかり情報は、ブランドという形で統合されたといえるでしょう。こうして、現在、認知的原産国研究の流れは、ブランド・オリジン、ブランド連想などブランド論が中心になっています。
消費者が判断するブランドの知覚原産国を調べてみると、海外では、たとえば、シャープをイギリスのブランドと思っている消費者もいることがわかります。現代やサムスンについても、中国では韓国ブランドであることが知られていますが、アメリカなどでは、日本のブランドと思い込んでいる人も多いようです。このようなブランド・オリジンの誤認を逆手に取るコミュニケーション戦略も実際行われています。
(2) ブランドを中心とした原産国イメージ効果研究(第2章)
以上のような先行研究に基づき、私は、日本の一般消費者400名を対象に調査を実施し、原産国イメージ効果におけるブランドの役割と消費者の情報処理プロセスについて調べました。
その結果、原産国情報の影響は、消費者のブランド・エクイティによって異なることがわかりました。消費者はブランド・エクイティの高いブランドが発信した原産国情報については知覚します。一方、ブランド・エクイティが評価できないブランドの原産国情報に対しては、知覚しません。つまり、日本製、韓国製、中国製というような原産国情報は、結局、そのブランドに対する評価が高いかどうかによって、有効性が異なるということです。逆に言えば、消費者がそのブランドに興味がなければ、どこで作られていても関係ありません。
こうした結果をふまえて、私は、原産国イメージ効果はマーケティング・コミュニケーション効果であり、企業の戦略として、究極的には、「製品戦略」から受け手(消費者)を中心とした「コミュニケーション戦略」に転換する必要性があると考えています。
(3) 消費者エスノセントリズム研究の理論(第3章)
規範的原産国イメージ効果に関する研究は、アメリカの広告研究者として知られているShimpらによる消費者エスノセントリズム(Consumer Ethnocentrism)の研究(Shimp T.A. and S. Sharma (1987), Consumer Ethnocentrism: Construction and Validation of the CETSCALE, Journal of Marketing Research,24(3), pp.280-289)が発表されて以降、盛んになりました。この論文の出た1980年代は、アメリカの貿易収支赤字が拡大し、失業率が上がっていた時代でした。
エスノセントリズムは、もともとは社会学的・文化人類学的な概念で、社会学者のSumner(Sumner, W.G.(1906), Folkways: The Sociological Importance of Usages, Manners, Customes, Mores, and Morals, Ginn)が提唱した内集団と外集団という概念と関連しています。「我々」の属する内集団がすべての中心という考え方です。エスノセントリズムの一例が、中華思想です。中華思想では、中国は自国を世界の中心と位置づけ、中国の四方に住んでいた異民族は「四夷」(夷狄)という総称(蔑称)で呼ばれていました。
消費者エスノセントリズムとは、消費者行動にエスノセントリズム研究の成果を取り入れた概念です。消費者エスノセントリズムの観点からすると、外国産商品を購入することは、国内経済に害を与え失業を引き起こす恐れがあるために望ましくなく、愛国心に欠けるとみなされます。
Shimp and Sharmaは、アメリカの消費者を対象とした調査を元に、消費者エスノセントリズムを測定する尺度として、17項目のCETSCALE(Consumer Ethnocentrism Scale)を開発しました。CETSCALEは、性別、年齢、教育水準、政治的・経済的要因および社会心理的・文化的要因を先行要因としています。CETSCALEは、消費者エスノセントリズムの代表的な測定尺度として、アメリカだけではなく、日本・ドイツ・ ロシア・中国・韓国・台湾・香港など世界各国の消費者を対象に信頼性と妥当性が検証されており、国際比較研究が数多く実施されてきました。
(4)消費者エスノセントリズムの比較分析-アメリカ・中国・韓国・台湾消費者(第4章)
消費者エスノセントリズムの傾向を実証するため、私は、日本の輸出上位4か国であるアメリカ、中国、韓国、台湾の消費者を対象に、CETSCALEに基づく国際比較研究を行いました。調査は、2010年3月に、アメリカ(カリフォルニア州・ミシガン州:500名)、中国(北京・上海・南京・天津:1,164名)、韓国(ソウル・釜山:300名)、台湾(台北:200名)の消費者を対象に実施しました。
地域、ジェンダー、年齢、収入、学歴、教育水準などの指標ごとに各国のデータを比べると、アメリカでは、消費者の個人的または環境的要因に影響されやすく、消費者間で異質性が大きいことがわかりました。一方、中国、韓国、台湾ではあまり差がないのです。私が特に注目したいのは、中国での調査結果です。中国は、アメリカのように国土が広いにもかかわらず、消費者が比較的同質的であることが確認されました。国土が広く人口も多い多民族国家である中国の消費者の間で、どこの地域に住んでいても、人口統計学的な要因の差があまりないのは、驚くべきことです。
(5) 敵対心研究の影響と課題(第5章)
次に、感情的原産国イメージ効果として、敵対心(Animosity)に関する先行研究を分析し、アメリカ・中国・韓国・台湾の消費者を対象に反日感情の先行要因を検証しました。
敵対心の先行研究として知られているのは、Klein, Ettenson and Morris(Klein, J.G., R.Ettenson and M.D. Morris (1998),” The Animosity Model of Foreign Product Purchase: An Empirical Test in the People’s Republic of China,” Journal of Marketing, Vol. 62, No. 1, pp. 89-10)の論文です。対立関係にある相手集団(国家・民族・宗教・地域など)の製品およびサービスに対するネガティブな態度について分析したものです。反日感情について、南京で調査しています。
多くの日本人は、反日感情とは、植民地時代の問題と思っているようです。しかし、これまでの研究によれば、反日感情のような敵対心を引き起こす先行要因としては、戦争だけでなく、経済要因も大きいことが明らかにされています。
私は、戦争を要因とした敵対心と経済を要因とした敵対心をそれぞれモデル化し、アメリカ・中国・韓国・台湾の消費者の反日感情への影響について比較調査を実施しました。
その結果、戦争による敵対心だけでなく、経済による敵対心は、アメリカ・中国・韓国の消費者において、反日感情の先行要因となっており、台湾以外の国ではすべて、経済による敵対心が反日感情の先行要因となっていることがわかりました。戦後、日本経済の発展期に日本の製品が現地に入ってきたことで、仕事をなくしたり、反感を持ったりしている人たちがいるわけです。
(6) パラドックス連想におけるコミュニケーション戦略(第6章)
以上の調査結果を受けて、私は、「反日感情」をマーケティング・コミュニケーション戦略の側面から考察する必要を感じました。そこで、中国と韓国の消費者に対する調査を実施し、「パラドックス連想」におけるコミュニケーション戦略を提唱しました。「パラドックス連想」というのは、ある国への敵対感情(反日感情)と、その国の製品への好意的な態度とが併存する状態です。
2010年の通商白書でも取り上げられていましたが、新興国市場開拓で重要なのはコミュニケーション戦略です。私が特に注目したいのは、中国のインターネット人口の増加です。微博(Sina Weibo、新浪微博)という中国版ツイッターは、2012年にはユーザー数が3億人を超えました。微博の他に、QQ(腾讯QQ、Tencent QQ)というマイクロブログもあり、QQは、私の知り合いの中国人はほぼすべての人が使っていると言っていいほど普及しています。
日系の企業だけでなく、シーメンスの賄賂事件やカルフール不買運動などに見られるように、グローバル企業の不祥事がネットで拡散し、反発を呼ぶケースが増えており、グローバル企業ではインターネット対策が重要な課題になっています。
ネットを媒介にして反日感情が高まる一方で、日本製品に対する高い品質評価も、まだ存在しています。消費者の連想には、そういうパラドックスが含まれています。そこで私は、パラドックス連想がどういう方向性で動くかを検証するため、中国(北京:90名、上海:90名)、韓国(ソウル:120名、釜山:120名)の消費者を対象に調査を実施しました。回答者には、まず反日に関する新聞記事を読んでもらい、その後で質問に答えてもらいました。
調査の結果、パラドックス連想が進出先の国の消費者に存在する場合、ブランドの母国のイメージを強調する広告は、ネガティブな広告態度・知覚品質・ブランド態度・購買意図などをもたらすことが明らかになりました。その場合のマーケティング・コミュニケーション戦略としては、ブランドの母国イメージよりも、ブランドおよび製品の先進性、技術の高さ、異国性などを前面に出したグローバル・イメージ訴求型のコミュニケーション戦略か、または進出先の国に適合し現地の広告表現を駆使したコミュニケーション戦略が有効であると考えられます。
一方、日本の企業へのインプリケーションとしては、反日感情が高まっている時期に、日本のブランドの広告を出しても、反感がそれ以上強くなるわけでないことがわかりました。ですから、反日感情が高まったからといって、広告をすべてやめるということが果たして正しい選択肢かどうか、一考の余地があります。
(7) ブランド・レバレッジ戦略(第7章)
私は、以前はビジネスマンでしたので、提案をしていくことが大事だと思っています。そこで、原産国イメージを活用したマーケティング・コミュニケーション戦略として、ブランド・レバレッジ戦略を提唱したいと思います。ブランド・レバレッジ戦略とは、広告研究者であるShimpが2008年に提唱したもので、ブランド知識の2次的源泉として、場所(原産国・原産地)・人(有名人)・物事(コーズ)・別のブランドに注目し、これらにリンクさせることによって、ブランド・エクイティを高めるコミュニケーション戦略を指します(Shimp T.A. (2008), Advertising Promotion and Other Aspects of Integrated Marketing Communications, 8th ed., South-Western College)。
ブランドそのものは、世の中に出てきた当初は何の意味も持っていません。そこで、私は、何もないところから、他のエンティティをレバレッジ(テコ)にして、ブランドに意味を移転させるという「意味移転モデル」(McCreaken, G.(1989), Who is the Celebrity Endorser? Cultural Foundations of the Endorsement Process, Journal of Consumer Research, Vol. 16, No. 3 (Dec), pp. 310-321)に注目しました。私は、意味移転モデルを改良して、日本の消費者を対象に調査し、ブランドに、人、物事、他のブランドをどううまくリンクさせ、広告などコミュニケーションの中で使っていくべきかを考えました。
たとえば、ブランド・レバレッジ戦略で成功した例としては、シャープが挙げられると思います。シャープは、かつては二流ブランドでしたが、亀山モデルや、吉永小百合を起用した広告などにより、日本的モデルとしての意味づけが奏功して、2000年代以降はトップブランドになりました。したがって、日本国内市場におけるシャープの成功はブランド・レバレッジ効果によるブランド構築のモデルケースと言えると思います。
(8)中国における反日感情の日本ブランドへの影響の変化(補足:第8章)
最後に、中国における反日感情の日本ブランドへの影響の変化について、お話ししたいと思います。初版には盛り込むことができなかったのですが、増補版を出すときには加えるつもりでいます。
私は定期的に中国で消費者調査を実施してきましたが、2008年までの調査では、反日感情は、日本ブランドの購買意図への影響は見られませんでした。しかし、2009年以降、反日感情が、日本ブランドの購買意図にネガティブな影響を与える結果が出てきています。背景には、反日だけでなく、ハイアールの品質向上など国内ブランドの成長や海外ブランドの普及、世界における中国の政治的経済的な影響力の拡大などで、中国人が、自国にプライドを持つようになってきたという事情があると推測しています。
3. 今後の研究課題
今後の課題としては、まず、研究対象を反日だけでなく反米・反中・反韓などの敵対感情にまで拡げ、各国におけるその実態とネガティブな原産国イメージ効果を緩和できる具体的なコミュニケーション戦略を提示したいと考えています。たとえば、中国で日系企業がどういうコミュニケーション戦略をとるべきかについても、提言を行いたいと思います。また、調査対象地域をアジア市場の消費者にまで広げていく必要性も感じています。
以上で今日の話は終わりです。ありがとうございました。