ランナーズ8月号が、発売になって一週間。どうやら全国の書店への配荷は終わっているらしい。発行部数は20万部。しかし、岡本さん(アイリスオーヤマ元社長室長)以外の方から、感想文はまだ届いていない。校正前のゲラ(テキスト文)を掲載しておくことにする。
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マーケティング学の国内トップは9年計画でサブフォーに挑戦
小川孔輔(58歳)法政大学経営大学院 教授
(リード)トヨタ自動車、大正製薬、花王、味の素、西武百貨店、東京ドーム……、誰もが名前を知るトップ企業のコンサルティングや共同プロジェクトに携わり、日本におけるマーケティング分野の第一人者として活躍している小川先生は45歳からランナーに。マラソンのラスト7㎞の苦しさを経験していれば、たいていのことはできると語り、9年という長期計画を立てて目標のサブフォーを達成。その人生哲学とは
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小川先生の研究室に入ると「実はこんなこともやっているんです」と大学教授の名刺に加えて、日本フローラルマーケティング協会会長とMPSジャパン(花と野菜・果樹の環境認証会社)取締役という合計3枚の名刺を頂いた。そういえば、ジャケットの胸には「We are flower people」というバッヂが光っている。
「専門はマーケティングですが、花に関係する仕事もしています。花をもらえばみんな嬉しいでしょ? 人を幸せにする仕事やサービスはチャンスが多いんですよ」
大学での授業に加えて、企業のコンサルティング、講演活動、学会発表の準備、雑誌での連載や単行本の執筆活動など多忙を極め、さらに花に関わるビジネスも加わるため、一般的なサラリーマンのような休みはあってないようなもの。
「ハーフマラソンを中心に年間14~15レースに出場していますが、エントリーするのは毎年25レースぐらいになります。3分の1は申し込み後に予定が入ってしまって出られないのですが、それを覚悟でエントリーしておかないとどこも走れなくなってしまいますからね。ランニングにはずいぶんお金を使ってますよ(笑)」
トレーニングを行う時間帯や1度に走る距離は日によってまちまち。
「この時間に走ると決めてしまうと、かえって走れない日が増えてしまうので、曜日も時間帯も関係なく、とにかく空いた時間が見つかったら走るようにしています。朝夕の2回走る日もあれば、忙しくて1週間で2回ほどしか走れないときもありますが、平均するとだいたい月間150㎞ぐらいは走っていますね」
市ヶ谷にある研究室から皇居までは走って10分ほど。授業の合間に皇居に出かけて20㎞走る日もあれば、出張などでタイトなスケジュールが続くときは、わずか10数分ほどの空き時間を見つけて2~3㎞だけ走ることもある。
「走ると頭がからっぽになると言う人も多いですが、私は仕事のことを考えているときが多いですね。走っていると思考が整理されるんですよ」
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自分から具体的な数字を決めて目標を設定するから面白い
走り始めたのは45歳のとき。学生に誘われてホノルルマラソンに出場したのがきっかけ。「ちょうど花関係の仕事でマウイ島に行く予定もあったので、軽い気持ちで出場を決めました。もともとスポーツは大好きで、社会人になってから25~35歳までは草野球、36歳からはテニスをしていたので体力には自信もあったのです」
大学生のときに30kmを走った経験もあり、練習らしいことはせずに臨んだ結果、後半大失速。5時間30分かけてボロボロになってゴールした。
「負けず嫌いの性格なので、このままでは終われないという気持ちと、これまで野球にもテニスにも10年ずつ取り組んできたので、1年に10~15分ずつタイムを縮めて9年後には4時間を切るという目標を立てて、マラソンに取り組むことにしたんです」
9年計画でのサブフォー挑戦という目標設定は、気が長いようにも感じるが、自身のライフスタイルを考えて、無理なく楽しみながら取り組める目標を設定したそう。
「サブフォーという目標だけを立ててしまうと、どうしても無理をしてしまう。1年に10分ずつ短縮すればよいという計画ならば、無理をしないので楽しみながら取り組める。現に私は故障をしたことがないんです。具体的な数値を決めて、上手に目標を立てることは、スポーツだけでなく、ビジネスや人生設計においても、とても大切なことだと考えています」
学生と接する機会も多い小川先生だが、最近は自分で目標を設定することが苦手な学生が多いそう。
「今の若者については色々言われていますが、基本的にはマジメな学生も多くて、こちらが指示したことは一生懸命取り組みます。でも、自分から課題やチャレンジすることを見つけて目標設定することがなかなか出来ないですね。これは若者だけに問題があるのではなくて、チャンスを与える余裕が世の中から減っていることにも原因があると思います」
就職活動で苦戦する学生も多いが、先生自身はこの就職氷河期をプラスとしてとらえている。
「今の学生はゆとり教育で育った世代ですから、これで簡単に就職できてしまったら、苦労を知らずに社会に出て行くことになってしまう。これは学生にとっても企業にとっても何のプラスになりませんよ」
日本の社会全体が不況からなかなか抜け出せない状況が続くが、未来は決して暗くないと語る。
「元気のある企業の経営者と話をすると、多くの方がこの人はマラソン向きだなぁ、と思える粘り強さを持っている。実際にマラソンやトライアスロンに取り組んでいる経営者も増えていますしね。私自身もそうですが、マラソン後半、特にラスト7㎞の辛さを思えば、たいていのことはできてしまう。ビジネスも最後は体力勝負ですからね」
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目指すのは小さな池の大きな魚
東京大学経済学部を卒業後、大学院に進み、アメリカ留学を経て、マーケティングを専攻に決めたのは、自分自身の遺伝子にあると分析している。
「父親は商家の血筋、母親は農家の血筋、物を作る側と売る側の両方の血筋を引いていますから、マーケティングという分野との相性は良いだろうと考えました。それともう1つ、当時の日本にはマーケティングの超一流の専門家がいなかったのも大きかったですね」
小川先生の研究者としての基本方針のひとつが「王道はニッチからはじまる」というもの。
「簡単に言えば、大勢の人が掘り尽くした井戸を掘ってもなかなかトップにはなれない、ということです。ニッチであっても、社会的なニーズがあって、誰も取り組んでいないものを見つけることができれば必ず成功します。小さな池の大きな魚になることがポイントなんですよ」
最先端のマーケティング手法を日本に持ち込んだ小川先生のもとには、たくさんのトップ企業からコンサルティングや共同プロジェクトの依頼が舞い込み、ユニクロの柳井正社長、青山フラワーマーケットの井上英明社長など、独創的な発想で業界のトップに上り詰めた経営者との親交も深い。
「48歳のときに、50歳を過ぎてからは社会活動家になると決意したんです。自分のこれまでの経験を通じて社会の役に立ちたいと。昨年、『マーケティング入門』という本を1人で書き上げましたが、800ページで定価は3800円。これまでの専門書は同じページ数で倍ぐらいの値段でしたから、これはもう価格破壊(笑)。多くの人が買いやすい値段にしたかったんですよ」
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2年前倒しでサブフォー達成妙高高原で10日間の1人合宿も
9年計画でのサブフォー挑戦は予定より2年早い2004年の渡良瀬遊水地マラソンで達成した。
「普段は無計画に走っているし、レース前日もお酒は飲むし、模範になるようなランナーではありませんが、夏休みを使って10日間ほどの1人合宿を行っています。法政の陸上部の学生たちが新潟の妙高高原で合宿を行っていると聞いたので、同じ場所に宿をとって1日2回トレーニングするので8月は走行距離が伸びるんです」
その成果もあってか、今年の東京マラソンでは自己2番目の3時間58分のタイムで3度目のサブフォーを達成。
「秋田県の能代市出身なので、寒さはまったく苦にならなかったですね。序盤でトイレに寄ったのが悔やまれますが、それ以外はイーブンペースの快心のレースでした。野球もテニスも10年で区切りをつけましたが、ランニングは13年目になりました。いつでも走れる気軽さや自由さもありますが、やはり自分に向いているのだと思います」
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出身地の秋田県を走って 47都道府県の大会を制覇
サブフォーを達成した後の目標として取り組んでいるのが、ハーフマラソン以上の距離で、47都道府県で行われる大会に出場すること。
「ある日、大会で走ったことのある都道府県を数えてみたら30を超えていたんです。よし、次の目標はコレだと決めて、その後は走ったことのない都道府県の大会に優先して出場してきました。今年9月に故郷の秋田県で開催される田沢湖マラソンを完走すると、達成できるんです」
この大会には、仕事を通して知り合い、毎年、前橋シティマラソンに一緒に出場している仲間5人で結成した「群馬レーシングチーム」のメンバーがお祝いとして一緒に出場予定とのこと。
「ランニングが長続きしているのは、こうした仲間に恵まれたことと、ライバルの存在も大きいですね」
小川先生がライバルとして意識しているのは28歳の長男と25歳の次男。
「学生時代、長男はバスケットボール、次男は野球やバレーの選手だったのですが、2人とも大人になってから走るようになったんです。いつもハーフマラソンで勝負するのですが、現在、長男には2戦2勝、次男には1戦1敗です。ハーフだと全員が1時間45分ぐらいの走力なのでいつも5分差以内の接戦なんですよ。この歳になって息子たちと真剣勝負できるのはランニングならではですね」
6月の美瑛ヘルシーマラソンでは次男と2度目の直接対決とのこと。「前回は負けていますから、今回はぜひ勝ちたいですね」
10年の壁を突破し、13年目に突入した小川先生のランニングライフはますます快調。
「自分で設定した目標に向かって努力するのはとても面白いことです。マラソンは全て自分との闘いですから、なおさらです」
(了)