【寄稿文】小川孔輔「こんな値付けの方法があったんだ!」『ビジョン(静銀コンサルティング情報誌)』(2024年8月号)

 静銀コンサルティングの情報誌『ビジョン』(2024年8月号)から、「値付けについて」の寄稿を依頼された。静銀コンサルティングが、クライアント企業に配布している雑誌である。静岡市の「販売促進研究所」(杉山浩之社長)が仲介してくれた仕事である。
 同社社員で元大学院ゼミ生の溝口佳奈子さんが、わたしの原稿に手を入れてくれた。最終原稿は、これとは少しちがう形になっている。 

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「こんな値付けの方法があったんだ!」V2:20240621
『ビジョン(静銀コンサルティング情報誌)』(2024年8月号)
文・法政大学名誉教授(日本フローラルマーケティング協会会長)
  
 実際の経営では、直感的に値段を決めていることが多い。本来は、理論的に考えて適切な値段を決める必要がある。また、コスト削減の方法や価格表示の仕方に、買いやすくする工夫を凝らす必要がある。コラムでは、スマートな値づけや絶妙な価格戦略の実例を紹介してみたい。
  
1 わかりやすい価格付け(食べ放題)
 「(株)物語コーポレーション」が運営している「焼肉きんぐ」は、焼肉の食べ放題(100分)で業績を伸ばしている。3つのコースがあって、①58品食べ放題(大人税抜き、2、780円)、②きんぐコース(同3,180円)、③プレミアムコース(同3,980円)。小学生は半額で、幼稚園児以下は無料。シニアは500円引きである。
 小学生やシニアを優遇しているのは、ファミリーでの来店を想定しているからだ。わが家もそうだが、支払いは祖父母と相場が決まっている。注文はタッチパネル方式である。しかし、食べ放題なので値段を気にする必要がない。ストレスフリーで注文ができる。
 3つの価格設定は、いわゆる松竹梅の理論で多くが真ん中を選ぶ傾向がある。売りたいものを真ん中に設定して、利益率なども考えるとよい。
 ファミレスや回転すしでは、単品の合計で支払金額が決まる。注文の際には、多少なりとも値段を気にする。そのため、タッチパネルのレイアウトがやや複雑になってしまう。ところが、価格表示の必要がない焼肉きんぐでは、商品の選択にストレスがかからない。事業の成功要因の一つが、値付けと商品表示の方法がリンクしていることである。

2 値引き総選挙(従業員による投票制)
 激安価格で人気の「ドン・キホーテ」は、最近になって、めずらしい値段のつけ方を発表した(『日経ビジネス』2024年6月17日号)。系列のユニー「アピタ」「ピアゴ」など130店舗で、従業員から値下げしてほしい商品と希望価格を併せて募ることにした。投票結果から、最大300品目を選び、それぞれ2~3割ほどを値下げしている。
 パート社員が投票で値引き商品と値引き額を決めるわけだが、それには2つの前提が必要である。従業員に権限が委譲されていることと、従業員に販売データや原価情報が共有されていること。加えて、パート社員が仕入れ交渉に関与できれば、鬼に金棒である。
 日経ビジネスの記事によると、赤字になってしまった商品もあるようだが、この方式が始まってから、来店客数が4%ほど伸びたと報告されている。競合店にとっては脅威である。
  
3 表示の心理的な効果(桁数マジックとサイズマジック)
 最後に、心理的な価格付けの方法について、消費者がつい騙されてしまう「数字のマジック」を紹介する。「タウリン1000㎎」「アルコール度数0.00%」という商品ラベルを見かけることがあるだろう。実は、表示の仕方には、人間の心理を欺く仕掛けが隠されている。
 具体的な例をあげてみよう。店頭のPOPで、「5%引き」の10万円の商品と、「5000円引き」で10万円の商品があったとしよう。消費者はどちらにお得感を感じるだろうか? 支払金額はどちらも9万5000円で同じである。しかし、なぜか「5000円引き」のほうにわれわれはお得感を感じる傾向がある。数字の“桁数”に騙されてしまうのである。
 ドリンク剤の有効成分は、「g」ではなく「㎎」で表示されている。「タウリン2g」ではなく「タウリン2000㎎」と表示されている。それとは逆に、ニコチンやタール、糖分などを目立たせたくない場合は、ケタ数を小さくする。ニコチン「100㎎」ではなく、「0.1g」のほうをタバコ会社は採用している。小さく見せる理由は明白である。
 
 なお、価格決定について興味をもたれた読者は、拙著『「値づけ」の思考法』(日本実業出版社、2019年)をお読みいただければ幸いである。そこには。さらに詳しい理論や豊富な事例が紹介されている。

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