【寄稿文】小川孔輔「データで見る園芸市場の復権」『DIY・HC協会報』2023年新春号

 先週になって、DIY/HC協会から年2回の会報が送られてきた。新春号では、「園芸市場の復活」を取り上げた。ウクライナ情勢やコロナ後の殺伐とした世界で、人々は明らかに花や緑に心が向かっている。引用されている調査データ(図表1~3)に関しては、希望があれば小川に連絡ください。オリジナル原稿のコピーを差し上げます。

「データで見る園芸市場の復権」『DIY・HC協会報』2023年新春号
 文・小川孔輔(法政大学名誉教授、日本フローラルマーケティング協会会長)

 

1 園芸売り場の復調
 筆者たちが花産業の業界横断的な団体(JFMA)を設立してから、今年で23年になる。「20世紀は植物の時代」との確信を持って会長を務めてきた。長期的には、「花産業を大きく成長させること」を目標に組織を運営してきた。そんなこともあって、当協会から毎月送付されて来る販売データ(月報)には、いつも目を通している。
 月報で一番先に目が行くのが、DIY業界全体の既存店売上高の昨年対比である。直近のデータ(2022年10月)を見ると、業界全体(28社)の既存店昨対比は100.8となっている。コロナの感染が日常的になってきたこともあり、通年(2021年11月~2022年9月)では、11か月連続で既存店売上高が対前年を割っている(図表1)。ホームセンター業界にとって、コロナ特需が終わったように見える。しかし、園芸部門はその例外的な存在である。

 二番目によく参照するデータが、「園芸・エクステリア部門」の売上推移である。同じ時期の昨年対比は、2022年10月で部門売上が105.4になっている。引き続き販売が好調だと言われている「DIY素材・用品」(前年同月比102.6)と「カー・アウトドア用品」(同102.4)を大きく上回っている。
 協会報では、全体が10部門に分類されている。この1年間で、「園芸・エクステリア部門」は、約半分の月(5か月)で売上が昨対比で100を上回っている。コロナ禍で好調だった他の部門、例えば、インテリアや家庭日用品は、対照的に12カ月連続で売上の昨対比が100を下回っている。

 

 <<この付近に、図表1 売上全体と商品分野別の売上高前年同月比推移(%) を挿入のこと>>

 

2 過去10年間の園芸部門の売上推移
 ここまでは、直近のデータ(2021年~2022年)から、園芸部門の売上推移を月別に見てきた。以下では、長期的な視点から園芸部門を俯瞰してみる。
 図表2(グラフ)は、「園芸部門(園芸生物+園芸用品)」と「園芸・エクステリア部門」の売上構成比を、過去10年間のデータをとって集計したものである。参考までに、園芸部門との比較のために、『DIY小売業実態調査』(2011年度~2020年度)から、「家庭日用品」と「DIY素材・用品」の部門構成比をグラフで示してある。
 グラフから明らかなことは、「園芸・エクステリア部門」(とりわけ「園芸部門」)が、コロナ直前の2019年度に底を打ったことである。さらに、コロナ禍の最中において、あるいはコロナ明け(コロナが完全に終息したわけではないが)においても、ホームセンター内で園芸部門の重要性が増していることである。同様な傾向は、DIY素材・用品部門の構成比の推移を見てもわかる。園芸用品とDIY素材の両者に共通しているのは、「顧客体験型」の商品・サービスだという点である。
 ちなみに、2022年10月の「園芸・エクステリア部門」の構成比は、14.6%である。また、「DIY素材・用品部門」の構成比は、29.0%になっている。比較のために、「家庭日用品」の部門構成比は、17.1%である。図表2に示されたデータをつなぎ合わせると、2021年度以降も、園芸・エクステリアの重要度がさらに高まっていることが分かる。

 

 <<この付近に、図表2 園芸部門等の商品分野別構成比の推移(%) (2011年度~2020年度)>>

 

3 家計消費調査から見る園芸植物
 ここまでは販売面から園芸部門を見てきたが、消費者側から「園芸用植物」の需要をデータで補足してみる。総務省の「家計調査」からも、植物に対する需要が高まっていることが見て取れる。しかも、コロナ禍を境に園芸関連の消費が急に増えている。消費データからも、販売面から見た協会のデータと同様なトレンドが確認できる。
 花き業界では、商品の分類を、①切り花、②鉢物(鉢花)、③花壇苗(球根類)、④植木類、⑤園芸資材の5つに区分している。家計消費調査では、商品区分としては、①「切り花」、②~④をまとめて「園芸(用)植物」、⑤「園芸用品」の3つに分類している。調査対象は、消費行動が異なると思われる「単身世帯」と「2人以上世帯」に分けて、全国の県庁所在地からサンプルを収集している。
 2012年から2021年までの調査結果を、図表3(A:切り花、B:園芸用植物、C:園芸用品)で示す。園芸用品(植物と用品)に関する消費者調査の結果は、以下の2点に要約できる。
 ①2人以上の世帯では、園芸用植物と園芸用品に対する需要は、(グラフには示されていないが、1995年ごろから)2019年まで減少していた。2019年には底に打って、それ以降は現在まで植物と用品に対する消費は増加している。
 ②単身世帯では、1995年ごろから今に至るまで、園芸用植物に対する需要はほとんど変わらなかった。しかし、園芸用植物(用品)に対する需要が、2020年を底に増加し始めている。この点は、グラフではよくわからないが、明らかに若者世代の植物に対する需要増によるものとみられている。
 なお、切り花に対する需要は、単身世帯に関しては、園芸植物(用品)と同様な傾向が見てとれる。コロナをきっかけに、巣ごもり需要で、若者が切り花を購入するようになったと言われている(参考:「花き消費動向調査」JFMA調べ:2007年~2022年)。

 

 <<この付近に、図表3 園芸関連支出(A:切り花、B:園芸用植物、C:園芸用品)
   出所:総務省『家計調査年報』(2011年度~2020年度)を挿入>>

 

4 社会の変化と植物の対する渇望
 最後に、コロナ後に植物に対する需要が増えていることの背景を考えてみる。一言で言えば、産業社会の変化が植物への渇望を促していると筆者は考えている。具体的な動きを紹介する。
 花が社会の中で果たす役割について、「花の国日本協議会」(会長:井上英明氏、青山フラワーマーケット社長)は、「ビタミンF(Flower)」という概念を提唱している。花が「ビタミン」のように人間の心に作用して、人々の気持ちを華やかにするという比喩である。これに対して、植物が「サプリメント」のように人間に作用するという対概念「サプリメントP(Plants)」を筆者は提唱している。花が気持ちを「高揚させる」のとは対照的に、植物は人の心を「弛緩させる」ように作用するという概念的な仮説である。
 「花」(フラワー=ビタミン)が人の心を刺激することで、「人間を精神的に健康な状態(Well-being)」にもっていく。それに対して、「植物」(プランツ=サプリメント)は、2通りの経路で、人間の精神に影響を及ぼすと考える。植物は、①触覚(タッチ=触る)を通して、心身の「蘇生効果」(身心を元気にする)をもたらす。②視覚(森林や草原など自然の風景を見ること)と嗅覚(フィトンチッド=森の匂いを嗅ぐこと)を通して、「弛緩効果」(心と体をリラックスさせる)の二つの経路である。
 前者(①)は、植物を育てるときに発現する効果である。それに対して、後者(②)は、植物に囲まれたときに発現する作用である。これら二つは、これまでの園芸療法「ホーティセラピー」を拡張して考えるべきことを示唆している。植物や花がもたらす効能は、人間を心身ともに健康な状態(Well-being)にもっていくことだ。
 以上、従来は植物についてあまり議論されてこなかった効能の存在である。産業社会の変化は、植物に対して特別な効能を社会が求めているように思う。植物に対する需要の増加は、単なる偶然ではない。花や植物がビタミンやサプリメントのように人間の心に作用するという証拠を、科学的に検証することが今後は必要になるだろう。