校正途中の『異文化適応のマーケティング』柳原書店(2011年3月刊行予定)で、4つの部のイントロダクション原稿(暫定版)を公開する。この本は、反アメリカ的なマーケティング思想に深く根ざしている。未来の読者に、事前に本書の雰囲気を伝えておきたい。
本書(ウズニエ・リー著)の翻訳にあたっては、つぎのことを基本方針とした。イントロダクションの翻訳作業は、監修者の小川(本訳)とリサーチ助手の青木(下訳)が担当した。
(1)原著の忠実な翻訳よりも、内容の本質を読者に伝えることを優先した。したがって、
(2)原文を忠実に翻訳することにはこだわらなかった(著者の許諾あり)。場合によっては、
(3)原文の構成を変えたり、文章を削除したり、付け加えたり、大幅に意訳をしてある部分もある。
(4)基本は、日本語としての読みやすさと、知識の正確さ(間違いも多かった)を優先した。
第1部 国際マーケティングにおける文化的要因
世界の国々は、ますます相互依存を深めている。国際的な貿易や交換活動への障壁は、減少していく傾向にある。そうした中で、文化的な差異は、唯一変わらず持続する要因として、マーケティング戦略に影響を及ぼし続けている。第1部では、文化研究における主要な概念を概説する。そこで紹介される概念は、いずれも現地市場についてのわれわれの理解と、国際マーケティング戦略のデザインに影響を与えるものである。
第1章では、文化と国際マーケティングの基本要素を提示する。言語と社会制度までを含めて、文化に関する学問的な定義と、重要な諸側面について論じる。文化の源泉について、また、文化を国民性とみなすことの限界についても考察する。この章では、文化が人間の能力の発達にどのように影響を及ぼし、コミュニティで共有された意味からどのように社会的な表象が生み出されるかに、焦点を当てる。読者が自分自身の文化的な前提を理解し、その限界を乗り越えられるようにすることが、第1章の目的である。
第2章では、時間と空間に関する文化的なダイナミックスの概念を紹介する。この基本的な文化的前提は、所有の概念や耐久性への許容度などのような、物質的文化のさまざまな側面に影響を与えている。最初に、文化的前提に基づく行動モデルについて論じる。これは、個人の意思決定に影響を及ぼすものである。続いて、時間と空間の知覚における文化間の多様性について検証する。また、我々が外国産の製品や習慣を「借用」したり、自分の社会に取り入れる際の方法についても考察する。2章の最終節では、偏見や否定的なステレオタイプの行動を含め、未知の人々に対する異文化間での敵意感情について検討する。
第3章では、文化的前提が人間関係に与える影響について明らかにする。人々が、自分たちがどのような存在であり、他者がどのように見えるかを定義することは、どのような文化にとっても基本的な前提である。次に、行動に対する態度、思考を行動に結びつける方法、欲望や感情への対処や規範への対応の仕方などにおいて、人々がどう異なっているのかを検討する。最後に、文化的前提が、どのように実際の行動を方向づけるのかについて論じる。
第2部 グローバルなマーケティング環境におけるローカルな消費文化
この半世紀の間に、急速なペースで、グローバリゼーションが進行した。貿易障壁が漸進的に撤廃され、グローバルな消費者文化が登場してきたことが、国境を越えたマーケティング活動の持続的な拡大を支えてきた。消費のグローバルな収斂傾向は否定できない一方で、ローカルな消費経験の基本的特性の中には、変化を拒む側面があることも事実である。第2部の狙いは、グローバルおよびローカルな文化的特性が、消費者行動やマーケティング環境の中で、どのように共存しているかを示すことにある。
第2部では、国際マーケティングへの異文化アプローチについて論じる。第4章から6章の記述を読むことは、未来の国際マーケターたちが、現地の消費者文化の複雑な全体像を理解することを助けるだろう。異文化アプローチは、調査の手段やデータ収集手続きが、異文化間で同じようには理解されないため、等価性のある調査結果が得られない場合に有益である。異文化アプローチは、国際的な市場調査を企画し、実行する際の適応化を可能にするからである。
基本的な概念は、特定の文化的環境において発展していくことが多い。マーケティングの分野では、アメリカ合衆国の影響力が非常に大きかった。消費者行動に関する概念や理論が、文化の垣根を越えても妥当性があり、説明能力を失わずに使用することができるかどうかを検証することが必要である。
第4章では、消費者行動論の異文化的側面について、取り上げる。まず、文化の消費者行動への影響について評価し、ロイヤリティ、関与、不満など、いくつかの概念を選び、文化の消費者行動への影響を浮き彫りにする。4章では、また、エスニック消費というテーマについても論じる。最終節では、マーケティングは、マーケターと消費者の間での意味の交換に基礎を置いている、という前提をとる。この観点は、国際マーケティングでは、大きな意味を持つ。なぜなら、意味は、言語に直接的に基礎を置いており、国際的に言語面での多様性は大きいからである。
第5章では、過去2世紀にわたるグローバリゼーションへの流れが、自由貿易の原則によって、イデオロギー的に支配されてきたことを示す。そして、自由貿易の原則においては、製品を一般的なコモディティーとして扱っており、国ごとに異なる消費者の嗜好や消費者の性向については、その多様性を否定してきたことを考察する。現地の消費者と、ますますグローバル化していく商品との接触は、複雑で矛盾に満ちており、時には問題を引き起こすこともある。量的なレベルでは、グローバルな消費パターンは収斂傾向を見せていることがわかる。価格が適切で、大量生産された製品やサービスに対する実用的な需要は、この急速な変化の推進力である。グローバルな消費者文化の出現は、使わなくても性能がわかる、世界標準の財やサービスへの願望が高まっていることに起因している。
しかし、製品や消費経験に帰せられている意味は、大方の場合、ローカルなコンテクスト、つまり、文化的・言語的な集団内部で共有された習慣に埋め込まれたままである。5章では、グローバルに消費されつつある製品が、ローカルな文脈で再解釈され、特別な意味を与えられている例を示している。ビールは、その好例である。
以上の事柄は、マーケティング戦略を策定する際に、考慮しておかなければならない。グローバル化された消費が、現地の文化的・経済的利害に悪影響をもたらすとみなされる場合がある。その際、現地の消費者文化が強力ならば、グローバルな消費文化に対して抵抗を強める可能性がある。しかし、ほとんどの場合、現在出現しつつあるパターンは、ローカルおよびグローバルな消費者文化の混合型である。その複合的パターンは、多様な消費経験を集めて組み立て、日常生活において意味のあるものにしていく、万華鏡のような手法で生み出されていく。
第6章では、異文化間での市場調査に関する専門的事項について解説する。国際的な市場調査が行われるとき、質問票の作り方や評価尺度の設定法、サンプリング手法やインタビュー技法など、多くの調査手段が、データを収集するターゲット国のコンテクストとうまくフィットしない場合がある。複数の文化的コンテクストの間で、調査の手段と手法が、等価性をもたない可能性があり、そのためにさまざまな問題が生じることがある。そこで、この章では、等価性について検討する。概念的、機能的、翻訳上および測定上の等価性問題について概説する。それに続く節では、実際の例を引きながら、それらを解説する。そこでは、標本抽出法とサンプリング手順の問題についても取り上げる。それは、異なる文化と市場を越えて、国際マーケティングの意思決定者にとって、一貫性を持って比較できる調査結果が必要とされるからである。6章ではまた、現地の回答者の調査手段への反応や、採用されたデータ収集技法に回答者たちが不慣れであるために生じうる、データのバイアスについても検討する。多くの場合、科学的な調査手段に関しては、異文化間での調査は、国内調査よりも技術的に劣っている。したがって、実地調査によるデータ入手がより重要になる。このことについては、6章の最終節において、日本的手法による複数市場調査を例に挙げて解説する。
第3部 異文化環境でのマーケティング意思決定
ほとんどの国際マーケティングのテキストと同様に、本書もまた、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、販売促進(Promotion)という「4P」モデルに従っている。 第3部では、最初の3つのP、つまり、製品、価格、流通が、国際的にどのように管理されるべきであるかについて論じる。これは、大規模なオペレーションと、現地の各市場への適応の間で、最善の折衷策を生み出すために必要なことである。最後のP、すなわち販売促進については、主として第4部で取り上げる。言語が異なり、コミュニケーションが調整されなければならないため、国際的な文脈でのマーケティング・コミュニケーションには、特別な取り扱いが必要とされるからである。
第7章では、経験効果と規模の経済性について論じる。多国籍企業は、輸送費の制約内で経験効果を生み出せるように、国際マーケティング戦略を策定する。多国籍企業はまた、伸縮的な生産システムをはじめとして、さまざまな生産システムを用いている。現地市場に合わせた製品を提供するため、カスタマイゼーションを行い、差別化による優位性を得るためである。ここでは、出現しつつあるグローバル戦略と競争のグローバル化の背景が、費用に関する議論から説明できることを検証する。国境を越えたセグメントがターゲットにされるのは、オペレーションの規模をより大きくするためである。続いて、国際市場を最適にセグメント化するために、地理的およびデモグラフィックなセグメンテーション基準を、どのように組み合わせるべきかについて説明する。
第8章では、製品を適応化すべきか、それとも異なる市場間で標準化すべきかという戦略的な選択について整理する。初めに、物理的属性を標準化すべきか、あるいは現地に適応化すべきかという、重要な論点を概観する。物理的属性は、規模の経済に最も敏感であると同時に、多くの場合、気候や現地市場の客観的特性に応じてカスタマイゼーションが必要になる。サービス属性もまた、現地に合わせなければならない。サービス品質やサービスのパフォーマンスに関する消費者の期待は、各国の状況ごとに異なるからである。最後に、製品デザインやパッケージに関連する象徴的属性について、異文化間の視点から検証する。色や図像、形状などのような属性を考察しながら、象徴の文化的解釈には多様性があることを明らかにする。
第9章では、原産国とブランド名という属性によって広められるイメージの管理について、取り上げる。原産国とブランド名は、意味を普及させる最も象徴的な属性の一つである。消費者は、製品をその原産国によってどのように評価しているかを、外国で生産された製品に関する知覚されたリスクを考慮に入れながら、概観する。外国産品は、安価であるかもしれないが、デザインや製造面では評判がよくないこともある。消費者が国産品を購入することを好む、愛国主義的な傾向も存在する。最終節では、ある国のブランド名を国際市場に移転する際の、言語的な制約について考察する。そして、グローバルブランドの発展に関わる経営上の限界を説明する。
第10章では、関係を交換するための主要な要素としての価格の役割について検討する。国際マーケティングの経済学においては、価格は、単なる客観的要素以上のものと考えられる。言い換えれば、価格は、売り手と買い手、マーケターと消費者、および企業と中間業者との間で意味を伝達するシグナルである。この章ではまた、企業が、国際市場で直面する価格設定上の主要な問題を提示する。最初の論点は、価格交渉についてである。価格交渉には、経済と人間的交流とを微妙な方法で調和させるという性質がある。そのために、価格に関する交渉は、多くの市場でいまだに広く観察されており、売り手と買い手の関係での基本的な儀式として残っている。続いて、消費者は商品を評価し、選択する際に価格を手がかりとして用いるが、その方法には異文化間で差異があることを考察する。後半の3つの節では、以下に挙げるような、国際的な価格決定方針に関する経営上の論点を考察する。すなわち、多国籍企業が、新しい市場を勝ち取るために価格政策を用いる仕方、カルテルや価格協定を通じて競争が回避されている市場に参入する方法、公認されていない販売業者による並行輸入に対抗する方法、および、高インフレや管理価格、厳格な外国為替管理のような要因が絡み合った不安定な環境下における価格の管理、といった問題である。
第11章では、マーケティングの4Pモデルにおける「流通」変数に焦点を当て、国際流通について論じる。日本の「系列」流通の事例を取り上げ、流通チャネルが文化の中に埋め込まれており、それゆえ、文化的なアウトサイダーが、外国のチャネルに入り込む際に直面する困難について例証する。この事例では、チャネルの構成員間の関係は、人的および経済的関係を律する現地のパターンに深く根ざしていることを示すとともに、文化的フィルターとしての流通の役割を浮き彫りにする。こうした流通の役割は、外国の流通チャネルを選定するにあたっては、他の基準とともに、注意深く考慮されなければならない。 世界的規模でのダイレクト・マーケティングは、特にカタログ販売やインターネット販売を通じて、急速に世界的規模で発展している。ダイレクト・マーケティングについて取り扱う節では、どんな製品群が、海外への直販流通にもっとも適しているかについて解説する。そして、国境を越えたダイレクト・マーケティングを企画したり、実行に移したりする前に、慎重に考慮しておくべき問題として、言語的および文化的な制約について概説する。最終節では、販売促進の手法における各国間の差異を検証し、販促技術を国境を越えて移転する際に、どういった側面をカスタマイズしなければならないかについて明らかにする。
第4部 異文化間のマーケティング・コミュニケーション
言語の構造は、コミュニケーションのスタイルにも、世界観にも、深い影響を与える。そのため、マーケティング・コミュニケーションが国際的、多言語的な文脈で起こる場合、言語は中心的な役割を演じる。
第4部では、広告や人的販売、パブリック・リレーションズなど、主要なマーケティング・コミュニケーション手段を概観する。これらのマーケティング・コミュニケーション手段は、顧客のみならず、中間業者、ビジネスパートナー、官公庁、そして時には、競合他社まで含めた、市場のすべての利害関係者とのコミュニケーションを目標としている。
第12章では、言語的および非言語的な異文化間コミュニケーションを提示し、言語がどのように我々の世界観を形成しているかについて説明する。コミュニケーションは、言語とは切り離せない。我々が使う言葉や、単語を集めて言語を組み立てる方法は、自分が住んでいる世界についての特定の前提や経験に対応している。このことは、自民族中心主義につながる可能性がある。自民族中心主義とは、状況を解釈したり、経験したことを理解したりしようとする際に、我々自身の信念や価値観を参照するという、自然発生的な傾向である。ステレオタイプ化は、見知らぬものに対する居心地の悪さを減らすもう一つの方法である。ステレオタイプ化とは、異質な特性を過度に単純化することである。それゆえ、異文化間コミュニケーションで誤解が生じることが多いのも、何ら驚くには値しない。12章の最終節では、どのようにして異文化間の誤解を避けるべきか、そして、国際ビジネスにおいて、特に通訳を介した場合、どのようにコミュニケーションの有効性を改善すべきかについて説明する。
第13章では、異文化間マーケティングにおける広告の役割について論じる。広告とは、顧客である視聴者に向けられた、マーケティング・メッセージを伝達する主要な手段である。イメージの一貫性を保つため、多くの企業は、世界規模で同一の広告戦略を実行し、標準化された広告キャンペーンを採用して、製品をグローバルに宣伝することを望む。国境を越えてキャンペーンを移転する場合の問題は、現地化されるべき要素と世界共通に展開可能な要素とを峻別することである。
第13章では、広告の社会的効用に対する態度に及ぼす文化の影響について検証する。その際、特に、比較広告に注目する。国際企業は、広告戦略(情報の内容、広告アピールなど)とその実行(表象される特徴や役割、視覚表現や文章表現など)という2つの重要な分野において、意思決定をしなければならない。広告についての異文化研究のレビューに基づき、戦略とその実行の両方について、どの程度まで、標準化または現地化が可能なのかについて解説する。次いで、グローバルなメディアリソースの発展、および広告会社のグローバル化に焦点を当てる。
第14章では、広告以外のコミュニケーション要素を取り扱う。多くのマーケティング情報は、市場の利害関係者に向けて、直接的に伝達される。つまり、販売員によって直接的に情報が提示されたり、中間業者や海外市場のビジネスパートナーを通して間接的にメッセージが伝えられたりする。第14章では、まず、異文化間相互作用という観点から見て、「商取引行為」とは何を意味するのかを明らかにする。言い換えれば、商取引行為とは、広告のような一方向的な交換ではなく、双方向で効果的に市場とコミュニケーションする方法や手段である。続いて、国際的な観点から、人的販売を取り巻く多くの問題を取り上げる。つまり、ビジネス市場でどのようにしてネットワークを張り巡らせるか、売り手と買い手間の相互作用、また、文化的な差異が、販売員の管理や異文化横断的な広報活動にどう影響するのか、といった問題について考察する。また、最後に、国際的な文脈における、賄賂やビジネス倫理についても議論する。