副題は、「信頼基盤に需要「積み上げ」」。2回連載の(上)では、明治のヨーグルトマーケティングの約45年間の歴史と2000年から始まるプロビオシリーズのヒットを紹介している。筆者が命名した「積み上げ型のマーケティング」という概念で、明治の市場戦略は整理できる。
「明治のヨーグルトマーケティング(上):信頼基盤に需要「積み上げ」」
『日経MJ(ヒット塾) 』2016年10月3日号
法政大学経営大学院 小川孔輔
明治プロビオヨーグルト「PA―3」は、「LG21」「R―1」に続き、ヨーグルトの新たな健康価値を提供するシリーズの第3弾として、2015年4月に発売された。瞬く間にコンビニやスーパーの売り場に定着し、プリン体が気になる中年男性を中心に製品が浸透。初年度にブランド認知率40%を獲得した。
通常、新製品の発売によって既存品のシェアが侵食されることが多いが、PA―3の場合はそれがなかった。LG21は胃を守る働きがあるとされる乳酸菌を選び、R―1は風邪をひくリスクを低減するという乳酸菌を使っている。これに対してPA―3の乳酸菌は男性に多い痛風などの原因となるプリン体に作用する。
明治によると、ヨーグルト市場全体では40代以上の女性がメーンだが、プロビオヨーグルトで人気のドリンクタイプは比較的男性が多いという。実際、首都圏のコンビニの売り上げデータをレシート単位で集計している日経CVSデータ(2015年10月中旬から3カ月間)では、ドリンクヨーグルトの購入額に占める男性比率は69.9%である。
その中で、PA―3に限ると78.2%と、その数値を大きく上回っている。ターゲティングが成功し、新たな顧客層を広げたことが分かる。ヨーグルトは自宅で朝食時に飲食する人が最も多いが、同データによると、PA―3のドリンクタイプは夕方の購入比率も15. 5%と他の商品より高い。夕食前後にも飲まれているようで、飲食シーンも広がっているということになる。
こうした製品投入のパターンを、筆者は「積み上げ型」のマーケティングと呼んでいる。ブランドのイメージがより強化され、地位をより強固にできる。対照的なのが、既存品の顧客を奪ってしまう「置き換え型」のマーケティング。全体の市場がそれほど広がらない。
日本の食シーンにヨーグルトのある生活文化をもたらしたのは明治の貢献である。1950年に「ハネーヨーグルト」を発売して、ヨーグルトが一般化した。大きな転機が訪れたのは年の大阪万博だ。ブルガリア館で本場のヨーグルトに触れた同社常務(のちの社長)が健康食としてのヨーグルトの可能性に着目したのが、毎日の生活に取り入れる習慣づくりマーケティングの始まりである。
それまではデザートの一フレーバーにしか過ぎなかった〝脇役〞のヨーグルトを、健康価値を訴求することで、食生活の中心に置くことができると考えた経営陣は、製品ベネフィットを生成する元となる乳酸菌を世界中から収集することに決めた。研究所に集められた5千種にもおよぶ乳酸菌の特徴を生かし、その後の年間でさまざまな製品が乳酸菌ライブラリーから飛び出していくことになる。
パッケージ改良もヨーグルトを食生活に根付かせ、市場を広げた施策の1つである。ロングセラーの「明治ブルガリアヨーグルト」は年の発売当初、牛乳と同じ紙の容器だった。スプーンを差し込むと手にヨーグルトがついてしまったり、四隅が取り出しにくかったりして支持されなかった。それを解決するフルオープンタイプを導入、家族需要を大きくつかんだ。
健康価値と風味、飲食のしやすさで製品ベネフィットを追う地道な取り組みで企業ブランド=「明治」への信頼と製品ロイヤルティー(共感)が徐々に高まっていったと考えられる。ヨーグルト市場での明治のシェアは今、ダントツの約43%である。
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【成長するヨーグルト】
明治によると、2015年度の市場規模は3850億円で、7年連続増加。家計調査で1世帯当たり年間支出額は2015年が1万2千円強と5年前の1.4倍だ。毎日飲食する人の比率も2015年は21.7%(農畜産業振興機構調べ)と前年より2.2㌽増加した。