12月に刊行予定の『異文化マーケティング』の序文(イントロダクション)を訳出してみた。第二版なので、変更は可能である。これまでは、本間くんが訳出した部分(1~3、5章)をチェックしただけだった。本文を自らの手で訳すのは初めてである。かなり意訳してあるが、本書のおおよその雰囲気は理解していただけるだろう。
ずいぶんと反米的で挑戦的な序文である。米国の消費文化とマーケティングは「一元的な消費文化論」である。モノクロ文化論に対する強烈なパンチが、いたるところで見られる。
「ここまではっきり、米国の消費文化とマーケティングを批判してよいものだろうか?」と心配になるくらいだが、「そこが気持ちいいですね」と大学院のドクター本間君。
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ウズニエとリー:小川・本間監訳 『異文化マーケティング』ピアソンエディケーション
(2010年12月出版予定)
序文:「世界村」でのマーケティング 担当者:小川孔輔(V 2:20100809)
伝統的な消費者マーケティングの教科書は、一般的に世界市場を強調する傾向がある。そうしたテキストは、しばしばアメリカ流のマーケティング思想が、国境を越えて他の国にも容易に適用できるものとの前提に立って書かれている。そこでは、人間や言語、文化の違いについてあまり深く考えることなく、世界市場は一様であるとの主張が好まれる。ところが、マーズ、ペプシコ、ロレアル、ネスレといった巨大な多国籍企業は、実際には、伝統的なテキストに盛り込まれている料理のメニューにしたがって行動しているわけではない。実践の場においては、現地の事情に配慮して、各国の状況に合わせた経営を行っている。
本書では、グローバルマーケティングについて、一般的なテキストとは異なるアプローチを採用している。すなわち、世界の市場は多様であり、それぞれの国の消費者の知識もマーケティングの実践も同じではないとの立場に立っている。わたしたちは、「脱中心化」という概念を読者に理解してもらいたいと考えている。Gorn1が、「北米中心主義の箱」から飛び出すようにわれわれを促したように、わたしたちは読者に対して、「(ウズニエの出身国である)フランス中心主義の箱」や「(リーの出身国である)オーストラリア中心主義の箱」から飛び出す手助けをしたいと思う。消費者行動、広告、販売活動、マーケティングマネジメントは、国際的に多様である。そのことを理解することが、国際マーケティングのテキストにとって、中心的な教育目的になる。
このテキストでは、国際マーケティングに関して、文化的なアプローチを採用する。文化的なアプローチには、ふたつの次元が存在している。
1 比較文化アプローチ(cross-cultural approach)
このアプローチでは、まず、各国のマーケティングシステムと国別の商取引習慣を「比較」する。そのうちのどれがその国に特有で、どれが普遍的なものなのかを強調することが目的である。このアプローチは、各国の事情に合わせてマーケティング戦略を準備したり、実行したりするために必要である。
2 異文化相互作用アプローチ(intercultural approach)
このアプローチでは、国や文化的な背景が異なるビジネスパーソン間、すなわち売り手と買い手の間(あるいは、その人たちが属する会社間)での相互作用を研究することが中心テーマである。こうした異文化相互作用アプローチの視点は、ある国民文化が生み出した製品(物理的な属性と象徴的な属性、あるいはそれらを取り巻くメッセージも同様に)と、それとは異なる国民文化を持つ消費者との相互作用に拡張ができる。そんなわけで、広義の相互作用は、人と人との間の相互作用だけでなく、人とメッセージの相互作用や製品と人間の相互作用にも拡張できる。本書では、マーケティング活動と同様に、商取引が強調される。「商取引」という言葉を本書で用いる場合は、人的な関係に複雑に絡み合ったビジネスの関係性の次元を指している。
本書の基本的な前提は、われわれが無意識のうちに、文化がわれわれの心の深い部分にまで浸透しているということである。世界の文化は、たくさんの共通な特徴を持っている。それにもかかわらず、共通の要素がすべて組み合わさると、それぞれ独自なスタイルが生まれる。例えば、親族関係、教育制度、個人やグループの評価、経済活動の重視度、友好関係のパターン、時間に関連した組織のパターン、美的評価の価値基準などについては、国ごと文化ごとに独自のスタイルが生まれる。本書で採用されている具体例は、注意深く選ばれたものである。なるべく顕著な特徴をもちながら、適切なサンプルを事例として選んだつもりである。
本書では、文化について、それをよく知っている内部者の観点から、包括的に記述するつもりはない。われわれは、読者に対して、「国際マーケティングにおいて、異文化間で相互作用が起こる場面にうまく対処できる方法」を提供することを企図している。本書の基本的な前提は、国際的なマーケティング活動の関係性は、強固な基礎の上に打ち立てられるべきだとの考え方である。国際貿易の取引コストは高い。ビジネスパーソン間での強固で安定した結びつきだけが、意見の不一致や利害の対立を克服することを可能にする。国際マーケティングにおいては、しっかりした手法を身につけ、長期的に物事に対処することが望ましいと考えられる。というのは、成功のチャンスはそれほど多くはないし、一緒に組むのにふさわしいパートナーの数も限られているので、それらを最大限に活用することができなければならないからである。
<第5版での変更点>
本書の第5版では、テキストを大幅に書き直すことにした。文献の引用に関しては、新たに連番を採用することにした。その結果、文章はより読みやすくなり、テキスト中に登場するアイデアも理解がしやすくなったはずである。ここ数年で、異文化マーケティングや国際マーケティングに関して発表された研究の数が、急速に増加してきている。オリジナルの研究が見出した知見の多くは、その他の文化や他の状況に適用され、既存の理論やアイデアとの統合がなされている。
ただし、われわれは、個々の研究を詳しく紹介するつもりはない。むしろ、結果を要約して、できるだけ全体像が理解しやすくなるような、一枚の絵として提示することに努めた。また、引用された研究が、その領域の代表的な事例になるように意図している。最新のバージョンを含んだ引用文献の完全なテキストは、以下のウエブサイトからダウンロードができる(http://www.pearsoned.co.uk/usunier)。
第5版では、ふたたび、マーケティングの分野に焦点を当てることにした。テキスト全体にわたって、マーケティングに関連した事例を付け加えたのは、読者が比較文化論的な考え方を、マーケティングの分野に適用することを容易するためである。経済環境の広域化や国際ビジネスの交渉に関連する章など、あまり重要と思われない章や節のいくつかについては、第5版では削除してある。
最後に、本書を通して、ウエブサイトに掲載されている興味深い事実やアイデアについて、各章の「ウエブ・ボックス」(翻訳書では省略)に加えてある。こうした事実やアイデアについての情報をさらに詳しく知りたい場合は、つぎのウエブサイトを参照するとよいだろう(http://www.pearsoned.co.uk/usunier)。われわれとしては、読者がこうしたウエブサイトにアクセスをして、リンクの先にある興味深い事実を探索するようになることを期待したい。本書を読みながら、読者が同時にウエブサイトを訪問し、わたしたちに、意見や示唆、情報などをフィードバックしてくれることを願うものである。読者から協力をしていただくことで、ウエブサイトの重要度やカバレッジの包括性がさらに改善できることになるだろう。
<ターゲット読者層>
本書は、グローバルな文化の多様性を、負債や脅威ではなく、資産や機会と考える教員と学生のために設計されている。ターゲットとして想定している読者は、世界市場において新しいライフスタイルを発見し、文化的な違いがもたらす新しい体験にチェレンジできることに喜びを見出す人たちである。『異文化マーケティング(Marketing Across Cultures)』は、本書が使用される教室の環境が、あるいはテキストを用いる国や企業が、多文化的、多言語的、多国籍的である場合に、とくに有益であり役に立つだろう。本書は、次のような動機をもった教師に、メインの教科書として使用してもらうことを想定している。文化、販売、交渉を集中的に取り上げたい教員。消費者行動とマーケティングリサーチについて文化的なアプローチを採用したい教員。なお、伝統的な国際的マーケティングのアプローチを採用したい教員には、補助テキストとして使用してもらうこともできる。
第5版は、つぎの読者層に向けて書かれている。
・マーケティングマネジメントのコースを履修し終わっている、学部の3、4年生、
・学部卒業生向け(とくに、MBA学生)の異文化/国際マーケティングの選択科目として、
・国際ビジネスやグローバルマーケティングで、異文化的側面や比較文化論的な面に関心が深い研究生、
・グローバルマーケティング戦略を立案するに当たって、文化的にセンシティブなアプローチを身につける必要がある上級経営者。
<教員に向けて>
本書を採用してくれる教員に向けては、テキスト中に登場するすべてケースが電子版で無料にて入手できる。Marketing Across Culturesのサイトに載っているその他のケースを入手したい場合は、npjcu@hotmail.comnにメールを送っていただきたい(ただし、メールを送る際には、大学組織の個人サイト名(URL)と科目名を明らかにした上で、所属組織長の署名と読者自身のメールアドレスを忘れずに)。
各章の追加文献と特定のテーマ(原産国効果、異文化間での広告、国際ビジネス交渉など)についての引用文献リストは、教員に向けては、以下のサイトからダウンロードできる(www.hec.unil.ch/jusunier/teaching/references/index.htm)。
章末の問題(翻訳では削除)に対する模範解答、事例に関する教育用の説明資料、パワーポイント、その他の補助教材など、教育用のマニュアルは、出版社のサイトから入手できる(www.pearsoned.co.uk/usunier)
<本書の概要>
第1部は、3つの章から構成されるが、そこでは文化的な変数がとりあげられる。最初の3つの章では、文化的な変数を定義して、文化の要素を記述する。最後に、文化がダイナミックな要因であることが強調される。
第2部は、国際マーケティングの中心的な論点である、市場のグローバル化を取り上げる。第4章と第5章は、ローカルとグローバルの両方の観点から、消費者行動について検討を加える。第6章では、地域のマーケティング環境を吟味する。
第3部では、第7章で、マーケティング戦略に対するグローバル化の一般的な影響を考える。とくに、第8章では、製品政策の主要課題である、適応化と標準化のジレンマに焦点を当てる。第9章は、国際市場におけるブランド名と原産国イメージに関連する、複雑な意味のマネジメントを扱う。第10章と第11章は、価格と販売チャネルに関する章である。それぞれの意思決定は、文化をベースに慎重になされるべきことが強調される。第10章では、例えば、文化的な変数が価格の交渉場面でなぜ重要になるかを強調する。また、第11章では、日本の系列システムをとりあげる。
第4部は、異文化的な環境下でのマーケティングコミュニケーションを取り上げる。第12章では、言語、文化、コミュニケーションの問題を取り上げ、それに続く2つの章では、それらを、広告、人的販売、PR活動などに応用してみる。そこでは、国際マーケティングにおける贈収賄や倫理的な問題を取り上げることになる。
表1.1は、第4章から第14章までの基本的な内容を要約したものである。表中では、文化とマーケティングの課題が関連づけられている。
本書は、共著者である二人(ヨーロッパ人とオーストラリア系アジア人)の視点から書かれている。したがって、世界のふたつの地域、ヨーロッパとオーストラリア/アジアに関連した事例が、本書には頻繁に登場してくる。
すべての国際マーケティングの教科書についても言えることだが、本書は一般的なテキストではない。ほとんどの教科書に比べて、本書はそれほど実践的に書かれていないし、課題別に編集されていないと見られるかもしれない。アメリカのテキストでもそうであるように、本書での記述は、しばしば価値判断を含んだものであり、必ずしも実証的なデータに裏づけられているわけでない。それゆえ、英語を母国語とする純真な読者は、本書の記述がやや特異なものと感じるかもしれない。筆者として、こうしたアプローチを採用することは、本書の思想の一部だと考えている。すなわち、文化とはそもそも文脈依存性が高く、文化に関わる事象のすべてを明示的に表現することは不可能である。
各章の最後は、問題と付録(事例、練習問題、挿話を含む)で終わる(ただし、翻訳では、これらのすべてをカットした)。これに加えて、読者にとって興味深いと思われるリンク先や事例、練習問題が本書のウエブサイトには含まれている(www.hec.unil.ch/jusunier/teaching/references/index.htm)。本書は、いくつかの言語(ドイツ語、英語、フランス語)に翻訳されているので、比較文化論的な訓練の手段として本書を活用することを考えてもよいだろう。
<謝辞> 過去10年間に渡って、国際マーケティングのクラスで教えたり、そこで研究活動をする機会を与えてくれた大学組織からの援助に感謝したい。わたしたちは、アイデアを生み出したり、援助を与えてくれた多くの同僚に助けられてきた。彼らは、国際マーケティングの文化的な側面をもっと強調するように、われわれを励ましてくれた。本書の出版を実現してくれたピアソン・エディケーション社の編集長Tomas Siegel氏の支援と、Peter Hopper, Aylene Rogers, Colin Reed に感謝したい。また、新たにケースを書くことに大いに貢献してくれたのは、Saskia Faulkである。もし本書に誤りや欠点があるとしたら、すべてはわたしたちの責任である。
表1.1 マーケティングの諸側面も影響を与える文化的な差異
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マーケティングの領域 文化的な差異の影響 関連する章
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消費者行動 異文化環境下にある消費者の態度と意思決定 4
現地の消費者とグローバルな消費者 5
マーケティングリサーチ 国を跨いだ市場調査における等価性と方法 6
全体のマーケティング戦略 グローバルなマーケティング戦略と
国別にカスタマイズしたマーケティング戦略 7
ターゲット市場セグメント 国境を跨いだクラスタリングと国別のクラスタリング 7
製品政策 製品属性の適応化と標準化のどちらを選ぶか 8
ブランドイメージ 消費者によるブランド評価と原産国効果 9
価格政策 交渉の儀礼的側面/価格と品質のトレードオフ評価/
消費者、競合、供給者に向けた価格戦略 10
流通チャネル チャネルの形態とサービス、
メーカーと流通業者の関係性 11
コミュニケーション 言語を通した世界観とコミュニケーションスタイル 12
広告 現地のオーディエンスの文化的特性に合わせた
メッセージ 13
人的販売 国際的な文化状況に合わせた、販売スタイル、
販売部隊のマネジメント、販売ネットワークと広報活動、
贈収賄と倫理的な問題 14
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