『商学論究』(関西学院大学商学部)中西正雄・退職記念特集号論文
「バラエティシーキング行動モデル: 既存文献の概括とモデルの将来展望」*1
小川孔輔(法政大学経営学部・大学院ビジネススクール教授)
Ⅰ はじめに: 本論文の目的と概要
1970年代後半から1990年はじめにかけて、バラエティシーキング行動(Variety-Seeking Behavior:多様性追求行動)について、理論・実証の両面から研究が盛んであった。とくに、消費者行動論とマーケティング・サイエンスの分野では、バラエティシーキング・モデル(以下「VSモデル」と略記)の枠組みについて基礎的な研究が推進されていた。POSデータの登場で純粋理論を実証できるようになり、実証研究が活発に行われていた。約10年間にわたる欧米での研究成果は、McAlister and Pessemier(1982)やKahn et al. (1986)に詳しくまとめられている。*2 また、バラエティシーキング行動に関する日本語の展望論文としては、土橋(2001, 2005)および新倉(2005)が参考になる。
1990年代に入ってからでも、消費者行動研究の分野では、新しい切り口の論文がその後も多数発表されている(例えば、Ratner and Kahn 2002; Sivakumaran and Kannan 2002; Ratner et al. 1999; Inman 2001)。*3 他方で、マーケティングモデル分野での発展はやや停滞気味である。しかしながら、実務的な応用についてバラエティシーキング・モデルそのものの重要度が減じたわけではない。例えば、日本マーケティング・サイエンス学会(第74回全国大会)の「特別テーマセッション」での報告「製品ライン数とアイテム数の決定」(田中・小川 2003)や同大会における一般報告「ユニクロのバンドル販売実験」(島田・小川・豊田 2003)は、実務的な観点からVSモデルの必要性を論じたものである。*4 具体的な経営課題の背後に存在する、消費者の多様性追求現象を説明する枠組みとして、バラエティシーキング・モデルを用いることは大いに意味があることがそこでは示されている。商品やブランドの選択にあたって、多様性を求める消費者行動を研究することは、実際的なマネジメントの課題に答えるために必須である。
本論文では、企業側からの実務的な要請が高いことを例示した後で、消費者行動モデルの枠組みを用いて、多様性追求行動に関して議論すべき論点をまとめてみる。主たる論点は、以下の通りである。(1)既存のブランド選択理論との関連、(2)マーケティング意思決定への貢献、(3)ポジショニング分析や市場構造分析との関係、である。なお、既存の研究アプローチは、「消費者行動論」と「モデル論」のふたつの観点から整理されている。
最後に、1990年代に提示された問題が現在どのような状況にあるのかについて、以下のような5つの観点から整理してみる。(1)消費者が置かれている問題状況(文脈効果)、(2)データ分析上の問題、(3)製品ポジショニング戦略、(4)分析レベル、(5)ダイナミックな効果。また、研究のフロンティアとして、以下の3つの視点が提示される。(1)考慮集合とVS傾向の関係、(2)他者から見られているというコンテキストの影響、(3)最適刺激水準の測定。
Ⅱ バラエティシーキング・モデルの展望(~1990年)
1 VS行動をモデル化する実務的な必要性
企業側の実務的要請について、消費者のVS行動に関して2つの事例をあげてみる。カジュアル衣料品チェーンの「ユニクロ」((株)ファーストリテイリング)と和食レストランチェーンの「和民」((株)ワタミフードサービス)の事例である。
(1)事例1:ユニクロのバンドル販売
島田・小川・豊田(2003)の実証研究では、次のような課題が設定されていた。
ユニクロの店頭で、靴下やトランクス(ショーツ)が「バンドル」で(同じ商品を複数個束ねて)販売されている。単品(一足)の価格は200円だが、二足バンドルは390円、三足バンドルで販売されるときには、590円で値付けされている。ユニクロで販売される靴下は、中国の協力工場で製造される。工場から出荷する際の効率だけを考えると、4足(790円)とか5足(990円)でバンドル販売するほうが収益性が高くなる(ファーストリテイリングの商品担当マネジャーW氏による)。
消費者は4足以上のバンドルをどのように評価するだろうか?割安だから購入する気になるだろうか?それとも、バンドルによるディスカウントの効果は限定されるだろうか?また、その際には、同じ形や同じ色の靴下を事前にバンドルしておくべきだろうか(「プレ・バンドリング」)?それとも、購入個数と価格のみを事前に指定しておき、陳列棚からは色や形を自由に選べるようすべきだろうか(「フリー・バンドリング」)?*5
この場合、小売業の店頭マーチャンダイジングを決定づけるのは、消費者が商品のバラエティをどのように選択するかという要因である。小売店頭(ユニクロ近鉄ニューメルサ店:2002年11月28日)での実験にしたがって、商品部の担当者W氏が実際に採用した案は、「フリー・バンドリングの方式でバンドル個数は3個までとする」という結論であった。実験状況で30人の回答者(ターゲット顧客)が選択したバンドル商品(3~5点セット)の中には、単独での選択順位が下位(6~10位)のものが多く含まれていた。VS行動の理論(Ratner et al. 1999)が示唆するように、「単独では選択されない選好下位のアイテムが、実際に靴下のバンドルセットの中に複数含まれていた」のである。理論は実際に有効であった。
(2)事例2:和民のメニュー変更
例えば、ファミリーレストラン(すかいらーく系の「ガスト」や「バーミヤン」など)では、通常は”季節ごとに”メニューの入れ替えを行っている。食品スーパーでも、売場の棚変えは”季節の変わり目”にタイミングをあわせている(多くても年3~4回)、ところが、「居食屋・和民」を展開するワタミフードサービスでは、通常の和食レストランに比べて、メニューの改訂を頻繁に行っている。メインメニューは別にして、サイドメニューは月ごとに変更されている(場合によっては年13回)。
一番の理由は、提供商品で目先を変えて、固定客の来店頻度を上げるためである。また、一回の購入単価をあげるために、提供される商品アイテムに鮮度(変化でフレッシュ度をアピール)を与えるためである。和民の食材の仕入れは、すかいらーくグループなどと比べると相対的には「分権的」である。食材加工は店ごとになされている。キッチンのオペレーションも、メニューに”バラエティ”を高められるように「標準化しすぎないように」デザインされている。*6 こうした事実を説明するのは、バラエティシーキング行動の理論である。実務的には、変化と多様性(バラエティ)を求める顧客ニーズと業務的なコストのトレードオフを見極めることがポイントである。
(3)消費者行動モデルの説明
<事例1>や<事例2>といった複数バラエティの選択行動は、1980年ごろまでに提示されていた「伝統的な確率的ブランド選択モデル」(例えば、Massy et al. 1970; Bass 1974; Kuehn 1962)ではうまく説明ができなかった。「複数の代替ブランドから最適なひとつのブランドを選択する」という単純な行動原則では、複数のアイテムが同時に選択されたり、いったん離れたように見えるブランドが”再度選択される事実”が捕まえきれなかった(Howard 1989; Sheth 1974)。こうした現象を説明するために開発されたアイデア(モデル)が、「バラエティシーキング(多様性追求)モデル」(Kahn et al. 1986)であった。
2 議論すべき論点(1990年時点)
(1)既存のブランド選択理論との関連
約15年前にさかのぼって、バラエティシーキング行動について、当時の議論を振りかえってみることにする。バラエティシーキング行動(Variety-Seeking Behavior)の理論的基礎は、「個人が行動を変える傾向」(Varied Behavior)を説明する根拠を明確に提示することであった。そのためには、「複数選択対象間をスイッチするのはなぜか?」(McAlister 1979)を合理的に説明するモデルの開発が必要であった。代替的なモデルとして提示されたのは、例えば、Lattin(1987)やFaquha and Rao (1976)の「属性バランスモデル」、Lattin and McAlister (1985)の「補完・代替関係性モデル」、McAlister(1982)の「属性飽和モデル」、Bawa (1990)の「慣性・多様性傾向モデル」などであった。
それぞれのモデルがうまく適用できる製品カテゴリーは、少しずつちがっていた(耐久消費財、非耐久消費財、サービスなど)。したがって、完全な理論の一般化はむずかしかった。ただし、ほぼすべてのケースに共通している特徴は、①ブランドに対する選好(効用)がダイナミックに変化すること、②ブランドの効用は属性水準によって決まること、③属性に対する限界効用が逓減すること(属性によって飽和水準が異なる)、④消費者は基本的に同質であること、が仮定されていたことである。
バラエティシーキング行動を説明するもうひとつのアイデアは、心理学を基礎とする「最適刺激水準( Optimal Stimulation Level:OSL)」の理論である。Joachimsthaler and Lastovicka (1984)によると、人間が行動を変える確率は、もっとも心地よい刺激状態(OSL状態)に比べて「刺激が少なくなる(飽きてくる)」としだいに高くなり、逆に「刺激過多になる」と次第に大きくなる。すなわち、さっきとは逆に、行動を変えない確率(傾向)は、最適刺激を中心にして”釣り鐘型”になっているとされている。*7 消費者行動理論のVSモデルと心理学に由来するOSL理論を組み合わせて、ブランド選択で見られる日常的な行動はかなりうまく説明できていた。
(2)マーケティング意思決定への貢献
前項で取り上げたVS行動モデルは、1980年以降で可能になったPOSデータ(スキャンパネル)を用いて分析がなされるようになった。ただし、1980年代以前にスキャンパネル・データは利用できなかったので、初期の頃のVSモデルは、仮想的な概念である「慣性の強化(Inertia Reinforcement)」や「多様性の追求傾向(Variety-Seeking Tendency)」を用いて、伝統的な日誌式パネルによりモデル推計がなされた(例えば、McAlister 1979; Faquhar and Rao 1976)。
新たに利用可能になったPOSデータは、分析道具として極めて強力だった。インスタントコーヒーやビール、シャンプー、洗剤など、パッケージ商品のブランド選択行動を説明するために頻繁に利用された。しかしながら、分析者の興味の中心は、価格やプロモーションに対する消費者の反応パラメータを推定することにあった。特徴的な消費者モデルの構築というよりは、データ分析の結果をどのように実務的に結びつけられるかにあったといえる。消費者が自らの好みにしたがって(後に述べる「内部的な理由」)、どのようにブランド間をスイッチするか、といったモデル論的な興味からの研究は、データの利用可能性が高まった割には決して多くはなかった。こうした方向の研究としては、プロモーション効果とVS行動を関連づけたKahn and Raju (1991)やKahn and Louie (1990)などをあげることができる。
(3)ポジショニング分析および市場構造分析との関連
1980年代を通して開発されたVSモデル(あるいはVS行動のアイデア)は、競争的市場構造分析の枠組みの中で、特定商品カテゴリー内で各ブランドがどのような特性を持ったブランドとして位置づけられるかに利用された。**8 90年代以降は、消費者選択のモデルそのものというよりは、ブランド・ポジショニング分析との関連で新たな貢献がいくつか見られる。もっとも顕著な貢献は、消費者のブランド選択を観察することで、「気分転換ブランド(Change of Pace Brand)」と「ニッチブランド(Niche Brand)」をデータから発見したKahn et al. (1988) の貢献である。*9
Ⅲ VS行動を扱う2つの流れ
1 消費者行動論的な説明
バラエティシーキング行動を扱う研究には、大きくふたつの流れがあることが知られている。ひとつは、「消費者行動論」からのアプローチであり、もうひとつは、「ブランドロイヤリティ研究」の流れである。後者については、Ⅱ(3)の「消費者行動モデルの説明」で述べたとおり、Massy et al. (1970)以来の伝統的な統計アプローチによる「確率的なブランド選択モデル」(Probabilistic Brand Choice Model)が基礎になっている。この方向での研究では、その後に登場したVSモデルを扱う場合でも、ほぼマルコフ確率過程(あるいは、その派生的な確率過程)が前提となっている。*10
他方で、「なぜ消費者がロイヤルなブランドからスイッチしてしまうのか?」については、前者の消費者行動の視点から、McAlister and Pessemier (1982)が詳細な説明を行っている。彼女らによると、消費者がバラエティを求めて行動を変える場合は、「直接的(Direct)な理由」と「派生的(Derived)な理由」に分類できるとされている。
2 派生的な理由での行動変化
「派生的理由」とは、消費者が直接関知しない何らかの原因で、選択されるブランドが変わる場合である。具体例の一つは、①「複数のニーズ」が存在することである。例えば、歯磨き場合、父親がたばこ飲みなので「美白効果」を、母親がエチケットとしての「口臭予防」を、子供たちが甘い物好きなので「虫歯予防」を重視すると、家庭には3本の歯磨きが必要になる。いずれかの歯磨きがなくなると、次回そのブランドが購買されるのでブランドがスイッチしたように見える。また、ひとりの人間であっても、②「状況の変化」があると、身体の調子や気分が変わってブランドを変える。例えば、ふだんコークを飲んでいるひとが、激しい運動で汗をかいたあとには、ポカリスエットが飲みたくなることがあるだろう。さらには、③「製品の使用方法」が多様である場合に、見かけ上のスイッチが起こる。たとえば、ジョンソン&ジョンソンのベビーオイルやベビーシャンプーは、もともとは赤ちゃん用に開発された製品である。しかし、商品特性として肌に優しいことが知られ、保湿効果を評価した大人も商品を購入することになった。*11
「派生的な理由」としては、その他に、「選択状況」に変化が起こるとブランドがスイッチされることがある。例えば、④「利用可能な製品」の集合が変わる場合(新製品の発売、既存品が入手不可能になるなどのとき)、⑤「価格・プロモーションの影響」によって、⑥「制約条件の変化」(所得の上昇、環境の変化)が起こると、購入されるブランドが変わることがある。
3 直接的理由での行動変化
(1)内部的な要因
「直接的な理由」とは、消費者が変化それ自身を求めて行動を変える場合である。これには、「内部的(個人的)な要因」と「外部的な要因」を区別できる。前者(内部的要因)はさらに、以下の3つの場合に分類できる。
まず、飽きや属性のバランスを求める行動によって、①「既知の対象(ブランド)間でのスイッチ」がなされる場合である。VS行動モデルの研究では、このタイプのものがもっとも多い(Faquhar and Rao 1976; McAlister 1979; McAlister 1982; Jeuland 1979; Givon 1984; Lattin 1987; Lattin and McAlister 1985)。つぎに、②「未知の(不確かな)対象(ブランド)へのスイッチ」がある(Raju 1980)。この場合は、リスクを冒すことへの選好、革新的な消費者(新製品の採用率)、リスクに対するペナルティーなどが、ブランドスイッチの傾向を支配している(Roberts and Urban 1988)。
さらに、直接的理由としては、③「情報を得るためのスイッチ}をあげることができる。この場合は、例えば、価格・属性などに関する情報を更新するためである(Keon 1980; Howard 1989)。この三番目の理由は、「情報の経済学」(Nelson 1970)によって説明されていた現象であった。ただし、実際の行動は、以上の3ケースのいずれかに、完全に分類できないことが多い。
(2)外部的な要因
直接的な理由のもうひとつの極には、「外部的要因(他者からの影響)」によって、行動が変わる場合がある。この中には、対照的な2つの類型が見られる。ひとつは、①「同化作用」(他人からの口コミによる影響)によって使用ブランドを変わってしまう場合である。もうひとつは、それとは逆に、②「異化作用」(他人とは区別されたい、あるいは目立ちたいという願望)によって、購入ブランドをスイッチする場合である。
4 ブランド選択モデルの整理
1990年頃までに取り上げられた、VSモデルの実証研究の共通項をまとめてみる。バラエティシーキング行動については、さまざまな角度から行動の類型化がなされ、そのうえで種々の説明モデルが開発されてきた。以下のような観点からVSモデルは整理できる。
① ダイナミックス(時間): ほとんど場合、マルコフモデルなので、2時点以上の時間は考慮されていない。例外は、1990年代の後半に登場するいくつかの時系列モデルである(例えば、Chintagunta 1998, 1999)
② マーケティング・ミックスの考慮: ほとんどの場合、ブランドスイッチが観察されているだけで、価格を除いてミックス要素は考慮されていない。
③ 個人モデルか集計モデルか: 個人モデルをグループに集計していることが多い。 ④ 属性を考慮しているかどうか: 考慮しているが、必ずしも直接的に属性を量的に測定しているわけではない(抽象的、間接的な場合が多い)。
⑤ モデルの推定法: もっともポピュラーなのは、何らかの形の最尤法である。
⑥ ブランド数(1つか2つ以上か?): 初期の研究は、ブランドAとそれ以外、その後は、両方の事例が見られる。
⑦ デモグラフィック特性: ほとんどの研究では、消費者間のデモグラフィックな違いは無視されている。行動的な違いに焦点が当てられている。
⑧ 製品(ブランド):POSデータが利用可能なパッケージ商品に偏っている。
Ⅳ 課題と展望: 1990年代以降のVS研究
1 失われた10年だったのか?
前項で指摘した8つの点は、1990年代初めまでに展開されていたVSモデルの特徴を集約したものである。この節では、VS研究がその後にどのように発展したのかを展望してみたい。90年代に指摘されていた問題は克服できたのか?それとも「失われた10年だったのか?」を検証してみる。
(1)文脈効果
消費者が置かれている個別特殊な選択問題状況は、「文脈」(コンテキスト)と呼ばれている。とくに「直接的な理由」からブランドを変える場合、VS行動を説明するモデルは、外から直接は観察不可能な変数(状況要因)を扱わなければならない。従前のVSモデルが置かれていた最大の問題点は、消費者が置かれている問題状況(文脈)を個別に観察できないことであった。
消費者行動理論の立場から、Howard(1989)などが、EPS、RPS、LPSのように、3つのタイプに問題解決状況を整理している。しかし、都合の悪いことには、消費者が多様性を追求する度合(VS傾向)は、消費者によって異なるだけでなく、製品カテゴリーごとに異なるのである(Givon 1984)。幸いなことに、その後は、ブランド選択におけるコンテキストの研究が盛んになり、一定の成果を上げている(2節で後述)。
(2)データ分析上の問題点
ブランド選択モデルにおいて、実証分析で頼れるのは「購入記録」のみである。しかも、かなり長い購入記録の「連(Run)」が必要である。個人別にVSパラメータ(慣性あるいは多様性の度合い)を推定しようとすれば、購入回数で15以上のレコードが必要になる。人間の心的状況(属性評価)を知りたいとなれば、それとは別に特殊なパネル特性が要求される。ごく希には、McAlister(1982)の様な例外はあるが、それができないとすると、擬似的に、消費者属性が似ているパネルを寄せ集めて、「クロス・セクション分析」を用いるしかなかった(Lattin 1987)。
もっとも、最近ではインターネットで購入データの記録を収集できる環境が整ってきているので、VSモデル研究のように、回答者にとって極めて負荷が高いデータ収集も実行可能性は高くなってきている。例えば、ブランド連想研究(豊田 2004)においても、以前はまったく収集が不可能だった購入・使用・意識データが、ネットを通して時系列で比較的容易に収集できている。VSモデル研究でも、詳細で豊富なネットデータを用いると、より深い研究ができると考えられる。
(3)製品ポジショニング戦略
ユニクロの事例で提起したように、バラエティシーキングのモデルが実務的に意味を持つ理由は、品揃え(小売業)や製品ライン(メーカー)決定に利用できることである。あるいは、ライン拡張の決定にVSの枠組みが利用できることである。VS行動モデルは、もっと実務に近いところで適用可能性が高いといえる。実際に、Chintagunta(1998)によって、そうした研究がなされている。製品ラインの拡張をVSモデル(知覚マップ上のスイッチ行動)で診断するモデルが開発されている。
(4)分析レベル
つぎのトピックスは、分析の水準についてである。VS行動モデルで、分析単位をブランドレベルでみるのか、それともカテゴリーでみるのかという観点である。
Inman(1995)は、「感覚的な飽和感」(Sensory-Specific Satiety)が消費者をVSに導くというアイデアを提供している。消費者はブランドを変えることによってではなく、例えばフレーバーで変化をつけることで、ブランドを変えずに気分の飽和感(飽き)を取り除くという視点である。関連研究としては、「野菜」(主アイテム)あるいは「ドレッシング」(補完アイテム)にバラエティをつけることで、食事のメニューである「サラダ」(アイテム・コンビネーション)に変化を与えると考える「補完財のVS行動」(田中・小川 2005)の研究がある。また、Trivedi et al. (1994)は、一連の感覚飽和モデルを統合化したブランド選択モデル(確率的VSモデル)を提供している。一般的な傾向として言えるのは、ブランドのスイッチではなく、属性レベルでVS行動を分析するやり方が主流になりつつあるということである。
(5)ダイナミックな効果
消費者が動的にブランドを変えていく行動に関しては、理論面で若干の進展か見られる。ダイナミックな選択ブランドの変化を説明するために、Bawa(1990)は、同一消費者に関する「ハイブリッドモデル」(VSとInertiaが切り替わるモデル)を提案した。1990年頃までのVSモデルは、Bawa(1990)やKahn et al. (1986)に代表されるように、時間の取り扱いについては限定的であった(基本的には、「2時点モデル」あるいは「マルコフモデル」)。
最近のVS行動モデルでは、(Nested)マルコフ・タイプのモデルに指数平滑法を組合せて使うのが、標準的なやり方になりつつある。例えば、Papatla and Krishnamurthi(1992)は、対象の類似性/非類似性を測定した上で、プロビット関数を用いてVS行動の分析を行っている。また、Chintagunta(1999) は、ハザード関数による分析を行っている。こうしたモデルは、その後に開発された統計手法を応用して、初期のナイーブなモデル(Givon 1984; Bawa 1990)を発展させたものである。
2 新しい視点と研究のフロンティア
前節では、主としてモデル分析や統計手法的な側面から、バラエティシーキングの発展を展望してきた。本節では、VS行動研究の中でも、新しいテーマに取り組んでいる事例を紹介してみたい。
(1)考慮集合とVS傾向
消費者をVS傾向で分類すると、頻繁にブランドを変える消費者(バラエティシーカー)は、ブランド選択時の考慮集合(Consideration Set)のサイズが大きくなることが実証されている(Sivakumaran and Kannan 2002)。考慮集合のサイズがバラエティシーカーで大きくなるのは、バラエティシーカーは、ブランドに対する効用のばらつきが大きく(Hauser and Wernerfelt 1990)、属性に対して感覚的な飽和が起こりやすく(McAlister 1982)、特定のブランドに対する選好が特別には強くない(Van Trijp et al. 1996)からである。
したがって、バンドルセット販売では、VS傾向が強い消費者は、多様なスペック(色・形・フレーバーなど)の対象を「選択セット」(Blacketed Choice)入れる傾向が高いことがわかる。Ratner et al. (1999)は、下位アイテムが考慮集合に入ることの説明として、VS理論を用いている。また、先にあげたバンドル販売(島田・小川・豊田 2003)でも、消費者のVS傾向の違いによって、選択される商品アイテム数が異なることが示されている。
(2)文脈の影響(他者の視線)
ブランド選択時に、他者からの口コミがプラス・マイナスの両面に作用することはよく知られた事実である。これをさらに一歩進めて、「他者から見られていることが、バラエティシーキングの程度を高めることに作用する」という仮説を実証したのが、Ratner and Kahn(2002)の研究である。3つの実験状況を設定して、他者からの影響が、「公的な消費」(Public Consumption)なのか、それとも「私的な消費」(Private Consumption)の場面なのかという状況(文脈)によって、VSへの影響度が異なることを明らかにしている。公的な場面では、消費者は対象の選択において、より多くのバラエティ傾向(多様性、変化)を示すという結果はとても興味深い。
(3)最適刺激水準の測定
最後に、消費者行動論(Ⅱ章2節(1))で説明した「最適刺激水準」(Joachimsthaler and Lastovicka 1984)を実際に測定した事例を紹介する。OSLの実測事例が、Steenkamp and Baumagartner(1992)でなされている。かれらの研究では、質問紙調査で得られた複数項目の加重平均値によって、4タイプの最適刺激水準が測定されている。操作可能な測定概念となったOSLスコア(4タイプ)を用いて、消費者行動に関する仮説が検証されている。仮説検証の対象となった実験テーマは、「未知の事柄への興味」(実測データは、広告への反応スコア)、「バラエティシーキング行動」(実測データは、メニュー選択)、「リスク負担行動(実測データは、ギャンブル)であった。OSLスコアは、充分に行動仮説を説明している。
以上、VS行動(モデル)は、研究対象として興味が尽きない材料の宝庫である。日本人の若手研究者がもっと積極的に取り組んでおかしくないリサーチ分野である。*12
<欧文参考文献>
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(35)Ratner, R.K., B.E. Kahn and D. Kahneman (1999), “Choosing Less-Preferred Experiences for the Sake of Variety,” Journal of Consumer Research, 26, 1-15
(36)Roberts, J.H. and G.L. Urban (1988), “Modeling Multiattribute Utility Risk, and Belief Dynamics for New Consumer Durable Brand Choice,” Management Science, 34 (February), 167-185.
(37)Sheth, J. N. (1974), Models of Buyer Behavior, Harper & Row
(38)Sheth, J.N. (1985), Winning Back Your Market: The Inside Stories of the Companies That Did It, New York: John Wiley and Sons.
(39)Sivakumaran, B. and P.K. Kannan (2002), “Consideration Sets Under Variety Seeking Conditions : An Experimental Investigation, “Advances in Consumer Research, 29. 209.
(40)Steenkamp, J.E.M. and H. Baumgartner (1992), “The Role of Optimum Stimulation Level in Exploratory Consumer Behavior,“ Journal of Consumer Research, 19 (December), 434-448.
(41)Strahilevitz, M. and D. Read (1996), “New Insights Into Variety Seeking, Advances in Consumer Research, 23, 271-276.
(42)Stremersch, S. and G.J. Tellis (2002), “Strategic Bundling of Products and Prices: A New Synthesis for Marketing,” Journal of Marketing, 66, 55-72. (抄訳:鈴木拓也(2002)『マーケティング・ジャーナル』第86号、65-74頁)
(43)Trivedi, M., F.M. Bass, and R.C. Rao (1994), “A Model of Stochastic Variety-Seeking, “Marketing Science, 13 (Summer), 274-297.
(44)Van Trijp, H.C.M,, W.D. Hoyer, and J.J. Inman (1996), “Why Switch? Product Category-Level Explanations for True Variety-Seeking Behavior,” Journal of Marketing Research, 38 (September), 281-292.
<邦文参考文献>
(1)井上哲浩(2003)「競争的市場構造分析モデルの現状」『オペレーションズ・リサーチ』第48巻5号、373-397頁。
(2)小川孔輔(1992)「消費者行動とブランド選択のモデル」大澤豊編『マーケティングと消費者行動』有斐閣。
(3)島田稔彦・小川孔輔・豊田裕貴(2003)「ユニクロのバンドル販売実験」日本マーケティング・サイエンス学会第74会大会報告。
(4)田中恵理子・小川孔輔(2005)「補完財のバラエティシーキング行動」『マーケティング・サイエンス』(日本マーケティング・サイエンス学会)近刊。
(5)土橋治子(2001)「バラエティシーキングの研究アプローチと現代的消費者像」『マーケティング・ジャーナル』第79号 58-69頁。
(6)土橋治子(2005)「継起的購買行動に関する理論モデルの構築とセールス・プロモーション研究への適用」『マーケティング・サイエンス』(日本マーケティング・サイエンス学会)近刊。
(7)豊田裕貴(2004)「ブランド連想構造の変化の把握とブランドマネジメントへの応用(上)~携帯四社の二時点自由連想調査~ 」『日経広告研究所報』218 号。
(8)豊田裕貴(2005)「ブランド連想構造の変化の把握とブランドマネジメントへの応用(下)~携帯四社の二時点自由連想調査~」『日経広告研究所報』219号。
(9)新倉貴士(2005)「消費者研究におけるバラエティシーキング」『マーケティング・サイエンス』(日本マーケティング・サイエンス学会)近刊。
<脚注>
*1 本論文は、2003年11月28日、「日本マーケティング・サイエンス学会(第74回全国大会:甲南大学)」において、著者がコーディネータを担当した「特別テーマセッション:バラエティシーキング行動」で発表した、小川による論考「バラエティシーキング・モデルのレビュー:現状とその可能性」を展望論文の形式でまとめたものである。
*2 この時代に展開されていたVSモデル(サイエンス系のモデル)としては、Lattin (1987), Lattin and McAlister (1985). Faison (1977), Faquhar and Rao (1976), Givon(1984), Jeuland(1979), Joachimsthaler and Lastovicka (1984), Kahn et al. (1986), Kahn et al. (1988), Keon (1980), Pessimier and Handelsman (1984) をあげることができる。
*3 こうした最近の論文以外に、JCR(消費者行動研究)の周辺で発表された論文としては、Menon and Kahn (1995), Mitchell et al. (1995), Sivakumaran and Kannan (2002), Steenkamp and Baumgartner (1992), Strahilevitz and Read (1996), Broniarczyk and McAlister (1995), Kahn and Isen (1993) などをあげることができる。
*4 田中・小川論文「製品ライン数とアイテム数の決定」は、論文タイトルを改題し、田中・小川(2005)「補完財のバラエティシーキング行動」として、『マーケティング・サイエンス』(日本マーケティング・サイエンス学会)に発表の予定である。島田・小川・豊田(2003)「ユニクロのバンドル販売実験」日本マーケティング・サイエンス学会での報告内容。
*5 商品のバンドリングについては、以下の文献を参照のこと。Stremersch and Tellis (2002) (抄訳:鈴木拓也 2002)。
*6 渡邉美樹社長へのインタビューによる(2000年5月)。
*7 Raju (1980)は、消費者属性によって最適刺激水準がどのように異なっているかを実証している。なお、OSLの詳細な説明については、小川(1992)を参照のこと。
*8 競争的市場構造分析についての最近の動向については、井上(2003)を参照のこと。
*9 なお、市場構造分析の中で、Rao and Sabavala(1981)の研究は、もともとVS行動が前提にされていた。
*10 代表例は、Kahn et al. (1986)で、マルコフモデルに基づき、VS行動を7つに分類している。
*11 類似ケースで、その他の事例については、Sheth(1985)、Chapters 7-9を参照のこと。
*12 なお、2003年末に実施された「日本マーケティング・サイエンス学会(第74回大会)」の特別セッション「バラエティシーキング行動」で発表された研究報告は、いずれ2005年中に『マーケティング・サイエンス』の特集号として公刊されることになっている。