【講演録】山根京子氏「世界から愛される和食に不可欠なワサビの危機」

 今月のJFMAアフタヌーンセミナー(第111回)は、岐阜大学から山根先生をお呼びして、「世界から愛される和食に不可欠なワサビの危機!?」というテーマでお話をいただいた。山根先生は、岐阜大学応用生物科学部で遺伝育種学研究室の助教をしている。日本でただ一人のワサビ研究者である。

 以下は、セミナーの要旨である。

Ⅰ 講 演
講師:岐阜大学 応用生物化学部 植物遺伝育種学研究室 助教
山 根 京 子 氏
 

1 はじめに
私は、自称「わさび応援隊」を作って、活動している。農水省の「日本食文化の世界遺産化プロジェクト」が始動したというニュースを聞いて、チャンスだと思った。わさびは危機的な状況にあるので、これを機会に盛り上げてもらおうと、農水省にお願いした。食材そのものを取り上げるプロジェクトではないということで、いったん断られたが、熱意が通じて、私の説明を使ったメニュー例などを紹介してくださっている。

<関連記事>
・「ワサビ属ワサビに危機が迫る」Japan Business Press (1月31日金曜日、インタビュー記事)
 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39812

2 わさびの起源:日本固有種としてのわさび
(1) わさびの歴史
わさびは、みつば、ふき、せり、うどとともに、日本原産の野菜である。日本は山が多く、原産の野菜といえば、山菜が多い。わさびには、抗酸化作用、美容・殺菌効果などがある。
私は、2005年から、わさびの研究を始めた。わさび専門の研究者は、私以外にはいない。最初は、山に入るのは怖かったが、だんだん慣れてきた。今では1人で全国に行く。崖であっても行く。
日本の歴史をひもとくと、飛鳥時代には、すでに「わさび」という言葉が出ている。薬草として使われていたようだ。室町時代には、料理の記録がある。わさびは、日本起源の野菜として、日本の食文化に大きな影響を与えてきた。

(2)「わさびは、本当に日本固有なのか?」~中国・雲南省現地調査
山を歩き回るうち、「わさびは、本当に日本固有の植物なのだろうか?」という植物分類学上の疑問を抱くようになった。そこで、中国に行き、現地の標本をチェックした。
標本を開いてみると、中国のわさびと日本のわさびは、とてもよく似ていて、見た目では区別がつかなかった。「もしかしたら、同種なのでは?」とさえ思った。そこで、単身、雲南省に行くことにした。雲南省は、西表島とほぼ同緯度で、亜熱帯気候の土地である。ここへ、中国人の方々と一緒に、キャラバンを組んで調査に出かけた。
道路はなかなか通じておらず、標高3,000mを超えるような場所へ向かって、亜熱帯特有の怖い生物もいるジャングルのような山中を歩いていく。最初は、赤い土に覆われた地面が続くのだが、3,000mくらいになると植生が変わり、落葉広葉樹林帯になった。日本と似た環境である。そこで、わさびをみつけた。
 雲南省のわさびは、ユンナネンセ(E. yunnanense、シャンユサイ)といい、見た目も花も、日本のわさびにそっくりである。根茎の形は同じだが、長さ1mに達するものもあるようだ。利用はされていない。ユンナネンセは、食べるとおいしくなく、まったく辛くない。見た目はそっくりでも、味は日本のものと全然違う。

現地の市場を見に行くと、ユンナネンセが並んでいた。日本のわさびは、3本2,000円くらいするが、雲南では1束5角(8円)、現地でのペットボトルの水程度の値段で売られていた。

4つの少数民族計35人に、ユンナネンセについての聞き取り調査をしたところ、90%以上の認知率だった。食べ方は、青梗菜や小松菜のように、漬物やスープ、炒めものなどに使われていた。葉と茎を利用する。山奥に生えている野菜だが、栽培はされていない。中国の古文書でも確認したが、栽培の記録はない。味は主観的要素もあるが、現地の人に聞いてもやはり、辛くないという。
日本とは、利用形態が違う。また、多種多様で、呼称にもいろいろな方言がある。日本では、昔から、「わさび」という名前で呼ばれており、比較的方言が少ない。専門家に聞くと、特殊な利用をされてきた植物なので、方言が少ないのだろうという話だった。つまりわさびはかなり古い時代から特徴のある植物として認識されてきたと考えられる。

(3) DNA塩基配列を解析、日本のわさびは独自の進化の産物
 日本に帰り、DNAの塩基配列を用いた分子系統解析を行うと、日本のわさびと中国のわさびは、まったく違う植物だということがわかった。約500万年前(地質時代区分でいう第三紀の終わり)くらい前から、お互いに異なる進化を遂げた植物である。500万年前と言えば、ヒトとチンパンジーが分かれた頃である。
また、DNA解析の結果、日本のわさびの辛みは、数百万年かけて日本で独自に獲得された、進化の産物であることも判明した。こうして、やはり日本のわさびは、日本独自の固有種と再確認できて、私は胸をなでおろした。
 
 わさびは、どうやって日本に入ってきたのだろう?現存する最古のわさびのDNAは、岐阜県南部にある。なぜここに残っているのか?今後、これも解析していきたいと思っている。
岐阜新聞電子版に、このニュースが出ている(2015年8月29日)。朝日新聞にも掲載された(2015年9月5日)。
 
<文献>
・Kyoko Yamane, Yasuaki Sugiyama, Yuan-Xue Lu, Na Lű, Kenichi Tanno, Eri Kimura and Hirofumi Yamaguchi (2015) , ‘Genetic Differentiation, Molecular Phylogenetic Analysis, and Ethnobotanical Study of Eutrema japonicum and E. tenue in Japan and E. yunnanense in China’, The Horticulture Journal.  Article ID:MI-065.
  https://www.jstage.jst.go.jp/article/hortj/advpub/0/advpub_MI-065/_article
・「ワサビは日本固有種 岐阜大山根助教、辛味の進化解明」『岐阜新聞』2015年8月29日。
 http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20150829/201508290858_25613.shtml
・「日本の固有種 明らかに」『朝日新聞』(岐阜)2015年9月5日
 http://www.asahi.com/area/gifu/articles/MTW20150907220150001.html

3 民族植物学考
(1) わさびの生産地
 日本のわさびは、植物の特性が文化形成に影響を与えた好例である。この点に注目して、研究していきたいと考えている。

農水省で、全国のわさびの生産地を調べている(農林水産省「野菜生産状況表式調査」2002年)。島根、静岡、長野、岩手などが産地だが、全国各地で生産されていた。

(2) 民族植物学的調査を思い立ったきっかけ
わさびにも品種がある。私は、どの種とどの種を掛け合わせて、何になったか、聞き取り調査をしながら、品種の系譜をまとめた。その作業を行ううちに、わさびは危機的状況にあることに気づかされた。
「わさびの民族学的調査をしなければいけない」と決意するきっかけを与えてくれた、あるおじいさんの話を紹介する。
そのおじいさんは、山に行って自生のわさびを取ってきて、ふもとで馴化された在来わさびを維持されていた。わさびの文化で、いちばん消えているのが、こういう部分だ。在来わさびは、ある程度人間の手で世話しなければ、消えていく。在来わさびは野生の血が濃いので、なるべく現地で手厚く、他から隔離して栽培しなければいけない。このおじいさんも、隔離栽培していた。なぜ、そうするのか、理由を尋ねると、「おいしいから」という答えが返ってきた。
現地の人は、おいしいもの、おいしくないものがわかる。私は、わさびに個性があるということに驚いて、これは民族調査をしていかなければいけないと思った。

(3) 全国の道の駅調査
道の駅は、農産物の直売所も兼ねている。聞き取り調査よりも、平等な基準で、全国を調査できる。そこで、全国の道の駅200軒以上に、自分で電話して、聞き取り調査をした。1軒20分くらいかかる。たいへんだったが、やってみると、全国各地で販売されていることがわかった。

「わさびは珍しい植物かどうか?」と聞くと、「珍しくない」という答えは、日本側の地域に分布していた。
わさびと言えば、伊豆とか、静岡というイメージがある。実際には、わさびは、日本海側の雪が多い土地を好む。わさびの生産地である伊豆半島では、1か所も、「わさびは珍しくない」という回答の人がいなかった。おそらく、伊豆などには、野生のわさびはなかったのではないだろうか。

 おいしさのこだわりを尋ねてみた。「おいしいわさびとは、どういうわさびですか?」と聞くと、東北の人は、「わさびっておいしいの?」という反応をする。
反対に、西日本では、「甘くて、粘りがあって…」、と熱く語ってくれる人たちがいた。身近にわさびがある人は、こだわりを持っている。道の駅調査で、こうしたことが統計的にわかった。

(4) わさびの食文化の地域差
わさびの食文化は、西高東低だった。西側の方にわさびの方言がいろいろあるのは、身近だということだ。静岡や関東では、わさびの呼称の多様性がない。やはり、この辺りのものではないのだろう。

・富山を中心とする北陸地方
「せんな」というのは、わさびを表す昔の言葉である。ある居酒屋に行くと、せんなは、酢漬けにして出されていた。話を聞いてみると、せんなは、夫婦げんかの次の日がおいしいらしい。どういうことか?わさびの辛みは、細胞を壊さないと、出てこない。そのため、わさびは、瓶に入れて振る。怒っていれば、どんどん振るだろう。すると、細胞が壊れ、辛みが出て、わさびがおいしくなる。そういう理屈だろう。
五箇山(富山県南西部)にも、郷土料理が残っていた。

新潟の糸魚川の、糸魚川静岡構造線(糸魚川市~諏訪湖~安倍川にいたる大断層線)の周辺では、砂糖を使って、わさびの辛みを出している。安曇野から戸隠にかけては、わさびに甘みがなく、蕎麦の文化がある土地である。植物の特性が、食文化に影響を与えたのではないかと思う。いずれ調べてみたい。
砂糖を使うのは、北陸、中部、信越で、わさびの文化が深いところである。わさびのDNAを見ても、この辺りが最も古い。アイヌは、わさびを利用していない。石狩以北には、自生地は見つかっていない。

・石川県白山白峰地区
白山白峰地区でも、わさびを、せんなと呼んでいる。地元の人が昔から認識していた地のわさびである「もちわさび」が、白山の大自然の下に自生している。「もちわさび」は、色も違う。また、茎を切ると、粘り気がすごい。手に吸い付いてくるほどで、あまりに粘るので、蕎麦屋では嫌われる。醤油に溶けないからだ。石川県でも高級料亭では静岡のわさびを使っているという。
「こんなに素晴らしいわさびがあるのなら、地元のわさびとして、売り出したらいいのではないか」ということで、全国のわさびとともに、もちわさびのDNAを調べたところ、白山白峰地区特有のわさびだということがわかった。そういうわけで、現在、プロジェクトが進行中である。このように、地方創生の一助になる研究もしていきたいと思う。

(5) わさび文化多様性センター
わさびの料理法、味に対するこだわり、呼称の分布と多様性、わさびに対する距離感(「わさびは珍しくない」かどうか)を尺度に、わさびの文化地理学的傾向をマッピングしてみた。すると、北陸地方と、中国地方の日本海側が、「わさび文化多様性1次センター」になっていることがわかった。2次センターが伊豆地方である。北陸・中国地方では、わさびは身近な存在と感じられていたのに対し、伊豆では、わさびの生産は盛んなものの、「わさびは珍しい植物」ととらえられていた。
ただ、とくに中国地方は、わさび文化多様性センターではあるものの、危機的な状況に陥っている。次にわさびに関する様々な危機についてお話ししたい。

3 わさびの危機
(1) 生産量と生産額の推移
わさびの危機について考えるにあたり、まず、わさびの主要中央卸売市場における生産量と生産額の推移を見てみる。
長野県、静岡県、島根県、外国産と、外国産を含む総計をグラフ化すると、生産量の面では、長野と静岡の2か所が健闘していることがわかる。推移を追うと、1960年頃には、静岡と島根産はほぼ同量だった。その後、島根産は減り、今は大きく差が開いている。 

生産量は変わらないのだが、生産額は下がっている。バブルの頃を境に、急降下している。中央卸売市場の卸売業者で長く勤めてこられた方に話を聞くと、昔は舌の肥えた板前がいて、おいしいワサビが高く売れたが、今はそういう人も減ってしまい、味は重要視されなくなっているという。
島根のわさびは、すごくおいしい。昔の京都の高級料亭の板前さんは、よく島根のわさびを使っていた。

(2) 国内生産の衰退と輸入品の脅威
バブル後、接待が禁止になるなど、諸事情からわさびに高いお金を払ってくれる人が減った。価格が落ち始めたのと同時に、外国産が入ってきている。台湾や中国産が多かったが、最近、台湾では環境政策であらたなわさび田の開発ができず、生産は頭打ちで、中国産が台頭してきている。記録を遡ると、最初にわさびが輸入されたのは、昭和46年(1973年)である。今まで、わかっているだけで、タイ、エクアドル、メキシコ、インドネシア、ベトナムなど14か国から輸入されている。
こうして、わさびの価格が下がり、農家が作る意欲を失い、伝統的わさびが消え、農家も消失していった。

「島根3号」という、一時日本を席巻した品種がある。この品種がうまれた貴重なわさび田でさえ、喪失の危機にある。
島根の山間地のわさび農家を訪問したが、高齢化が進んでいる。標高1,000mくらいのところにある渓流式わさび田で、大きな石を敷き詰めた沢で栽培し、一つ一つ手で苗つけをしている。あるたいへん立派なわさび田でもあと継ぎがなく、管理している女性が、「自分の代で絶やすのはしのびない」と、泣いて話してくれた。この3代続くわさび田は源泉付近に在来のわさびが隔離されているという話であったため、DNA鑑定をしてみたが、残念ながら栽培品種であり、守るべき在来種ではなかった。

こうした状況に、中国の脅威が加わる。中国では、試験栽培だけで7 haあり、日本への輸出向けに、赤い土の上で、冷涼な気候で栽培している。根は太らないが、加工には使える。労働力も豊かである。かたや日本は、最大の栽培地である伊豆の、いちばん大きな田でさえ、14haに過ぎない。

(3) 獣害による主要品種の原種の絶滅
獣害も深刻である。鹿が食べてしまう。「真妻」(まづま)というおいしいわさびがあり、現在でも現役の主要品種であるが、鹿による被害などが相次ぎ、原種は見つかっていない。鹿の被害がひどい場所で、本当に山奥の深いところまで行かなければ見つけられないだろうし、もしかしたら絶滅しているかもしれない。
 真妻は、DNA鑑定をしてみると、とてもユニークな突然変異を持つだけに、残念だ

(4) ワサビ泥棒
井伏鱒二の小説に、『ワサビ盗人』というのがある。盗掘が後を絶たない。朝起きたら、谷が空っぽになっていた、というくらい、根こそぎ持っていかれることもあるそうだ。登山ブーム、道路開発とともに、モラルの低下が著しい。山を歩き回ると、山菜を含め、盗掘を諌める農家の看板をあちこちで見かける。

(5) 私の取り組み
 こうして、さまざまな要因が重なり、わさびは危機的な状況にある。さらに、わさびの栽培者の高齢化が進み、得られる情報が少なくなっている。栽培者も高齢化が進んでいる。どうすればいいか。
私は、研究室でわさびをほそぼそと栽培しているが、これではとても足りない。現地保全が大事である。網を囲って栽培しているが、追いつかない。DNA鑑定して、品種保全していかなければいけない。
 
「もっとわさびを食べようプロジェクト」というのも、大学でやっている。岐阜大学応用生物科学部でイベントをやって、2015年は220名来てくれた。わさび嫌いの若い人にも、わさびの味を広めようということでやっている。
この他、TVなどメディアに出演し、「サビージョ」と呼ばれたりもしている。

 先日の農水省の発表によれば、海外の日本食店は、ここ2年半で6割増えたそうだ。われわれの最近の研究でわさびは日本の固有種ということがわかったので、日本の食文化を守りつつ、海外にも広げていき、世界中の人にわさびを楽しんでもらいたいと願っている。
これからも、わさび隊の隊長として、がんばっていきたいので、どうか、皆さん応援してほしい。

<文献>
・山根 京子(2010)「ワサビ(I)」『日本食品保蔵科学会誌』(Food preservation science)第36巻4号、189-196頁。
・山根 京子(2010)「ワサビ(II)」『日本食品保蔵科学会誌』(Food preservation science)第36巻5号、243-247頁。
・山根 京子(2011)「ワサビにおける農産物直売所が果たす役割と文化地理学的傾向–道の駅の聞き取り調査から」『農業および園芸』第86巻11号, 1078-1091頁。

Ⅱ ディスカッション 
司 会:法政大学経営大学院教授   小 川 孔 輔 氏

(小川氏)経営学者の立場から、山根先生の話を整理してみたい。
① 市場趨勢:花の世界と類似
まず、現象の解釈から始める。先ほどの市場統計、生産量と生産額の推移の図は、花業界の方々には、見覚えがあるはずだ。鉢物は特にそうだろう。1985年くらいから、生産量はそれほど落ちていないのに、市場の取引額が落ちた。特に、業務用、法人用の需要が落ちた。鉢物は1,000億円、わさびは数億円で、市場のスケールは違うが、長期的には似たトレンドにあると思う。
 そこへ、輸入品が入っている。日本の品種を海外に持って行き、中国などで大規模に栽培している。切り花の輸入も、こうした歴史的な流れが似ている。
 花の世界だけではない。少し高級な植物が、輸入品が増え、国内生産額が落ちていくという趨勢は、農産物では共通している。

② 遺伝的、産業的、技術的問題
 わさびについては、問題点を3点指摘しておきたい。
まず、遺伝的問題として、日本固有の植物遺伝資源を、どう守っていくかという課題があった。種として、わさびをどうやって守っていくかという視点である。
 
 もう1つ、産業の問題がある。日本の産業として、わさび栽培をどう守っていくかということだ。

3点目に、技術的問題がある。私的、公的な形で、数百万年かけて日本で受け継がれてきたものを、誰が守っていくかという問題である。数十億円のマーケットで、農水省のお金で守っていくことが難しい。

・遺伝資源と栽培品種:区別する難しさ
(山根氏)農水省や国の人に、「遺伝資源が流出しているのに、このままでいいのか?」と言うと、「日本はあまり資源がない。自分たちの資源を開放して、その代わりに、海外からももらいたい」という反応だった。政府として、積極的に守っていくという姿勢ではなかった。

(三好氏)出していい品種と、守るべき品種をひっくるめて出ていっている。「出してはいけない品種が、出ている」という認識がなかったのではないか。

(山根氏)対価を払って海外と取引しているのであれば、誰かが把握しているし、理由もわかるだろう。しかし、わさびの場合は、最初から登録なしに出ていて、誰も現状がわかっていない状態である。そもそも最初から、品種登録のような管理の枠組みに入っていない。
私は、出していい品種と、出さない方がいいという品種と分けた方がいいと思うが、見た目は同じなので、管理が難しい。そういうわけで、今は、誰も管理していない状態で、これはどうなのかと思っている。

(坂崎氏)輸出を止めることもできないし、証明も難しい。遺伝資源と栽培品種とは、区別しなければいけないが、ごちゃごちゃになりやすい。
わさびを見ていると、パテントを取ったとしても、難しそうだ。流出はけしからんという気持ちはわかるが、技術的に止められない。

・わさびを食べる文化を、どう作るか?
(小川氏)わさびは、数百万年前に、日本固有種になった。我々の時代に、何を、どう守ればいいのか?

(山根氏)植物がなくなっていくのを、指をくわえてみているわけにはいかない。わさびは、500万年にわたる進化の産物なので、守らなければいけない。
 とりあえず、私たちができることとしては、わさびを食べる文化を作ることだと思う。若い人が、食べなくなっている。

(小川氏)お花も同じだ。若い人が買わなくなっている。20代、30代は、50代の半分以下の消費量である。
 わさびの需要を作る難しさという点で、徳島のすだちを思い出した。5~6年前、私の大学院生が、すだちの普及プロジェクトに取り組んだ。すだちは、スーパーで、1日1~2個くらいしか売れていなかったので、プロモーションをすると、ある程度までは売れる。しかし、やはり難しさがある。主菜ではないからだ。何かと一緒に食べることになる。すると、プロモーションが難しい。
山根先生の場合、わさびをどんなふうに食べていらっしゃるのか?

(山根氏)ご飯の上に、すりおろして食べるだけでおいしい。おでんにつけてもいい。とにかく、どこかで、ちょこちょこ思い出して、食べてもらいたい。

(西村氏)チューブ入りのわさびには、わさび大根が使われている。本物のわさびは、ごく一部だろう。私の記憶では、中国のわさび大根の使用量は、日本を超えている。伝統的なわさびはおいしいが、辛みということで、着色料で色を付けたチューブ入りの「わさび」も使われている。純粋な100%のわさびが、わさび大根に取って代わられつつある。ここが、大きな問題だと思う。
日本料理は、海外でも普及している。海外で、日本の本来のわさびの味を伝えていけるのではないか。中国では、わさびの葉っぱを食べる地域がある。香辛料として使うのと、葉を使うのとは、分けて考えた方がいい。
 私としては、わさび大根を駆逐することに、未来があると思う。中国人はチューブ入りわさびを使うが、本物のわさびの味は知らない。日本から、富裕層向けに、本物のわさびを輸出して使ってもらう可能性もあるだろう。そうすれば、消費はまだ伸びるのではないか。

(質問)北海道には、山わさびがある。

(山根氏)それが、ホースラディッシュで、わさび大根だ。植物的には、わさびとホースラディッシュは、まったく別の種に属している。鼻に抜ける香りなど、わさびとホースラディッシュでは、美味しさがまったく違う。隣に置いて食べ比べると、違いが納得できると思う。

(質問)辛さは、産地ごとに違うのか?わさびは、何種類くらいあるのか?

(山根氏)品種登録だけで、20種類以上ある。ただ、わさび農家では、品種を作っても、あえて登録しないで、皆さんに使ってほしいという方々も多い。「おらが村のわさび」のようなものが、各地にいろいろある。自分で選抜して、名前を付けている。

(小川氏)栽培者はどれくらいいるのか?

(山根氏)大規模な生産者は、数えるほどだ。小規模だと、たくさんある。

(坂崎氏)守るべきものは何か?日本の固有種であれば、その多様性しかない。日本にしかない遺伝資源としての多様性が、失われないようにすることが大事だ。産業が推定するかもしれないが、遺伝資源は残す。日本だけでなく、地球のために、日本人が責任を持って、多様性を維持しないといけない。

(小川氏)今のところ、山根先生の研究室に、わさびが一時避難している。しかし、本来は、自然環境とセットで守らなければいけない。

(坂崎氏)各地域に日本のわさびを守る会がいて、栽培家がいて、隔離栽培しながら、守っていきましょうという姿勢がいる。そのネットワークを作っていくことが、一いちばん番現実的だと思う。

(山根氏)わさびは、日本の原風景である。日本の故郷のような場所で、それを守っていきたいという気持ちはある。

(小川氏)直感的に考えると、原風景に産業が付かなければ、寄付だけで維持するのは難しい。需要を作っていかなければいけないのではないか。

(山根氏)いろいろ大きなプロジェクトに参加させてもらって、実感するのは、日本人は、自然に積極的に介入しつつ、自然を守ってきたということだ。これは、世界的に見ても、珍しい。取りつくす、食べつくすということはしない。どんな縛りが働いてきたかは、時代により違うが、利用しつつ守ってきた。わさびは、その象徴だ。これからも、ただ守るだけでなく、積極的に利用して、地元の人が潤いつつ、守ってもらいたいと思っている。

(小川氏)里山と同じで、手を加えつつ、守られてきたということだ。

(質問)短い時間だったが、日本のわさびが危機的な状況にあることを、初めて知った。課題はいろいろあるが、小川先生がおっしゃっていたように、日本人が、わさびを食べるマーケットが要る。協力しながら進めていかなければいけない。新しいわさびの食べ方を発信しながら、守っていかなければいけないと感じた。

(小川氏)わさびは何百種類もあること、粘りのある種類があること、ホースラディッシュとわさびが、それほど質的に違うということなど、今まで知らなかったことを、いろいろ勉強させていただいた。今日は、ありがとうございました。