9月27日(土)に開かれた「ブランドマネジメント研究部会(JIMS)」の拡大版セッション「広告の今とこれから」から、「ビッグデータ時代のネット広告」(佐藤邦弘氏、㈱日経リサーチ)の講演録をアップする。
日本マーケティング・サイエンス学会(JIMS)
ブランドマネジメント研究部会・拡大版セッション
「広告の今とこれから」
「ビッグデータ時代のネット広告」
㈱日経リサーチ
佐 藤 邦 弘 氏
日時:2013年9月27 日19時20分~20時10分
於:法政大学経営大学院IM研究科101教室
講 演 要 旨
1.ビッグデータとネット広告
今日は、ビッグデータ時代のネット広告というタイトルでお話します。インターネットは技術の塊ですので、技術の革新で状況はがらっと変わります。
ビッグデータには、大規模性、リアルタイム性、多様・非構造性という3つの特徴があります。ビッグデータの代表ジャンルとして、ネット広告があります。私の周りも、この分野をやっている人が多いです。ネット広告の最近の技術動向としては、RTB(超リアルタイム)やDMP(データマネジメント・プラットフォーム、大規模データ、非構造データ分析)が注目されています。
2.ネット広告の変遷
(1)リスティング広告
最初に、最近のネット広告の技術の変遷を振り返ってみます。
1996年頃、ネット広告の勃興期は、ウェブサイトの広告枠にバナー広告をベタばりして、500万回表示されたらいくらというモデルでした。
この旧来のモデルは、2002年頃、リスティング広告の登場をきっかけに、一度大きく変わりました。リスティング広告というのは、ネットで興味や関心があることを調べると、そこに広告が出る効率のいい方法で、グーグルの収益源となっています。クリック課金です。ただ、広告が表示されても、クリックされなければ、その広告のユーザーにとっての価値が低いとみなされ、広告の掲載位置が下がっていき、次第に表示されなくなります。
グーグルの人から話を聞いた時、おもしろいと思ったのは、「広告も情報だ」ということです。グーグルのミッションは、知りたい人に情報を届けることです。広告も情報ということを明確に打ち出したのが、グーグルでした。
(2) コンテンツマッチ広告
コンテンツマッチ広告を始めたのも、グーグルでした。2003年頃です。コンテンツマッチ広告というのは、ウェブサイトの中身を解析して、その内容にあった広告が自動表示される仕組みです。見る人が興味のない広告は、外されます。自社の外のサイトも、自社の広告を確保できる枠にするというすごいビジネスモデルで、成功しました。
(3) アドネットワーク
その後、2008年頃に出てきたのが、アドネットワークです。サイトの内容に合わせて広告を販売し、束ねて加入すると、アドネットワークに登録しているウェブサイトに、自動的に広告を出してくれます。たくさんのウェブサイトを、1つの会社が束ねて枠を買います。クッキーを残しますので、閲覧者1人1人の行動が、複数サイトにまたがって追跡できるようになります。ここから、行動ターゲッティングして、閲覧者に関心ある広告を出して精度を上げるようになりました。
例としては、ビジネスプレミアムネットワーク(BPN)というのがあります。ビジネスプレミアムネットワークは、日本最大級のビジネスユーザー向けバーティカルアドネットワークとして生まれました 朝日新聞、ロイター、CNN、時事通信社などが加入しています。
(4) アドエクスチェンジ
次に出てきたのが、アドエクスチェンジです。これは、売れ残った在庫や足りない広告枠を売買する市場です。アドエクスチェンジの技術により、100万インプレッションを表示し、残り20万をどうしようというとき、近いアドネットワークで売買して、出稿することができるようになりました。ただ、売買を成立させるために細かいコントロールをかけることは、実際には難しく、売れ残り枠だけが集まってしまい、うまく機能しなかったようです。
(5) DSP(Semand-Side-Platform)、SSP (Supply/sell-Side-Platform)
アドエクスチェンジの後に出てきたのが、DSP、SSPというシステムです。広告主は、できるだけ安いコストで、たくさんの人に効果的に出せるよう、いくらくらい、こんな人に広告を出したいということを示します。広告枠をもっている媒体側は、できるだけ高い価格で広告を売れるところを選んでくれるよう登録します。広告主側と媒体側、それぞれのためのプラットフォームとして登場したのが、DSP、SSPの技術でした。DSPを通じて、DSPの提携している多数のアドネットワーク、アドエクスチェンジを介して、SSPが入札している広告に配信します。DSPとSSPのやりとりは、自動化されます。
こういう手法を、究極に進めたのが、RTB (Real-Time Bidding)です。リアルタイムで処理してくれます。ユーザーがサイトを訪問した瞬間に、SSPでアドエクスチェンジにインプレッション情報が行き、オークションが開始されます。ここで、一度訪れた人には、特定の値段で自動的に、0.1秒くらい出稿され、落札や表示も一瞬で行われます。ウェブページが開く前に落札者が決まり、閲覧画面には、落札者の広告が配信されます。サイトに再訪問する人の値段など、上限や設定は細かく調整できます。こうした手法は、3年くらい前から盛んになってきました。MicroAd BLADEなどは、よりぎりぎりの値段で落札できる枠を、うまく調整しています。
日本でもアメリカでも、RTB経由の広告は、ディスプレイ広告全体の25%くらいになると予測されています(MicroAdの2012年データによると、2011年66億円、2.4%)。
(6) SSP、DSP、RTB技術誕生の背景
こうしたウェブ広告の技術進化は、リーマンショック後、加速しました。多くの金融工学のエンジニアが、広告業界やIT業界に転職して、効率的で可視化できる広告バイイングの仕組みとして手がけるようになり、その成果が3年前くらいから出始めたという背景があるようです。広告主の方でも、効率的で可視的な売買の仕組みを求めていました。DSPが誕生したのがニューヨークであったことは、象徴的だと言えるでしょう。
(7) 補足:どのような情報に対して、入札しているか
入札の対象になる情報は、掲載先、広告枠、広告サイズ、コンテンツのカテゴリー、デモグラフィーなどです。もっと広告配信を最適化するための情報が欲しいということで、いろいろな情報をつなげようという動きになってきます。
ある人があるサイトに行った時、どんな広告を見せるかというと、どんな検索ワードか、どの会社のどのIDからアクセスしているか、というような情報から判断して、表示するサービスがあります。
国勢調査をもとに、この情報を持っている人はここに住んでいる、ということがわかれば、周辺の年収などは推測できますので、そこからターゲティングすることも可能です。
また、「Google AdSense」は、グーグルの検索連動型・コンテンツ連動型広告の広告配信サービスで、グーグルの想定する属性情報で登録すると、「あなたはこんな人」(と見られている)ということが、わかります。登録は消すことも、詳しくすることもできます。
さらに、アメリカでは、クッキーに紐付けられた膨大なデータの販売業者が登場しています。BlueKaiという業者は、ショッピングサイトなどで、閲覧者の行動をずっと通しで追うデータを提供しています。商品に関心のある人は、たとえば車ならコンパクトなのか、グリーンカーなのかというように細分化されていますので、リストの人に効果的に出稿することができる仕組みになっています。
3.各国のプライバシー対応と、日本での可能性
(1) プライバシーの問題
このように、ウェブ広告の技術が進むにつれて、当然、規制の動きも出ています。アメリカでは、グーグルのブラウザー(Chrome)では、Do not track機能を設定することで、追跡しないでほしいという意思表示をすることができます(日本でも設定可)。自主規制ということですが、これで、BlueKaiのような業者へ自分のデータを売るな、という意思表示はできます。
一方、EUは原則、事前合意(オプトイン)を必要とするということになっています。ユーザーの事前同意なしには、Cookieを使用できないようにする方向で、法整備を進めつつあります。
(2) 日本の状況
日本のプライバシー対応策は、アメリカとEUの間で、ぐらぐらしています。しかし、日本人はプライバシー意識が強く、最近も、Suicaのデータ販売に対して、多くの人が拒否反応を示したばかりです。ですから、国内でBlueKaiのようなCookieデータの売買サービスは、難しいのではないでしょうか。それで、今のところ、自社の顧客追跡ならいいだろう、ということになっているようです。
日本では、国勢調査をはじめとするオープンデータを利用して、個人を時間と地域情報の紐付けが行われています。
データはだんだん増えていきますから、自社顧客や外部データを紐付けた、データ管理プラットフォームが必要になります。そこで出てきたのが、DMP(Data Management Platform)です。紐付けて、セグメントを抽出し、セグメント別に広告をDSPやDMなどで配信するというモデルです。
例えば、ツタヤのTポイントカードは、ヤフーとIDをつなげようとしています。このデータに、自社の所有データも、公開されないようにアップロードし、クッキーが同じだったら紐付けして、管理します。管理画面のイメージを見たうえで、クラスターを作成します。自社クラスターと外部データの情報を紐付け、組み合わせてセグメントを作ることができるようになっています。
自社顧客や自社サイトの来訪者の情報と、その人の他のウェブサイトの閲覧履歴などを合わせ、自社顧客や有望顧客の特徴を割り出します。そして、よく似た人を推計(オーディエンス拡張)してコミュニケーションするといったことも、技術的に可能になりました。
4.まとめ
まとめますと、現在、RTB(Real time bidding)技術により、ネット広告は、1人1接触ごとに、リアルタイムで、その都度オークションで変わる時代になっています。
DMP(Data management Platform)に関しては、自社、他社、外部を含め、データを統合管理して、セグメントを可視化し、顧客、潜在顧客とのコミュニケーションを目指す流れで、開発が進められています。
将来的には、スマートフォンの普及により、位置情報(GPS)、音声情報(Siri)、近接通信(オサイフケータイなど)、GPS、写真情報など、センサーデータの紐付けが進むでしょう。データが一定数揃えば、データが不明な人にも、自動推計でターゲティングの対象にすることもできます。
ただ、一方で、当面、各企業で、どこまでセグメントの作成や配信管理などができるかは、不明です。もっと自動化され、シンプルにパッケージングされた統合データ管理や、広告連携サービスができることも考えられます。あるいは、会社ごとに、カスタマイズされる形で、対応が二極化していくかもしれません。
質疑応答
(小川教授)出稿者は、広告の効果について、どれくらいわかっているのですか?
(佐藤氏)結局、どれくらい閲覧され、クリックされたかということで、判断します。
(小川教授)そうすると、究極的にどんな効果があるのかがわかるのは、これからという感じですね。全体の仕組みというか、売買市場のプレーヤーは、どれくらいのサイズですか?市場規模は3桁くらいあるように思えますが。
(佐藤氏)取引市場に出すということは、指名買いがないというところです。小さいサイトが束ねられてできたのが、アドエクスチェンジです。大きなところは、その必要がないので、含まれません。
(質問)アメリカで、ペットフードの広告を、大型犬の飼い主と思われる人に向けて配信したけれども、リアルに調査してみると、配信先で犬を飼っている人は半分しかいなかったという研究があります。DMPは推測に推測を重ねて作られているので、モデルが当たるかどうか、疑問が残ります。
(佐藤氏)そこはこれからの話だと思います。ただ、オークションシステムですので、効果がないようですと、価値が下がっていきます。
こうした技術は、広告の取引コストや営業コストとの兼ね合いで出ていますので、十分なインプレッションを持っているサイトでそれが必要かどうかは、微妙なところだと思います。