『AGRIO』(時事通信社)拙稿「マクドナルドはどこへ行くのか~ 29カ月連続客数減の衝撃」(2015年10月20日号)

 10月20日に配信された全文を掲載する。新商品メニューと新戦略が発表された当日、『朝日新聞』と『TBSテレビ(Nスタ)』からコメントを求められたが、授業中で取材対応の時間が取れなかった。そのため、この原稿を両社に送った。マクドナルドは、3年間で約2億人の顧客を失った。



「マクドナルドはどこへ行くのか =29カ月連続客数減の衝撃=」 
 ― 法政大学経営大学院教授・小川孔輔 ―

 10月8日に日本マクドナルドの 月次データが公表された。同社の 業績は回復しているという予想に 反して、9月の既存店売上高は、 対前年比で1.9%減だった。8月 の既存店売上高が対前年比で 2.8%増となり、2014年1月以 来19か月ぶりにプラスに転じたば かりだった。とりわけ衝撃的だったの は、客数減が止まっていないことだ った(4.1%減)。実は既存店 売上高が前年をクリアした先月で も、利用客数は減少していた (3.3%減)。これで、13年4月 以来、客数が29か月連続で減少 していることになる。 

 ◇3年で2億人の顧客失う
 9月は記録的な悪天候が続い ていたが、それを理由にすることは できない。例えば、競合のモスバー ガーは、9月の既存店売上高が大 幅に増加している(8.3%増)。 パートやアルバイトの確保が難しい ため、全店24時間営業に復帰で きないでいる牛丼のすき屋でも、 既存店の対前年比売上高は 0.7%増。同じく牛丼チェーンの吉 野家でも5.0%増だった。
 外食産業を広く見ると、惣菜大 手のロック・フィールドは2.5%増。 ファミリーレストランのすかいらーくグ ループでも、9月の既存店は 1.3%増だった。外食・中食の全 般は、むしろ台風や大雨の影響は 軽微だったことがわかる。この3年間でマクドナルドが失った顧客をカウントしてみたのが、図 表1である(1月~9月)。
 15年の実績を12年と比較してみると、平均で29%も利用客が減少して いることがわかる(1月~9月)。29%減という数値は、原田泳幸 前社長時代(05年~10年)、大躍進の5年間で増加した客数と 匹敵する大きさである(05年: 7.4億人~10年9.4億人、拙著 『マクドナルド失敗の本質』東洋経 済新報社、2015年)。約2億人 の顧客をわずか3年で失ってしまっ た。
 さらに、同社発表の月次データを見ると、利用客数の減少は、期 限切れの鶏肉問題(2014年8 月)や異物混入事件(2015年 1月)が発生する以前から始まっ ていることがわかる。 
 
 図表1 2015 年の業績と直近3年間の顧客数減(%)
 2015年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月
 全店売上高 -38.6 -28.9 -29.5 -21.7 -22.3 -23.5 -12.7 2.7 -2.0
 既存店売上高 -38.6 -28.7 -29.3 -21.5 -22.2 -23.4 -12.6 2.8 -1.9
 客数 -28.5 -19.1 -23.5 -15.3 -14.2 -10.4 -9.3 -3.3 -4.1
 客単価 -14.1 -11.8 -7.5 -7.3 -9.3 -14.5 -3.6 6.3 2.2
 3年間の累積 客数減(%) 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 平均 (2015年/2012年)
  -41.9 -43.1 -26.0 -19.0 -22.8 -23.8 -28.4 -29.5 -26.2 -29.0
  出所:日本マクドナルド HP

 ◇なぜ顧客を失ってしまっ たのか?
 外食業界では、マクドナルドの 「独り負け状態」がいまだに続いているのはなぜだろうか。同社は10 月15日、3種類の新ハンバーガ ーを単品で200円、飲み物などと セットで500円で販売する「おてご ろマック」を導入する一方、現行低 価格メニューである「昼マック」を廃 止する実質値上げ策を発表した。 少し前には、プレミアムローストコー ヒーを値上げしたばかりだ。コンビニ のコーヒーはいまだに100円(セブ ンカフェ)だから完全に競争優位 性を失っている。
 マクドナルドは、デフレの時代に 最大の強みだった価格競争力を 失って、客離れが決定的になって いるのである。円高を利してディス カウント路線をひた走ってきたことが、 逆に円安の局目に入ると業績不 振の要因に転じてしまった。マクド ナルドのハンバーガーは、今やお値 ごろ感のあるファストフードではなく なっている。
 13年にサラ・カサノバ社長に代 わってから、原田前社長の時代にはできなかったメニューの刷新にも 取り組んでいる。日本発の商品開 発を志向することは方向性として 正しい方策である。ただし、満を持 して投入したとんかつバーガーやア ボカドバーガーは、メニューとして定 着しているとは言いがたい。また、数カ月前に導入したサラダ メニューは、女性客やファミリー層の 健康を意識した提案である。
 ところが、国産の野菜を使用するサラダ などを定番として取り入れることは、 マクドナルドが得意としているビジネ スモデルにはなじまないのである。マクドナルドの強みは、安価な食材 を海外から大量に調達して加工す る「低原価率モデル」にある(マッ クフライポテト=原価率10%、ハ ンバーガー=原価率30%と推定 されている)。
 この夏の品不足による野菜の価 格上昇にみられるように、野菜の 安定調達は難しい。長期の相対 取引を利用しないと、安定した収 益が得られない。ということは、国 内外で農業生産に何らかのコミッ トをしないと、野菜価格の乱高下 には対応ができない。イオンやロー ソンなどは、自社農場を拓いて垂 直統合を目指している。それに対 して、現状では野菜メニューで利 益がとれるような収益構造をマクド ナルドは持っていない。ビジネスモデ ルを根本から変えること以外に、も はや打ち手がなくなってしまっているのかもしれない。

 ◇海外のマクドナルドはど うなっているのか?
 英国とインドを除くと、世界のマ クドナルドも同様な傾向にあるよう だ。英国マクドナルの好調は、オー ガニック野菜やエシカルな食材 (飼育段階での動物虐待の禁止) を取り入れたメニューを開発したこ とだと言われている。インドでは、宗教的に牛肉がメニューとして提供 できない。そのことが逆に、食材や メニューの現地化を促進させた。チ キンカレーバーガーとインド経済の 好調が、インドのマクドナルドを救ったと言えるだろう。日本マクドナルドが、メガマックやクォーターパウンダー のような米国発のメニューを強調し たこととは対照的な判断である。
 その点で言えば、米国の不振は、 英国マクドナルドと真逆だと言って よいだろう。米国本社がかつて株 式を保有していたメキシカン料理 のファストフードチェーン「チポトレ・メ キシカン・グリル」やファストカジュア ルレストラン「ファイブガイズ」に顧客 を奪われている。その根底にあるの は、アメリカ人が健康、特に肥満の 問題に重大な関心を寄せるように なったからである。 従来は、「ホールフーズ・マーケッ ト」のようなオーガニックスーパーでし か入手できなかった有機野菜が、 ディスカウントストアの「ウォルマート」 でも日常的に売られるようになっている。驚くべきことに、米国で最もオ ーガニック食品を販売しているのは、 日本でも業績好調のホールセール クラブ「コストコ」である(有機食品 売上高の全米シェアが11%)。
 米国マクドナルドの問題は、自然な食材を求める消費者が増えてきていることだけではない。低賃金で働いている労働者からの抗議 が、マクドナルドにとって頭痛のタネ となっている。最低賃金すれすれで 働く労働者から、米国マクドナルド は法的にも訴えられている。

 ◇顧客対応と店内の清潔度
 パートやアルバイトの労働環境 については、日本の状況も似たり 寄ったりではないだろうか。全体的 に、外食や小売業ではパートやアルバイト労働の需給がひっ迫して いる。マクドナルドの店頭を見ると、 かつてのような若いアルバイト店員 が減っている印象がある。スマイル を「0円」で提供してくれた女子高 生や大学生がカウンターから消えて、 シニア(女性)や外国人労働者 などが主力になっていると思われる。
 私の観察では、やや資質が高 いと思われる大学生はユニクロやス ターバックスで働いている。時給が極端に良いというわけではないが、そうした職場で働くことが自分の成長に何らかのプラスの効果があると 彼らは思っているからだろう。また、身近な大学生に聞くと、友人から見て好ましいと思われる職場は人気である。だから、良い人材を集めることができる。マクドナルドは今や、若者が喜んで働く場所としての条件を満たしていない。
 さらに状況を悪くしているのは、若くて良質な労働力を確保できな いことの帰結である。前述のように、売り上げが落ちたことで経費削減 の圧力がかかる。一番のしわ寄せは、現場の労働者に降りかかってくる。コストを緻密にコントロールした いがため、シフトの組み方がきびしく なる。最悪の場合は、ピークタイム に必要な労働力が十分に賄えなく なるのである。明らかなサービス水 準の低下である。
 その結果、あまりの忙しさに、店 員があいさつや十分な顧客対応が できなくなる。人員削減のために、店内の掃除が行き届かなくなる。 データで示すと、図表2のようにな る。モスバーガーやミスタードーナッ ツ、すき家と比べて、マクドナルドの 店内の清潔度や顧客対応が問題視されている(JCSI調査、 2015年7月より)。その差は歴 然としている。
 
 ◇マクドナルドの時 代 は終 わってしまうのか
 そうなってほしくないのだが、筆 者の15年前の予言が的中してし まいそうだ。つまり、「マクドナルドの 時代」(大量生産された標準品 を多店舗で販売する時代)が終 わってしまいそうだ。その証拠となる データを示して本論を終えたい。
 図表3は、マクドナルドのサービ スに関する4つの代表的な指標を 示したもの(JCSI=日本版顧客 満足度指数調査=2015年7月 実施)で、①「お得感」②「顧客 満足度」③「推奨意向」④「ロイヤ ルティ」(①~③は10点満点、④ は7点満点)―をファストフードの 競合3社と比較したものである。① ~③は「8点以上」と答えた利用 者の割合、④については「6点以 上」と答えた利用者の割合である。 マクドナルドとその他のブランドで有 意な差が見られる。
 この結果を見て読者はどのよう に感じるだろうか。究極の選択肢と しては、マクドナルドが日本から撤 退するケースや、ハンバーガービジ ネスそのものを売却することもあり 得るのでないだろうか。日本と同様 に2年間赤字が続いている台湾で は、米国本社の直轄経営権をロ ーカルのFC企業に委譲することが 検討されている。