『DIY白書』(日本DIY協会)では、長らく総括部分を執筆させていただいてきた。昨年度から、会報にコラムを書くように変わった。今年は、標記のようなテーマでエッセイを書いた。元ネタは、カインズの土屋裕雅社長からいただいたものである。友情に感謝。
「ホームセンター市場の成長余力」『DIY協会会報』2015年8月号
法政大学大学院 小川孔輔
日本のホームセンターの市場規模は約4兆円で、いまでも緩やかに成長を続けている。海外との大きなちがいは、社数が多いこと(約100社)と上位集中が進んでいないこと(上位10社シェアで約60%)である。これは、ホームセンターに限った話ではない。日本の食品スーパーや衣料品チェーンでも同様に見られる現象である。分散的な多様な市場をローカルに発展させてきたのが、日本の小売業の特徴である。日本の未来を考えたとき、これはポジティブに考えるべきだと筆者は考えている。この先20年くらいを見通したとき、それでは、HCの成長機会はどの辺にあるのだろうか?本稿では、日本のHC業界の成長余力について考えてみたい。
<インバウンド消費の取り込み>
2014年、日本の小売業は、インバウンド消費によって救われたと言って過言ではないだろう。もし中国人の「爆買」がなかったとすれば、昨年から今年にかけて、百貨店やドラッグストアの売上の伸びは数パーセントに留まっていただろう。首都圏や関西圏の中心部の商業施設では、対前年比で10%~20%ほど売上が伸びている。このまま円安傾向が反転しないとすれば、家電量販店やコンビニストアにまで及んでいる「爆買景気」は、東京オリンピックの年(2020年)まで継続するとみられている。
ところが、インバウンド消費の恩恵をあまり受けていない業界がふたつある。HCと食品スーパーである。ホームセンターと食品スーパーは郊外に立地しているからである。中国人が郊外店舗まで足を延ばすようにでもなれば、状況は変わってくるようにも思える。しかし、当面それは起こりそうもない。それでは、ホームセンター業界は、爆買需要にどのように対応すべきだろうか?
方向性は2つである。ひとつは、ネットを使ったプロモーションを展開することである。アジアの顧客は、来日する前に“めぼしい商品”をネットで検索している。だから、「買い物リスト」を作成する段階で、おすすめ商品の情報を来日する当人や、買い物を依頼する知人・友人に届くように工夫すればよい。実際に筆者の知り合いの企業はそうしたネット事業に取り組んでいる。中国人を対象とした潜在市場は、2.2憶人とも言われている。
2番目は、アジアの人たちが知らない便利な商品を集めた「越境ECサイト」を構築することである。あるいは、中国の商業特別区(広州や杭州など)に、日本製のHC商品を集めたモデル店舗を出店することである。爆買の本質は、日本人が日常生活で積み重ねてきた工夫を、アジアの人たちが認知しはじめた証拠である。このチャンスを逃す手はない。ECサイトや実店舗で積極的に攻めるべきである。欧米のホームセンターやディスカウント店がアジア地区から撤退しているのは、事業戦略の問題ではない。アジアの人たちが魅力的だと思える商品が店頭に並んでいないことが原因である。
<国内市場の事業機会>
日本人を相手にしたビジネス機会は、どこにあるのだろうか?この課題を考えるために、日本のHCを支えている事業基盤が何なのかを考えてみよう。
わが国のHC市場の成長は、1970年代のモータリゼーションの進展とともに始まった。地価が上昇したため、バルキーな商品を置いても都市部では利益ができなくなったからである。百貨店や専門店が扱っていた商品を品ぞろえしたことが、日本型HCの生存基盤である。日本のHCが、ディスカウントとDIYのハイブリットになった理由がこの辺にある。
もうひとつ、HCの発展を支えてきたのは業務需要である。たとえば、建材や農業資材の需要者は、大工さんや水道業者、独立専業農家だった。これに加えて、便利な使い勝手のよい商品を国内メーカー(ベンダー)が企画開発し、HCの品ぞろえを豊かにしていった。最近では、HCが独自に商品開発をするようになっている。
歴史を振り返ってみると、つぎなるHCの市場機会は、従来からあるHC事業の延長線上にあることがわかる。インバウンド消費を支えている要因は、日本のHC産業(メーカーとリテイラーの連合体)が持っている商品開発力である。しかも、その開発力は、冒頭で説明したように、多様で分散型の地方文化に独自性の根がある。別の表現をするならば、すでに「和食」の分野で世界の人が知るようになった、日本人の「生活を豊かに楽しもうとするセンス」なのである。わが遺伝子に刷り込まれている「生活の質を向上させたい」というニーズへの対応こそが、将来にわたってもHC事業の駆動力である。
そう考えると、日本のHCはいま転換点に立っていることがわかる。初期の成長段階(約30年間)では、低価格を実現しながら各社は企業規模を拡大してきた。その後(約10年間)、暮らしを豊かにするというコンセプトで、独自性のある商品開発がはじまっている。豊かな生活提案と発見が、日本のHC小売業の独自性であり差別化ポイントである。それは、グローバルに通用する新しいHCの拡張概念であるようにも思う。