『日本経済新聞』の「今を読み解く」という書評欄(2013 年 12 月 1 日号)に、「生活に根付いたコンビニ、期待される社会性」という少々長めのコラムを書かせもらったことがある。
セブン – イレブンが江東区豊洲にコンビニ一号店をオープンしたのが、42 年前の 1974 年 5 月。いまや年間 167 億人が利用する店舗として日本人の生活にすっかり根付いた感じがある。
「5 万店飽和説」を乗り越えて、約 5 万 3 千店まで店舗数を増やすことができたのは、経営を日々革新してきた企業家たちの努力のたまものである。
米国で生まれたFCシステムを日本の実情に合わせて変革し、次々に新しいサービスを付加していった。メーカーとの協業の仕組み、物流改革、情報システムの進化、セブン銀行の誕生などは、世界小売業の歴史に燦然と輝くセブン – イレブン創業者・鈴木敏文氏の功績である。
翻って、ホームセンターの業界を見てみよう。よく知られているように、日本のホームセンターの一号店は、ドイト与野店である。開業は 1972 年で、コンビニの事業開始よりも 2 年ほど早い。
その後、バブル崩壊(1990 年)を挟んで、HC業界の売上高は順調に伸びていた。ピークは 2005 年で、約 4 兆円(3 兆 9880 億円)。年末の店舗数は、3,960 店舗である。その後、店舗数は増加しているが、業界の売上高は 4 兆円に届いていない。
一方のコンビニ業界は、10.2 兆円まで総販売額を増やしている。彼我の差はどこにあるのだろうか?
P.5 の表に、最近 8 年間のHCとCVSの経営指標を示している。HCとCVSの違いが、店舗当たりの売上高の変化に如実にあらわれている。
9 年前(2008 年)の一店舗当たりの売上高は、HCが 9.7 億円に対して、CVSは 1.92 億円。それが、昨年(2015 年)は、HCの 8.5 億円(約 1.2 億円減少)に対して、CVSは 1.96億円(0.02 億円増加)となっている。コンビニの一店舗当たりの売り場面積(約 30 坪)はほとんど変わっていない。リーマンショック(2008 年)と東日本大震災(2011 年)を超えて、厳しい経済環境の中でコンビニの店舗効率は上昇している。これを支えてきたのが、様々な継続的なイノベーションだった。
以下は、筆者の主観的な解釈である。店舗戦略や商品開発の実務を担当している業界関係者からは、大いに異論がでるかもしれない。
21 世紀に入ってからホームセンター業界で起こったことを回顧してみよう。業界を動かしてきた大きな動因は、一般的な景気変動を除くと 4 つだったように思う。すなわち、①商品の海外調達、②PBブランド化(自社商品開発)、③企業の買収合併(経営統合)、④立地変動(都心部への出店)。
その後は、ホームセンター業界で、こうした動きを後押しするようなさらなる変化は起こっていない。百貨店業界やドラッグストアと似たような、ある種の閉塞状態に陥っている。データもそれを裏付けている。
不足しているのは、何なのだろうか?ヒントがあるとすると、IKEAやニトリ、無印良品のような隣接した業態の動きにあるように思う。3 社ともに、コンビニのように革新的な事業の転換に取り組んでいる。
たとえば、IKEAは外資だから海外展開は当然なのだが、良品計画のアジア市場での成功やニトリの海外展開の果敢さには学ぶべきところがある。
良品計画は欧州で一時期は大苦戦していたが、再挑戦で事業の立て直しに成功している(松井忠三『無印良品が世界でも勝てる理由』KADOKAWA、2015 年)。海外市場で勝利できたのは、日本文化をベースにしたオリジナルのコンセプトの良さと人材育成の仕方にある。
筆者の知り合いには、良品計画のマネジャークラスの社員がたくさんいる。彼らは中堅管理職になるとき、海外店舗で異文化体験を経験させられる。その体験は、おそらくニトリでも行われているのではないだろうか?
聞くところによると、ニトリには東京大学の学生が多数就職するようになったという。かつて海外勤務や商品の買い付けを希望して商社に入った人材がニトリに流れているのではないだろうか。ホームセンター業界が、魅力的な事業として若い人材を吸引できることこそが、将来のイノベーションの源泉になるのではないかと思う。