田村正紀『業態の盛衰』千倉書房(★★★★)

現状認識と現況の説明そのものが100%正しいとしても、なぜそれが起こったのか(WHY)、そして、イベント(業態の盛衰)の因果プロセス(HOW)の解釈が正しいかどうかは、また別のことである。本書の長所と弱点の両方は、このコメントにほぼ尽くされていると思う。「小川先生の感想を!」との渥美俊一先生からの依頼である。大家の力作なだけに、ちょっと緊張して読んでみた。星の数は4つである。読み応えのある本だった。


田村先生の文章は読みやすい。というのは、分析的な頭で書かれているからである。研究者の作品だからといって、すべての著書が分析的に書かれているわけではない(わたしも、わざと分析的に書かなかった本もある)。直感的な書かれ方をされている本も経営分野では案外に多い。例えば、石井淳蔵氏(現、流通科学大学学長)の本(例:『マーケティングの神話』)などがそうである。石井先生の本は、わたしにとっては読みにくい部類に属する(「ごめんなさい!石井先生。)
 田村先生の結論はほとんどが正しい(と思う)。分析的で、パノラマのように絵図がきれいだからである。先生はものすごい勉強家である。たくさんの本と文献を読みこなしていらっしゃる。この点をわたしはいちばん尊敬している。
 しかし、田村先生のアプローチ(方法)には欠点がひとつだけあるように感じてきた。それは、数量分析をやや中途半端に使っていることである。「大型店問題」のころからの記述がそうであった。若いころ、ある学会でそのことについてコメントしようとしたが、「たぶん喧嘩になる」と、若い自分は分が悪いと思ってやめておいた。いま振り返ってみると、それは正解だった。

(1)方法の問題
 具体的に指摘してみる。全部で3箇所、数量分析が適さないパーツがあった。

(A)クラスター分析(フォーマット分類)
 第3章「専門店イノベータの台頭」で、業態(小売タイプ)とフォーマット(小売組織)の間の「入れ子構造」を説明するために、消費者データ(知覚的な言語表現)の「階層クラスター分析」が用いられている。そして、最終的に生成されたクラスターは、(専門店)フォーマット分類のために利用されている。
 基本的な疑問は、「フォーマットという概念は、消費者から見て判断すべきものかどうか?」である。田村先生が説明しているように(第1章「業態から見る流通の激動」P26、図1-6 フォーマットの基本要素)、「フォーマット」は、「小売ミックス」(フロントシステム)と「SCM」(バックシステム)のふたつの部分から構成されている。消費者からは見えない部分が半分を占めているのである。したがって、フォーマット分類に、消費者言語だけで語ることは「禁じ手」ではないかと思う。そのような場面で、消費者のクラスター分析は用いてはならない。

(B)消費者アンケート(総合スーパーの売場比較)
 第4章「進化過程に入るスーパー」では、IYとイオンの同規模競合店を比較分析している。これも消費者アンケートに基づくものである。結論は、「両店舗はほとんど類似の品揃え、雰囲気、小売ミックスで、店舗が同質化している」。「近接競争における競争マイオピア」(第5章)を説明したいがための調査である。店を歩いてみれば、それは調べなくともわかるような気がする。そして、近所に住むお客さんの目から見れば、総合スーパーは大なり小なり同じである。同じ業態に属しているのだから、それは当然である。
 むしろ、大切なのは、それでも違う部分がどうして起こっていて、それば、差別化に有効に働いているのかどうかである。小売業の側(店舗担当者)から見れば、同質化を証明してもらってもあまりご利益は感じないだろう。

(C)重回帰分析(中小小売商の衰退要因)
 「なぜ、零細商店の数が減少したのか?」「どの業種で零細商店数が急速に減少しているのか?」。その説明は、あまりにも明らかで、特別にデータ分析をするまでもないと思う。表8-4「(零細商店数の増減率を説明するための)線形回帰分析の結果」は、ある種のトートロジー(循環論法)である。
 田村先生が、零細商店数の減少率(非説明変数)を、業種横断的(N=63)に説明するために使用した変数は、以下の3つである。①零細商店の相対的生産性(定義:従業員1~2人の商店シェア変化)、②市場の成長率、③生業性(定義:91年の個人商店数の割合)。分析の結果は、一番目と二番目の係数がプラス符号で、三番目はマイナス係数で有意である。決定係数は、0.66と悪くはない。その説明は、次のようになる(わたしの説明方法)。
 ①従業員が少ない(規模が小さい)商店が相対的に減った業種(規模拡大が進んだ業種)は、零細商店数(の割合)が減少する。②市場成長率が高い業種では、零細商店数は相対的に増加する傾向がある(減らない傾向がある)。③個人商店が多く残っていた業種は、零細商店の減少率が高い。
 一番目(①)は、完全に循環論法である。同じ要因の別の変数で、ある同じ要因(零細商店の減少率)を説明しようとしている。三番目(③)は、変数の設定とその操作がまちがっている可能性がある。3番目の定義変数は、業種の「生業性指標」ではなく、「生業スラック変数」である。つまり、「(競争や規制などの要因によって)91年時点で、どのくらい個人商店が残っていたのか?」を表している。91年時点で個人商店比率が高い業種は、例えば、大店法の廃止で規制緩和の影響を受けやすかっただろう。だから、個人商店数はその分だけ急激に減少したと思われる。業種店はあまねく、いずれは消え去る運命にあったからである。それが早いや遅いかの違いである。
 二番目(②)は、ある程度は納得のいく説明ではある。「市場スラック」という概念そのものも秀逸である。業種のライフサイクルという考え方もあるだろう。成長率が高い業種では、最初に、たしかに零細商店が増えることで市場を埋め合わせていくのだろう。

(2)構想されたモデルは正しく証明されたか?
 「小売業態の盛衰」について、田村モデルが戦後の小売業態の変化のダイナミズムをうまく説明できているかどうか? その点について考えてみる。
 単純化してみる。敗者は、百貨店、総合スーパー、中小零細小売店(町の商店街)である(第4章~第8章)。勝者は、専門店フォーマット、とくに、専門店バリューイノベータ(ユニクロ、ヤマダ電機、しまむら)である。(第3章、ネット小売業は未確定)。したがって、本書の結論は、第3章に述べられていることになる。その他の章は、以下では、コメントの対象外とする。
 専門店フォーマットの優位性基盤(なぜ「市場の覇者」として成長できたのか?)は、なになのだろうか? 田村先生は、ヤマダ電機の場合を例に挙げて、①店舗大型化と店舗数増加の同時達成、②一貫した価格訴求力、③バックシステム(SCM)の充実と業績連動型の給与体系、の3点を上げている。②を除けば、これらはすべて企業側の意思決定の「結果」ではないだろうか?
 研究論文としては、したがって、「入り口」(原因)と「出口」(結果)が違っている気がする。本来的に説明すべきは、なぜ、①~③が達成できたのか(WHY)である。一貫した価格訴求ができたのはなぜなのか? 店舗大型化と店数の増加を同時に達成できた企業側の条件と高崎本部での意思決定は? SCM改革と給与システムは連動していたのか? 群馬県の風土とカインズ(群馬県高崎市)としまむら(埼玉県小川町)とがそばにいたこととは関連があるかどうか? などなど。
 企業の歴史分析がなされていないので(例外は、第6章「百貨店に未来はあるか?」での大丸の業務改革の記述)、業態変容のダイナミズムの説明は、ほとんどどこにも見られない。クロスセクション(横断面)の分析に終わっている。例えば、ユニクロは、山口県の宇部で生まれてから、3度の「業態転換」を成し遂げている。①VANショップ(町の専門店)の時代から、②ロードサイドのディスカウントカジュアル衣料品店の時代(93年の広島上場まで)へ、③SPA業態の展開(98年の原宿店ブレイクまで)、④グローバルブランドを目指したいまの姿(03年以降、海外出店、商品開発と品質改善に努め、サービス業務の改善も視野に入れた挑戦)。しまむらも同様である。二回の業態転換を経験している。
 この点が、本書の最大の弱点のような気がする。業態変化のダイナミズム(HOW)を正確に捉えるには、数量分析だけに依存したのでは無理があるだろう。もっと、意思決定過程に踏み込んで、経営者に直にヒアリングをすべきだと思う。

(3)専門店フォーマットの考え方
 第3章では、同じく、小売フォーマットを「因子分析」から取り出した「4つの次元」で操作的に定義している。小売フォーマットを消費者の知覚構造から分類して、成果指標と関連付けようとする試みである。これは、実はあまりうまくいっていない。その理由を述べる。
 フォーマットの類型は、①「郊外立地(+ディスカウント)」、②「(明確な)店舗コンセプト」、③「広く深い品揃え(+ディスカウント)」、④「高度接客対応」から定義している。そして、この4次元と店舗の成果指標(購買率、出向率、購買意図など)を回帰分析している。三番目の変数のみが有意である。その他は関連がうすいか、全体としてうまく説明ができていない。
 方法に問題があるだけではない。この次元では、成果との関連性をつけることに無理があるのだろう。もともと、業態(小売タイプ)の盛衰を扱っているはずなので、同じフォーマットの中で、高い成果と低い成果の企業が現れることは当然である。大局の説明(業態間競争)と部分の説明(企業間競争)を同時にあつかうのはむずかしいだろう。
 例えば、消費者から見れば、イオンやIYの衣料品売場とユニクロやライトオンの売場はバッティングしている。フォーマットや業態の際を扱うことには慎重でなければならない。また、ニトリとイケアとホームセンターの売場はぶつかっている。業態論は、カテゴリー横断的である。そこから語りはじめないと、理論仮説は組み立てられないだろう。
 なお、専門店フォーマットの成功尺度を、キャッシュ利益率と総資産回転率で説明されている。これは正しい説明ではあるが、この場合も、その理由(WHY)はどこにも見当たらない。

(4)「バリューイノベータ」は有効な概念か?
 ナクネアの「小売の輪」もホランダーの「アコーディオン仮説」も、小売のライフサイクルを説明する有効な理論ではないだろう。その点については、田村先生に全面的に合意する。しかし、バリューイノベータの概念も、小売業態の盛衰をうまく記述しているかといえば、そうではなさそうだ。
 理論的には、図2-4「3種のイノベータ」(サービス品質と相対価格の二次元図)、図2-5「チェーン成長ベクトル」(店舗数と店舗規模)、図2-7「本業キャッシュ利益率等高線(と事業資産回転率)」)がコア操作概念である。理論仮説は、この3つで組み立てをなされるべきである。しかし、それらはばらばらに見える。理論的に統合がなされていない。
 それでは、どのような理論を打ち出せばよいだろうか? 残念ながら、わたしにもいまのところは、「業態変容モデル」に関してそれほど有力な仮説があるわけでなない。ただし、いくつか本書の発見をベースに、新しい研究面でのチャレンジの手がかりは見つけ出せたような気がする。

(A)勝者と敗者の分かれ目
 総合スーパーは衰退業種かもしれないが、食品スーパーにもバリューイノベータは存在している。例えば、かつての関西スーパーやサミット、いまのヤオコーやベイマルなどである。それは、価格や品揃えや立地というよりは、田村先生があまり指摘していない「店頭での商品の絞込み」、「店内加工」あるいは「CK,PCセンター」、「鮮度物流」などである。また、カインズやユニクロ、ニトリやダイソーのような「後方統合」「海外調達」による開発システムが高い成果を支えている。
 「勝者の仮説」は、もっと多様に見える。既存の商業論の枠組みだけからは生まれてきはしないだろう。敗者復活のモデルもありうるはずである。ただし、方向転換ができるのは、企業のごく初期に限定されるかもしれない。

(B)業態変容は段階的に起こる
 (A)との関連で、いくつかの事例を研究してみると、フォーマット(業態)変化は、段階的に起こっているように思う。現在成功をしている企業でも、最初のフォーマットが成功モデルだったかといえばそうでもない。また、失敗がそのまま破綻に結果することもあるが、中程度の失敗は、その後の大成功につながったケースもある。

(C)カバーすべき企業、業種・業態
 田村先生の分析対象業種と業態は、業態を扱うには狭すぎる感じがする。例えば、コンビ二、生協、ホームセンター、ドラッグストア、バラエティストア、ディスカウンター、食品SMは、考察の対象外である。百貨店と総合スーパーとネット小売業と専門店チェーンで、流通サービス業のすべては語れないだろう。
 専門店イノベータでも、SPA系の有力チェーン(ポイント、西松屋、ハニーズなど)は考察外である。衣料品でも、いまはやや不調ではあるが、アローズやビームス、やまとなどの専門店は分析の埒外に居る。さらには、外食、中食などのフードビジネスも、分析の範囲に入れてもよいのでは?
 立地的に言えば、エキナカ開発を先導しているJR系のルミネ、アトレ、エキュート、グランスタは好調である。郊外ばかりがすべてではない。HC業態でも、ロフト、東急ハンズ、イケアが抜けている。食品スーパー業態でも、都市型では、クイーンズ伊勢丹、成城石井、ザ・ガーデン、いかりなど。ディスカウンターでは、トライアルなどもある。
 多様な業態の多様な企業を分析した上で、仮説は?と考えるべきだろう。