尊敬する研究者のひとりである中西正雄教授(関西学院大学商学部)が、退職されることになった。実際には、専門職大学院で教鞭はとり続けられるそうであるが、研究者としてはひとつの区切りを迎えられることになる。
お弟子さんの井上先生から依頼されていた「退職記念論文集」(商学論究)の原稿が完成したので、
本来は、8年前に完成していなければならない原稿である。概要は以下の通りである。
<本論文の目的と概要>
1970年代後半から1990年はじめにかけて、バラエティシーキング行動(Variety-Seeking Behavior:多様性追求行動)について、理論・実証の両面から研究が盛んであった。とくに、消費者行動論とマーケティング・サイエンスの分野では、バラエティシーキング・モデル(以下「VSモデル」と略記)の枠組みについて基礎的な研究が推進されていた。POSデータの登場で純粋理論を実証できるようになり、実証研究が活発に行われていた。約10年間にわたる欧米での研究成果は、McAlister and Pessemier(1982)やKahn et al. (1986)に詳しくまとめられている。*2 また、バラエティシーキング行動に関する日本語の展望論文としては、土橋(2001, 2005)および新倉(2005)が参考になる。
1990年代に入ってからでも、消費者行動研究の分野では、新しい切り口の論文がその後も多数発表されている(例えば、Ratner and Kahn 2002; Sivakumaran and Kannan 2002; Ratner et al. 1999; Inman 2001)。*3 他方で、マーケティングモデル分野での発展はやや停滞気味である。しかしながら、実務的な応用についてバラエティシーキング・モデルそのものの重要度が減じたわけではない。例えば、日本マーケティング・サイエンス学会(第74回全国大会)の「特別テーマセッション」での報告「製品ライン数とアイテム数の決定」(田中・小川 2003)や同大会における一般報告「ユニクロのバンドル販売実験」(島田・小川・豊田 2003)は、実務的な観点からVSモデルの必要性を論じたものである。*4 具体的な経営課題の背後に存在する、消費者の多様性追求現象を説明する枠組みとして、バラエティシーキング・モデルを用いることは大いに意味があることがそこでは示されている。商品やブランドの選択にあたって、多様性を求める消費者行動を研究することは、実際的なマネジメントの課題に答えるために必須である。
本論文では、企業側からの実務的な要請が高いことを例示した後で、消費者行動モデルの枠組みを用いて、多様性追求行動に関して議論すべき論点をまとめてみる。主たる論点は、以下の通りである。(1)既存のブランド選択理論との関連、(2)マーケティング意思決定への貢献、(3)ポジショニング分析や市場構造分析との関係、である。なお、既存の研究アプローチは、「消費者行動論」と「モデル論」のふたつの観点から整理されている。
最後に、1990年代に提示された問題が現在どのような状況にあるのかについて、以下のような5つの観点から整理してみる。(1)消費者が置かれている問題状況(文脈効果)、(2)データ分析上の問題、(3)製品ポジショニング戦略、(4)分析レベル、(5)ダイナミックな効果。また、研究のフロンティアとして、以下の3つの視点が提示される。(1)考慮集合とVS傾向の関係、(2)他者から見られているというコンテキストの影響、(3)最適刺激水準の測定。