「TPP徹底報道 識者はこう見る: 共通ルール 強者に利 地域立脚のビジネスを」『日本農業新聞 朝刊』(2016年2月12日)

 『日本農業新聞 朝刊』1面に、TPPについてインタビューが掲載されている。知り合いの川端記者からの依頼で、インタビューを受けることにした。わたしの立場は、「鎖国のすすめ」である。この論点から議論を展開している学者は皆無だろう。経済学の教えに反するからだ。



 聞き手は、農業新聞の岩本雪子記者。厳密にいえば、私の言葉(表現)とちがうところもあるが、まとめてくれたインタビュー記事をそのままで掲載する。ニュアンスの違いは、これから発表される雑誌やオンラインの記事などで説明していく。
 

 <インタビュー記事>(原文そのまま)

 経済学の原理では、貿易障壁をなくし、人とモノを自由に動かし、制度を共通化することが理想の姿だ。
特に世界展開する企業にとって、コスト削減効果は絶大だろう。国民所得は最も高まる。ただしこれは、あくまで平均の話だ。TPPは、強い人間のための制度。豊かな人がさらに豊かになって平均所得を上げるだけ。低所得層への恩恵は少ない。経済学はこれで良しとしてきたが、農家の所得は上がらない。

 TPPで制度を世界に合わせれば、悪い方にそろう。「悪貨は良貨を駆逐する」という法則通りだ。TPPが発効すれば、米国やオーストラリアなど、農業分野で強い国の制度が共通のルールとして適応される。関税などが残っている間は対策があるだろうが、その後はどうなるかは不透明だ。

 一例だが、日本のオーガニック食品の市場は狙われている。本来は、国内農家が6次産業化で期待できるはずの分野であるにもかかわらずだ。オーガニックの基準は、既に世界で共通で、日本の有機JAS認証を受けた農産物を米国に持っていくと、米国農務省のオーガニック認証と同等の扱いを受けられる。果たしてこれは、日本にとって輸出の追い風なのか?答えはノーだ。加工品の調味料やジャムなどは既に、かなりのシェアが米国産に取られている。
 さらに、米国のオーガニック通商協会が、2020年の東京オリンピックの加工品の調達を取ろうと、日本に派遣団を出して普及に取り組んでいる。大手スーパーチェーンも乗じようとしている。オーガニックの概念が国内で普及すればするほど、輸入オーガニックが市場を獲得する。放っておけば、海外産のオーガニック、特に加工品がどんどん入ってくるだろう。

 日本の農業に必要なことは、もっと自分たちが持っている文化、自然、おいしい食べ物を守ることだ。安く、平均的なおいしさを提供するという米国発のディスカウント路線から脱し、フードチェーンを再構築しなければならない。世界展開するファストフード店のハンバーガーや、米国から押し付けられた小麦と脱脂粉乳にまみれた戦後の給食は、日本人を幸せにしただろうか。食べ物の幸せは安さにはない。おいしさにある。日本人の味覚は壊せない。

 ドメスティック(国内的)に安定したビジネスを手掛けよう。生産加工販売を、1日で行って帰って来られる距離の、半径200キロ圏内で行うのが理想的だ。為替の影響も少なく、物流費も抑えられる。鎖国は決して、デメリットばかりではない。曲がったナスや、傷がついたキュウリを食べるようにすればいい。おいしいものを、域内で加工して食べる。その対極にあるTPPは、時代の逆流だ。

 法政大学経営大学院教授 小川孔輔 (聞き手・岩本雪子)