愛知県豊橋市のローカルスーパー「クックマート」(12店舗、年商約300億円)の白井健太郎社長の本書を、なぜか買い損ねそうになっていた。本書の刊行は2023年7月。発売直前の4月30日午後15時30分に、わたしは「クックマート東脇店」(豊橋市内)の売り場を視察していた。
店舗視察に同伴してくださった水谷朱美さん(ベルディ社長、豊橋市在住)によると、わたしは店に入るなり「お店の雰囲気が明るい!広島のエブリィに似ている」と言ったらしい。
「エブリィ」(本社:広島県福山市、年商約1000億円)も、高いクオリティながら値ごろ感のある生鮮品に特徴がある。こちらも、クックマート同様に、中国地方を拠点にしているローカルスーパーである。
隔週で届く購読誌『ダイヤモンド・チェーンストア』(月二回)に、でかでかと大きな広告が毎号のように載っていたのに、本書の発売を見過ごしていた。視察したCooKMart(クックマート)の店舗と白井社長の本が、わたしのイメージでは一致しなかったらしい。注文し損ねていたのである。
ラッキーだったのは、『ダイヤモンド・チェーンストア』が2024年7月15日号で、「(スゴい)生存ローカルスーパーの戦略」という特集を組んでくれたことだった。注目のローカルスーパーとして、クックマートが最初に取り上げられていた。そして、白井健太郎社長のインタビュー記事が、特集ページの最初を飾っていた。
インタビュー記事を見て、「これは(読まないでいるのは)かなりまずい」と思った。即座に注文して、本書を取り寄せることにした。わたしの場合、このような見過ごしは、めったにないことなのだが、、、
昨日、本書を3時間で読破した。自分が見た店舗(売り場、商品)と書かれている内容の一致を確認した。白井社長の切れの良い書きっぷりにもよるのだが、内容については完璧に納得させられた。
そして、食品スーパーの在り方について、新しい視点を得ることができた。本書は、ライトに書かれているのでとても読みやすいが、内容的には非常に読み応えのある本である。
<食品スーパーの特殊性>
全体は、7つの章から構成されている。
第1章「業界の常識への違和感」では、食品スーパーの特殊性とチェーンストア理論に対する批判が書かれている。これがすべての出発点である。
白井さんは、大学卒業後にふたつの職場(厳しくも寒い経験をした大企業と、気楽に気持ちよく働けた中小企業)を経験してから、父親が1995年に創業したクックマートに就社する。12年前(2012年)のことである。
どちらの前職も、食品スーパーとは異なる業界だった。業界人ではない(越境者の)目線から、白井さんは食品スーパーの常識のおかしさに気づく。規模拡大を追求して標準化に走った結果、ローカルチェーンも全国チェーンと同じように同質化してしまう。「どこか間違っている」が彼の直感だった。
その理由を、食品スーパーの3つの特殊性から説明してくれている。
食品スーパーの特質を尽き詰めると、①売上構成比の過半数が生鮮食品というナマモノである(生鮮の特殊性)。②生鮮食品というナマモノはローカル性を強くはらむ(ローカルの特殊性)。③それを扱う人も客もナマモノである(人間の特殊性)(P.32-33)
3重のナマモノであるがゆえに、「工業製品」のように標準化できない。あるいは、効率化と標準化一辺倒に走ると、3つのナマモノの良さが活かせない。美味しくないナマモノ、つまらないナマモノ、買い物を楽しみたいお客さんや仕事を楽しむ社員(どちらも生身の人間)にとって、食品スーパーは楽しくない場所(店舗、売り場、商品)になる。
第2章「「どうしようもなくそう」なんだ」では、社名の「デライト(DELIGHT)」の意味を白井さんなりに解釈して、経営理念に落とし込んでいく。そこから、デライトの無限ループという概念を取り出す。解釈はこのようになる。
「デライト=楽しむ、楽しませる」、「自分が楽しんでると周りも楽しくなる → 周りを楽しませてると自分も楽しくなってくる」。このループが無限に繰り返される。そこから生まれてくるものは、活気のある場所、賑わいのある店舗ということになる。
キーとなるのは、第1章で出てきた3つのナマモノを別の形で表現した「クックマート3つのコアコンセプト」である。すなわち、①リアル(魅力ある実店舗)、②ローカル(地元感を持った日常生活のためのお店)、③ヒューマン(人手と手間をかけたお店と商品)。
これを実現するために、クックマートとして「9つのやらないこと」を宣言する(*白井さんは「ポジショニング」と呼んでいるが、正しくは「原則・規範」と呼ぶべきだと評者は考える)。
①価格訴求のチラシがない、②ポイントカードがない、③ネットスーパー部門を持たない、④クッキングサポ-ト・レシピがない、⑤深夜営業しない、⑥マニアックな商品構成をしない、⑦タバコの販売をやめた、⑧大きな本部がない、⑨社長が現場に口を出さない。
以上9つの「やらない」は、コストカットに関連するものと、社員の働き方をシンプルにストレスフリーにするための要因に分けることができる。同社の企業収益は、ここからも上がってきていることがわかる。
<発想は自らの個人史にあり>
第3章「ユニークさの根源は個人史にあり」は、白井さんの個人的な経験が、いまの経営のやり方にどのように反映しているのかを述べた章である。こには、二つのことが書かれている。
文学青年だった白井さんは、体育会的な大企業の働き方になじめなかった。なぜそうなるのかを、まずは自分自身の経験から整理してみた。原因は、会社と人のミスマッチにある。結果的に、就社のミスマッチを防ぐためには、どうしたらいいのかを考えてみた。
一つは、自分に向いている仕事をすること。自分にあった会社を選ぶこと。これに尽きる。
第4章で説明しているように、そのために社内アンケートのような道具(パンドラの箱)を準備する。ある意味で、それは仕事に関して「ウエットな関係を入れないため」でもある。
ちなみに、白井さん流の「素手でつかみかかるような経営」(第4章)とは、「よく見て、気づいて、考える」ことを軸にした社員とのコミュニケーションである。そして、人事に関する意思決定である。
第5章「組織戦略至上主義」は、本書でもっとも分量的に長い章である。80ぺージ近くの長さになっている。白井さんが得意とする組織作りの精神と、その具体例が丁寧に書かれている。
ただし、紹介されているさまざまな仕組みは、それほど特別なものではない。わたしの知り合いの中規模企業でしばしば採用されているシステムである。大きな企業では実施が不可能だろう。本文中の表現を引用してみる。
デライトという会社が目指していることを一言で表現すると、「仕事を通じて人生を楽しめるプラットフォーム」(P.133)。これを分解すると、「待遇・環境がよくて(衛生要因)」×「楽しさ・成長もある(動機付け要因)」となる。
仕事のモチベーションの作りがうまくいく(ES:従業員満足)と、結果的に顧客満足(CS)も高まることになる。サービスマーケティングの本でしばしば引用される「サービスのトライアングル」の実現である。
<クックマートの未来戦略>
第6章「越境/クロスボーダー」は、他の章とかなり異質である。しかし、わたしは、クックマートのような成功したローカル戦略の先には、「マーキュリアインベストメント」のような投資会社との提携はあるだろうと予測して、本書を読み進めていた。
この場合の「越境」とは、クックマートにとって、「第3の道」を選択することを意味している。
第一の道は、大手スーパーのように、規模拡大・効率重視の道である。第2の道は、ローカルスーパーがのような、地域密着で独自色を出す方向である。
それに対して、クックマートがいまから歩もうとしている第3の道は、投資ファンドから経営人材を受け入れて、他のローカルスーパーを買収したり、その会社に出資提携する道を選ぶことである。白井さんの狙いは、本人がまだ若いこともあり、単なる事業承継ではなく事業家として躍進することだとわたしは見ている。
このような展開には、先例がある。群馬県前橋市に本社がある豆腐製造メーカーの「相模屋食料」である。鳥越淳司社長は、元雪印の営業マンで、相模屋(江原家)の次女と結婚して社長を承継した。事業承継時の売上高は約30億円だったが、いまや400億円超のメーカーに成長させている。
鳥越さん本人は、豆腐メーカーとして数々のヒット(例、ザク豆腐、マスカルポーネのようなデザート豆腐)を飛ばしたあと、業績不振の地方の豆腐メーカーを救済するスキームで活動している。M&Aではなく、出資や経営人材を派遣する方式をとっている。わたしの知るところでは、グループ売上高は1000億円に迫っているのではないかと思う。
クックマートには、この成功モデルがある。全国で「クックマートグループ」という名前のローカルスーパー連合が生まれてくる可能性を予感させる最終章だった。
<余談>
この本の「あとがき」に、白井さんに本の執筆を強く勧めてくれた人として、経営人事コンサルタントの西川幸孝氏(株式会社ビジネスリンク代表@豊橋)の名前を見かけた。西川さんは、『物語コーポレーションものがたり』(日本経済新聞出版、2019年)の著者で、物語コーポレーションの社外取締役でもある(執筆当時)。
この本を読んで感じたことのひとつが、クックマートの人事制度や従業員のモチベーションマネジメントのやり方が、創業者の小林佳雄氏が創案したコンセプト(Smile&Sexy)によく似ていることだった。
もしかすると、白井さんは本文中で引用はしていないが、西川さんに人事制度の助言を受けていたのかもしれないと思った次第である。両社(物語コーポレーションとクックマート)が、豊橋で産声を上げた企業であることとも、何かしらの関連があるのだろう。
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