「米国オーガニックSM市場、急成長の要因」『チェーンストアエイジ』2005年6月15日号

1 ホールフーズのオーガニック店頭MD


どんなにたくさんの新聞記事を読み、多くの店舗と売り場を観察しても知り得ない真実がある。そのことを、米国カリフォルニア州で有機野菜の調査(3月27日~29日)をしてみて痛いほど思い知らされた。「ホールフーズ社」(本社:テキサス州オースチン)と、同社に有機栽培のカットパック野菜を供給している「アースバウンド社」(本社:カリフォルニア州サンアンバウティスタ)を取材し、担当者にインタビューしてようやくある”謎”が解けたのである。
 いまや世界最大のオーガニックスーパーに成長した「ホールフーズ」(Whole Foods Market:2005年3月末168店舗、売上高約39億ドル)はこの5年間で驚異的な成長を遂げてきた(図1:売上高の伸び)。ホールフーズの急成長(2004年:年率23%)は、米国で有機野菜の栽培と認証制度が定着するまでの歴史を詳しく調べてみても不明であった。  気候条件に恵まれた西海岸といえども、有機野菜の栽培と商品供給はきわめて困難である。現地を調査してそのことがよくわかった(写真1)。にもかかわらず、ホールフーズだけでなく、「ドレーガーズ: Draeger’s」(本社:カリフォルニア州サンマテオ、3店舗)や「アンドロニコス: Andronico’s
」(本社:カリフォルニア州バークレイ、10店舗)のような特徴あるローカルの高級スーパーでは、自然食品(natural foods)の売り場が大きく広がっている。アップスケールの自然食品系スーパーでは、青果部門とデリカ部門(+ワインコーナー)が全体の成長を牽引している。
 ホールフーズは、サンフランシスコ湾岸地域で約20店舗を展開している。西海岸を訪問する前に想像したより、ホールフーズの店舗立地はかなり多様であった。すなわち、同社のようなオーガニックスーパーで買い物をする消費者は、高学歴で高収入の「ニッチ」(規模が小さくて特殊)と思っていた。だから、高所得者層が住んでいる地域に立地は限定されると思いこんでいた。ところが、店舗はダウンタウンにも都市郊外の住宅地にもある、実際に観察していると、確かに身なりの良い顧客は多いが、ターゲット顧客は単に高所得層だけではなさそうである。市場開拓のむずかしさにもかかわらず、ホールフーズが全米の5~7%の健康志向の豊かな消費者(“Fresh Trends”誌による有機ハードコア消費者)に受け入れられたのは、事業運営における米国流の現実主義が背景にあったからである。
 種明かしをすれば、事業の基本コンセプトを「オーガニック・スーパーマーケット(Organic SM)」ではなく、「自然・有機志向の食品」(Natural and Organic Foods)としていることである(同社HP:http://www.wholefoodsmarket.com/)。注意深く店頭を観察してみると、陳列されている野菜は、「グリーン」(緑色のラベル)と「ブラウン」(茶色のラベル)の2色のタグを使用して明確に区別されている。すなわち、緑は「有機栽培」(Organic)を、茶は「慣行栽培」(Conventional)を意味している。
 3日間を取材に同行してもらった「Fresh Pacific社」(本社:カリフォルニア州ロサンゼルス)の中村好一君と訪問した3月下旬、カリフォルニア州は雨期の最中であった。  温室栽培ではないから、いったん雨が降ると露地の有機野菜は収穫ができなくなる。サリナスのような地元から供給される有機野菜で、このシーズンに売り場をすべて埋めることは困難である。したがって、現実的には、定番陳列棚の約3分の一は茶色ラベルの慣行栽培の野菜になる。また、アイランドに大量陳列されたプロモーション用の商品(トマトやフルーツが多い)は、基本的にほとんど全品が慣行栽培のものである。
 ホールフーズといえど、価格訴求をしないわけではない。むしろ、売り場で賑わいを演出するために、通常時でも積極的に販売促進を実施している様子がうかがえる。以下はわたしの推測である。店内に陳列されている野菜アイテムのシェアでは、有機野菜が3分の2を占めるが、売り場の陳列量シェア(販売シェア)では、慣行栽培の野菜が7割近くを占めているのではないか。また、有機・非有機の比率は、天候の具合や供給の実情に合わせて、伸縮自在に設定されていると見られる。
 それでも、基本的に定番棚には有機野菜が並んでいることが多いから、ロイヤリティの高い消費者にとっては、ホールフーズがオーガニックスーパーであることに変わりはない。なお、デリカ部門(加工総菜)では、商品に”Organic”の表示はない。こうした経営のあり方に、わたしは、米国式の現実主義(アメリカン・プラグマティズム)を感じた。

2 アースバウンド社の成り立ち
 興味深いのは、同じ日に訪問したアースバウンド社(Earthboud Farm)の事業形態であった。同社は、ホールフーズをはじめとして、全米のスーパーマーケットに有機野菜・果実を供給している。2004年の売上高は約3.5億ドル(約400億円)である。
 同社は、1984年にカリフォルニア州カーメルバレーで創業された(ちなみにホールフーズの創業は1980年)。ニューヨークからカリフォルニアに移住したヒッピーの末裔、グッドマン夫妻(Drew and Myra Goodman)が創業者である。プレパックサラダ(Brand名:Spring)が最初の販売アイテムであった。1996年に「ミッションランチ」(Mission Ranch)と提携して、栽培面積を大幅に拡大した。1999年には、T&A(Tanimura&Antel:北米最大のレタス生産者、日系2世ファミリー)が資本参加して、マスマーケット対応の企業に変身を遂げた。
 同社の事業コンセプトは、「人間の健康と地球に優しい(野菜の供給)」(Good for health, Good for earth)である(同社HP: http://www.earthboundfarm.com/)。実は、後に述べるように、有機野菜だけでなく、アースバウンド社は、慣行栽培の野菜を別ブランドで並行して供給している。そのことは、消費者にはあまり知られていない。メインターゲットは、ボストン・ニューヨーク地区、シアトル・ポートランド地区に住んでいるような、大学・大学院卒、年収7.5万ドル以上の家族である。
 米国で売られているオーガニックサラダの75%は、同社が供給している(ニールセン調査)。また、全米スーパーマーケットの74%には、アースバウンド商品が配荷されている(写真3)。有機野菜の栽培面積は24,500エーカー(約1万ヘクタール)、従業員数は約1000人である。大規模農場と言って良いだろう。売上成長率は、年間35~50%。これは、ホールフーズなどの自然食品系スーパーマーケットの成長によるところが大きい。米国の有機野菜市場は、供給と需要がうまくバランスしている。

3 巧みなダブルブランド戦略
 ホールフーズ社と同様に、生産部門(大規模農場)と野菜加工事業(主としてプレパックサラダ)をブランドした同社の事業運営は実に巧みである。約5年前に大規模生産者が経営に参加してからは、有機栽培でも規模の経済性が実現して、生産コストを低減できた。なお、野菜の納品に当たって同社は、有機栽培ブランド(Earthbound)と慣行栽培ブランド(Natural Selection)の両方を併用して販売するという「ダブルブランド戦略」を採用している。それは、以下のような有機栽培の特殊事情による。有機野菜の作りにくさを、会社としては逆に強みに転じる戦略に転化できたのである。
慣行栽培農地を有機野菜に転換し、有機認証された野菜・果実を市場に供給できるまでには、ちょうど3年を要する。転換時期に採れた野菜は、「慣行栽培野菜」として販売しなければならない。昨年度、オランダを取材してわかったのは、デンマークやスイス、オランダ・英国など、欧州政府(農商務省)は、2000~2003年までは補助金で有機栽培への転作を奨励してきたという事実である。 米国は有機栽培農業に関して転作補助金制度を採用できなかったので、民間企業が慣行栽培からの転作コストを負担しなければならなかった。カリフォルニアの大規模農家を訪問すると、経営者から必ずや出るのは、欧州と米国間での補助金制度の違いと転作費用を負担することへの不満である。
大規模農場を経営するアースバウンド社は、慣行栽培から有機栽培への移行期間(3年間)、有機野菜(Earthbound)が供給できるようになるまでは、慣行栽培野菜(Natural Selection)で凌ぐ方法を開発したわけである。”Earthbound”いうオーガニックでは名が知れたブランド名は使用できないが、“Natural Selection”というブランド名が連想させるように、自然に近い形で栽培された商品であることを暗示することはできる。ホールフーズ・マーケットのような自然食品系SMの店頭に陳列しても、違和感がないブランド名である。そもそも全品がオーガニックであるわけでもない。
 ホールフーズの売り場構成で見たように、野菜供給者としては、「有機栽培」と「慣行栽培」の両方の素材をもって、同じ小売りチェーンに供給できるわけである。全国32カ所の物流拠点は、提携先のT&Aと共用である。おそらく商品的にも、アースバウンド社とT&Aは書品供給面を協力しあっているはずである。したがって、時期(季節)やタイミング(プロモーション・サイクル)や供給数量の多寡によって、有機・非有機のブランドを使い分けることができる。また、そうしたブランド構築をスーパー側とベンダー側(生産・加工業者)が共通で受け入れるシステムを持っている。生食用のミックスサラダに関しては、両社ともに全米第一番目の供給者である。他社がとても追随できない規模である。
 もちろん、安全で健康な商品を購入してくれる消費者が育っていることが第一の条件ではある。偏見をおそれずに言えば、確かに米国国民は食べ過ぎ太りすぎである。ダイエットは深刻な関心事である。「米国人は、ある意味、ファッションとしてオーガニック食品を摂っている」(全米最大のいちご生産者Well-PICT社、日系3世の宮坂氏談)。とはいえ、オーガニックブームを本当の意味で実現しているのは、ホールフーズやアースバウンドのような、賢い企業が米国には存在することである。米国流の現実主義は、日本にとっても大切な教訓である。

 写真のキャプション

 アンドロニコス スタンフォード大学ショッピングセンター内
 朝10時の開店直前 誰も歩いていない

 アースバウンドやドールのカットパック野菜(アンドロニコス)

 ドレーガーズ:サンマテオ本店
 日本人のスーパー関係者もしばしば訪問する:クッキングスクール、本屋を併設

 トレーダー・ジョーズ (アースバウンド社の有機ニンジン)

 ホールフーズ(サンノゼ郊外店)

 定番棚は有機栽培(緑色)が優勢

 慣行栽培(conventional)でも、産地と成分を表示してある

 アースバウンド社の事務所(カーメルバレーの一画、移転直後3月末)
 
 ホールフーズの物流センター
 旧サンフランシスコ・青果市場のビルをまるごと買収

 専用トラックは、カリフォルニア州20店舗をカバー