「ホールフーズはいかにして急成長できたのか?」『チェーンストアエイジ』2005年12月1日号

特集:新・ミールソリューション、第2部ロハスMD 
 *この原稿は未定稿で、なおかつ、過去のHP記事に加筆修正した原稿である。


<「セントラル・マーケット」:ホールフーズの良き競争者>
優秀な経営者と優良企業が育つためには、良き競争相手と助言者に恵まれなければならない。「ホールフーズ・マーケット」(The Whole Foods Market Inc.:本社テキサス州オースチン)の成長の背後には、地元テキサスの小売業「セントラル・マーケット」(Central Market:本社テキサス州サンアントニオ)の存在がある。そのことは、米国の一般人や日本人にはほとんど知られていない。驚くべきことに、ホールフーズは、ある意味では優秀な「模倣者」なのである。
 セントラル・マーケットは、HEB(H-E-B)のアップスケール業態として1994年に創業された。現在テキサス州内に7店舗を展開している(http://www.centralmarket.com/)。親会社のHEB自体は、今年で創業100周年を迎える歴史と伝統のある同族経営の食品小売業である(http://www.heb.com/)。2003年の売上高は110億ドル(1兆2100億円)で、米国小売業の第10位にランクされている。創業25年目のホールフーズと比べると、店舗数(約2倍)、売上高(約3倍)、会社の歴史(4倍)ともに経営規模ではかなり大きな開きがある。後に述べるが、徹底したサービス志向、店頭での食材情報の提供、体験型店舗のデザインなどについて、数年前まではセントラル・マーケットの独壇場であった。しかし、HEB本社の出店政策が慎重であったため、超優良企業であるにもかかわらず、本体のHEBも子会社のセントラル・マーケットも、テキサス・ローカルのスーパーマーケットに留まっている(一部メキシコには店舗を持っている)。
 他方のホールフーズは、M&Aを繰り返しながらナショナル・チェーンに成長していった。ナスダックに上場した1992年に、自然食品系のローカル・スーパーが合併してできた会社である。急成長の秘訣は、その後もつぎつぎに全米のローカル自然食品系SMを吸収合併することに成功できたからである。既存店の売上高の伸び率も年15%前後と小さくないが、創業から短期間で世界最大の自然食品系スーパーの地位を築くことができたのは、積極的なM&Aによるところが大きいと言える(6月末現在172店舗)。
結局のところ、両社の業績の差は、スピードと企業経営におけるダイナミズに対する考え方のちがいから生まれている。それに付け加えるならば、顧客ターゲットのとらえ方の違いよるものである。セントラル・マーケットがやや年齢層が高い旧来からの富裕層をターゲットにしているのに対して、ホールフーズは比較的若い健康志向のLOHAS層をメイン顧客に想定して店づくりをしている。

<エンターテインメント性が高い売場づくり>
セントラル・マーケットの事業コンセプトは、皮肉なことに、ホールフーズの最新店舗(オースチンの旗艦店)の原型の役割を担っている。具体的な証拠を列挙してみよう。
サンフランシスコのアップスケール食品SM「ドレーガーズ」(本誌2005年7月 日号紹介)と同様に、セントラル・マーケットは店舗内に料理教室をもっている。売場の最高責任者が、自社企画の料理本’Central Market Cookbook’を発行している。店内でも販売されているこのクッキング・ブックは、ケージャン料理(フランス移民が創作した南部米国料理)とイタリアン・レシピーをミックスしたものである。落ち着いた装丁のセピアカラーの表紙デザインとシックな感じがする紙質がなんともすてきである(7月の訪問時に、セントラル・マーケットのフローラル・バイヤー、ジェニファー・ヤング女史からプレゼントされた書籍の写真)。つまり、食品売り場全体がシェフよって演出されているのである。
後に紹介するホールフーズ新店での「料理実演型の売場コンセプト」は、かなりの部分においてセントラル・マーケットが開発した業態のコピーである。ただし、後発企業として研究と改良を重ねているので、店舗演出面ではセントラル・マーケットを追い抜いてしまっている。  買い物客を比較すると、ホールフーズのほうが中心顧客層の年齢がやや低いように見える。標準的な店舗の面積はどちらも約4千㎡(1500坪強)であるが、ホールフーズの新店は売場面積が2倍弱(7千㎡)である。増床された多くのスペースは、新コンセプトを実現するため、イートイン・コーナーを併設したデリカ部門に重点的に配分されている。
以下は、7月に新店舗を訪問したときの観察記録である。今春にオープンした旗艦店(WH Landmark Tower)で発見したのは、セントラル・マーケットの事業モデルを進化させた「健康と食の体験型店舗」であった。旗艦店である「ラマール(通り)本店」は、売り場面積が同社最大規模の約7千㎡である。売り場レイアウトはほぼ真四角で、それだけ大きい割にはだだっ広く感じさせない。一般的に、米国人は日本人より買い物を苦痛だと思っている人の割合が高いと言われている。ところが、この店は顧客にあまり疲労感を与えない設計になっている。それは、以下の理由によるものである。
(1)自然な形でのワンウエイ・コントロール(左回り)がうまくできていること。
(2)各食品関連部門間が緩いながら連携をもっていること。
(3)非食品部門が、副通路と棚をパーティションのように利用して、店舗の中央売り場部分を明確に仕切りながら配置されていること。
(4)一般のスーパーと違って、食器や調理器具などのハードウエアが、食材に取り囲まれるように(調理関連商品として)陳列されている。

米国のSMで、真の意味で消費者に疲労感を与えない店舗設計になっているという点で、ホールフーズの新店はきわめて画期的なのではなかろうか?オースチン郊外に住んでいる3世代同居の大規模農家を訪問した際に、若夫婦のコメントがとても印象的であった。
「オースチンの町までドライブするのに一時間ほどかかるけれど、月一回ホールフーズの店に行くのが待ち遠しくて・・・」
 
新して試みとしては、以下の4つの点に注目したい。
(1)食と健康の体験型店舗:
 料理の実演、食品の無料配布、イートイン・コーナー、テイクアウトなど、新鮮な驚きを与えるような買い物体験が楽しめる。とくに、強調したいのは、総菜売り場に、イートイン・コーナー(クッキング・オーブンと食事のためのカウンターがついた“プチレストラン“(女性シェフ付き!)が、島のように併設されていることである。それも、イタリアン、エスニック、ジャパニーズ(スシ)など、タイプ別の構成になっている。これは、二重の効果を持つと見られる。その場での一瞬のシズル感覚、そして、いったん体験しておいしいと感じたならば、次回来店時に、関連食材あるいは調理用パック(セット)を購入してくれる。つまりは、「知らしめる前に感じさせてしまう!」戦略。
(2)ミールソリューション志向と関連商品のプレゼンテーション:
 例えば、精肉部門は次のように「代替的案な形態の商品」が提示されている。まず、壁際の陳列ケースには対面販売用のカット済み精肉、通路を挟んだチルドケースにはスパイスなどで味付けされた肉、そのさらに調理済みやグリルされた肉が置いてある。その中から買い物客は商品の選択ができる。要するに、同じ売り場部門で、生鮮素材からデリカまでのうち、どれかを同時に選択できるのである。なお、鮮魚部門の陳列ケースの横には、(魚の)料理本、シーズニング(しょうゆ類)、包丁やグリルなどが関連販売用に陳列されている。
(3)観葉植物や鉢物などの大量ディスプレイ:
 くつろいだ自然な雰囲気のなかで買い物を促進させることをねらっている。ふつうならば、ホテルのロビーで利用されているような植物(観葉、鉢花)が、店内ディスプレイに多用されている。なんとなく、店舗の外観からして、アジアン・テイストのよしず張りのすだれや木や草の素材を使用しているのが、いやがおうでも目に付く。
(4)健康志向の女性への配慮:
 明確なターゲットは、若い富裕層の女性とその家族である。凝った料理を作っておいしく食べたいけれど、ほんとうは「主婦しない」顧客が主役である。健康なライフスタイルを重要だと考えており、それを実現するために自然派の美容とファットの少ない食事を通してダイエットを実現したい女性たちである。したがって、冷凍食品であれ、食材には、無添加やダイエットが強調されている。

<ホールフーズ経営の本質>
ホールフーズは、自然志向のスーパーマーケットである。オーガニック・スーパーではなくなりつつある。この企業の存立基盤は、つぎの4つの要因に支えられていると言える。まとめてみる。
(1)商品供給源
 商品調達に関しては、大規模な野菜農場との継続取引が主体である。有機・慣行品の一括取引契約をうまく活用している。加工品に関しては、アースバウンドのような大規模野菜加工業を活用している。その他、HBC(自然化粧品、サプリメントなど)、飲料(牛乳、オレンジジュースなど)、冷食など、高粗利商品はPB化を推進して付加価値を高めている。粗利率が平均35%前後であるが、その中で野菜はそれほど粗利が高くないと見られる。利益源は、加工食品とH&BAのPB商品である。マージン・ミックスが上手である。
(2)人材・従業員のマネジメント
 売り場を企画するシニア担当者は、知識・技能面で専門性が高い「シェフ」の力量を持っている。また、売上高利益率が高いので、売り場に従業員を多数配置できる。接客と売り場の演出が巧みなのは、専門家へは大幅に権限が委譲されている。また、フロント従業員のモチベーションを高めることに努力してはいるが、高賃金の専門家とふつうのライン従業員を適当に組み合わせている。
(3)店頭演出技術
 ホールフーズは、もはやセルフサービス食品小売業ではない。従来の食品スーパーの枠組みから外れている。デモ販売とイートインを組み合わせた接客重視のサービスを中心に据、商品の量り売り(野菜、シリアルなど)や関連販売(例:肉コーナーに、素材販売、チルド肉、カット肉、調理肉、包丁、料理本、多種のシーズニング)で売り場の楽しさを演出している。どちらかといえば、日本の「デパ地下」に近い業態の集合体になっている。
(4)米国の豊かな消費者がターゲット
 豊かな都市住民を対象としている。米国の所得二極化の上層部分(上澄み)が成長してきたことに対応してホールフーズは成長してきた。太りすぎの米国人の一部が、健康なままで長生きしたいと思うようになった。この層はもともと知識階級に属するのに加えて、都市部がデモグラフィックの面で核家族化してきているので、少量でもいいから身体によく、なおかつおいしい食べ物が欲しいと考えるようになった。このニーズに対応する業態はこれまでもあったが、ホールフーズは店頭での商品プレゼンテーション技術面でさらに研ぎ澄まされた売り場演出が実行できている。

<日本の消費者と自然食品市場は特殊か?>
日本でもようやくLOHAS(Life-styles of Health and Sustainability)の概念がメディアを賑わすようになった。既存の有機食品系通販小売業の熱烈な支持者やオーガニック・スーパーのコア顧客は、健康と環境に関して意識の高い顧客であったが、市場としては裾野が大きく広がることがなかった。商品の供給体制に問題があったからである。これまでは純粋な農業問題だったので、流通業側では手の施しようがなかったと言える。そうはいっても、小売店頭の演出技術だけでなく、商品調達面においても、日本の小売業はホールフーズの手法に学ぶ点が多いように思う。
日本の自然食品系市場は米国と大きく異なる点が一つある。日本には結構ボリュームが大きい豊かな高齢者のプールが存在することである。近年は、コンビニエンスストア(ローソン、7-11)やファーストフード店(モスバーガー)、居酒屋チェーン(ワタミ)などがこの層を取り込むために努力をしている。既存の食品スーパーでは、イオン(トップバリュー・グリーンアイ)やIY(顔の見える野菜)がLOHAS的な生活を志向する消費者に新しい価値を提案しようとしている。大手総菜業者(ロック・フィールド)の中には、食材の調達面で優れたノウハウを持っている企業も存在している。
注意しなければならないのは、規模としては大きいけれど、豊かな老年層の財布が基本的に食品に向かって開かれることはないということである。消費カロリーで計算すると、一人当たりの消費エネルギーは若年層の半分以下になる。健康美容やサプリメントに対するニーズも小さくないが、つまるところは「みのもんた」の世界である。クチコミを使ったスポット的な大成功は生まれるけれど、多様でダイナミックな消費を期待はできない。
エキサイティングな売場を作るためには、やはり相対的にボリュームが小さくとも、一人当たりに換算して「絶対消費カロリー」が大きい若年層をターゲットにすべきである。米国の消費市場と同様に、ねらいはやはり若い女性である。標的の仕方をまちがってはいけない。老人男性でも若々しい躍動的な売場と、若くて美しい女性が使いそうな商品の演出が好きなのである。
日本のデモグラフック特性の変化は、米国と同じ傾向をたどっていくはずである。すなわち、この先10年間続くのは、非婚傾向(単身世帯25%→30%:米国40%)と家族サイズの減少(2.6→2.4:米国2.6)、非家族同居世帯の増加(1%→3%:米国20%)である。LOHAS的な生活を求めるのは、上記の金持ち世帯層ではなく、日本でも登場しつつある新しいデモグラフィック特性、したがって、価値観のうえでは米国のLOHAS層と似た特性を持った人々である。この層は、潜在的には若者層の多数を占める可能性を持っているように見える。