1959年(昭和34年)に、コロンビア大学経営大学院にひとりの日本人学生が入学した。その後に「キッコーマン」の社長(現在、名誉会長)に就任する茂木友三郎である。当時、米国でMBA(経営管理修士)を取得した日本人はめずらしい存在だった。おそらくは最初のケースであろう。
本書は、著者(茂木友三郎氏)が「わたしの履歴」に書いた文章が元になっている。2012年7月の一か月間、日経朝刊に発表した原稿はやや分量が不足していたらしい。特別編集委員(日本経済新聞社)の野瀬泰申氏との対談「書き残したこと」を付け加えて同書を構成している。
なんといっても書名がすばらしい。『国境は越えるためにある』。「そうだよね」と思わず納得してしまった。本書の内容のすべてを表している書名である。わたしは、新聞広告で書名を見て即座に注文してしまった。
数年前に、茂木名誉会長が執筆した『キッコーマンのグローバル経営』(2007年)を読んでいた。日経新聞の「わたしの履歴書」は拾い読みしていたので、内容についてはだいたいの見当がついていた。それでも、書名をみて読んでみようという気持ちになった。
本書は、筆者の生い立ちからあと、3つの時期に分けて書かれている。
まず、家業の醤油やの長男として生まれ、高校・大学を経て同族企業(野田醤油)に入るまでの幼少期。入社後に米国の大学院に入学して帰国するまでの青年期。海外事業の担当者として、先陣を切って伝統的な醤醸造業をグローバルな食品カンパニーに転換させていく経営トップの時代。
とくに幼少期の記述からは、良い家庭が良い選良を生み出す背景がよく理解できる。うらやましい限りなのだが、いまでも日本の伝統的なエリート家系から、茂木氏のような有能な経営者が生まれてくるのだろうか?読んでいて大いに心配になった。絵にかいたような帝王学を伝授され、その期待に成果で十分に応えている。
成功へのハードルは結構高いのだが、それを乗り越えられたのは幼少期の教育に根がある。わたしはそのように感じた。いまの若い経営者がどうようなルートで家業を後継するのかはわからない。しかし、後継する段階で、その結果は予測可能なのではないだろうか。茂木名誉会長の若かりし頃の育ち方を見ると、そう思わざるを得ないところがある。
本書でもっとも感銘を受けるのは、日本企業の海外事業を展開するときの要諦である。その基本をきちんと実行に移せたことが、グローバル企業として国際的にも認知されるようになったた「キッコーマン」の今日につながっている。4つの実践原理とは、
1 海外展開をするにあたって、自社の商品・サービスに需要があるかどうかの確認、
2 競争相手に対して、自社に技術的な優位があるかどうか、
3 経営の現地化を推進すること(具体的には、現地人との交流に努めること)
4 グローバルな事業展開ができる人材を確保すること。
である。
この4点については、言うだけならば簡単である。だが、実行するとなるとかなり難易度が高い。4津の原理をきちんと実践できたことが、キッコーマンの今につながっている。わたしの周りにもキッコーマンの社員が数人いる。そのビジョンは、いまの経営にも引き継がれていると感じている。
前著(2007)『キッコーマンのグローバル経営』(生産性出版)との併読をお勧めしたい。