創業者サム・ウォルトンの著書『ロープライスエブリデイ』など、ウォルマートに関する書籍はたくさん刊行されている。いまさらと思って読んだのだが、新たな発見があった。なんといっても、創業者が亡き後でも10倍以上の成長を達成している企業である。そこには、確かな企業理念が存在しているはずなのだ。
本書の原題は、THE WAL-MART WAYである。「ウォルマート流の経営」という意味である。原著の出版は、2005年とかなり昔である。それをいまになってあえて出版することにした理由を、翻訳者の徳岡晃一郎氏が「あとがき」で明確に述べている。
ある意味で、わたしなどが本書を書評する必要がなくなるほどの名解説である。まずは、その文章を引用して紹介したい。
訳者あとがき(300~301頁)
(前略)
このように考えると、企業カルチャー(文化)こそ、利益や株価以上にわれわれが本来目標にしなくてはならないテーマなのだ。
カルチャーはしかし、耕し続ける努力が必要であり、それをし続けること自体がカルチャーにならなければいけない。そこまでやり抜くことは並大抵のことではない。卓越性の追及(Relentless pursuit of excellence)という姿勢がビルトインされていないといけないわけだ。
ウォルマートの強みは、まさにこのエンジンをしっかりと組み込んだところにあるだろう。「すべての人を尊重する」という基盤に立って、「お客様のために尽くす」「常に最高を目指す」という創業者サム・ウォルトンの「三つの信条」。これを受け継ぎ、組織の信条として、日々の改善や小売業を変える革新につなげてきた。このカルチャーのマネジメントが、ウォルマートの発展を支えてきたのだ。
(後略)
わたし自身、多くの組織のマネジメントに関わっているが、もっとも困難を感じることは何かといえば、それは、「安定してなおかつダイナミックに組織を発展させる術」を組織にビルトインすることである。そのために、組織の中で働く人たちの心をどのように動かしていくべきか?
この永遠の課題に、本書は、ひとつの答えを与えている。上で紹介した、訳者があとがきで紹介している言葉がそれである。
本書は、ウォルマートの成功哲学(第1原則~第12原則)のそれぞれに、ひとつの章を充てている。原書ではもっと長い章題になっているのだが、評者の言葉でポイントが分かるように、短く「単語」で要約してみた。
第1章(原則) 夢 を与える
第2章(原則) ビジョン の持ち方
第3章(原則) 企業文化 の力
第4章(原則) 従業員 の価値
第5章(原則) 顧客 が起点
第6章(原則) 情熱 を生み出す
第7章(原則) 実行 力
第8章(原則) 技術 の活用
第9章(原則) SCM の革新
第10章(原則) サプライヤー との関係性
第11章(原則) 成長 の追及
第12章(原則) 地域社会 への貢献
読んでいただくとわかるが、本書は経営学の教科書のように作られている。小売業経営がいかにあるべきかを、ウォルマートの経営を例にしながら、その理想の姿を著者は淡々と語っている。実際に、ウォルマートが成功しているので、事実に関して反論のしようがない。
それにしても、本書の価値は、前半の4つの章にあるように思う。米国の小売業の中で、ウォルマートだけが、なぜ持続可能な企業文化を作ることができたのか。その理由を、筆者自らが時と場を共にしていた創業者の発言と行動(情熱の現場)を通して、適切に描写している。
評者がいまさらながら感銘を受けたのは、 ゆるぎない企業カルチャーと経営技術の徹底活用である。そして、理想が実現できる組織をいまだ持続させている原則の確かさである。正直、そのような人間たちが働ける組織を作った創業者サム・ウォルトンの哲学に脱帽である。
この人たち(ウォルマートの経営陣)には、とてもではないが勝てる気がしない。10年前に、この言葉をある人から聞くことがあった。
いまでも忘れられない瞬間である。2002年の初春。寒かった記憶があるので、冬だったかもしれない。企業買収のカレンダーを見れば、すぐにわかることなのだが。
その日、わたしは、当時西友の社長だった木内政雄氏(元、良品計画社長)と、飯田橋のエドモントホテルで食事をしていた。地下の日本料理店「平川」である。法政大学総長(当時)の清成忠男教授が同席していた(と記憶している)。
携帯電話が鳴って、木内さんが席を立った。しばらくして席に戻ってきた木内社長が、「明日、わたしたち(西友)にとって重大な発表がありますよ」と言った。その場で、具体的な発表内容については語らなかった。当然だった。
翌日、ウォルマートによる西友の買収(資本参加)が発表された。
その後、木内さんからは会うたびに、「(彼らには学ぶだけで、)とてもではないが勝てる気がしない」と聞かされ続けた。最初は、訝しげに彼の話を聞いていたのだが、その内容と根拠が本書に書かれている。
おそらく、その通りだったのだろう。西友の社長からウォルマートの傘下に入って経営を任されることになった木内さんは、ウォルマートの企業カルチャーの洗礼を連日受けていたのだった。