【書評】久松達央(2014)『小さくて強い農業をつくる』晶文社(★★★★★)

 本書の帯には、「自由に生きるための農業入門」とある。しかし、農業はそんなに甘くない。逆説的だが、好きなことをつらぬき、自立して農業をやるために必要なことが3つある。それは、知識と道具と仲間の獲得である。本書は、久松さんがこの3つを自分のものにするまでの物語である。



 つい先ほど、ご本人に直接、携帯でこの話しをさせていただいた。人間が仕事をする上で必要なものは、知識と道具と仲間ですよね、と。その枠組み(仕事の3要素)で、本書を紹介していくことにする。

 第1章から第4章までは、自分で畑を借りて就農して、ある程度は売れる野菜ができるまでの話である。わたしは、この4つの章を、農業と縁もゆかりもない仕事をしていた久松さんが、農業についての「知識」を身に着けるまでのプロセスとして読んだ。
 第3章のタイトル「言葉で耕し、言葉で蒔く」が、その典型である。作業を言語化することで、誰でもが仕事のやり方を共有できるようになる。その第一歩が、野菜の栽培方法や畑の様子や、体の動かし方を言語化することである。つまり、知識経営学の言葉でいえば、「暗黙知」(名人芸)だった農作業を「形式知化」(マニュアル化)することである。
 ここでの教訓は、役に立つ知識は、自分で取りにいかなかればならないということである。結局は、自然と闘いながら畑で学ぶか(知恵は現場にある)、先生を見つけて学ぶしかない(まねるべき知識はどこかに存在している)。ただし、その知識を社員がシェア(共有)できないと、立派な社員も育たないし、経営体としてまっとうな姿になれない。
 21世紀において、勉強がきらいな農業者は成功しないだろう。いや実は、20世紀でもすでに成功している農業者は、世間でいう「学歴」とは関係なく、「学習能力」が高い人たちであった。わたしの周りで花や野菜を作っているひとたちは、例外なく全員が勉強家である。
 農業分野といえども、ビジネスの世界となんら変わらない。久松さんの場合も、繊維関係の商社マンだったときと、基本はおなじことをやっている。農作業でも、営業の仕事でも、知識を効率よく獲得して使いこなすための「段取り」を考えていたはずである。ただし、いまは組織に縛られず、自由にやっていることがちがうだけだ。

 第5章と第6章は、農業経営のための「道具」についてである。
 第5章のタイトルは、「向いていない農家、生き残るためにITを使う」となっている。新規就農者のハンディ(経験不足)を乗り越えるために、久松さんは別のやり方を考えた。それば、農作業と農家経営に、計画的にITを導入することだった。つまりは、仕事を効率よくやるために、ITを使うという考え方である。
 世の中いはいまや、安くて簡単に使える情報機器(PC、スマホ、タブレット端末)や、簡易にデータを蓄積して加工できるソフトウエア(とくに、クラウドソーシングの諸手段)が溢れている。たとえ体力がなくとも、そうしたツールを器用に操ることができれば、ふつうの体力のひと(集団)でも効率よく農作業はできるのだ。
 情報革命以前(~1995年)は、大規模農業でないとそのような経営環境はデザインできなかった。しかし、小規模な農家であっても、情報機器と作業道具を工夫することで、計画的にうまく農作業ができる方法を編み出すことができる。このふたつの章では、その模範事例を示している。

 第7章「強くて楽しい「小」を目指して」は、久松さんが、一緒に働く「仲間」を見つけるまでの話である。
 小規模農家であっても、全くのひとりで仕事を続けることは、二つの意味で辛いことになる。ひとつは、体を壊した時に代替がきかないこと。ふたつめは、自分の範囲でしか経営規模を大きくできないことだ。
 久松さんは、7年間ひとりで畑を耕し続けたが、最終的に行きついた先は、「ひとに仕事を任せること」だった。そのためには、人を雇わなければならなくなる。
 幸運にも、一緒に働いてくれる女性(奥さんではない!元日比谷花壇の社員、元ABCクッキングスタジオの講師)に巡り合った。そのことが、独立農業者の久松さんの仕事の仕方と生き方を変えることになる。そして、有能な農業研修生の男子にも恵まれる。
 この人は、自虐的な物言いをするが、案外と「人たらし」のところがある。だから、「らでぃっしゅぼーや」の創業者である徳江倫明さんに、「日本一、クチがうまい農家」と言わせしめるのだろう。ラッキーなひとだが、口先だけでなく、運をつかむのもうまい!

 話がずれれしまった。最後の話(男子研修生と農場長の女性)は、どこかで聞いたことがある。そう、埼玉県小川町の有機農業者、金子美登さんの農場にお邪魔したときに見た風景ではないか。結局は、単独で農業をやるにしても、仲間がいないとまっとうな経営ができないのだ。
 むかしは、村落ベースで助け合いをしていたが、いまは一部の例外(販売行為)を除いて、農作業そのものは独立している。かつての農家の集合体に代わって、小さい農家であっても、従業員を管理するためのマネジメントが必要になる。
 そのためのマネジメント手法を、試行錯誤の結果、久松農園は整え始めている。この先のビジネスの発展と仕事の質の高度化が楽しみである。久松さんには有利な点がいくつかある。
 久松さんは、個人的に多様なネットワークをもっていることだ。農家経営の外側に、たくさんの応援団やアウトソーシングの先が見えている。そして、グランドの外野フェンスのさらに向こう側に、たくさんの観客やファンが控えていそうだ。

 わたしがが感じる課題(困難)は只一つである。マーケティングと営業である。新しい販売チャネルをどのように獲得していくのか。そうでないと、47都道府県にそれぞれ100農家の「小さくても強い農業者」のネットワークは作れない。「久松式農業モデル」には、もうひとつのパーツが必要なように思う。
 だから、最後にひとこと、期待を込めて。久松さんの農場(現在、7人体制)では、小さいながらもITと道具が完備している。会議のやり方や情報共有の仕方が、セブンイレブンのFCオペレーションを彷彿とさせる。ここで書かれている仕組みは、半年前にわたしが主張していた「農業FC」のインフラと運営方法の基本モデル、そのものではないか!

 というわけで、久松さんには、次回作としては、「農業FCシステム概論」なるものを期待したい。ちょっと雑な書評で、すいません。週明けに学生に読ませてから、再読します!