【書評】 マイケル・A・ロベルト(2010)『なぜ危機に気づけなかったのか』英知出版(★★★)

 「問題を解決することと、問題を見つけることは、まったく異なる能力である」。本書の帯に書いてあるコピーである。渥美俊一先生(故人、ペガサスクラブ)が、「病床の枕元に置いてあって、最後に読みたがっていた本」(田鶴子夫人)なのだそうだ。教育現場でも、問題を解決する手法は教えてくれるが、発見のためのコツは教えられない。

 『流通情報』(2013年1月号掲載予定、JRC)に依頼された書評を書くために、渥美先生の枕元に置いてあった本の現物を開いてみた。亡くなる直前に、「はじめに」の部分は読んだらしい。青いフェルトペンで、二か所にアンダーライン(下線)が引いてあった。

 縦書きの翻訳本なので、実際は”サイドライン”(横線)である。強い筆圧で、ブルーの横線は曲がって行からはみ出している。二か所も引かれた線のひとつは、「本書を執筆するために、私は150人以上の企業経営者にインタビューを行った」(9ページ)の所にあった。
 渥美先生は、ご自身が読売新聞社の記者時代に、新進気鋭の小売経営者にインタビューするために、全国各地を駆けずり回っていた。当時の自分を思い出しておられたのだろうか。
 もう一か所の青いラインは、つぎのページに引かれていた。「リーダーシップというテーマは、ひとつの学問分野だけで十分にカバーすること(はできないからだ)」。リーダーシップを論じるには、学際的なアプローチが必要だという意味である。

 本書は、組織の問題がどこにあるのかを、事態が深刻になる前に気づかせるための方法が述べられている。つまりは、「失敗回避学」の本である。これまで組織論で断片的に述べられている公理(仮説)を、総合的・体系的に整理した書籍である。
 原書は、2008年に書かれている。著者(ロベルト教授)は、ハーバード大学ビジネススクールの元教授で、経営コンサルタントでもある。奥付の紹介文によると、コカコーラやアップル、モルガンスタンレーのリーダーシップ開発などのコンサルティングを経験したとある。

 全編は、「危機的な問題を(事態が深刻になる前に)発見するため」の7つの方法に沿って構成されている。
 その7つとは、①情報のフィルターを避ける、②人類学者のように観察する、③パターンを探し、見分ける、④ばらばらの点を線でつなぐ、⑤価値ある失敗を奨励する、⑥話し方と聞き方を訓練する、⑦行動を振り返り、反省のプロになる、である。章立ても、この7つの項目に沿って書かれている。
 こうした方法の多くは、医療現場と9.11(CIA&FBI)の失敗の教訓から説明されている。①と②と⑥は、情報収集の際に、リーダーが重要な判断ミスを犯す原因が、現場情報をフィールターにかける時の組織的にミスに由来することを述べている。また、③と④と⑦は、問題を発見する思考プロセスで、ともすると犯しやすい失敗を避けるための心構えについて書かれている。
 (1)なるべく現場から直接的に情報があがってくるようにすべきこと、(2)下手なゲートキーパーを仲介させないこと、そして、(3)話すより聞き取ることの方が大切だと強調されている。

 ところで、経営の現場(リーダーの心得)で、本書の主張がどれくらい役に立つのだろうか? 考えてみた。
 第4章「パターンを探す」に、「ビジネススクールで学ぶこと」という小節がある(145ページ~)。筆者はそこで、ビジネススクールの「ケース教材」(事例討議)で教えられているのは、企業経営で起こっている多くのパターンを示すことだ、と述べている。
 逆にいえば、経営大学院では、(既知の)問題を提示して、その解決法を考えさせることが中心である。事例研究では、問題がどこにあるかは、比較的に明瞭にわかる。病気に対する処方箋を書くようなものだ。手術もしてみたらよい。それはできるだろう。
 ところが、経営の多くの問題は、問題の所在そのものがよくわからないことが多い。とくに、経営トップの判断が大切な部分は、課題を突き止める能力、あるいは課題を創造する能力にかかっている。ということは、現在の大学院でのビジネス教育そのものが、経営トップ(創業者やリーダー)の教育にはあまり役に立つものではないともいえる。

 本書を読んでもっとも得心したのは、この部分(第4章:2ページ分)であった。
 あとは、ある意味では、有能なリーダーであれば、肌感覚でわかっていることではないだろうか。あるいは、本書の貢献があるとすれば、そのことを書籍として整理してくれたことである。
 日本人の読者(経営者)にとっては、9.11事件の詳細と医療現場についての事例は、やや読みにくい印象がある。日本の現実(3.11福島第一原子力発電所事故)に翻訳して考えないと、フォローがやや困難ではある。